第200話 『領域展開』? 『固有結界』? ——いいえ、【空間装蝕】です(略して【空装】)
ランディはかなりフレンドリーな性格だったので、彼女との初顔合わせは、とてもスムーズに進めることができた。
人となりには問題なさそうだし、あと気になるのは戦力についてだけれど——と思った私は、彼女のSTカードを確認して……そして、度肝を抜かれた。
【陽気な戦搭機乗りランディ】
種類——「星兵」
等級——「3」
種別——「人型」
特技——「戦機操縦」「兵装駆使」「炉心携帯——専属機体」
特性——「人機一体」
——ST——
LP——「1800(185300)」
AP——「4100(124400)」
攻撃——「1700(13500)」
防御——「1500(12600)」
速度——「1(4)」
射程——「2(6)」
——FT——
【精神力を特殊なエネルギー(SP)に変える精神動力炉を搭載した戦搭機——その中でも希少な専属機体を乗りこなす、稀有なる才能の持ち主。彼女の強靭な精神より紡がれる極めて純度の高いSPは、心理反応炉の機能を極限まで発揮させることができる。とはいえ普段の彼女は、持ち前の陽気さにより周囲を和ませる気のいいお姉さんである。※()内の数字は専属機体に搭乗時のもの】
おいおいおいおい……なんじゃこりゃあ……。
星兵に詳しくない私でも、ランディのSTが色々とおかしいということは分かる……。
いやほんと、ダンタリオンって何なん……?
それ呼び出したら、カッコの中のSTになるんじゃろ……? いやそれ、桁が違うやん。そんなんR3の数値やないやん……。
朗らかで陽気な雰囲気からは、まったく想像できなかったランディの実力を知って、私は大いに驚いていたけれど——
そんな私の元に、ランディに引き続いてマユリちゃんから送られてきたブツには、これまた大いに驚かされることになった。
そのブツ——私だけじゃなく、他の星兵たちにも送られていた、各々に装備してもらうための——武装カードは、少しでも私たちを強化するために、マユリちゃんが用意してくれたものらしい。
次々と送られてくる様々な武器やら乗り物なんかで……にわかに私たちがいるこの場所——適当な雑居ビルの一角も、一気にごちゃつき始める。
とはいえ、元からここには助け出した人たちを一挙に収容しているので、いまさら少しばかり追加で何かしらが増えたところで、さしたる違いはないと言えるのかもしれないけれど……
まあ、その救出対象の人たちは、同じ建物内の別の場所に——分散して、満遍なく——収容して滞在してもらっているのだけれど……そうでもしないと全員が入らないくらいは多かったので。
そういえば、マユリちゃんの能力で戦うにしても、この生存者の方々はどうするつもりなんだろうか。
彼女にも当然、この生存者の人たちを助けたいというこちらの意向は、すでに伝えてはいるけれど……
そうは言っても……この人たちに関しては、ぶっちゃけ完全に足手まといというか、文字通りのお荷物になってしまっていると言わざるを得ない。
実際のところ、これだけの人数を守りながら戦ってほしい——だなんて……我ながら、かなりの無茶振りのような気がする。
うぅむ……ちょっとその辺、一度、マユリちゃんにも確認しておくべきだろうか——
なんてことを私が考えていた、まさにその時。
私がマユリちゃんに不安な内心を吐露するよりも先に、事態はすでに進展してしまっていた。
すなわち……ついに、その時がやってきたのだ。
『“盤上戦術——戦術展開”』
きたっ——!?
つ、ついに、発動する……!
マユリちゃんの新スキル——この状況を打破できる可能性を秘めた、広域特殊領域展開能力である、【盤上戦術】が……!
すると、その瞬間——能力の基点となるシャイニーを中心に……何かが辺り一帯に広がっていく。
そのことを私は、確かに感じとっていた。
さっきまでとは空気が違う。上手く言えないけれど……空間の様相が、なにやら変異している。
今やここは、普通の空間とは違う……特別な空間——特殊な領域に、すでに切り替わっている……。
そう理解するのと同時に、今度は私の体にも変化が起きて——
突如として、視界が暗転する——。
そして……気がついた時には——私は、さっきまでいたビルの中とはまったく異なる場所に、一人で立ち尽くしていた。
……っ、い、今のは——?!
も、もしかして、転移……!?
初めての感覚——と、言いたいくらいに奇妙な感覚だったけれど……しかし、私は以前にも一度、こんな異常な感覚をすでに体験していた。
それこそは、忘れもしない、つい先日のこと。
恐ろしき刺客である、シスという無慈悲な殺人鬼に襲われたマナハスを助けるために発動した、“君の元へ”のスキルにより——私はつい最近に、人生で初めてとなる、転移という稀有なる事象を体験していた。
そして、今さっき私が体験した感覚もまた、あの時と非常によく似たものだった。
やっぱり……転移、したのか。
では、ここは……いったいどこなんだ?
差し当たって、周囲を見渡してみれば——先ほどまでとは違い、今は屋外にいるのだけれど……それ以外に関しては——さっきまでいたビルの窓から見えていた風景と比べても、そう変わらないようにみえる。
つまりは普通に……ここは日本の田舎のどこかの片隅だと思われる。
ひとまずは、自分が今までいた場所の延長線上にある場所だろうと分かり、私は安心する。
転移一つにそこまで慌てるなんて大げさな——なんて、思われるかもしれないけれど……。
しかし、転移というものが、事実として、とびきり常軌を逸した移動法である以上は、なにも大げさとはいえない。
なにせ転移というものは、連続した空間上を移動するのではなく、空間そのものを飛び越えて移動するのだから……次の瞬間どこに現れるのかは、それこそ無数の可能性があり、行き先の選択肢は、まさに無限の彼方へと広がっているのであるからにして——
——いやいや、それはいくらなんでも大げさすぎるでしょ……。というか、いつまで転移の衝撃に浸ってんのよ。いい加減、そろそろ立ち直りなさいよ。
む、カノさん。いや、そうは言うがね……
——そんなことよりも、いま優先するべきは状況の把握でしょ。まあ、それについては、すでにワタシの方で、あらかた済ませてしまったけれどね。
えっ、マジすか。
さすがカノさん……仕事が早い。
——別に……星兵なら誰でも使える共通能力を利用しただけよ。そうしたら、すぐに色々と把握できたわ。ほら、『“これよ”』。……さ、アンタも見てみなさいよ。
む、これは……なるほど。——なんだか、プレイヤーの持つ基本能力とも似たような感じのアレだね……。
確かにそれは、プレイヤーが持っている基本的な能力と似通った感じの使い方だったので、わりあいすんなりと私にも扱うことができた。
ふむ、色々な機能があるね。他の星兵と通信できたり、領域内のマップを確認できたり……
マップ——そうだ、私の現在位置は、結局どうなっているんだ……?
——ここは……さっきまでいたビルからすると、直線距離にして、およそ百と数十メートルくらい移動した場所ね。ほら、さっきまでいたビルは、あそこよ。
あ、ほんとだ。……なんだ、距離的にはその程度しか移動していなかったのか。
マップの全体像は——それなりの広さだ。大雑把にみたところ、その広さや形状としては、1㎞四方の正方形ってところか。
そして——面積にすると、だいたい1㎢になる——その正方形のマップは、まるで碁盤の目のように等間隔にマス目状に分割されている。
中心のマス目にいるのがシャイニーで、今の私がいるのは、そこから左斜め上に隣接しているマスだった。——シャイニーのいる中心のマスの中には、私たちがさっきまでいたビルがある。彼女は能力の基点(あるいは起点)となるらしいので、とうやらほとんど移動していないようだ。
マスの大きさは、一辺がだいたい百メートルの正方形で、マップ全体としては、縦横にそれぞれ十一個のマスがあり、全体数としては、11×11=121個のマスがある……というのが、このマップの——ひいては、“盤上戦術”の効果範囲の全容のようだ。
ということは、マップ上の表示からも分かるけれど……まあ、それに頼らずとも、そのことは今この場にいる誰もが自ずと理解するところだろう。
なぜなら——マス目によって区切られているのは、なにもマップの上での話というだけではなく……現実上においても、今この周辺はマス目上に分割されているので。
事実——半透明なので、よぉく目を凝らさないと見えにくいのだけれど——私のこの目に映っている現実の空間上にも、マップ上でマス目を区切っている境界部分と同じ位置に、境界を表すひたすらに巨大な壁が存在しているのが見てとれるのだった。
マップで見る分には、そんなに広くないような気がしたのだけれど——しかしいざ、自分の目で体感的に、マスで区切られたその範囲を確認してみると……
いやぁ、これはなかなかに……広いっすね。
マジで、これだけの広範囲に渡る領域に影響を及ぼす能力とは……いやはや、さすがはマユリちゃんの新技だ、規模がとんでもねぇぞ。
——しかも、それだけじゃないわよ……見て、この領域の中、さっきまでいた敵の反応が、すでにかなり減っているわ。それも、残っているのはゾンビとかのザコばかりで、強そうなヤツはもれなくいなくなっているみたいなのよね。
ほんとだ、いなくなってる……。
や、マジで、さっきまでは実際、けっこうな数の敵が、すでにこの辺り中でバチバチに戦っている——って感じだったのに。
これは——まさかこれも、“盤上戦術”の効果なの?
じゃあ、マユリちゃんってば、あれだけいた敵の大部分を、こんなにアッサリとやっつけちゃったってコト……?!
——……いや、倒してまではいないみたいね。どうやら、いなくなった敵は、あくまで領域の外に飛ばされただけみたいよ。
そっか……。
いや、まあ、だとしても……相当ヤバいけどね?
とはいえ実際、めっちゃ助かったのも確かなんだけれど。
だって、さっきまでは大量の敵に囲まれてて、わりと絶望感な状況だったってのに……それが今や、一気に形勢逆転というか、いい感じに持ち直したってわけなんだから。
いやいや、これはマジで……もしかすると、もしかするんではないの?
マユリちゃん肝入りの、この“盤上戦術”の能力があれば……ぶっちゃけ勝ち目とかまるでなさそうだった今回の大群勢相手にも、まさかまさかの、勝てちゃったりとかするんじゃないの……?
——それはどうかしらね……楽観するのは、まだ早いと思うわよ。そもそもワタシもアナタも、まだこの“盤上戦術”という能力について、ほとんど理解できていないし……それに、ただ戦うだけではダメなのよ? チアキのことや、生存者たちのこともあるんだから。
わ、分かってるよ。今のは少し、興奮しちゃっただけだから……。
そうだよね、チアキのこともある……というか、アイツはどーなったん?
距離的には、チアキが暴れていた辺りも、この“盤上戦術”の領域の内に含まれていたはずなんだけれど。
まさか、チアキも敵扱いされて、領域の外にすっ飛ばされてとかいないよね……?
——大丈夫、いるわよ、ちゃんと。ほら、ウサミンのいるマスの、すぐ隣。
お、いたいた。
マップ上のアイコンとしても確認できたけれど——“視点操作”を使って、上空に飛ばした視点からズームして実物の様子を確認してみると……
どうやら、チアキも転移によって別の場所に飛ばされたみたいで、軽く混乱しているような反応をみせていた。おかげで——一時的にかもしれないけれど——今は暴れずに大人しくしている。
うーん、しかし今のチアキの扱いって、どうなっているんだろうか。私と違って、味方のユニットとして取り込まれたって感じじゃないし……やっぱり、普通に敵扱いなのかな。
敵があらかたいなくなったから、これでチアキも安全になったわけだけど……でも、すると今度は逆に、チアキそのものが私たちの脅威になる可能性が出てくる……。
実際のところ、マユリちゃんはどうするつもりなんだろうか。いまさらながら、あんな厄介なヤツを——できれば、あまり傷つけることなく——どうにかしてほしいだなんて……私も随分と無茶な要求をしてしまったものだ。
でも、これだけの能力を使えるマユリちゃんなら、もしかしたら……
『——えー、おほん、皆さん、お待たせいたしました。“盤上戦術”が無事に発動しましたので、これよりは私シャイニーが、マスターの代理として、今回の戦闘の指揮官を務めさていただきます。どうぞ、よろしくお願いします』
『おっ、shiney! いよいよ始まるみたいだね〜! うんうん、よろしく〜!』
『ああ、我々の指揮は任せるぞ、シャイニー』
『……(スイッ、ペコリ)』
「……あ、は、はい、よろしくお願いします……」
やばっ、なんかもう始まる感じだぞ。
まだ色々と気がかりなこともあるんだけれど……つーか緊張してきたな、さすがに……。
だって私、『サモドラ』のルールとか、ゆうてゼンゼン理解してねーんだからさ……。
『さて、星兵の皆さんは、“盤上戦術”についてはすでにご存知の通りかと思いますので、いまさら説明の必要はありませんね?』
『まーね〜、これが初めてってワケでもないし。——いやまあ、こんな謎の場所に呼び出されてってのは、初めてなんだケド』
『ええ、そうですね。その点では、普段とは違う部分もあるでしょうが……まあ、その辺りについてはおいおい、実際の進行の中で掴んでいってもらえればと。まあ、私もサポートしますので、心配することはありませんよ』
『うむ……どちらにせよ、一介の駒である我らは、ただ指揮官殿の指揮に従うまでよ』
『……(ウンウン)』
「えぁっ、っとお……いや、その……わ、私ぃー……」
やべぇ、やべぇぞ……やべぇって……!
私一人だけ、なんか場違いなとこにいる! 自分だけ、なんも知らんやつに巻き込まれてる……!
チアキの心配とかしている場合じゃない……私の方がピンチだ、これ……!
『ただまあ……火神さんは我々とは違い、完全に初心者ですので、色々と説明する必要がありますよね』
「っ! シャイニー……! そ、そうですよ、そうなんです……! 私、なんも分かってないですからっ……」
『ええ、ええ、分かっています。なので火神さんには、しっかりと説明していく必要があるでしょうね』
「ええ、ええ、そうですよ。お手数をおかけしますけど、そこはマジで、よろしくお願いします……!」
『もちろん、火神さんも貴重な戦力なのですからね、ちゃんとレクチャーさせてもらいますとも。さて、とはいえ……私も指揮官として色々とやることがありますので——そうですね、ランディさん、あなたに火神さんへの説明をお願いしてもよろしいですか?』
『おっ、アタシの出番だね! 任せて! キャガミンには、アタシがバッチリ説明しておくから!』
『助かります。では、頼みますね』
「あ、ありがとうございます、ランディさん」
『No worries.(気にしないで)。誰にだって初めてはあるからね。だからここは、おねーさんを頼ってちょーだい』
「ふふ、はい、お願いします、ランディさん」
『ランディでいいよ、キャガミン!』
「……おっけー、ランディ、よろしくね」
『Good.(いいじゃん)。その調子! 気楽にいきましょ〜ネ〜』
さすがランディ……私もいい感じに落ち着いてきたよ。
これは実際、教えてもらう相手としてはベストなチョイスな気がするね。——さすがはシャイニー、いい采配だ。
フレンドリーなランディからしっかりと教えてもらえるなら、まあたぶん、なんとかなるだろう……。
あとはもう……実際にやりながら掴んでいくしかないな、私も。
まあ、やりながらというなら、それこそ……
——そこで私は、自分の手に“恐る恐る”握られている、その装備を一瞥する。
マユリちゃんから支給された——このとんでもない——新武器についても、なんとか使いながら慣れていくしかなさそうだ……。
ぶっちゃけ、不安というならそれこそ、このとんでもない武器を私が使いこなせるのかどうかも、よっぽど不安なんだけれどね……。




