第217話 役者は揃い、舞台は整う
私は体育館の天井付近にある——なんかたまにボールとかが引っかかって取れなくなったりする——あの謎の骨組みの中に、シノブと一緒に身を潜めていた。
ここは私の母校の小学校だ。さらに言うなら、ここは私の妹の風莉の母校でもある。
数年ぶりに入る母校の体育館に、思わず——うわ〜、めっちゃ懐かしぃ〜っ! とか思いつつ、あの頃には想像はしてもついぞ叶うことはなかった、体育館の天井付近の骨組みに乗るという夢が叶ったこともあって、色々と感情を揺さぶられつつも……
それはそれとして私は、眼下で行われている二人の——私の実の妹である風莉と、私と同じ高校に通っている同級生だという男子の——やり取りにもしっかりと耳を傾けていた。
「——いやね、君はまだ知らないんだろうけれど、君のことは、ここの外ではかなり話題になっていてね……色々な人が噂していたんだけど、中には何をとち狂ったのか、君に対して危害を加えようと計画していた輩がいたんだよ」
「……それは——」
その彼——名前を知らなかったので、【解析】で調べた結果、判明したところによると——萩原拓馬氏が言うところの、風莉を狙う輩については、私の方でもすでに把握していた。
遡ること、今より少し前——シノブと一緒に“鳥”に変身して、空を飛んで一気にここまでやって来て——小学校についた私は、さっそく“攻略本”の情報の確認もかねて、小学校の付近の様子や、内部の状況についてを迅速に確認していった。
そして現在——それらの下調べがあらかた完了したので、こうしてここにやってきている。
なので私は、この小学校にいるすべての人間について——中でも、もっとも警戒するべき対象であるプレイヤーの存在に関しては、特に——その詳細に関してすらを、すでに把握済みだった。
当然、萩原くんに関しても、当初からプレイヤーとしてマークしていたし、すでにその能力の詳細までを確認済みだ。
件の——風莉に対して不穏な計画を立てていた連中についても、私は彼より先に察知して補足済みだったのだけれど……
私が手を下すまでもなく、その連中については彼が対処してしまったので……出番を奪われた私は、これ幸いと表舞台に出ることなく——そのまま裏方にて、今の今まで隠密行動を続行していた。
というのも、“攻略本”によれば……私が下手に手を出すと事態が余計にややこしい方向に進んでしまうから、出来ることなら事件への手出しは最後まで控えるべし——との記載があったので。
どうにも今回は、私はギリギリまで表舞台に現れずに事態の推移を傍観するに徹していた方が、色々と話が早いらしい。
まあ、それに関しては、わざわざ“攻略本”に言われなくても、なんとなくは察するところだけれどね。——実際、私自身がプレイヤーという特殊な存在であることを鑑みれば、そんな私が動けば嫌でも事態に変化を起こすというのは、推して知るべしである。
なので私は、今も眼下で行われている、萩原くんの——ある意味、私にとってはサプライズ的要素を含んだ——告白(ないしは独白)を聞きながらも……(これについては、“攻略本”には書かれていなかったので……どうやらこれは、基本的にはネタバレ嫌いな傾向のある私に対する、未来の私による粋な計らいのようだった)、事態が自然に推移して、役者がこの場に揃うのを今か今かと待っていた。
すると、萩原くんの独白が終わり、彼が風莉に向けて手を差し出した——ちょうどそのタイミングで、待ち望んでいた乱入者がついにこの場に現れた。
体育館のドアを開け放ち、駆け込むように新たに現れたのは——中学生くらいの歳に見える、メガネをかけていること以外は特徴がないことが特徴といえそうな感じの男の子だった。
もちろん私は、すでにこの男の子の情報についてもあらかた把握済みだ。
名前が「名取慎二」であるということ以外にも——彼の年齢が14歳で、風莉と同じ中学に通っていて、実は前々から風莉に対して秘められし想いを、その思春期の多感な心の内に抱いていたこととか、そんな彼がこの度めでたくプレイヤーとして覚醒したということ、そして、私と同じくゲーム好きでゲームが趣味の彼が選んだ武器や、獲得済みの所持スキルなど……(この辺りが詳しく書かれていたのは、こちらはむしろ、知っている方がより楽しめるだろうという、未来の私からの配慮なのだろうか……)彼に関する重要な情報は、そのほとんどを把握している。
しかし、それらすべての情報を加味した上で、私が彼に関して一番印象深いと思った要素が——“彼がメガネをかけていること”……だったので、とりあえず、彼のことは“メガネくん”と呼ぶことに決めた。
そんな、私を除くと二人目のプレイヤーが現れたこの場では、早くも剣呑な空気が生まれていた。
メガネくんがこの場に現れたのは、自分の想い人である風莉が、このままだと萩原くんのサーヴァントにされてしまうというので……それを阻止するために現れたのだ。
——というか彼は、萩原くんがここに入ってくる以前から、体育館外の物陰に隠れて待機していたんだけれどね(“領域”内に発生している制限の影響によりマップがほとんど機能していないからか、萩原くんは気がついていなかったけれど)。
そんなメガネくんはむしろ、萩原くんに先んじて体育館にいる風莉の元に行くつもりだったみたいなんだけれど——想像するに……中にいるのが女子ばかりなので、男子の彼は入りにくかったのか——なにやら、いつまでもマゴマゴと入るのを躊躇していたところで、萩原くんに先を越されたのだ。
しかし、事ここに至っては、いよいよ黙って見ていられなくなったようで、メガネくんはこうして、勢いよく体育館の中にまで突入してきたのだった。
あとはその勢いのままに、メガネくんはメガネくんで、自分の風莉に対する熱い想いを語りながら、萩原くんに待ったをかける。
それを受けては萩原くんも黙ってはいない。すでに風莉が自分のものであるかのような物言いにて、メガネくんに反発する。
やにわにヒートアップしていく二人を尻目に——しかし、渦中の人物であるはずの風莉といえば、実にシラ〜っとした無表情で二人の成り行きを(ほとんど他人事かなにかのように)見やっていた。
そんな風莉の様子に気がつくこともなく——いよいよ激しくぶつかる二人の意思は、もはや口論には収まらず……
行き着くところは、もはやそこしかないとばかりに——一人の少女を求める二人の男は容易く一線を越え、お互いに自らの得物を取り出すと、相手に向けて構えるのだった。
それが最後の一線とばかりに——自分の武器である弓をメガネくんに向ける萩原くんは、しかし、その弦を引き絞ることまではしておらず……その弓が向けられているメガネくんにしても、対抗するように萩原くんに向けられている二丁拳銃の引き金には、左右どちらの手の指も未だかけられてはおらず、ピンと伸ばされたままだった。
しかしそれは、傍から見ていても、“一触即発”といってそのものの雰囲気だった。
そんな張り詰めた空気を破ったのは——メガネくんが開け放したままだった体育館の出入り口の扉を、今まさに悠々と通り抜けて入ってきた、新たなる乱入者の登場だった。
——出たな、大本命……Lv15、『水使い』のプレイヤー。
それは、いまや若年者ばかりしかいないこの場所においてすらも、年少者であるというべき年頃の人物だった。
実際、その子はマユリちゃんと同い年の11歳であり——つまりは、まだ小学生の子供なのだった。
しかし、その子は最年少ながら、この場の(私を除く)プレイヤーの中では——まだLv15に到達していない実力でしかない、残りの二人と比べれば——最も高い実力であるLv15に到達しており、すでに『水使い』のジョブまで獲得していることを、“攻略本”により私は知っている。
存在を隠している私を除けば、自分がこの場で最も高いレベルを持つ存在なのだと……そのことを理解しているのかいないのか、その子——水島湊くんは、武器を構える年上の男子二人にもなんら臆することなくズイズイと接近していくと、やおら口を開いた。
「えーっと……まず、邪魔な二人には退場してもらうね」
なんて、まるっきり気軽な調子で言うが早いか……水島くんは、なんら躊躇うことなく眼前の二人——萩原くんとメガネくん——に対して攻撃した。
驚く二人が反応するよりも早く、水島くんがかざした手の——その前方の虚空から、突如として大量の水が吹き出す。
まるで、消防士が火事の現場でホースから放水するかのごとく——いや、あるいはそれよりも苛烈な勢いでもって、水島くんより放たれる水流は、二人に向かって二又に分かれながら同時に襲いかかる。
躱すことも出来ずに、盛大に放射される水を受けた二人は、その勢いになす術もなく吹き飛ばされる——ことはなく……それどころか、打ちかけられた水によってその場に拘束されてしまい、もはや完全に身動きを取れない状態になってしまっていた。
その様子は、傍から見ると異様に過ぎる光景だった。
なにせ水が——重力に反するように宙に浮いたまま、二人の体にまとわりつくようにして、その動きを封じているのだから……。
「はい、終わり。……ん、ちょっと、ぼさっとしないで、負けたんだから、とっとと降参して? ——ほら、メッセージ出てるでしょ? その『降参しますか?』を『はい』選んで」
水島くんにそう言われたところで、二人もそれで「はいそうですか」と素直に降参を受け入れることはなかった。
のだけれど……
しかし、事実として、二人がどれだけ拘束を解こうと暴れようにも——水による拘束は強固なようで、もはや身じろぎ一つすら出来ないのが二人の現実だった。
ならばと二人は、現状では唯一、水より出ている頭部に備わっている口を開いて、水島くんに対して——「放せガキ!」だの、「年上を舐めるな!」だの——ぎゃーぎゃーわめいていたが……
それを受けて、「うるさいなぁ……」とぼやいた水島くんが、やれやれとばかりに雑に手を振ると——それに合わせて、やにわに二人の顔にまで水が上がっていき、発言どころか呼吸までを強制的に止めてしまう。
あわや陸上で溺れ死にするところだった二人は、しかし程なくして——水島くんが手を下ろすのに合わせて——顔から水が引いていったことで、なんとか息を吹き返す。
すぐに二人は、与えられた苦しみと恐怖を怒りに変えよとばかりに水島くんに罵声を浴びせるが——それもすぐに、再びの水による口封じにより妨害させられる……。
とまあ、そんなやり取りをもう一、二回繰り返した後には……見るからに気勢を落として、完全に戦意喪失した二人の姿があった。
すっかり意気消沈してしまっている二人からは、もはや水島くんに逆らう気概などは完全に失われており……今度こそ、言われるままに『降伏』を選択したのだった。
うむ……これが、『水使い』の能力——その強さの一端、か。
いやはや……自分よりもレベルが低く、ジョブも持っていないプレイヤーが相手だとはいえ……二人まとめて瞬殺とはね。なかなかの強さだ。
——事前情報はあったけれど……実際に見てみると、これはなかなか……。
レベルを見れば、私と同じ。しかし、今の私は——本体の三分の一程度のSTしか持たない——分身体だし、相手は私の炎属性の弱点である水属性の使い手なのである……。
まあ、私には炎以外にももう一つ、使える属性があるけれど。
だとしても、ST差のこともあるし、戦って勝てるかどうかは……さすがに楽観視することは出来ない相手だといえる。
私は改めて、警戒を込めて水島くんを注視する。
すると、その水島くんの着ている服の左胸に——まさか、小学生らしく名札の代わりというわけでもあるまいが——なにやら、青い宝石のようなものがあしらわれた紋章のようなものがつけられているのが目に留まる。
それは、私が“炎の紋章”と呼んでいたものに酷似しており——というか、色が違うだけで、まさにそれそのものだった。
二人の“降伏”を確認したところで、水島くんは、水による二人の拘束を解いた。
さて——プレイヤー同士の戦いで負けた二人は、“降伏”したことにより、これにて水島くんに“従属”することになったわけだが……。
“降伏”したことで、水による拘束からは解放された二人だったけれど……しかし、今度はまた別の——ある意味では、水の拘束なんかよりもよっぽど強力な——新たなる縛りを、その身に受けることになった。
プレイヤーがプレイヤーと戦い敗北した場合、敗者がたどる道は、二つに一つ。
すなわち、勝者による一方的な“裁定”を受けるか——そのまま殺されて、命を含めたすべてを失うか……である。
“裁定”の具体的な内容としては——“強制接収”や“課制封印”など——いくつか存在するのだけれど……相手に負けを認めさせて“降伏”させた場合は、“従属”という特殊な形態によるパーティー契約——“従属契約”を結ぶことができるようになる。
この“従属契約”においては、契約主である勝者側のプレイヤーは、敗者側の従属しているプレイヤーに対して、絶対の権限を持つ。
事実、“従属契約”においては、契約主は従属者に対して、いつでも好きな時に特定の(あるいはすべての)能力を封じたり、なんなら、プレイヤーとしての能力自体を完全かつ永久に消去してしまう——なんて操作をすることが可能だった。
それらの権限を盾にされては、それはもはや、何を言われても従う以外の道がないのと、ほとんど同じことなので……敗北して“従属契約”を結ばさせられてしまったら最後、敗者は勝者の言うことに絶対服従するしかなくなる。
それを理解しているのであろう水島くんは、すでに“従属”させた二人のことなど眼中にないとばかりに放置して、風莉の元に向かっていった。
そんな水島くんを恨めしげに眺める敗北者の二人は——しかし、もはやそんな視線を向けることくらいしか出来ることがない。
なぜなら……二人はすでに、水島くんにより能力をすべて封じられてしまっているので。STの三色ゲージによる加護すら失っている今の二人は、もはや一般人ともさして変わらない存在だといえた。
さて……これにて役者は揃い——選別も終わり、残ったのは一人。
では、いい感じに場も温まってきたところで——いよいよ真打ちの登場といきますか……っ!




