第198話 期待の逸材による、稀代の逸脱スキル
ああ、完全に逃げ遅れた……。
チアキが暴れ出した時点で——騒動に釣られて新たな敵が大量に湧いてくるなんて、いかにもありそうな展開なのだから——こうなることを見越して、さっさと安全圏まで逃げておくべきだった……
しかし、それは出来なかった。
自分が発端となって始まった戦い——それに巻き込まれて被害を受ける無関係の人たちを見捨てることが……私には、どうしても出来なかった。
別に、私は聖人じゃない……自分に関係のない人が他所でどれだけ死んだところで、まったく気にならないくらいには、無情な人間だと自負している。
だけど私は、変なところで責任感が強い人間だった。——見ず知らずの他人への情はないけれど、自分がしたことに対する自責の念はある。
そして、さすがに——自分のせいで誰かが死んでも平気な顔をしていられるほど、心無い人間でもない。
正直言って、私だけの責任ではないと思う。というより、ほとんどはチアキのせいだと思っているし、事実として、ほぼほぼチアキのせいでしかない。
アイツが後先考えずに“狂化”なんてイカれた能力を使ってなければ、こんな事にはなっていないはずなのだ……
しかし、チアキが“狂化”を使った、そもそもの原因が——戦いを始めて、彼女をギリギリまで追い詰めた——私にある以上、知らないふりは出来ない。
そう思えばこそ、暴れるチアキの破壊活動に巻き込まれた人たちを、これまでにもどうにかこうにか回収していったのである。
まあ……中には、すでに手遅れの人もいたけれど……いや、それについても、また決めつけるのは早い。
それこそ、私には“死者を蘇生する手段”があるのだから……そんな私にとっては、本当の手遅れとは、死んでからさらにゾンビ化してしまった時のことをいう。
だからこそ、死体もゾンビ化する前に回収する必要があった。回収さえしておけば、復活の可能性は残される。
手遅れになる前にと——必死になったかいあって、なんとか犠牲者の方々も漏れなく回収してしまうことはできた。
だけど結局は、そのおかけで今、こうして逃げ遅れて、にっちもさっちもいかなくなっている。
すでに、出来る限りのことはした。
どう考えても、この場の私たち三人だけではどうにもならないくらいの惨状になっていたので、私は早々に、マユリちゃんに頼んで増援を送ってもらっていた。
送られてきた援軍のおかげで——かなり強引なやり方になってしまったけれど——すでに巻き込まれた犠牲者の方々の回収だけでなく、これからまさに巻き込まれそうになっていた、付近にて生き残っていた生存者の人たちの確保や避難についても、なんとか間に合わせることができた。
しかし……それらが終わる頃にはもはや、ここは大混乱の大乱戦になっていた。
現在の私たちは、とある建物の中に身を潜めて、周囲の様子を窺っているところだった。
外の様子は……もはや、戦争映画もかくやという惨状だ。むしろ、戦争映画なんかよりもよっぽど酷い。
なにせ、暴れているのは人智を超えた怪物たちなのだから……戦争映画というよりは、怪物映画と言うべきなんだろう。
聖女様の魔法による防御結界により、今のところは、この建物の安全はなんとか保たれているけれど……それも、いつまでもつか分からない。
少なくない数の生存者をこの建物の中に匿っている以上、私一人だけ逃げるわけにもいかない。
かといって、ここを砦に反撃していって脅威を全滅させるには、敵の規模が大きすぎる……
まさに八方塞がり。打つ手無し。
私の冒険は、目的地に入ることすら出来ずに、ここで終わってしまったのか——なんて諦めの思考すら、脳裏をよぎる始末……。
しかし——
そんな……絶望に沈みかけていた私に、救いの手を差し伸べてくれた存在がいた。
それは、他でもない……弱冠十一歳にして、稀代の逸材であるところの——マユリちゃんだった。
彼女はさもアッサリと、この状況をなんとか出来そうな方法に心当たりがある、みたいなことを言った。
——えっ、マジ……??
——こ、こんな……こんな追い詰められた状況をなんとか出来るって……それ、本当ですかいっ!?
私は大いに驚いていたけれど、マユリちゃんはあくまで冷静に、私にその方法——というか、この場を切り抜けるために使う能力についてを教えてくれた。
その話を聞いた私は……決断する。
——まあそもそも、他に選択肢なんて無かったんだけれど……。
マユリちゃんに、その能力——彼女のジョブである『サドリスト』の、今のところ唯一使えるスキルである——【盤上戦術】を使ってもらう……という決断を。
そうと決まるや、マユリちゃんはさっそく行動に移る。
現在の彼女がいる場所からすれば、私がいるここは、かなりの遠隔地となるのだけれど……
それについては——援軍として、こちらに真っ先にやってきてくれた一人である——シャイニーを自分の代わりに術の基点となる指揮官にすることで、離れた場所でも“盤上戦術”を発動することができるようになる、ということらしく……
なので、彼女はシャイニーと二人三脚で、スキルを発動する下準備を進めていく。
『“遠隔起動——盤上戦術——起動開始”』
シャイニーを介して、マユリちゃんの新スキルが、起動を開始する……
目には見えないが、すでに何か大きなことが始まっている……それが私にも感じられる——
それを裏付けるように、その時、私の頭の中にシステムメッセージが浮かんでくる。
《“盤上戦術”への参加申請が届いています》
《申請を受理すると 星兵に相当する戦力として参戦することになります》
《申請を受理しますか——「Y/N」》
……なるほど、よく分からないけれど、ここまでくれば答えは一つ——『YES』だ。
《申請を受理しました》
《STカードが更新されました》
すると現れたのは……見覚えのある規格で表示されている、私のSTカードだった。
【終末を斬り閃く刃カガミン】
種類——「星兵(扱い)」
等級——「3(相当)」
種別——「人型」
特技——「刀闘武技」「炎熱能力」「雷電能力」
特性——「親愛友絆」
——ST——
LP——「3100」
AP——「2700」
攻撃——「4300」
防御——「3000」
速度——「2」
射程——「3」
——FT——
【力に目覚めてまだ日の浅い身ながらも、すでにいくつもの修羅場を潜り抜け、相当な経験を詰み相応の実力を身につけた若き俊英。高き素質は七つもの能力基盤を芽生えさせるほどであり、それらを組み合わせて使いこなすことが出来た暁には、きっと目覚ましい活躍を期待できることだろう。友情に篤い彼女は、常に友の想いと共にある。それは彼女の力の源であり、また彼女を助ける守護となるのである。※この戦力には、一部のTCが使用できない】
いや名前オマエ!
おいコラっ、誰が決めたんやコレっ! ふざけやがってよぉ……それでうまいこと言ったつもりなのかよっ。
……ったく。
にしてもこれ……どーなんかね、強いんかね?
“攻撃”とか、けっこう高そうな感じだけれど。
比較対象がないと、ちょっと分かんないなー。シャイニーとかアンジーのSTなら見たことあるけど……数値までは覚えてないなぁ。——あー、あの二人って、どれくらいの数値だったっけね。
アンジーとは以前に一度ガッツリ共闘した仲だし、そんな彼女のST値と比べてみたら、私のカードの数値の強さも体感的に実感できそうなんだけれど。
アンジーのカード情報、確認したいなぁ——
【忠実なる女騎士アンブロシア】
種類——「星兵」
等級——「3」
種別——「人型」
特技——「地重震剣」「地固能力」「剣闘武技」
特性——「騎乗技術」
——ST——
LP——「4200」
AP——「2800」
攻撃——「2900」
防御——「3600」
速度——「1」
射程——「1」
——FT——
【ひとたび主人と定めた相手に対する揺るぎない忠誠心は、彼女のその高潔なる精神に由来する。それは同時に、彼女の忠誠を勝ちとることの困難さを表しているが、卓越した剣技と防御に優れた地属性の能力を併せ持つ彼女の主人となることができた者は、まさに鉄壁の守りに等しい防御を得られることだろう】
なんて思っていたら、私の脳内に浮かび上がるアンジーのSTカードの情報。
うお、出てきた……!
これは……なるほど、そういうことなのか。
どうやら、“盤上戦術”に参戦したことで、今の私は味方である他の星兵の情報を閲覧したりなどの、ある種の操作を使用できるようになっているらしい——ということが、感覚的に理解できた。
ちょうどいいので、私はアンジーだけでなくシャイニーのST情報も呼び出したりして、自分のSTと比べてみる。
ふむふむ……そうね……まあ、二人と比べても遜色ないくらいのSTではあるか。これなら確かに、私もR3(相当)の星兵といっても問題なさそうね。
そんな風に納得していたら、マユリちゃんから通信が入ってくる。
その内容としては——私にもこのまま星兵として“盤上戦術”で戦ってほしい、というお願いだった。
どうやらマユリちゃんの方でも、私のSTカードを確認したようで——しかも、確認した私のSTの優秀さに驚いたらしく——この強さなら是非とも、このまま戦力として参戦してほしい、ということになったみたい。
別に、褒められて気をよくしたってわけではないけれど、私はそのお願いを二つ返事で了承した。
というか、そもそも私は言われなくても参戦する気満々だったので、むしろ、マユリちゃんから改めて参戦してほしいと言われたことに拍子抜けしたくらいだ。
元より、これは私の戦いで、彼女に助力を頼んだ立場なのは私なのだから……自分も戦うのは、それは当然のことだろう。
そんなやり取りに続いて、マユリちゃんからは、また新たにもう一人、星兵をこちらに送るとの旨が伝えられた。
なので私は、すぐにその新たな戦力を迎え入れる準備をする。
とはいえ、準備といっても私がやることは特にないので、やるとしても初対面の相手に対する気構えをしておくくらいのものだけれど。
——さて、どうやら私とはこれが初めましてになるらしい、この星兵さんは……はたして、どんな人なんだろうか。
まあ、とりあえず人型ではあるらしいので——場合によっては、アンジーみたく言葉が通じないことはあっても——話が通じないってことはないだろうけれど……。
少しの不安と大きな期待を胸に、待ち構える私の元に——マユリちゃんから新たな戦力が送られてきた。
『“遠隔召喚”』
遠隔召喚により、パッと光ってこの場に現れた、追加戦力の星兵である彼女は……
赤みの黄色の瞳に、レモンイエローの髪がよく似合っている、快活そうな印象を与えるお姉さんだった。
『やぁみんな! よろしくね! アタシはランディ。それで——Uh-oh.(っとお)……あー、マジかこれ。なんだか今って、かなーり差し迫った状況ってカンジ? ——みたいだね? Okay.——なら、細かい話は後にして、さっそく戦闘準備に取りかかるとしよっか?』
彼女——ランディは、実際のところ、かなり物分かりのいい人で、こちらから言うまでもなく瞬時に状況を把握して合わせてくれた。
『なるほどね……Copy that.(了解)。つまり……あのなんか頭イっちゃってるカンジに暴れてる子は、驚いたことに、ああ見えてワリと味方よりの存在だから、一応は彼女をそれとなく守りつつ、とりあえず襲いかかってくる敵と戦っていくってのが、今回のMissionの目的——ってことで、OK?』
「はい、それでオッケーです」
なので私たちは、彼女とお互いの自己紹介をするのもそこそこに、速やかに現在の状況を説明して目的を共有する。
チアキに関してだけれど……私は一応、彼女のことも出来れば助ける気でいる。
まあ、今現在は、こちらが助けるまでもなく、彼女は周囲の敵たちに負けず劣らず派手に暴れまくっているのだけれど……
しかし、それもいつまで続くか分からない。
これは私の予想だけれど……例の“狂化”が切れたら、相当手痛い反動が来るんじゃないかと睨んでいる。
——あれだけの戦闘力を発揮するのだ……理性を失うというデメリットがすでにあるとはいえ、それ以上のデメリットもないと釣り合わないだろう。アレはそれくらい強力なスキルだ。
だとすれば、彼女もいずれは力尽きてやられてしまう可能性は高い。
それこそ……私たちが、なんの手助けもしなかったら。
チアキは——現状では、まだ——私たちの味方ではない。
なので彼女は別に、無条件に助けるべき対象ではない……だから彼女を助けるのには、理由がちゃんとある。主に、二つの理由が。
一つは、彼女と戦う事になった元々の理由である、「謎の領域の内部の話を聞く」こと。
これがまだ達成されておらず、チアキが死ねば達成できなくなる以上、彼女を助ける第一の理由となる。
もう一つの理由としては、そもそもこの戦いの元凶と言えるのは、他でもないチアキのやらかしなのだから……その「責任を取らせる」ことだ。
思いっきり暴れるだけ暴れて、最後は自分もくたばってお終い——だなんて……そんな都合のいい話があるものか。これだけ迷惑をかけられておいて、なんの贖罪も賠償もなく許すほど、私は心の広い人間ではない。
だからチアキには、生きて——生き延びて、責任を取ってもらわなければならない。
……とかいう私の思惑はともかく、チアキを助けたいという私の意見は特に誰にも反対されることはなく、アッサリと受け入れてもらうことができた。
——ああ、みんな優しいね……わざわざ理由を言わずとも助けようとしてくれるなんて……ありがたいことだ。
ランディは来たばかりだし、状況もよく分かっていない様子だったけれど、それでも二つ返事でチアキを助けることについては了承してくれた。
どうやら見た目通りに、彼女は明るくて優しい性格のようだ。
基本的に、初対面の相手には人見知りする私としても、気さくなランディは話しかけやすい。
なので私は、彼女に改めて謝辞を述べた。
「すみません、ランディさん。呼び出して早々、こんなに慌ただしくて……」
『あー、ううん、全然! 気にしないでいいよ! アタシ慣れてるし、こーゆーの。なんつーか……アタシが元いたトコロでも、こーしていきなりワケも分からず出撃させられるなんて、マジでしょっちゅーだったから……』
「へぇ……そうなんですか」
『まあね、こーみえてアタシ、期待の星ってゆーか、“流星の機体乗り”だったから。自慢じゃないけど、もうホント、あらゆる戦場に駆り出されてたんだよネ〜……』
「はぁ、なるほど……?」
『でもダイジョーブ! 戦場の“ノリ”を感じ取る能力に関しては、アタシの右に出る者はいないって自負してるから! きっと今回もバッチリ活躍して、この戦いを勝利に導いてあげるからね! おねーさんに任せといて!』
「分かりました。——では、頼りにしていますので……!」
『Leave it to me.!(任せて!)、キャガミン〜!』
なんだろう……まだ短いやり取りを交わしただけなんだけれど、私、だいぶ好きかも知れない、この人。




