第203話 ほんと、こういうヤツが一番困るんだよね……
正気に戻ったチアキさんというプレイヤーを、カガミおねえさんが説得してくれたので……彼女もわたしの“盤上戦術”に味方側の戦力として組み込まれることになった。
わたしはこの新たな戦力をどう活用するかを——そのSTカードを確認しながら——考える。
【狂暴なる衝動の解放者チアキ】
種類——「星兵(扱い)」
等級——「3(相当)」
種別——「人型」
特技——「鎖鉄球技」「刻印能力」「発狂強化」
特性——「肉体狂化」
——ST——
LP——「4000」
AP——「3300」
攻撃——「3800」
防御——「3200」
速度——「2」
射程——「1」
——FT——
【トレードマークのキュートなピンクの髪にはまるで似合わない、狂暴なる精神と強靭なる肉体をあわせ持つ、終末に現れし桃色の狂戦士。破壊の権化のような鎖鉄球を振り回し、目に映るものすべてを破壊する。彼女の前に障害となりうるものはなく、彼女の通った後には——すべてのものが、その形を失うだろう……。※ この戦力には、一部のTCが使用できない】
数値的には、けっこう優秀な戦力だ。
少なくとも、実力の面では足を引っ張ることはないと思う。
だからといって、この新たな戦力の加入を手放しで喜ぶことはできない。
なぜなら……このチアキというユニットは、指揮官の言うことをぜんぜん聞かないという——そういうタイプのユニットだったから……。
どれだけ能力値が高かろうと、命令を聞かない兵士なんて何の役にも立たない。
とはいえ——カガミおねえさんにも頼まれてしまったし——この人も生身の人間なのだから、死なれないように気をつけないといけない。
まさか、言うことを聞かないユニットなんて、そんなイレギュラーが発生するなんて……
やっぱり、現実とゲームでは、大きな違いがあるってことか……
問題児の存在以外にも……ここまでとりあえず数ターンをこなしてみて、わたしは改めて、自分の能力である【盤上戦術】のことを——とりわけ、そのゲームとは違う細かい仕様についてを——すでにある程度は把握することができていた。
そもそも、現実で“盤上戦術”を発動した場合は、ゲームとは違って、プレートがおよぶ範囲とそうでない範囲というものが生まれる。
——ゲームでは最初から、ゲームフィールドのすべてがプレートとしてマス目状に分割された状態だったから……そもそも、プレート化していない場所というものが存在していなかった。
現実における“盤上戦術”の、その能力の効果がおよぶ範囲というのは、そのままこちらの星兵の“射程”のおよぶ範囲になるみたいだった。
だからこそ——特に前線を任せる星兵に関しては——“射程”の長さが重要になってくる。
本来、前線を任せられる能力の(——すなわち、それだけ“LP”や“防御”の高い)星兵というのは、どちらかというと“射程”が短い傾向にあるので……二つを両立するのはなかなか難しい——のだけれど。
でもそこは、開始前に“武装”カードをガン積みして強化することで、なんとかなった。
ゲームと違うところというなら、もう一つ、決定的な違いがあった。それは、ゲームのフィールドには、上(あるいは下)という概念が存在していなかった、という点だ。
基本的に、『サモドラ』は見下ろし型の視点から、プレートで区切られた盤面を見ながら操作していく感じのゲームだった。
だから……空を飛ぶ敵が、プレートのおよぶ範囲を越える上空から襲ってくる——なんて状況は、そもそも存在するはずがないのだ。
縦横が百メートルくらいの長さの四角形は、もっと正確にいうならば、“高さ”も百メートルくらいの立方体だった。
それより上の高さはやはり、能力のおよばない領域になってしまう。
そんな上空から——まさに今、プレート内に侵入しようとしている敵がいた。
その敵——空飛ぶ機械獣は、今まさにエリア外の上空から、このプレートの中心部付近の境界に向かって接近し、接触して……そして、そのまま来た方向へと突き抜けていった。
“盤上戦術”を発動してすぐに、わたしはゲームをふつうに進行させつつも、この能力についていろいろな視点から検証を始めていた。
その視点の中にはとうぜん、能力のおよぶ範囲の外部からの調査というのも含まれている。
とはいえ、実のところ……今のわたしは、“盤上戦術”を使っていることで能力がいろいろと制限されてしまっているので……“盤上戦術”に使う以外のカードを召喚することが出来なくなっている。——というか、“盤上戦術”を発動して維持するので精一杯で、他のことをする余力がぜんぜんないという感じ。
とはいえ、“盤上戦術”を使う前に、あらかじめ呼び出しておいたカードについては、いちおうそのまま(“盤上戦術”の外でも)活動を継続できるみたいで——カードとの“繋がり”についてはほとんど途切れてしまったけれど、それによって召喚自体が解除されたりはしないみたいだった。
まあ、そうでなければ——そういったカードについては、事前にマドカに“繋がり”を引き継いでもらっていたとはいえ……そのマドカ自体が、わたしが召喚した星兵なので——それらを任せたマドカごと、すべてのカードの召喚が解除されるところだった。
ともかく、わたしは“盤上戦術”でせいいっぱいだけれど、マドカはマドカで独自に星兵を召喚したりすることが可能なので、マドカに協力してもらえば、“盤上戦術”の外部でも星兵を使うことは可能だった。
なのでわたしはマドカと協力して、“盤上戦術”の領域外にも偵察用の星兵(“偵察鳥”や“砂土竜”)を呼び出してもらうことで、すでにプレートの上下の境界についての調査を終わらせていた。
そして、その調査の結論として——この“領域”は、側面からしか入ることはできなくて、上や下から入ろうとした場合は、いつの間にか来た方に戻ってしまうことになる……ということがわかった。
詳しいことはよくわからないけれど、なにやらプレートの上下の境界部分は空間が捻じ曲がってる(?)みたいで、(上や下から)入ろうとしても、元きた方に戻るようになっているみたいなのだ。
というわけなので、上とか下から一気に中心の司令部をねらうなんてことはできないのだった。
そんな“ズル”はできないとわかって、とりあえずわたしはほっとする。
“盤上戦術”の境界については、そういう感じなので……敵がわたしたちに攻撃しようと思ったなら——司令部から見れば、四方八方にそれぞれ五マス分くらいは横に広がっている——この盤上戦術の外縁部分から入ってきて、それから中心に向かって侵攻していくしかないということになる。
そしてとうぜん、プレートに入ったからには、敵も“盤上戦術”における制限に従わなければならない。
ここで、地味に効果的だと思ったのは、外からプレート内に敵が侵入してきた場合は、最初のプレートに入った時点で、そのユニットのターンが終わってしまう——という仕様が存在することだった。
これは一応、ゲームの方にもあった仕様なのだけれど……。まあそもそも、ゲームにはプレートの外という概念はなかったのだけれど……でもたまに、そういう感じの演出が入ることがあった。そう、ゲームの途中で、どこからともなく乱入してきた敵が現れるってことが。
ただその場合には、その敵は乱入してきた時点でターンが終了している扱いになっていたので……これはあるいは、それが再現されているということなのかもしれない。
まあ、おかげで、こちらは常に相手に対して先手を取ることができるから……その点はじっさい、こちらにとってはかなり有利な仕様となっていた。
——ちなみに、敵の本体以外にも、外から放たれた攻撃などについても、プレートに侵入した時点ですべての“射程”を使いはたした扱いになるようで、どんな攻撃も一番端のプレートより先には侵入できなかった。
そんな感じで、侵入後に敵が動けるようになるまでに、まずそれなりの猶予がある。
そして、その敵のターンがきて動けるようになったとしても……そこからの行動にも、“盤上戦術”のルールが影響してくる。
1ターンに移動できるマスの数は“速度”に左右されるし、攻撃がどこまで届くかについても、“射程”の値によって厳密に管理されている。
そもそも、プレートに入れる数も(基本的には一つのプレートに一つのユニットと)決まっているので、いっきに大量の敵が侵入することもできない。
まあ、ザコ敵ならひとまとめになって侵入できるけれど……でもその分、攻撃のダメージも全員に入ることになるので、それはそれで倒しやすくなる。
そういう意味では、脅威となる敵は、どちらかというと……やっぱり、単体で強力なボス級の敵——ということになるのかも……
だとすると、こちらが取るべき基本戦術としては、多数制圧型よりも、むしろ少数精鋭型の方にするべきなのかな……
どっちにしろ、カガミおねえさんはバリバリ強化していくつもりだったし……それならもう、初期メンをガンガン強化していく方針でいくべき……?
それならそれで……これからの戦術も、それにそったものにしないといけない。
みんなを十分に強化する前に強敵が来ないように……ひとまずの“盤外戦術”としては、全体の戦力の把握——とりわけ、ボス級の敵の位置を把握して、序盤はできる限り遠ざけておくようにして……
それと並行して、養分になりそうな相手は、積極的に誘い込んで排除していって……
あとそう、生産系のカードについても、どんどん召喚して強化していかないと……。
そんな風に考えながらも……わたしは改めて、戦場全体のようすを——とりわけ、“盤上戦術”の範囲外である、領域の外側のようすを——確認していく。
マドカが“盤外”に呼び出した“偵察鳥”と“繋がり”、獲得した視界から——そこで見た光景を、わたしにも“念話”で送ってもらうことで——広い範囲を上空から俯瞰的に探っていく……。
……ふむ、ふむ……。
“機械獣”たちは今のところ、一箇所に集合しつつ、こちらのようすをうかがってきているみたいな感じ……
どうも向こうは、わたしの“盤上戦術”の能力を警戒しているみたい……
全体の統率が取れているということなのか、不用意に突っ込んできたりはしていない……
だけど、ちょくちょく侵入してくるものはいるし、さっきのように、上から来たりとかもしている……
あんがい、今は調査段階で、データが集まりしだい仕掛けるつもり——とかなんだろうか……
だとしたら……やっぱり、なるべく早くにこちらも強化して準備しておかないと……。
“怪獣”たちについては……機械獣とは真逆で、統率なんてものはぜんぜん存在していない。
そもそも、お互いに争っている怪獣とかもいるし……というか、機械獣やゾンビなんかと戦っているのもいる。……うん、すでにわりとめちゃくちゃだ。
でも、だからこそ、コイツらの動きはまるで読めない……
ただ、単純といえば単純だから、誘導するのはそこまで難しくないかも。
だけど……その時には、誘導役の星兵が絶対にやられないように気をつけないといけない……
もしも倒されてしまったら……その時には、またあの反動が発生する……。それはマドカが受けることになるけれど、彼女もわたしの呼び出した星兵である以上、その影響は巡り巡ってわたしの元に返ってきて——そして最悪は、また、わたしの能力が使えなくなってしまうことになる……。
——それだけは、絶対に避けないと……
だとすると、誘導役の候補は——やられても反動の少ない、ランクの低い星兵か……簡単にはやられないくらいに強い星兵の、二択……
とにかく、マドカにもじゅうぶんに注意してもらいながら、慎重にやっていかないと……。
さて……そしたら最後、“ゾンビ”たちに関してなんだけれど……
ゾンビそのものについては、まったく脅威ではなかった。アイツらとわたしの能力は相性がいい。
ゾンビのもっとも恐ろしいところである“数の暴力”というものが、わたしのこの“盤上戦術”には通用しないから。
いくら集まっても、一体一体が弱すぎるから、普通の攻撃でも一撃で簡単に全滅させることができる。
“速度”もひたすら遅いから、一マス進むのにも数ターンかかる始末で……これなら、いくら数がいようが、飽和する前に倒せるから問題ない。
これまでにも、すでにけっこうな数のゾンビを倒している。何も考えずに侵入してくるゾンビを倒すだけの楽な作業だった。
しかし、ここからは……どうやら、流れが変わってくるみたいだ。
ゾンビたちの後ろから、新たな敵が現れ始めている……
というより、あれは……ゾンビを新たな敵に変えている——という感じだろうか……
そのようすを見るに……どうにも、ゾンビたちにも親玉となるボス級の敵——統率者が存在しているみたいだった。
それらの情報をふまえて……わたしはこれからの方針を決めていく。
“機械獣”については——ひとまずは放置。監視は続けつつ、手は出さない。
“怪獣”は——どうにか動きを誘導してみるとしよう。場合によっては、倒せそうなヤツから“盤上戦術”に引き込んでいって仕留めていく。
“ゾンビ”たちは——こちらから攻めようか。どうにも、連中には時間を与えない方がよさそうだ……。ここはいっそのこと、“盤上戦術”ごと、ヤツらに侵攻していくとしよう……。
よし……これで、ひとまずの方針は決まり。
不安要素も、色々とあるけれど……でも、待っていても事態は好転しないだろうし……やっぱり、こちらからも動くべきだ。
一番の不安要素は——あるいはあの、言うことを聞かないユニットの存在かもしれないけれど……
はぁ……どうしようかな、アイツ。ああいうのが一番困るんだよね、ほんと……。
と、そこで——
【指揮官のターン!】
わたしのターンが来た。
とりあえず、ドロー——
来たのは……次の四枚。
【妖精の家政婦ポエミー】
【黄金のなる樹】
【弾薬箱】
【高度補助機能搭載型浮遊式戦車】
来たっ、妖精ちゃんだ……!
よしよし、これはすぐにも召喚だ。
お次は“金樹”か……これもいいね。
だけどちょっと、召喚するにはタイミングがまだ早いかな……
まあ、とりあえずキープしておこう。
“弾薬箱”……これもキープ。
しかし、これでキープが五枚——ちょっとキツくなってきたかも……。
最後は……“浮遊戦車”、か。
これは……いや、使えるかも。
ちょっと確認——
【高度補助機能搭載型浮遊式戦車】
種類——「道具」
等級——「3」
乗員——「4」
——ST——
LP——「14500」
攻撃——「3300」
防御——「3500」
速度——「2」
射程——「3」
——FT——
【最新鋭の武装や機能が搭載されているこの戦車は、目玉の浮遊走行機能により、過酷な地形をものともしない高い踏破力を持つ。それに加えて、「マジでサルでも操縦できる」と評されるほどに高性能な操縦アシスト機能も加われば、もはや“すべての指揮官が欲する垂涎の兵器”との謳い文句も、あながち誇張とは言えないであろう。※ 運用の際は、1ターンにつき3ダースの燃料棒に匹敵するエネルギーが必要】
うん、うん……STとしても、けっこうな強さだね……
いいね、この性能ならじゅうぶん、前線も任せられる。
なら、これに——あのチアキって人と……それから、ウサミンたちも乗せてしまえばいい。
そうすれば——仮に、問題児が言うことを聞かなくても、ウサミンたちでリカバリーできる。
となると、あとの問題は、はたして問題児が素直にコレに乗ってくれるのか、だけれど……
これについては——わたしにはどうしようもない、ので……
なんとか、カガミおねえさんに説得してくれるように、頼んで任せるしかない、かな……。




