第199話 もう一人の規格外(チート)少女
『——あ、もしもし、その、マユリちゃん』
「あ、はい……なんでしょう、カガミおねえさん」
『あー、そっちは大丈夫かな? えっとね、ちょっと今、こっちは状況的にけっこうなピンチでね。それで、その、出来ればー、マユリちゃんの力を借してほしいなーなんて、思っているんだけれども……』
「あ、はい……えっと、こっちは大丈夫です。分かりました……わたしにできることなら、なんでも手伝います」
『あ、ありがとう……本当に助かるよ』
“浮遊型飛行船舶”に乗って、マナハお姉さんの家族がいるという場所への、移動中——。
カガミおねえさんから、わたしに手伝ってほしいとの通信が入ってきた。
おねえさんのいるところでは、なんだか今は、かなり切羽詰まった状況みたい。
それについては——少し前から、こちらにいるマナハおねえさんたちと、しきりに通信をしているようすを見ているだけでも……そんな雰囲気は感じていた。
なので、わたしも少し前からウサミンと感覚を共有したりして、おねえさんがいる現地のようすを独自に確認していたので、ある程度の状況はすでに把握できていた。
「えっと……そっちは今、敵の大群に囲まれてしまっているんですよね……?」
『うん、そう。そうなの。ほんと、困っちゃうよね……』
「それで……おねえさんは、どうするつもりなんですか?」
『ああ、うん。……それなんだけど——』
それから話される内容を——逃げるのではなく、その場にとどまるつもりなのだと——聞いて、わたしはすこし驚いたけれど、理由を聞いて納得する。
カガミおねえさんは、戦いに巻き込まれそうな人たちを助けるつもりらしい。だから逃げずに、その場に残るつもりなのだと。危険なのは承知の上で。
逃げるならともかく、残るのだとしたら——あの状況だから、戦いは避けられないよね……。
——この状況で、わたしにできることは……
……思い当たる能力が、一つ——ある。
「……分かりました。なら、その……とにかく、まずは増援を送りますね」
『わ、ありがとう、助かるよ。あ、でも、今の私たちって、敵に見つからないように隠れている感じだから——ごめん、そこはちょっと気をつけてほしいかもなんだけれど……』
「……あ、はい、分かりました。……それじゃあ、まずはシャイニーだけでも、そっちに送ろうと思うんですけれど……大丈夫そうですか?」
『あ、うん、そうだね、シャイニー一人くらいならたぶん、大丈夫だと思う』
「それなら……今からシャイニーを送ります」
『うん、ありがとう。お願いするね』
すぐにわたしは、この場にいるシャイニーを現地に転送する。
「————、……じゃあ、シャイニー、よろしくね」
「はい、お任せください、マスター」
シャイニーを送り出す前に、彼女には向こうでやってもらいたいことを手短に説明しておく。
了解の返事を残して——この場からピカッと光って消えるシャイニー。
無事に向こうに着いたシャイニーとの“繋がり”を通して、わたしは“Lv15になって新たに覚えた能力”を、“少し変則的なやり方”で使えるのかを確認する。
検証の結果……感覚的に、どうやらちゃんと使えそうだと、わたしは理解する。
もっとも重要な部分は確認できたので、わたしは続いて、救助活動を手伝うために役に立ちそうなカードを選んで、現地に送り込んでいく。
すでに複数のカードを召喚しているわたしが追加で召喚するのは大変なので、ここは彼女に召喚してもらうことにする。
“彼女”の存在もあり、今のわたしは使えるカードが一気に増えているので、豊富なカードの中から最適なカードを選ぶことができる。
カードたちの活躍により、救助活動はつつがなく進み、生き残っていたたくさんの人たちを迅速に回収することができた。
救助をあらかた終えたところで、カガミおねえさんから今後について相談を受けたわたしは……
『それで、マユリちゃん。これからのことについてなんだけれど……』
「あ、はい。……えっと、そのことなんですが、実はわたし、今の状況で使えそうな能力に、心当たりがあるんですけれど……」
『え、ホント?! そ、それって、どんな?』
「あ、その、これはわたしが、Lv15になって解放された、えっと——ジョブ、でしたっけ。これを獲得したことで、新しく使えるようになった能力なんですけど——」
ここぞとばかりに、その能力を使うことを提案した。
そしてわたしは、カガミおねえさんに、つい最近に覚えたばかりの——しかし、すでによく知っているはずの——新たな能力である【盤上戦術】について、手短かに説明していく。
“盤上戦術”は、一言でいえば——「一定の範囲を、『サモドラ』のゲームシステムが支配する領域に変える」という能力だ。
ゲームジャンル的には、SLGが近い『サモドラ』は、プレートと呼ばれるマス目で区切られた戦場を舞台に、プレイヤーはそれぞれがカードから召喚したユニットなどをフィールドに配置していって、お互いにさまざまな戦略を熱く戦わせながら、最終的には相手の本拠点を先に制圧した方が勝利の栄誉を手にする——という、そんな感じのゲームだった。
PvPモードだけではなく、PvEモードもあり……PvEの中には、押し寄せる敵の大群から自分の拠点を守り抜くのが目的のモード——なんてのもあった。
なので、『サモドラ』のゲームシステムというのは、基本的には(最初は少数の味方勢が)多数の敵勢と戦っていくという流れに合わせたルールになっている。
だからこそ、今のこの——多数の敵に囲まれており、それらを少数で撃退しなければいけないという——状況で使うには、これはまさにもってこいの能力だといえるのだ。
……という感じのことを、わたしはカガミおねえさんに(ところどころ早口になりそうなのを、意識して抑えながら)説明していく——。
『——なるほど……じゃあその、“盤上戦術”ってスキルは、こういう対多数戦でこそ真価を発揮する能力なんだね。……分かった。じゃあ、マユリちゃん、さっそくで悪いんだけれど……そのスキル、使ってみてもらってもいいかな?』
「いいんですか……?」
『うん。……正直、他に有効そうな手段も浮かばないし……。ここはもう、マユリちゃんのその新スキルを試してみてほしいと思う』
「分かりました……それじゃあ、やってみます」
『うん、お願い』
カガミおねえさんからも、“盤上戦術”を使っていいと許可をもらえた。
——やった、使っていいって……!
——自分でも、なるべく早くに使ってみたいと思っていた能力だったので、少し強引に提案したという自覚はあるのだけれど……でも、受け入れてもらえたので、よかった。
正式に許可ももらえたので……わたしはさっそく、シャイニーとの“繋がり”を意識して——彼女を自分の代わりの指揮官にすることで、新たに覚えた能力である【盤上戦術】を、遠隔地において起動させる。
『“遠隔起動——盤上戦術——起動開始”』
この“盤上戦術”は、かなり大がかりな能力なので……じっさいに発動させる前の起動の段階から、いろいろと準備を進める必要がある。
とはいえ、無事に能力を起動させることには成功したので——今のわたしの視界には、シャイニーを中心にした、半径数百メートルの範囲の状況を記した地図が表示されていた。
そのマップ上では敵の反応の他にも、マップの範囲内にいる星兵たちや、プレイヤーであるカガミおねえさんの存在も確認することができている。
しかも、カガミおねえさんに関しては……これはっ——?!
……なるほど、つまり、わたしと協力関係にある能力者は、星兵と同じような存在として、わたしの“盤上戦術”に取り込めるってことなのかな、これは……。
だとしたら、“盤上戦術”を発動するのに必要な条件である、初期配置の四騎の星兵は——指揮官のシャイニーを除いても、カガミおねえさんを一騎に数えるなら、アンジーとウサミンを合わせれば——あと一騎でいいわけだ……。
それなら……残る一騎はランディを送れば、それで初期配置の戦力をそろえることができる……。
少しだけ迷ったけれど……わたしはカガミおねえさんに参加申請を送ってみる。
——カガミおねえさんを一騎の星兵としてカウントできるなら、その分だけ召喚する星兵を減らせるから助かるし……
例の、暴れているプレイヤーの人のこともあるし……プレイヤーを“盤上戦術”に取り込んだらどうなるのかは、先に試して知っておきたい。
カガミおねえさんはすぐに申請を受理してくれたようで——わたしは、おねえさんのSTカードを確認することができた。
——っ、これは……!
——すごい……強い……!!
そして、とても驚いた……なにせ、カガミおねえさんは、とても強力で優秀なカードだったから。
これなら——この強さなら、カガミおねえさんにはこのまま星兵として戦ってもらえたら、すごく助かる……のだけれど。
そう思ってわたしは、カガミおねえさんに戦ってくれるか確認してみたら——おねえさんは二つ返事で了承してくれた。
拍子抜けするくらいにあっさりとカガミおねえさんが参戦してくれたので、これで必要な星兵は残り一騎となった。
なのでわたしは、残る一つの枠を埋める星兵として、この場にいるランディをカガミおねえさんの元に送ることにして、おねえさんにもそう伝える。
これまでランディには、この空飛ぶ乗り物を操縦してもらっていたので、操縦者である彼女がいなくなるのはちょっと心配だけれど……でもまあ、大丈夫かな。
だってこの飛行船は、普通に操縦するだけなら、わたしにもできる……というくらい簡単というか、ほとんど自動操縦なので、この乗り物は。
だからランディはあくまで、戦闘が起きた時への備えだった。——自動操縦では、反撃とか回避とか、そこまでは出来ないと思ったから……。
でもまあ、今のところはぜんぜん、敵が出てきそうなようすはないし——“シノブ”のおかげで、そもそも敵に見つからないようにしているから——問題ないだろう。
『えーっと、よく分かんないケド……とりあえず、これからまた別のトコロに送られるってコト、なんだよね?』
「うん、そう。何をするのかは、また後で指示するから……じゃあ、ランディも、気をつけてね」
『Roger.(了解)、マスター。任しといて!』
ランディにはろくに説明もできなかったけれど、時間が無いのでしょうがない……。
少しだけ申し訳ない気持ちを覚えつつも、わたしはランディを送り出した。
『“遠隔召喚”』
ランディを送ったので、いよいよ現地に必要なユニット——指揮官と四騎の星兵——がそろった。
これで一応、“盤上戦術”を発動させるための最低条件は満たしたけれど……
でもまだ、それとは別に、やっておくべきことがある……
それというのも……“盤上戦術”を発動させたら、どうも、他に使える余力は無くなってしまうようなので……
今のうちに、そちらについても備えておかないといけない。
まあ、でも、それについては……“彼女”に任せれば大丈夫かな。
「……マドカ」
「……」
視線を向けて名前を呼ぶと、無言のままでこちらにやってくる——わたしと同年代の女の子。
新しく手に入ったカードの中に、彼女のカードがあったのは……ほんとうに、これ以上ないくらいの幸運だった。
【無垢なる星霊の担い手マドカ】
種類——「星兵」
等級——「3」
種別——「人型」
特技——「星霊招兵」「盤上戦術」「星霊降臨」
特性——「二重人格」
——ST——
LP——「500」
AP——「5000」
攻撃——「500」
防御——「500」
速度——「3」
射程——「1」
——FT——
【…………(わたし、マドカ! サドリスト・チャンピオンを目指しているだけの、普通の女の子。幼馴染みのワタルといつも一緒で、暇さえあれば『サモドラ』バトルの腕を磨いてるの! 普段はすっごく大人しいんだけど、でも、『サモドラ』バトルの時は……性格が——めっちゃ——変わるってよく言われる……。えぇ〜……そんなに変わってるかなぁ……?)】
なにせ彼女がいれば、それは実質的に、わたしがもう一人いるようなものなのだから。
——いや、カドマのことも含めれば、それってもはや、三人いるようなものなのかも……?
「わたしはこれから、シャイニーを指揮官の代理にして、向こうで“盤上戦術”を使うつもり……」
「……!」
「だから、マドカには——まずは、すでにわたしが呼び出している星兵たちとの“繋がり”を引き継いでほしい。……その、マドカも分かるんじゃないかと思うんだけれど——ほら、“盤上戦術”を発動したら、その時点で、よそに出してる星兵との“繋がり”は切れちゃうみたいだから……だよね?」
「……(こくこく)」——『“うん、そうだね、わたしにも分かるよ。——了解! それなら、そっちは全部、あとはわたしがリンクを引き継ぐね!”』——と、念話でも応じつつ、無言でうなずくマドカ。
『“ありがとう、マドカ——”』なのでわたしも、彼女に合わせて念話に切り替える。『“……それと、【盤上戦術】で使うカードは、マドカの手持ちのカードと合わせて選別しようと思うの。どれを選ぶべきか……一緒に考えてくれる?”』
『“そうだね……わたしの持ってるカードも含めて、最適なデッキを組みたいところだよね。——分かった! じゃあ、一緒に選ぼうか”』
『“うん、ありがとう”』
『“あ、そうだ、そういえば——カドマにも何枚かカードを渡していたよね……?”』
『“あ、そうだったね。うん、それも忘れないようにしないとね……”』
手始めに、わたしは自分の呼び出しているカードとの“繋がり”を、マドカに引き継いでいく。
春日野高校に念のため残してきた、“弾丸鳥”——
幽ヶ屋神社にずっと置いたままになっている、“乱生の角ウサギ”——
ショッピングモールに残してきた、もう一人のマドカである“カドマ”は……元からマドカが召喚しているから、いいとして——
あとは、この場にいる“シノブ”と……そうそう、忘れちゃいけない、“浮遊型飛行船舶”とのリンクもだった。——そうだよ……万が一にも、これが消えるなんてことになったら、大変どころの話じゃないからね……。
他にも、召喚していたものがいくつかあったけれど、それらは召喚を解除してカードに戻しておく。
そうして、手元に手札が出揃ったところで……続いて、“盤上戦術”に使うカードを選別していく。
もともとわたしが持っていたカードの数は——ジョブを獲得した時に、新たにたくさんのカードが手に入ってはいるのだけれど……だとしても——一つのデッキを組むのにギリギリ足りるといったくらいで、選別も何もあったもんじゃなかった。
だからこそ、マドカの存在は——彼女を召喚したことで、彼女が使う分のカードも一緒に召喚されたというのは——とても大きいものだった。
そんなありがたい存在であるマドカとも協力して、手早くカードを選別していく中で——ふとした拍子に、マドカがこんなことを言ってくる。
『“——ね、マユリちゃん。わたし、ちょっと思ったんだけど……これってさ、【盤上戦術】を発動させる前の段階から、初期配置ユニットに武装カードを装備させておけば、最初の始まった時点で、すでに強化された状態で始めることができたりとか……そんなことをできちゃったりとか、しないのかな……?”』
『“……なるほど、その手があったか。——いや、たぶん……それ、できなくはないと思う”』
『“だとしたら……やらない手はない、よね?”』
『“その通り……。——そうなると……どの武装を誰につけるかも、考えないとだね……”』
『“ん〜、悩みどころだねぇ……ま、とりあえず、四人のSTを見ながら考えよう”』
『“うん”』
『“やっぱり、最優先で上げるべきなのは射程だよね? あ、でも、指揮官のシャイニーは速度優先かなぁ……?”』
『“そうだね……ほかのSTは後から強化でも上げられるし……序盤を有利に進めるためにも、上げるとしたら、まずはその二つかな……”』
マドカのおかげで、わたしも見落としていた一つの可能性に思いいたった。
カードが増えただけじゃない……マドカの存在は、他にもたくさんの恩恵を与えてくれる……
やっぱり、彼女のカードがわたしの元にやってきてくれたのは、とんでもない幸運だった……。




