第190話 戻ってきたぞ、我が故郷! ……我が故郷? え、どうしたの我が故郷??
夢を、見た——……
自分の家の、自分の部屋で、誰かと話している夢。
部屋に上げるくらいだから、それはきっと、相当仲の良い相手のはず。私にとってはそんな相手など、マナハスかマリィくらい……
しかしその人は、そのどちらでもないようだった。
初めて会う人——? だけど、すでにどこかで会ったことがあるかのような……
不思議な感覚の夢……目が覚めたら、きっともう覚えていないような、そんな——
そんな夢から覚める契機となったのは、虫の知らせのような——危機感だった。
——————
————
——
ハッ——と、目が覚めた。
目覚めた後も、ジリジリと脳を焼くような危機感が続いていた。
開いた目に映るのは——これは……マナハスの胸だ。
どうやら私は、マナハスの胸に抱かれて眠っていたらしい。
名残惜しく思いつつも体を起こせば、すぐ反対側の隣に寝ていた藤川さんの、私に抱きついていた腕が解かれる。
二人とも、いつ寝たのか知らないけれど、私を挟むようにベッドに横になっていた。
安らかな寝顔を浮かべている二人は……いたって平穏そのもので、なんの危険とも無縁だった。
その様子にほっとするのも束の間——私の精神を苛む危機感は依然としてそこにあり、それは私の動悸を早め、焦りを募らせる。
寝起きのぼやけた思考を叱咤して、その感覚に集中する……。
これは……『待っててマナハス』のスキル——“君の危機”だ。
今まさに、私に危機を知らせている……?
だけど、ここは安全だし……マナハスに迫る危機なんて、なにも見受けられないが……
いや、そうか、これは——!
気がつくのと同時に、私はすぐに準備を開始する。
一刻も早く、この場から出発するために——。
◆
そして私は諸々の準備を最速で終わらせて、すぐに出発した。
私の準備が終わる直前に目覚めたマナハスたちとの別れの挨拶もそこそこに、私はその場を発ち、今やすでに機上の人になっていた。
移動の足は昨日も使ったヘリで、操縦も昨日と同じくアンジーに任せて、全速で向かっているのは——私の地元、故郷の地だった。
私を目覚めさせた“君の危機”が知らせてきた危機というのが、地元に残してきた私の親友——もとい、悪友であるマリィに迫る危機と、それからもう一人。
私の実の妹である風莉の、この二人に迫る危機だった。
どうやら『待っててマナハス』のジョブの対象となる“特定の人物”というのは、マナハス一人のことではなかったらしい。
私の感覚としては——この“君の危機”の対象となる“特定の人物”というのは、私が特別な親愛の情を抱いている相手のことを指すらしい……という認識なのだけれど。
なので、大親友であるマナハスについてはもちろんだけれど、一応は親友といえる相手であるマリィも、どうやらこの対象に含まれているらしかった。
そして風莉に関しても、たった一人の血の繋がった実の妹なのだから、私にとって特別な存在であることは言うまでもない。
そんな二人が二人とも、何やら危機的状況に陥っているともなれば、私としても落ち着いてはいられない。
なので出来る限り迅速に、救出に向けて動いた。
目覚めてすぐに朝の支度をしながらマユリちゃんに連絡を取って、能力が復活していた彼女からアンジーとウサミンを送ってもらい、ヘリに乗って出発した。
飛行中には——インターネットに繋げられるようになるアイテムを使用してから——スマホを介して二人と連絡を取れるか試してみたけれど、応答は無し。
メッセージの類いも特に残されておらず、手がかりは何もない。
とはいえ、二人が同時に危機に陥っているのだから、向こうで何かあったのは間違いない。
二人の危機感の強さとしては同程度で、まだそこまで差し迫った感じではないけれど、しかし安心は出来ないというくらいの感覚がずっと続いている。
まだ少しは余裕がありそうな様子にはちょっとだけ安心するけれど……でも、それ故に“君の元へ”を発動できるだけの強化はされていなかったので……私はなんとも、不安と安堵が入り混じるような、もどかしくも複雑な心境だった。
しかし、私が焦ったところでヘリの速度が上がるわけではないので、私は今の自分に出来ることをすることにした。
——いよいよ危ない状態になれば、その時こそ“君の元へ”を使えるようになる……と自分に言い聞かせて、冷静さを努めて維持しながら。
とはいえ結局のところ、危機的状況の渦中にある二人のために今の私が出来ることは特に無かったので、私は他のメンバーとの情報の共有に努めた。
まずはマナハスたちについてだけれど——私の出発に少し遅れて、彼女たちもマナハスの家族の救出に向けて出発したようだった。
メンバーは事前の計画通りに、マナハスと藤川さんの二人に加えて、高校からやってきた越前さんとマユリちゃんも加わっての四人。そこに何体か星兵も同行しているようだ。
その四人(+α)が現在、マナハスの家族の元へ行くのに使っている乗り物は、マユリちゃんが呼び出した【浮遊型飛行船舶】という乗り物系の道具カードなのだとか。
私はまだ実物を見ていないので詳しくは知らないのだけれど、聞くところによると、かなり乗り心地も良くて速いみたいだ。
操縦しているのは——これまた私の知らない——新たに呼び出した星兵らしいけれど……しかしこれ、自動操縦にすることも可能らしいので、ほとんど操縦者を用意する必要がないくらいなんだとか。
実際のところ、どんな原理によって飛行しているのかすら不明な機体らしいけれど、その飛行性能はかなりのものらしく、安定して宙に浮き、高速で空を進んでいくのだという。
いやはや、さすがはマユリちゃんだ。こんな高性能な乗り物をポンと出してくるんだからね。
元からとんでもない能力だったけれど、ジョブを得た今となっては、いよいよ彼女の有能ぶりも際立ってきている。
そう、このカードについては、レベル15になってジョブを獲得したマユリちゃんが、新たに手に入れた大量のカードのうちの一つだった。
先日の戦闘によって大量のPを獲得していた彼女は、案の定レベルを15まで上げることが出来たので、昨日のうちにすでにレベルを上げて15になっていた。
そうしてジョブを選択できるようになった彼女は、これまた早々にジョブを選んで獲得してしまっていたらしい。
そして、そこで彼女の獲得したジョブというのが、やはりというか、サモドラカードを扱う専用のジョブだった。
本人曰く——デュエリストならぬ——『サドリスト』。
どうやら“サモドラ”の愛好家は、そんな風に呼ばれるものらしい。
ともかく、その『サドリスト』のジョブアイテムとして手に入ったのが——それこそ、ここで入手した新たなカードによって、彼女の手持ちのカードの総数が一気に何倍にもなってしまうほどの——大量の新規サモドラカードだったというわけ。
しかも、そのカードの中には、今まではなかったR4を超えるカードも含まれているというのだから……これには期待感もいや増すというもの。
覚えたジョブのスキルについては、まだマユリちゃん本人にも詳細が掴めていないらしいので、詳しくは聞いていないのだけれど——カードがそれだけ増えただけでも、十分にジョブを獲得した意味はあったと言えるだろう。
私が今まさに向かっている先に、一体何が待ち受けているのか、まったく分からないけれど……場合によっては、マユリちゃんのこの“新たな力”も大いにアテにさせてもらうとしよう……。
マユリちゃんという極めて有能な戦力が、さらに戦力を増したという嬉しい報告を受けたことで、沈み気味だった私の精神もだいぶ上向いていくような気持ちになった。
それに、戦力を増やしたのは何もマユリちゃんだけではない。
そのマユリちゃんの保護者である越前さんも、今やすでにレベル15になってジョブを獲得していた。
彼も彼で、先日の高校を襲撃した敵を倒したことで大量のPを獲得していたので——その戦闘で自分の実力不足を痛感したのもあったらしく——レベルアップに踏み切ったのだった。
彼のジョブ候補は三つあったようで——相談を受けた私も色々と助言をした結果——彼は三つのジョブをすべて獲得することになった。
越前さんの三つのジョブはそれぞれ、『銃使い』と『斥候』と『バイク乗り』と呼称することにした。
それぞれの特徴を挙げると——まず最初の『銃使い』については、これは藤川さんの持つジョブと同じなのでいいとして。
二つ目の『斥候』についても、わりと名前の通りのジョブだ。どうも、索敵や偵察に関する能力に特化したスキル構成のジョブのようだったので、このような名前にした。
三つ目のジョブは——まあこれも名前の通りだね。ジョブアイテムとして何やら特別仕様のバイクが手に入り、バイクを操るスキルを覚えるというジョブらしい。
とりあえず、三つのジョブはすべて獲得したのだけれど、その中でも、ひとまずメインで使っていくジョブとして選んだのは——『斥候』のジョブだった。
いや、『銃使い』とも迷ったのだけれど……一応、そのジョブを持っているのは藤川さんがすでにいることだし、索敵能力というのは他の何にも勝るほどに重要なものだと私は思っているので、越前さんにはこのジョブにしてもらうことにした。
ちなみに、『斥候』のジョブアイテムとしては、偵察に使えるドローンのような小型機体と、それと視界を同調できるゴーグルのセット——という感じだった。
ドローンというと私もすでに持っているのがあるけれど、越前さんが手に入れたものと私のドローンは、どうやら同じもののようだった。
なるほど……どうりで例のドローン君は、偵察に向いた機能を色々と持っているわけだ——なんて、私は改めて納得していた。
とまあ、そんな感じで……
ここにきて、メンバーがそれぞれジョブを獲得して一気に能力が増えたので、私たちはお互いの能力を擦り合わせるために、情報の共有に移動中の時間を費やした。
そうして、一通りお互いの能力について、現時点で分かる範囲で共有を済ませた頃には……私の方はついに、目的地に程近いところまで到達していたのだった。
操縦席に座るアンジーと、その膝の上にちょこんと座っているウサミンの、隣の席にて。
私は座席から身を乗り出して——“視点操作”も使いつつ——フロントガラス越しに外の様子を確認する。
眼下に見えるのは、離れてからまだ数日なのに、すでに懐かしさを感じる見慣れた風景——と、なるはずだった。
しかし、私の実家があるはずの、住み慣れた街並みが広がっていたであろうその場所に、今現在、存在しているのは…………いるのは……なんなんだ、これは……??
そこに広がっていたのは、謎の光景だった。
いや、マジで……これはもはや、謎としか言いようがない。
というか、上空からの広い視点を活かして、こうして俯瞰的に見ていなければ、もはや何が何だか分からないんじゃないだろうか。
そういう意味では、こうしてヘリから眺めているからこそ、意味不明だということを、よりはっきりと理解することができている……と言えるのかもしれない。
正直、まるで意味が分からないから、ありのまま、この目に映っている光景を、素直にそのまま言い表してみようと思う。
私の視界の中、私の実家を含めた地元の街が広がっているはずの場所に、何も存在していない。
いや……それだとやはり語弊がある。そう、存在はしている。いうなれば、何も存在していない——というものが存在している。
……いやそれ、やっぱりワケが分からねぇって。
——まあ、実際のところ、そうとでも言うしかないんでしょうけれどね。
だよね、なんて言いようもないよね、これ。
——それでもあえて、もう少し分かりやすい表現をなんとか当てはめてみるとするなら……そうね、空間が歪んでいるとか、大規模な蜃気楼に包まれているとか……そんな風になるのかしらね。
ああねぇ……まあ、そんなところなのかな。
結局のところ、よく見えないから、ハッキリとしたことはなにも言えない。
ソレの内部の様子はもちろん、それの範囲がどれくらいなのが、ソレがどのような形状、性質なのか……一切が不明だ。
確かなことは——ソレの周りの状況から推察するに——ソレの内部に、私の親友や家族や住んでいた家などの、私にとってかけがえのない大切なものたちが飲み込まれてしまっている、ということだ。
正直、“君の危機”が発動していなかったら、私はもっと慌てていたことだろう……
——なにせ、私の実家の周辺がまるごと謎の空間(?)に飲み込まれて消えてんだから……この辺りにいたはずの、私に近しい人たちは無事なのかとか、気になって思考が乱されるに決まっている。
でも逆にいえば、それこそ“君の危機”のおかげで「内部の状況は分からないし、どうやら危機的状況ではあるみたいだけれど、でも、今のところはまだ(少なくとも、“特定の人物”の二人は)無事らしい」ということが分かっているので……ギリギリのところで落ち着いていられるのだ。
事実、“君の危機”が示す対象の所在は、確かにソレの内部を指していた。
まあ、案の定、詳しい場所については分からないけれど。大体その中だろうというところまでしか。
だがそれが分かっているのならば、私の取るべき選択肢は一つだ。
ソレの中に入って、私の“大切”をすべて救い出す。
なにがあろうと、絶対に。
だが……その強い意志とは裏腹に、確実に事を運ぶためには、まずは堅実なる事前準備をすることこそが重要だと——冷静な思考は私にそう告げていた。
それこそ、状況が一切分からないという極めて異質な事態が起こっているのだ。どれだけ気持ちが急いていようと、無策で中に突入するのは無謀でしかない。
絶対に助ける——そのためにこそ、慎重かつ冷静に対策を練る必要がある……。
私は“指輪”の位置を右手の薬指に変更して、心を落ち着かせる。
さて、しかし、どうしたものか……。
やるべきことは単純だ。自分の安全を確保しつつ、あの正体不明領域について——とりわけ、領域の内部の様子についてを探る。
対策を立てようにも、情報が無ければ立てようがない。なのでまずは、アレについて調べる必要がある。
問題は、その方法なのだけれど……
——ドローン君を使う? ……いや、あれはあれでけっこう貴重な装備品だから、できれば使い捨てに出来るようなものがいいのだけれど……
——マユリちゃんの力を借りる? “偵察鳥”あたりを飛ばしてもらうのが無難だろうか。
——使い捨てというなら、あの角ウサギの分産体なんかは、まさにうってつけだろうけれど……でも、アイツに偵察なんて出来るんかね?
色々な考えが浮かんでは消えていく。
時間も無いことだし、とりあえずマユリちゃんとも相談して、なんでもいいから試してみるべきか……
そう思ったところで、ウサミンが警告を発してきたので、私はソレの存在に気がついた。
何かが唐突に、空中に出現していた。
いや——おそらくソレは、あの謎の領域から出てきたのだと思う。だが謎の領域は境界も曖昧なので、突然その場に現れたように見えたのだろう。
とはいえソレは、謎の領域から離れていくように移動していたので——次第に、その存在をハッキリと認識できるようになってきた。
しかし、明確になった相手の姿は……依然として正体不明のままだった。
なぜならそれは——見たこともない姿をした、異形の怪物だったから。