第214話 忍者の十八番とかけて、機械獣の警戒網と解く——その心は……!?
がぶり——と、大きく開いた口を閉じて、私はチョコチップメロンパンに齧りつく。
世の中に菓子パンの種類は数多くあれど、中でも私が特に好きな菓子パンの一つがコレだった。
ゆえに私は、いつぞやの——香月さんや前田さんと出会ったあの——スーパーにおいて、食料品を回収しておくとなった際にも、菓子パンコーナーにおいては真っ先に目をつけて、あるだけ全部のチョコチップメロンパンをかっさらっておいた。
とはいえ、それでも食べれば減っていくので——これまでの食事においても、好物ゆえについつい手が伸びるということで、すでにいくつも消費してしまっており——残すところはもう、いま食べているこれが最後の一つだったりする。
最近はもっぱら忙しいので——なんとか時間を見つけて適当に食事を取らないと、ついつい食べそびれてしまう。
なので今も、みんなに救出作戦の詳しい内容について話す傍ら、ついでに食事もしておこうと思って、こうして二つの意味で口を動かしているのである。
——こっから先は、特に忙しくなるだろうから……食事できるタイミングなんて、たぶん今しかないと思うんだよね……。
というわけで、私以外のみんなにも、今のうちに食べておくように勧めておく。
とはいえ……この場にいるメンツはわりと特殊な存在の人たち(なんなら人外も)が大半なので——事実、私からそう言われても、チアキ以外は、あまり食事しようという気がなさげな様子……
というのも——機械であるカシコマは、そもそも論外だとしても——シノブやランディなどの人型の星兵は、召喚者からの魔力の供給があれば、基本的に食事や睡眠は不要という便利な体をしているのである。
その点においては、私の分身であるところの、今のカノさんも似たようなものだ。現在の彼女は、私からのMP供給により、その存在を維持しており——逆にいえば、それ以外の補給(あるいは休息)は必要ないのである。
とはいえ……カノさんも星兵も(カシコマを除き)食事や睡眠を取ろうと思えば取れる。それも、取れはするけど無駄になる——というわけでもなく、それによって(——まあ、劇的に変わるというほどではないらしいけれど)魔力を節約することが可能なのだという。
なので、食事をすることにも意味が無いわけではないし——なにより、自分(とチアキ)だけが食事中で、周りの人が食べてないってのは、なんか落ち着かないから……私としても、できれば一緒に食事してくれた方がいいんだよね……。
なんてことを言ってみれば——そういうことなら……と、他のみんなも(私が適当に提供した)食料に手をつけるようになった。
「……ん、あれ、チョコチップメロンパンは? もう無いのかしら?」
「んっ……あ、ごめん、これが最後の一個——なんだよね……」
「あ……そう。なら……まあ、しょうがないわね」
「……」
一瞬だけ残念そうな顔をしたカノさんは——しかし、すぐに無表情を取り繕ってみせる。
あれかな……カノさんも元は私だから、チョコチップメロンパンが好きなところも同じってコト——なんだろうか。
……ってか、これ、アレじゃね?
思えば……カノさんって——何かを食べること自体、これが初めてなんじゃないの?
……だよね? そうだよね。だって体を得たのが、ついさっきなんだもん。
だとすると……記念すべき最初の食事なんだから、好きなものを食べさせてあげるべきじゃんね……?
——いや、本来ならもっと、なんか豪華なアレとか、用意してあげるべきなんかもだけれど……?
……でも、状況が状況だし……さすがに今すぐには、大したものを用意することはできないか……。
でも、だとしたら——せめて、好きな菓子パンくらいは選ばせてあげるべきだろうね……。
そもそも、食事ってのはさ、ただお腹を満たせればいいというものではないのだから……好きなものを食べることで、精神的にも満たされることを鑑みれば、何を食べるかのチョイスがどれだけ重要なのかというのも分かろうというもの……。
……それにまあ、考えようによっては——今後はこういう菓子パンだって、なかなか手に入らない世界に、すでになってるんだとしたら——これはこれで、貴重な食料であるといえなくもない、のかもしれないし……?
だとすればいよいよ、この私の手の内にあるチョコチップメロンパンの価値も、いや増すというもの……。
…………まあ、食べかけなんだけど。
い、いやほら、幸いにして、まだ一口——や、二口くらいしか食べてないから……ぜんぜん残ってるし。うん、少なくとも、半分以上は……。
「あの、カノさん。そういうことなら——食べかけだけど、よかったらこれ、いる?」
「……」
「……えっと、それはどういう表情なの?」
「まあ……なんか気を遣ってくれたみたいね」
「——って顔だったの? あれ……?」
「うるさいわね……。まあ、くれるというなら貰うけど——でも、いいの? 本当に……?」
「そりゃもちろん。気にしないで、これは私からの独立記念プレゼントだから」
「……食べかけのチョコチップメロンパンが?」
「いやそれはマジでゴメン——えっと……この私が齧った部分は、ちゃんとちぎり取って渡すから……」
「そういう問題じゃないし……というか——別に、わざわざそんなことしなくていいわよ。……だいたい、そんなの気にする仲でもないでしょ。そもそも、元々は同じ存在だったんだから」
「そりゃあ、そうだけど。でも、初めての食事なわけじゃん? カノさんにとっては。それが——おそらくは好物とはいえ——私の食べかけってのは……」
「なに言ってんのよ……チョコチップメロンパンの時点で、そんなのいまさらでしょ。……それとも何? なんやかんやいって——本当はワタシにあげたくないからって、適当なこと言ってごねてるんじゃないでしょうね……?」
「ま、まっさかー……! 心外だなぁ……もう、分かったよ。はい、どうぞ——」
「ふん……どうも。……——ありがとう」
そう言って——初めて食べるけれど、おそらくは好物である——チョコチップメロンパンを頬張ったカノさんは……すぐにその相好を崩すと、二口目に取りかかるのだった。
まあ、本人が満足そうなら、それでいいか。
考えてみりゃあ、生まれて初めてのご飯がチョコチップメロンパンだなんて、普通に贅沢なのかもしれん……。
それこそ、私なんて……たぶん——離乳食の薄めたおかゆみたいなやつとか、そういうやつだったんだと思うし、初めて食べたものって。
…………。
カノさんがいたら、今のはなんてツッコんでくれたんだろうな。
いやまあ、目の前にいるんだけれど。
だというのに……なんだか、随分と遠くにいってしまったように感じる。
これは……これが、子供が巣立っていった親の気持ち——ってやつなのかな……
「……ちょっと、ジロジロ見ないでくれる? さっきから何なの? というか——アンタこそ……どういう顔なのよ、それは……」
まるで——鏡を見ているかのように——同じ顔のはずなんだけれど、しかし、中身が私と違うと、なかなかどうして、印象も変わって見えるものだね……。
なんて——改めて、カノさんは私とは別の人間なんだな、と——再確認したりなどもしつつ……
みんな揃って食事を続けながら……私は“攻略本”を確認しつつ、順を追って作戦の概要を説明していくのであった——。
では……まず、大前提となる、今回の作戦の目的についてから、おさらいしておこう。
今回の行動目標……それはもちろん、この謎の領域——“空装領域”(攻略本情報による名称)の中にいるであろう、私の大事な人たちを救出することだ。
では次に、我々がこれから向かう目的地となる、この“空装領域”——略称、“領域”——と呼ばれる、ソレについて。
今も私たちの目の前にある、あの謎の領域は、どうやらそんな風に呼ばれたりするシロモノらしい。
コイツの発生原因については——それも、“攻略本”には書いてあったけれど——今はまだ置いておくとして……
重要なのは、フィールドの内部に入ることで受ける“制限”についてと……あとはそう、目の前のフィールドの内部の様子が、実際のところどうなっているのかだ。
攻略本を手にする前から、一応は“それが存在するという事実”についてだけは調べがついていた、領域内部における“制限”に関しては——これも、攻略本にしっかりと記載されており——その内容について、細かい部分を挙げれば多岐にわたるのだけれど……中でも、もっとも問題となるのはやはり、“通信封鎖”の存在だった。
それは——“領域”の内部と外部とのやり取り、または、内部にいるもの同士でのやり取り、のどちらも——「“領域”の内部では、通信に著しい制限がかかる」というものであり……
とにかく、“領域”の内部に入ってからは、通信に類する能力のほとんどが使えなくなると思っておいたほうがいい……というくらいに、通信に関しては強力な制限がかかるのだという。
通信がほぼ封じられる——これの一番の問題は、マユリちゃんの一連の能力にも多大なる制限がかかる、というところだろう。
なにせ、遠隔召喚はもちろん、既存の星兵との“繋がり”すら——領域の内部に入ってからは、遮断されてしまうらしいので……。
つまりは——領域内では、マユリちゃんから新規の戦力を送ってもらうことが出来ず、既存の星兵に対しても、補給や援護したりすることが、ほぼ不可能になってしまうということなのだ……。
むろん、マユリちゃんの能力以外にも、通信封鎖は多大な影響を私たちに及ぼすのだけれど……一番問題になるのはやはり、マユリちゃんの能力への影響だろう。
彼女から万全の援護を受けられないというだけで、一気に難易度が増した気がするのだから——いや、気のせいではなく、事実としてそうなのだから——それだけマユリちゃんが強力な味方だという証でもあるのだけれど……
今回の攻略については——この“通信封鎖”の制限により、内部に入ってしまってからは——そんな彼女にはもう頼れなくなる……ということなのである。
まあ、そうはいっても……“攻略本”によって、私たちはそれを事前に知ることができ、また、出来る限りの対策もできるのだから——それを考えれば、まだマシだったと言うべきなんだろう。
——それだけに、“攻略本”が無かったらと思うと、いよいよゾッとするところだ……
まあでも、その“攻略本”自体、入手できたのはほぼマユリちゃんのおかげなので……こうしてみると、どうにもマユリちゃんの存在の大きさを実感させられてばかりな気がしてくるのだけれどね……。
実際のところ、攻略の要となるメンバーもまた、マユリちゃんに派遣してもらった星兵たちなのだから……色々と制限されていてなお、今回の攻略にはマユリちゃんの助力が欠かせないのは、これは事実以外のなにものでもないのだけれど。
とはいえ、領域の内部に入ってからは、外部からの援護は受けられなくなるので、あとはすべて自力でどうにかするしかない。
ではその——星兵は借りているとはいえ——マユリちゃんに頼らずに攻略しなければならない“領域”の内部の、具体的な状況についてだけれど……
これについては……まあ、なんとなく、事前に予想はできていたけれど……案の定というか、あのフィールドの中はすでに、例の機械獣どもの巣窟になっているのだという。
であるからこそ、次なる課題は、その我々の障害となる敵について。
あのフィールドは、機械獣によって、すでにその全域を支配されてしまっているらしい。
連中はすでに独自のネットワークを密に構築しており、それにより発揮される連携力は、まさに脅威の一言で……下手に内部に踏み込もうものならすぐに見つかり、あっという間に囲まれて——単体でもなかなかの強さを誇る機械獣どもが、徒党を組んでひっきりなしに——その圧倒的な物量でもって波状攻撃を仕掛け、完膚なきまでに叩き潰さんとしてくるのだという……。
はっきりいって、正面から挑んだらまったく勝ち目がないのだと。
なので、こちらが取るべき手段としては、「隠密潜入」がベストなのだという話であり……
そこで活躍するのが、新たに加わったメンバーの一人である、シノブなのだった。
では次に、この作戦のキーパーソンの一人目である、そのシノブの能力と役割について。
忍者である彼女にとって、「隠密潜入」はまさに十八番だ。
いかにも忍者らしい——彼女が使える能力の中でも、今回特に重要な役割を果たすものが、次の三つだ。
うち二つは、忍者の代表的な術としては、もはやお馴染みと言える、「分身の術」と「変化の術」であり……これに関しては、もはや説明は要らないでしょってくらい有名というか、名前を聞くだけで大体の内容は分かるだろうと思うので、解説は省略するとして……
しかし最後の一つ、「影潜りの術」については、さすがに少し説明が必要だろうか。
そもそもの話、今回の作戦の「隠密潜入」の部分に関しては、完全にシノブに一任するつもりだ。
特にこちらで何かしなくても、彼女に任せてしまえばバッチリ目的地までバレずに進めるらしいから、それならお任せしますって感じで。
しかし、そこで問題になるのが、同行するメンバーの存在だった。
戦いに備えた戦力として、戦闘に参加するメンバーはもちろんだけれど——戦闘能力としては、どちらかといえば非戦闘員に近いとはいえ——中でも一番重要な役割を果たすカシコマについては、なんとしてでも無事に目的地へと連れていく必要があった。
しかし——他のメンバーもだが——カシコマ本人には隠密潜入の心得や能力などないので、いかにシノブが優れた忍者だとしても、同行者が足を引っ張ってはその実力を十全に発揮できない。
だが、その問題を解決する能力をシノブは持っていた。それが「影潜りの術」だ。
この術は、簡単に説明すると——「シノブの影の中に亜空間を作り、そこに色々なものを入れられる」という能力だった。
この能力を使い、他のメンバーは文字通りシノブの影の中に潜んでおくことで、シノブは単身で身軽に潜入行動しつつ、皆を運ぶことができる——という寸法である。
それだけ聞くと、いかにも凄そうな能力なのだけれど……ぶっちゃけ、収納性能というか、影の中の居住性については、かなり酷いものなんだとか……。
しかし、肝心の隠密性能については折り紙付きなので、この中に潜んでおけば見つかる心配はないし——他が足を引っ張らないなら——シノブ一人なら機械獣の警戒網もすり抜けられるとのことだし、この際、多少の我慢は甘んじて受け入れる所存である。
さて、では、ここで機械獣の警戒網について、少し補足しておこう。
というのも、本来ならばシノブでもなかなか大変な難易度になるくらいには、機械獣たちの高い索敵力や統率力からなる警戒網は厄介なのだけれど……
実は、攻略本には、この警戒網を楽に突破する方法についても載っていたのだ。
そう、それこそが、忍者の十八番である“あの能力”を使った、驚きの方法で……っ?!
「んーゥんん——で? その方法ッてェのは?」
と、そこで——話し出したらどうにも興が乗ってきたので、ついつい面白おかしい話し振りにて、どことなく勿体ぶった言い回しをしていた私に——焦れたチアキが、思わずといったふうに口を出してくる。
「……なんだと思う?」
「はぁ? 知らねーし……分かるわけねーだろ」
「……だよね、ゴメン」
「はァ?! ンだオイ……っ」
最初は胡散くさいとかなんとか、ぶつくさ言っていた、あのチアキも——自分の体験した内容と照らし合わせても、まるで齟齬がなかったどころか、むしろ自分にも分からなかったことを、スラスラと私が答えていったことで——今となっては、“攻略本”を疑っていた当初の雰囲気は霧散しており……どころかああして、早く続きを話せと催促してくる始末……。
そりゃあチアキとしても、気になるところだろう……なんせ彼女は、元々あの“領域”の内部に入っていたのだし——その機械獣たちの警戒網に、さんざん苦労させられた経験があるってわけなのだから。
そらね、ろくな隠密技能も持たないチアキじゃあ——際限なく襲ってくる機械獣の集団が相手となると、なんとか応戦しつつ逃げ回って、這々の体で“領域”から逃げ出すのが関の山だったろうさ……。
「オイ、なんか腹立つ顔してねェか? なンだよ、その顔は。てか、さっさと答えを教えろッて」
「別に……なんでもないよ。——はいはい、分かった分かった。急かさなくても、今から教えるから——」
荒ぶるチアキを宥めつつ、私は再び口を開き、説明を続けていく。




