第21話 もしかして、今夜はお楽しみ、あるんですかっ?
「後部座席狭くないかい? 大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「そう。ごめんねぇ、なんか散らかってて」
「いえ、私たちの方こそ、わざわざ車に乗せてもらっちゃって」
「あぁ気にしないで。せっかくのお泊まりなんだから、なんか色々買いたいものがあるのよねぇ〜。でも近所のスーパーでよかったの? コンビニとか寄ってもいいけど」
「いえ、全然、大丈夫です」
現在、私は藤川ママンの車の後部座席に乗って、近所のスーパーに向かっている。助手席には藤川さん。私の隣にマナハス。
「それにしても、二人ってすごく可愛いわよねぇ。透にこんなに美人なお友達が二人もいるなんて、わたし全然知らなかったわぁ。二人は一体いつから透と仲良くなったの? ウチで良かったらいつでも遊びに来ていいからねぇ」
「あ、ハイ、ありがとうございます」
それにしても、藤川ママンはよく喋る。運転しながら、時々バックミラー越しにこちらをチラチラ見て話しかけてくる。車の中ではどこに行きようもないので、話を聞くしかない。
お宅の娘さんと会ったの今日なんです、と今更言うのもなんだか憚られるので、そこはスルーしておく。
「それで二人は——」
「ちょっとお母さん! 運転中なんだから、お喋りばっかしてないで運転に集中してよ」
「何よぉ、別に喋りながらでも事故起こしたりしないわよ」
「いいから気をつけてよっ」
「分かったわよぉ……」
どうも藤川さんは、私が藤川ママンと喋るのが苦手というのを察してくれて、話を切り上げてくれているフシがある。実際、かなり助かるのでファインプレーです。
何となく、藤川さんとは私が先に知り合って真奈羽に引き合わせたからか、藤川さんに関しては、真奈羽は私に任せて一歩引いている感がある。
実際のところは、私も藤川さんとは今日会ったばっかりだし、真奈羽とほとんど変わらないので、窓口を交代してくれていいんだけど。てか交代して欲しい。
友達の親とかの間柄だと、私は完全に猫被りモードになるので、そうじゃない真奈羽と一緒にいると実にやりにくい。
なにせ私の猫被りは筋金入りだ。実の親にすら猫被りしてるんだから。むしろ、猫被りしてない方が珍しい。というか、私が完全に猫被んないのなんて親友相手の時くらいか。
結局、その後は何事も無く、すぐにスーパーに着いた。
まあ、車で十分もかからない距離だったので特に何も起こるはずはない、普通なら……。
今は多分あまり普通ではないが、しかし特に何事も無かった。とりあえずはホッと安心した。
いつ道路にゾンビが飛び出してきて、轢いてしまった藤川ママンが慌てて飛び出して噛まれる、なんてことが起こるかとヒヤヒヤしていた。
そして私たちはスーパーの店内に入る。
最初は一通り藤川ママンのそばについてスーパー内を観察する。しかし、特に異常は無かった。なので私は、色々と話しかけられる前に離脱して、建前の買い物を済ませることにする。
一緒に回っているのはマナハス。藤川さんはママンと一緒だ。一応、もしなんかあった時に、対応できる人が一人はついてたがいいかなという判断である。
「なんか、買っとく?」
「うーん、でもアンタって、コンビニで爆買いしてたよね?」
「うん、だから私はほとんど要らないかな……と思ったんだけど、やっぱなんか買っておこうかな」
「アレだけ買っといてまだ買うのかよ」
「いや、どうもこれからのことを考えると、食料の手持ちとかいくらあっても困らないんじゃないかと」
「あー、言われてみれば……。そうかもしれない」
「とりあえず、手持ちのお金で買えるだけの保存食買っとこうかな。缶詰とか」
「じゃあ私も買っとこうかなー。あー、でも、荷物になるんじゃねーかな」
「そこは私が預かっといてあげるよ」
「ああ、あの例の能力か。アレってどんくらい収納出来るん?」
「さあ、分かんない。まだ調べてないから。でも多分、まだそれなりに入ると思うよ」
「そんならいいか。……あ、じゃあ、もしかして、アンタの荷物ってその能力で収納してた感じ? ずっと手ぶらだったけどさ」
「そうだよ。この能力のお陰で、私は手ぶらが約束されてるんだよね」
「へぇ……てっきりどこかに置いてきたのかと思ってたけど、そうだったのね」
「……ん、あれ、そういえば真奈羽の荷物は……? そっちこそ、最初から手ぶらだったじゃん」
「まあ……私の荷物は駅の瓦礫の下に眠ってるよ。結構な大荷物だったからさ、とっさに階段に逃げ込んだ時に放り捨てちゃったから。……まあ、そうしてないと間に合うかギリギリなレベルのアレだったというかね……」
「……マジ、か……」
「財布とスマホだけは身につけてたから持ってるんだけど。ちょうど、電車降りて改札で財布出してから割とすぐでさ」
「そう……」
「うん。だから私の持ち物はこれですべてなのよね。着替えとかも荷物に入ってたんだけど、それも無くなっちゃったし。財布のお金は一応あるから、色々買えなくはないけど。どうだろう、ここでお金たくさん使っちゃっても大丈夫かなー」
「そうだね……まあでも、大丈夫じゃないかな? だって、いざという時はさ……」
「ん?」
「いや、状況がいよいよヤバくなってきたら、もうお金がどうとかいう場合じゃなくなると思うんだよね」
「あー」
「逆にそんなにヤバくなかったら、それはそれで大丈夫ってことだし。どっちにしろ、ここで使っといても問題ないかも」
「そうだなー。仮にゾンビが溢れて社会が崩壊しようもんなら、お金の価値も崩壊するか……。むしろ、金を使うのなんて今が最後だったりして」
「なら、最後ぐらいパーっと使っちゃう?」
「だなー? ま、対象がただのスーパーってのが少し残念だけどねー」
というわけで、私たちは適当な食料品を、保存食中心に買い漁っていった。カゴいっぱいに商品を詰めて会計に向かう。
すると、途中で藤川さんがこちらにやってきた。
「あ、こっちはもう買い物終わりました。お母さんは車で待ってます。……それは、たくさん買うんですね?」
私たちのカゴを見て驚く藤川さん。
「まあね、一応、食料の備蓄をと思って。ま、念のため」
「災害に備えるみたいなヤツかなー。ゾンビ災害?」
「あ、そうですよね。食べ物もいつどうなるか分かりませんもんね」
「今から会計行くから、藤川さんは車で待っておいて、何かあったら連絡してくれる?」
そこで私は、お互いの連絡先を交換していなかったことを思い出す。
「連絡先交換するの忘れてたね。交換しよう」
「は、はい! お願いします」
藤川さんと連絡先を交換する。ちなみにマナハスのスマホは、充電したまま藤川ハウスに忘れてきていた。
「うわ、普通に忘れてきてたわ」
ありえねー。携帯しなかったら携帯じゃないじゃん。つーか、ほぼ唯一の所持品なのに普通に忘れてきてるし。
私はどっちかというと、スマホを常に肌身離さず持ってないと落ち着かないタイプなので、基本、忘れたりはしない。
交換が終わったら、藤川さんは車に戻って行った。
私達も、レジに並んで会計する。量が多いのでそこそこ時間がかかった。会計は二人で一緒に済ませる。
荷物を失っているマナハスのことを考慮して、私が全額払おうかと思ったけど、マナハスは自分も出すと言ってくれた。まあ、私もコンビニで既にわりかし使っているので、正直、助かるけども。
車に戻る前に、買ったものの大半をアイテム欄にぶち込む。藤川ママンに買いすぎとか突っ込まれるのはアレなので。もちろん、買ったことを示すために少しは残しておく。
道端でゴソゴソと怪しい収納を終わらせたら、車に戻った。
車に乗り込みながら、時間がかかったことを謝っておく。
「すいません、お待たせしてしまって」
「いいのよぉ。それじゃ、もう帰るけど、他に寄りたいところは無かった?」
「はい、大丈夫です」
「そう、それなら帰るわねぇ」
そうして車は発進した。すでに陽はかなり傾いており、そろそろ沈みそうだ。
帰りも結局、何事もなく家に帰りついた。
私たちは二階の透ちゃんルームに行く。夕飯が出来たら教えてくれるというので、それまではまたこの部屋でくつろげる。
お風呂はすでに入っているので、今日はあとご飯食べて寝るだけだなぁ。ふえぇ、今日は疲れたぁ。ご飯食べたらソッコー寝ちゃうかも。
ぼんやりしていると、マナハスが口を開いた。
「結局、何事も起こらなかったなー」
「この辺までは、まだ影響ないのかな」
「とりあえずは、何事もなくて良かったです」
とにかく、一晩寝るまでは何も起きないで欲しいわ。しかし、今日はのほほんと安眠しといていいのだろうか、という思いもあるけど……。
部屋には藤川さんがいつも使っているであろうベッドがある。うーん、今あそこに寝ると気持ちいいだろうなぁ。
あ、そうだ、寝るといえば、
「そういえば、今日私たちが寝るのってこの部屋なの?」
「あ、はい。この部屋に寝てもらうことになると思います。えっと、布団もあるんですけど、一つしか敷けないんですよね……」
まあ、この部屋の広さだとそうなるだろう。
「そうなると、ベッドか布団に分かれて寝るようにするしかないと思うんですけど……。どうしましょう?」
「客人の私たちが普通、布団なんじゃないかなぁ」
「でも布団に二人は狭くないか?」
「布団よりベッドの方が大きいので、二人で寝るならベッドの方がいいと思います」
「それなら一人は当然、藤川さんだよね。んじゃ、あと一人はどっちか……マナハス、ジャンケンする?」
「私がベッドでいいんですか?」
「いや、そりゃ、藤川さんの部屋だし藤川さんのベッドなんだから、そーでしょ」
「でも、お二人の方が仲がいいので、お二人で使っていただいても……」
「いや、泊めてもらう分際でベッドを占有とか出来ないよ。だからやっぱりマナハスが布団で寝るしか無くない?」
「ちゃっかり私を布団にするなよっ」
「何、布団嫌なの?」
「布団が嫌というか……やー、なんというか……」
「何なの?」
「いや、どうせなら、今日は誰かと一緒に眠る方がいいかなーって……」
「何で?」
「いやぁ、寝るとなるとさ、なんか昼間のこと思い出しそうだし、一人だとちょっと……」
「怖いってこと?」
「普通怖くないか? あんなことあったんだぞ」
「あ、私も……正直言って怖いです。だから、お泊まり出来るってなった時、嬉しかったんです。今日は一日、一緒にいられるなーって思って」
「ほら、これが普通の感性なんだって。つーか、逆にアンタは怖くないの? 普通に眠れそうなの?」
「うーん、私も確かに眠れないかも……。寝ようとしたら、恐竜くんとのバトルを思い出しちゃって……」
「そうそう、あの恐怖体験が蘇るわけ」
「興奮して体が火照って眠れなくなりそう」
「戦闘狂じゃねーか。別の意味で眠れなくなってんじゃねーよ」
「興奮して……体が火照る……」
「藤川さん? アナタもどこに反応してるん?」
んでもー、そうなると、どうするよ。ベッドの方で二人が寝るとして、怖いから一緒に寝たいとか言ってるのが二人いる。それなら、もう組み合わせは決まっちゃったな。
結局、私が布団か。まあ、少し一人で考えたいこともあるし、それでいいか。隣に誰か寝てたら集中できなそうだし。まあ二人は、その方が変なこと思い出さないでいいんでしょうけど。
「そういうことなら、二人がベッドで一緒に寝れば解決するね。私は布団でいいから、二人はベッドで一緒に寝るといいよ。ただし……一緒のベッドに寝てるからって、変なことしないように、ね?」
「いやオマエは何を言ってんだよっ! 変なこととかするわけねーだろ。……いや、少なくとも私は」
そこでマナハスは、チラリと藤川さんの方を見る。……なんかさっきの藤川さんの発言引きずってない?
そして藤川さんにキョトン? と見返されたマナハスは、慌てたように私の方に向き直ってから続ける。
「て、てか、アンタは結局、一人でいいの?」
「私は別に怖くないから、それでいいけど。悪夢とかあんま見ない方だし。とゆうか、一緒の部屋で寝てるなら、そんなに怖くもないんじゃない?」
「まあ、それはあるけどよ。……でも、藤川さんは私と一緒でよかった? ほぼ初対面だし、カガミンと一緒の方がよかったんじゃない?」
マナハスはそう藤川さんに水を向ける——が、思わず私は割り込む。
「いや、ほぼ初対面なのは私も同じだけど」
「それはそうかもだけど、でも明らかに、アンタの方に余計に親近感持ってるでしょ? 少しとはいえ、私より付き合い長いし、それに命を救ったとかで、なんか慕われてる感じだし。どうせなら、アンタと一緒の方が藤川さんも安心だと思うけど。——だよね?」
「それは……確かにそうかもしれません。火神さんといると、とても安心出来るので……。ですがっ、火神さんと真奈羽さんがお互いに分かちがたい絆で結ばれていることは分かっていますので! 真奈羽さんも誰かと一緒に寝たいというのなら、それは火神さんをおいて他にはおりますまいっ! どうぞお二人でベッドをお使い下さい! 私は布団で寝ますのでっ、どうか私は気にせず、お二人がベッドで何をしようが、私は邪魔をせず一人で寝ておりますのでっ! ただこっそり下から覗いておくだけなのでっ!」
なんだか途中からヒートアップしてよく分かんないこと言い始めたぞこの人。まったく、藤川さんはたまに面白いなー。
「何もしないけどっ!? つーかこっそり覗いてんの?!」
マナハスもマナハスで、顔赤くしてなんか叫んでるし、君らほんとに寝るの怖いんかぁ? こんな元気だし、嘘でしょ?
「いやいや、どっちにしろ、私がベッドになると余った一人が布団で怖い夢みちゃうんでしょ? だったら私が布団で寝て、二人がベッドで寝るしかないじゃん。大丈夫だよ。私もすぐ近くで一緒に寝てるんだからさ」
「……まあ、私はそれでいいんだけどさ。藤川さんはどう?」
「私は、お二人がそれでいいと言うなら、構わないです。なんだか、余計なことを言ったようで、すみませんでした……」
「いや、いいんだよ。——まあ私も、マナハスがどうしても私じゃないと怖いって言うなら、考えるけどね」
「……別にそこまでは言わないけど。考えるって、どうする気?」
「それはアレだよ、お風呂の時と同じ解決法さ」
「いや流石に三人は狭すぎるわ。狭苦しくて逆に悪夢を見そう」
「私は、ぎゅう詰めでも構いませんが……」
「藤川さんもそんなこと言わないでっ。分かった、それじゃベッドは私と藤川さんで使う。カガミンは布団ね」
「おっけ」
と、いうわけで、今夜の寝床が決まった。




