第188話 うーん、納得——なジョブ
というわけでさっそく、藤川さんのレベルを上げてジョブを獲得してもらいましょう。
家具店のテナントの入り口付近に移動させたキングサイズの天蓋付きの高級ベッドの上にて——寝巻きに着替えた私とマナハスと藤川さんは、三人で向かい合う。
そして私が藤川さんにそう持ちかけたら、以前とは違い、今度は彼女も断らなかった。
……まあ、先の戦闘については、彼女も色々と思うところがあっただろうし……
今の彼女からは、なんとしてでも、少しでも強くなりたいという意志を溢れんばかりに感じる。
神社防衛戦で大量の敵を倒してPを稼いでいた藤川さんは、自前のPだけでレベルを15まで上げることができた。
足りなかったら私が渡そうと思ってたけど、その必要もなかったね。
レベルも15に上がったので、いよいよ藤川さんもジョブ機能が解放される。
「じゃあ、藤川さん。一緒に確認していこうか」
「あ、はい、よろしくお願いします」
「さて、どんなジョブが出るのか……楽しみだね!」
「まったく、アンタは私の時もそんな言ってたよな」
「わ、私……ちゃんと候補が出てきてくれるでしょうか? ——これって、素質が無かったら一つも出てこないんですよね? だとしたら、私……」
「大丈夫。私も元々刀の素質とか全然無かったと思うけど、『刀使い』が出たし。だから藤川さんも、少なくとも『銃使い』的なジョブは出ると思うよ」
「それなら……いいんですけど」
「それに、もしかしたらマナハスみたいに才能があるジョブがババーっと出てくるかもしれないし。——ま、あそこまでの人はなかなかいないと思うけれど」
「いやいや、アンタだって大概だったでしょ。人のことをとやかく言えないから」
「はいはい……それじゃ、そろそろ、見せてもらってもいいかな?」
「は、はい、分かりました。では……いきます!」
そう言って藤川さんは、私たち二人にも見えるように、己のジョブ選択候補画面を表示する。
藤川さんの選択可能なジョブは四つあった。
一つ目のアイコン、これは……
「えっと、それじゃ、一つずつ説明を表示してみてくれる?」
「は、はい」
一つ目のアイコン、そこには銃を構えた人型が描かれている。
ということは……
〈遠距離射撃に系統した能力値〉
〈器用さと感知覚に特に秀でる〉
〈射撃武器を使った戦闘用の技能を習得する〉
〈射撃戦闘用の共通装備を獲得〉
やっぱり。これは『銃使い』だ。よかった、ちゃんと出たじゃん。
「お、これはまさに『銃使い』のジョブだね。よかったね、藤川さん、ちゃんと出たよ」
「で、出ましたね……よかったです」
「てかさ、普通に四つも候補が出てるんだから、なんも心配することなかったね」
「い、いえ……緊張でどうにかなりそうでした……」
「あはは。ま、少なくともゼロではないと分かったんだし。もう大丈夫だよね。——それじゃ、『銃使い』は予想通りだったし、とりあえず次にいこっか」
「そだね、これは予想できたし、むしろ他のが気になるよね」
「で、では……次にいきます」
次に表示されたアイコンは……なんだろう、匍匐前進する人? 的な?
これは……?
〈隠密行動に特化した能力値〉
〈単独行動時にさらに能力値に補正〉
〈自らの気配を隠し他者からの探知を退ける技能を習得する〉
〈能力に合わせた専用装備を獲得〉
なるほど……?
どうやらこれは、アレっぽいかんじだね。
「これは、スネーク——じゃなくて、スニークって感じのジョブなのかな?」
「確かに、それっぽいね」
「これは、つまり……一人でコソコソ隠れて何かするのが得意——ってことなんでしょうか……?」
「まあ、言い方が若干アレだけど、概ねそんな感じだと思う。……でもこれ、考えてみれば『銃使い』と相性良さげな能力なんじゃないかな? 組み合わせたらかなり強そうなんじゃない……?」
「あーなるほど、スニークスナイパーって感じのプレイスタイルでいけるってこと? 確かに、それはなかなか強そうなんじゃない?」
「——別名、芋スナともいう……」
「どうなんでしょう……これ、役に立ちそうなんですか?」
「そうだね、いいと思うよ。単体でも普通に使えると思うし、組み合わせても良さそうだよね」
「では、これを選ぶべきなんでしょうか……?」
「それは——どうかな、とりあえずは他のジョブも全部確認してからでないと」
「あ、そうですよね……それじゃ、次にいきますか?」
「そうだね、お願い」
「分かりました」
お次に表示されたのは……なんだろうこれ、死にかけている人……?
いや、死にそうだけど、まだ生きている?
つまり……どういうこと?
〈危機的状況に近づくほど高まる能力値〉
〈死地から脱することに対して強い補正がかかる〉
〈迫る死を回避し生を掴み取るのに特化した技能を習得する〉
〈能力に合わせた専用装備を獲得〉
ほう、ほう……そういう。
へぇ、こういうタイプのジョブもあるのか。
藤川さんにこのジョブが出てきた理由は……察するに余りある。
……という実状を鑑みれば、これがむしろ彼女のジョブとしては第一候補なのかもしれない……
「これは……」
「なんというか……アレだね」
「これ……私が何度も死にかけているから出てきたってこと……なんでしょうか……?」
「まあ、そう……なのかもね。でもこれは、なかなか……強力なジョブなのかもしれないよ。——あるいは、レアなジョブというか……。とにかく、少なくともこのジョブを獲得しておけば、かなり生存率が上がるのは間違いない」
「そう、ですね……。でも、これってつまり、私が生き延びるだけ——ってことですよね? 私、皆さんのお役に立ちたいのに、自分が生き残るだけじゃ……」
「……まあ、こう言ってはなんだけど、何をするにも、まずは自分自身の安全を確保できないようじゃ、人のことまで手が回らないと思うよ。そういう意味では、どんなピンチでも自力で切り抜けられる人ってのは、いるだけでとても心強いものだと思う」
「なるほど……少なくとも、これを取ったら、もう足手まといにはならなくて済む、ってことですね。それなら……」
「それに、もしかしたら、他の人を助けられるようなスキルもあるかもだしね。まあ、その辺は実際にジョブの詳細を確認しないと分からないけれど。でもまずは、最後のジョブまで確認しちゃおうか」
「分かりました。では、最後のやつを表示しますね」
最後のジョブのアイコン——って、コイツ、コイツも動くぞっ……!
——動くアイコン……うっ! 嫌な予感が……!
アイコンの内容は分かりやすい。何やら少女が祈りを捧げている。祈りを捧げられている対象は、これまた一人の少女で……
……というかこの二人、藤川さんと私にそれぞれ似てないか?
嫌な予感が止まらない……説明を見るのが怖い……
〈特定の人物に対する信奉心に依存した能力値〉
〈特定の人物への献身的な行動に強い補正がかかる〉
〈特定の人物に自らを捧げるために必要な技能を習得する〉
〈能力に合わせた専用装備を獲得〉
「……」
「……おいこれさぁ——」
「……私、これにします!!」
「待って藤川さん、ちょっと待って」
「ふふっ」
「え、おいマナハス、なんで笑った? え?」
「いやw なんでって……w ……分かるだろ?w」
「笑いながら喋るな」
「てゆうか、さっきのセリフがもうさぁ、『待って藤川さん、ちょっと待って』——これがジョブの名前で良くね?」
「バカにしてんの? ねぇ?」
「——火神さんにすべてを捧げられる……なんて素晴らしい……!」
「ああもう、藤川さんは“向こう”にいってらっしゃる……」
「さあて、まさか『待っててマナハス』と似たようなジョブが他にもあるとはねぇ〜」
「人ごとだと思ってよぉ……」
「いやいや、私も誰かさんの“特定の人物”だから、人ごとじゃないもんね〜?」
「……さーて、特定の人物は特定の人物だから、まだ誰かは特定されてないもんね」
「いやいや、少なくとも、アンタのジョブのはもう特定されてんでしょ」
「……まあそうだけど」
出たよこれぇ〜……
まただよ……“特定の人物”とかいう、これー……
——まあ、今回の“特定の人物”は、十中八九アンタのことなんでしょうね。
まさか私自身も“特定の人物”になるとはね……
とは、いえ……だ。
この系統のジョブがピーキーな分だけ極めて強力だってのは、『待っててマナハス』を持っている私には実感として理解できている。……できてしまっている。
その点から言わせてもらえば、このジョブに関しても期待するところがないと言えば嘘になると言わざるを得ない……
——そんな要領を得ない言い方をわざわざしなくても……要はかなり期待値の高いジョブだってことでしょ?
ただ一つの問題は、このジョブの対象が私自身だってことだ……
正直、一体どんな能力になるのやら、戦々恐々って感じなんだけれど……
「んで、四つ出揃ったけど、どのジョブを選ぶべきなのかね、藤川さんは……」
「……」
「……」
「いや、あんたら二人とも、思い悩んだり想い溢れたりしてないで、戻っておいでよ……」
「……まあ、最終的な決定権は張本人である藤川さんにあるので、私としては、まずは藤川さんの意見を聞いてからかなぁと」
「……あ、えっと、でも私、迷ってまして……一つだけというなら、最後のやつにしようと思うんですけど」
「いや! それは……だから、えっと——そう、別に、一つに限る必要は無いからさ。うん、そう、だから、なんならもうさ、全部選んじゃえばいいんじゃない?」
「え、全部、ですか?」
「そうそう。私だって結局、最終的には全部のジョブを獲得したし。出来るならもう、最初から全部取っておいた方がいいと思うよ」
「全部……ですか。そうですね、少しでも強くなるためには、できることはなんだってやらないと……」
「だから、まあ……あと決めるのは、全部取った上で、まずはどのジョブでやっていくかってことなんだけれど……」
「あ、そうですね……それは選ぶ必要があるんでした」
「まあでも、それについても、全部のジョブを取って、それぞれのジョブの能力とかを確認してからすればいいし」
「まあなぁ。どんな能力なのか少しでも分からないと、選びようがないしな」
「確かに……」
「だから……まずは全部獲得してみればいいんじゃない?」
「……分かりました。では、私……全部取りでいきます!」
藤川さんはそう宣言すると——
有言実行、それからすぐに四つのジョブをそれぞれ順に選択していって、すべてのジョブを獲得したのだった。
それから私たちは、藤川さんが新しく身につけたスキルや、手に入れたジョブアイテムの性能を一緒に確認していった。
中にはこの場ですぐには確認できないようなモノもあったが、一通りの能力の確認を済ませた。
四つのジョブはそれぞれ、『銃使い』、『隠密』、『生還者』、『信奉者』と名づけることにした。
——四つ目の『信奉者』は、私は心の中ではそう呼んでいる。
そして、話し合いの結果、藤川さんは『銃使い』のジョブをメインにやっていくことに決まった。
まあ、一番分かりやすく戦闘能力が上がりそうなジョブだというのが、これを選んだ主な理由だ。
とはいえ、他のジョブでも色々と役に立ちそうなスキルやジョブアイテムが手に入ったので、これにて藤川さんも一気に戦力アップしたとみていいだろう。
ただ、いかんせんジョブを獲得したばかりでスキルもほとんど試せていないので、実力を発揮できるようになるにはもうしばらくかかるだろうけれど。
それでも、レベルアップ前の藤川さんとは大いに違っているはずなので、これからの彼女の活躍にも大いに期待だ。
藤川さんのレベルアップとジョブ獲得も終わったので、いよいよ私たちも就寝することにした。
その前に念のための最終確認として、私は安全地帯であるこのテナントの中を一回りして、すでに寝ている生存者たちを一人一人確認していく。
一人一人に“鏡映鑑定”を使っての確認を。
まあ、念のための用心だ。
もしかしたら……この中にすでに、敵が紛れ込んでいるという可能性もないとも限らないので。
今までは尻尾を見せないようにしていたが、皆が寝静まるのをチャンスと見たら動き出すかもしれない。
そうなる前に、その尻尾を掴む。
自分でも警戒し過ぎな気もするけれど……何かあってからでは遅いし、まあ、ぐっすり眠るための儀式みたいなものだ。
とはいえ、さすがに取り越し苦労になるだろうとは自分でも思うけれどね……
案の定、この場にいるすべての人間に対して“鑑定”を使ったが、怪しい人物は結局一人も見当たらなかった。
うむ、ならよし。これで安心して眠れるや……。
見回りを終えて安心した私は入り口前に戻ってくると、ついてきてくれていた二人と一緒に、いよいよベッドに潜り込むのだった。




