第210話 ただしデスネル、テメーだけはダメだ
すべての戦力の強化が完了した。
これ以上の強化は、現状ではできない——というところまで、みんなの強化を終わらせた。
自陣に立てこもってひたすらに強化しつつ、そうしながらも、“盤上戦術”の中で争う三つの敵勢力の——中でも、それらの頂点に立つ三体のボスたちの——戦力をじっくりと確認していた。
雷属性の特徴である高威力・長射程の攻撃と、二桁にとどく圧倒的な“速度”にものを言わせて、まるで天災のように戦場で猛威をふるう——怪獣のボス、ライキリン。
超大型の図体に相応しい物量とAPにより、“盤上戦術”内を埋めつくさんばかりに勢力を広げていく——機械獣のボス、メガロッド。
決して派手さはないながらも、不気味かつおぞましい能力を駆使して、じわじわと侵食するかのように確実に相手を削っていく——アンデッドのボス、デスネル。
この三者の激しい戦いは、決着がつかないまま、時間の経過とともに、いよいよその激しさを増していっている。
準備が終わり、ついにこれから、わたしたちもその三つ巴の戦いに参戦しなければならない——という段階まできていたのだけれど……わたしは悩んでいた。
この状況から、わたしたちが勝ち抜くための道筋が浮かばない……。
ボスが三体も出てきている時点でそうとうにヤバいのだけれど、中でも一番の問題は、最後に出てきたデスネルとかいうボス……コイツだ。
【死を告げる凶兆デスネル】
格付——「主級」
等級——「6(相当)」
種別——「不死種」
属性——「影/闇」
特技——「死の宣告」「不穏な暗影」「不死の軍勢」「不吉な呪い」「致命の鎌」「死なば諸共」
特性——「不頭不滅」
——ST(推定)——
LP——「444444」
AP——「666666」
攻撃——「37564」
防御——「24243」
速度——「4」
射程——「4」
——FT——
【星々の光も見えぬ、薄靄が揺蕩う不穏な夜……隣人の戸が叩かれる。それは、闇より現れ、不吉なる報せを告げる凶兆——。いくら耳を塞ぎ、目を瞑って、扉を固く閉ざそうとも——決して、その暗澹たる運命からは逃れられない……】
しばらく観察したことで、コイツの能力の詳細が判明した。
その結果、分かったことは……このデスネルという不死種は、文字通りに不死身であり、倒す方法が存在しない——という、絶望的な事実だった。
デスネルの持つ“特技”である「死なば諸共」と、“特性”である「不頭不滅」——この二つの組み合わせが、とにかく凶悪なのだ……。
現時点で判明している、それぞれの能力の詳細は、こんな感じ……
「死なば諸共」——自分がやられた時に、自分を倒した相手も道連れにして、強制的に死亡させる。
「不頭不滅」——(おそらく)頭部が残っている限り、何度やられても数ターン後には蘇る。
デスネルを倒したら、倒したユニットも死んでしまう。
しかし、当の倒されたデスネル自身は、数ターン後に復活する。
倒したらこちらが死んでしまうし、倒しても復活するから、けっきょくは倒せない……。
復活させずに完全に倒すには、弱点である頭部を狙うしかないんだと思う……けれど、デスネルには、肝心のその頭部が存在していない。
一般的な馬に比べたら、二回りも三回りも大きい——首無し馬に乗った、首無し騎士。
デスネルはそんな風に、まるで伝承に語られるデュラハンそのものな姿をしていた。
伝承の通りのデュラハンなら、頭部は腕に抱えて持っていたりとか、していた気がするのだけれど……デスネルの頭部はどこにもない。
頭部の代わりに持っているのは、まるで死神が持っているような、不気味で恐ろしい大鎌だけ……。
デスネルを倒すには、弱点である頭部を探し出して、さらけ出させるしかないのだと思う。
だけど……肝心の頭部はどこにも見当たらないし、あぶり出すための方法にもまったく見当はつかない。
コイツはゲームに出てくる敵ではない……だから、倒す方法が本当に存在しない、完全に不死身の存在だという最悪の可能性もある……。
それが“特技”ならば、あるいは……封じる方法もある。
だけど、“特性”に関しては……少なくとも、“盤上戦術”では、封じたり無効化する方法は存在しない。
つまり、“盤上戦術”で戦っている限り……デスネルに関しては、どう足掻いても倒しきることができないということになる。
デスネル——コイツはまさに、“盤上戦術”では対応できないタイプの“強さ”を持つ相手だ……
どうやっても倒せないだなんて、最大級のイレギュラーが発生してしまっては……さすがのわたしも、どうしたものかと頭を抱えたくなってくる……。
そんな最悪のボスであるデスネルだけれど……これまでに見ていただけでも、すでに何度も倒されていた。
そう、三体のボスの中で唯一デスネルだけは、すでに何度も倒されている。
なんとなく、だけれど……そんな様子を見るに、このデスネルというボスは——持っている能力は、かなりとんでもないのだけれど——そのぶん、ST的な強さは、数値から受ける印象ほどには強くははないのかもしれない……と、思う。
——というか、そのSTの表記自体、ちょっとおかしくなってるし……『サモドラ』のST表記は、ふつう、百の位より下は切り捨てられて一律でゼロになるはずなのに、コイツだけは、なぜか端数も表記されている……。
デスネルを主に倒していたのは、メガロッドの生み出している眷属機だ。
このメガロッドより小さい——とはいえ、メガロッド自体がめっちゃデカいので、それでも全長十数メートルはありそうなくらいには大きい——サメ型機械獣の攻撃によって、デスネルは何度か、そのLPがゼロになっていた。
しかし、そうしてデスネルを倒した眷属機は、その時点で「死なば諸共」の効果により自分も撃破されてしまっていたし……やられたはずのデスネルの方も、数ターン後には何事もなかったかのように復活するし……。
そんな様子を見ていたメガロッドは、以降はデスネルに攻撃することを避けるようになった。
ライキリンはそもそも、最初からデスネルをガン無視している。——もしかしたら……ライキリンは、デスネルの能力を戦う前から察知していたのかもしれない。
しかし、当の本人であるデスネルは——なぜか知らないけれど——ライキリンばかりを執拗に狙っていた。
しかし、ライキリンの“速度”に追いつくことができず、今のところはほとんどなんの手出しもできていない。
状況はそんな感じで……メガロッドを攻撃しつつ、デスネルから逃げるライキリン——そんなライキリンを追いつつ、邪魔なメガロッド勢をたまに攻撃するデスネル——そんなデスネルにたまに反撃しつつ、ライキリンに戦力を傾けるメガロッド……という構図になっていた。
何度も倒されるデスネルと違い、ライキリンやメガロッドは一度も倒されることはないし、それぞれの持つ強さはデスネルよりも頭一つ上に見える。
しかし、わたしが一番問題としているのは、やはりデスネルだ。
強いだけなら……大きいだけなら……なんとかなる。なんとかしてみせる。
だけど……不気味な能力で、倒したこちらがやられるとか……しかもその上で、倒しても何度も復活するとか……そんなヤツが出てきたら、わたしもどうしたらいいか分からない……。
まあ、「死なば諸共」についてはまだいい……星兵なら死んでも墓地にいくだけで、やろうと思えば復活させることもできるし、対応できないことはない。
ただ、何度も復活するという「不頭不滅」……これがいけない。
弱点(の頭部)を見つけられない以上、どうにもならない。詰んでいる。
それに、これら二つ以外にも、色々と不穏な能力が他にもいくつもあるみたいだし……
——「死の宣告」とか「不吉な呪い」とか「致命の鎌」とか……
あるいはこのあたりの能力も、即死技だったりする可能性はある。——今までに観察した分では、まだ能力の詳細まではよく分かっていないのだけれど……字面からだけでも、十分にその不穏さは伝わってくる……。
星兵はともかく、カガミおねえさんは生身の人間なのだ。復活はできない。だからそもそも、デスネルと戦うこと自体、避けるべきだ……
……いや、そもそも、コイツに限っては、わたし自身の命すら危ないのかもしれない。
遠隔とはいえ、“盤上戦術”を使っているのはわたしなのだから……
あるいは、遠くから能力を使っているわたし自身にすら——その“繋がり”を逆にたどって——致命的な効果を及ぼせるような能力を持っていたとしても、もはや不思議ではない……。
……だとすると、星兵も含めて、ヤツにはいっさいの手出しをするべきではない、ということになる……。
事ここにいたっては、戦い自体を放棄して逃げるという選択肢を考える必要も出てくる。
しかし、それはそれで問題があった。
この“盤上戦術”のスキルは強力なぶん、いろいろな制約がある。
その中に、「ひとたび発動させたら、内部の敵を全滅させるまで解除できない」というものがあった。
つまり、ボスを含めた複数の敵がいまだに健在な今の状況では、能力を解除することはできないのだ。
加えて、「“盤上戦術”に組み込まれたユニットは、途中で離脱させることはできない」という制約もあった。
なので、カガミおねえさんやチアキさんだけを離脱させるという手も使えない。
場合によっては、“盤上戦術”自体を囮にして、二人だけでも逃がしたいところだけれど……この制約があるので、それも難しい。
まあ、抜け道がまったく無いとも言わないけれど。——いくつか、思いつく方法もなくはない。
けれど、それらを試そうにも、色々と検証する必要があるし……悠長にそんなことをしている余裕があるわけでもない。
そう、時間的な問題もある。
すでに、“盤上戦術”を使って戦闘を開始してから、けっこうな時間が経っている。
この戦い自体が目的であるなら、まだ時間をかける意味もあるのだけれど……そうではないのだから、早くに終えられるなら、そうするべきなのだ。
なにせ、本来の目的は、カガミおねえさんの家族や友達を助けに行くことなのだから……こんな戦いを長々とやっている場合じゃないのだ。
一つ……この状況を切り抜けるのに使えるかもしれないカードに、心当たりがある。
それは——ある意味、“盤上戦術”においては切り札と言えるくらいに強力なカードである——現状では手持ちに三枚しかない、“領域”カードの内の一枚。
——正直言って、使う機会がくるとは夢にも思っていなかったけれど……R5の強力なカードは、それ自体に色々と戦略的価値があるからと、デッキに入れていたうちの一つだった。
そのカードを使えば——上手くいけば、普通にやっては倒すことの出来ないデスネルだって撃退することができるかもしれないし……あるいは、カガミおねえさんやチアキさんを、この“盤上戦術”から安全に離脱させることだって、できるかもしれない。
だけど、そのカード——【戦闘形態転換領域】は……きわめて特殊な仕様のカードであり、扱いがとても難しいカードでもあった。
元々の『サモドラ』のゲームの時からそうだった。それが、現実で“盤上戦術”という能力を発動しているという、今の状態で使った場合、一体どうなることやら……見当もつかない。
——ゲームと現実とでは、色々と違いがあることがすでに分かっている以上、このカードの効果からして、ゲームと違う仕様になっているのは、ほぼ間違いない……。
しかし、だからといって、試しに使ってみるということもできない。
なにせ“領域”カードは、発動するのにかなりのTPを消費するから……おいそれと使うことはできない。
それに、この【戦闘形態転換領域】の場合は……使ってしまったらどっちにしろ、その時点で、“盤上戦術”そのものが別物になってしまうという感じの仕様のカードだから……そこも問題だ。
それのなにが問題かというと——これを使うと、“盤上戦術”がその時点で強制的に終了してしまうので……後戻りできないのだ。
そういう意味でも……このカードは最終手段だといえる。その効果の強力さや、使えばもう取り返しがつかないという点において。
正直、このカードでどうにか出来そうなら、このカードを使ってしまいたい——そう思うくらいに、状況は追い詰められてしまっている……
しかし、一度使ったらもう後戻りはできないのだから、判断は慎重におこなう必要がある……。
それに、じっさいのところ、これを使ったらどうにかなるという確信があるわけでもない。
ゲームとは仕様が異なるのだとしたら——じっさいに使ってみないと詳しい効果は分からないのだけれど……複雑な効果のカードだから、ぶっつけ本番で上手く使える保証はない……というより、上手く使える可能性の方が、ぶっちゃけ少ないと思う……
——なにせ、このカードを使ったとしたら、あとの流れは、基本的に星兵たちに任せるしかなくなるから……わたしの裁量でどうにかすることもできないし……
それくらい、この【戦闘形態転換領域】は、ぶっとんだ効果を発揮するカードだから……。
うーむ、どうだろう……なんとか、じっさいに使わずに仕様を確認する方法はないだろうか……
……仕様の確認、か。
そういえば、他にも気になるものがいくつかあるんだった。
ゲームとの仕様の違いで気になる部分なんて、挙げればキリがないけれど……それとは別に気になっているものといえば、アレだ。
カガミおねえさんの技——の、詳細。
これについても、なかなかに気になる……。
カガミおねえさんは、こちら側の戦力としてもかなり強力なユニットの一つだから……おねえさんが使える技の性能を正確に把握することは、とても重要なんだけれど……
でも、カガミおねえさんは星兵ではないので……わたしにも事前知識がまったくない。まるっきり初めてみるような技もあるし、そういうのはじっさいに使ってみないと……どんな技なのか、わたしにも分からない。
ランク5になって増えたおねえさんの技の中で、わたしが特に気になっているものがある。
〈TPA〉の、【彼が未来か 視ら在りす】——とかいう……これ。
カガミおねえさんには、他にも色々と気になる技があるけれど……やっぱり、一番はコレだ。
技の説明を確認してみても、「未来を見通す」としか出てこないから……どんな技——どんな仕様なのか、わたしにもほとんど分からない。
それにしても、“未来を見通す”……か。
もし、それが本当なら……指揮官にとっては、この技は——戦略を考える身からすれば——これ以上ないくらいに……計り知れない価値を持つ。
——これは……もしかすると、もしかしたりするのだろうか……?
……試して、みようか?




