第18話 ビームを吐く怪獣 VS 日本刀を持った変人 本日初公開!
マナハスは、突如として宙空に現れた半透明の画面に驚愕の表情を浮かべたまま、私に問いかけてきた。
「この映像は、何? というかまず、この現象が何?」
「これは、私が恐竜くんと戦った時の記録みたいだね。この画面は、なんか私には見える画面だよ。今はみんなにも見えるようにしてみた」
「いや見える画面ってナニ?!」
「さあ? 声が聞こえてから、こんなやつも見えるようになったんだよね。そうしたら、なんか体が強くなってたりして、あと、画面を操作して色々なアイテムを手に入れたりも出来るみたいなんだよね」
「なるほど、分からん」
「まあ、とりあえずは恐竜くんの方を見ようか。今はまず、恐竜くんに不意打ちしようとこっそり近づいてるところだね」
うんうん。見下ろし視点だとやっぱり分かりやすいね。
「確かにあんたが映ってるけど。実際にあった記録なのか、コレは。……いや、まずもっての疑問なんだけどさ、なんでこの怪獣と戦おうと思ったの、アンタは?」
「そりゃ、こんな暴れん坊の邪魔くさい怪獣がいたら、とりあえず倒すでしょ」
「そんなわけないじゃん。これビーム食らったら一撃でしょ。アンタ、その目でビームの威力を見ておいて、よく挑む気になったね」
「だからでしょ」
「?」
「あんなビームを撃つような危ないヤツ、放っておけないじゃん。近くにはアンタだっていたんだから」
「あ、そうか……」
真奈羽はなんだか放心したような間抜けな顔を一瞬晒したが、すぐに元に戻った。そして、誤魔化すように続きを喋りだす。
「……そういやコレ、いつなの? アンタと電話した時はまだ動画撮るとか言ってたじゃん」
「ああ、アレのすぐ後だよ。あの電話の後すぐ動画撮って、それからそのまま挑んだ感じ」
「そういえば、あの電話の後少ししてから、音があんまりしなくなってたような……」
「それは多分、私が戦ってる時だったからかな。基本、接近戦してビーム撃たれないようにしてたから」
「これと接近戦って正気なの」
「だって武器は刀しかなかったから」
映像は、ちょうど奇襲をかけるところまで来た。
画面の中の私が、中々の勢いで突進して尻尾に斬りかかる。攻撃は成功。しかし、その後すぐに振られた恐竜くんの尻尾に吹き飛ばされる。その際に恐竜くんの尻尾も千切れていた。——あー、やっぱここで千切れてたのか。
「やられちゃったじゃん!!?」
「ひぃっ!!」
二人が悲鳴のような声を上げる。そして私の方を、信じられないって顔をして見てくる。
いや、目の前に生きてる本人いるでしょ。
「大丈夫、大丈夫。生きてる生きてる」
「いや、これで生きてるのは逆におかしくない?」
「忘れないでよ。私は謎のパワーを宿してるの」
「これに耐えられるくらい強いの!? それってヤバくない?」
「まあ、結構ギリギリだったみたいだけどね」
「ちょっ! ホントに大丈夫なの?!」
映像は、吹っ飛んでいった私を映す。俯瞰で見ると、それがどんなものだか分かりやすかった。
実際、交通事故の中でもハードな部類の被害者って感じの様子だった。人間の挙動じゃないね。マジでバットで打たれたボールの挙動だよコレは。……マジで、よく生きてたな私。
さて、そんな私に恐竜くんはトドメとばかりにビームを放つ。しかし、どうも尻尾を失ったばかりの恐竜くんは上手く狙いがつけられないようだった。それまでよりも、かなりビームがブレている。
意外と尻尾はビームを撃つのにも重要だったようだ。そんなことは全然考えてなかったが、結果的に尻尾を最初に狙ったのはファインプレーだった。ここで正確なビームが撃ててたら、フツーに死んでたかも。
「ほら見て、ビームが外れてるでしょ。これは多分、尻尾を失ったせいだよ。私が最初に尻尾を狙ったのは、まさにそれを狙ってたんだよね」
「すごいですっ! 火神さんは戦う前から、そんなところにまで気がついてたんですか!?」
「動画はただ撮ってただけじゃないんだよ。撮影しながら、あいつを観察していたの」
「何という洞察力……! 凄すぎです火神さんっ!」
「そんなこと考えながら動画撮ってたのかよ……」
藤川さんがめっちゃ褒めてくれる。まるで最初に見たものを親と認識するヒナみたいに、この人は命の恩人である私を崇拝しているような片鱗を感じる時がある。
——いやアンタ、何しれっと嘘ついてんのよ。最初は全然そんなこと考えてなかったじゃないの。尻尾は接近戦で邪魔になるから先に狙っただけでしょ。
いいんだよ、そんなことは。言わなきゃ気がつかないんだから。どうせなら、そういうことにしとこうぜ。洞察力アピールしようぜ。
画面の中では、ビームを当てるのを諦めた恐竜くんが、私に近づいていく。私の方も、アイテムで回復してから恐竜くんの方へ進んでいく。
お互いに相手のいる方向は分かっているので、大体、同じ場所に向かいつつある。
画面は二つに分かれて、私と恐竜くんの両方が映っていた。それぞれが、お互いの方向へ進んでいく様子を同時に見ることができる。
……つーか、これって普通に私付近の映像だけじゃなくて、恐竜くんの方も映ってるんだよね。そもそも、どういう原理でこの映像が撮られてんのかも謎なんだけど、撮影範囲広くね?
てかこれがリアルタイムであの時に見れたなら、戦略的にもかなり有用なんじゃ……まあ、マップで位置を確認するという似たようなことはしていたわけだけど。
しかし、こうなると私の力の影響範囲がますますよく分からなくなってくるなー。まあ、便利だからいいんだけど。
画面の中の私が瓦礫地帯をスイスイ進んで行くのを見ながら、マナハスが呆れたようにぼやいた。
「いやアンタ、あそこまでされても懲りずにすぐさま近づいて行くとか、メンタルおかしいでしょ」
「労せず距離が取れて、相手も私を見失ったからね、むしろチャンスだと思ってたよ」
「ポジティブすぎる」
「ピンチをチャンスと捉える……英雄の思考ですね」
さすが藤川さん、分かってらっしゃる。
さて、画面の中の私は、瓦礫の上に登って潜伏して、恐竜くんが来るのを待つ。
そして、恐竜くんが通りかかったその時、瓦礫から跳躍、こちらを振り向いた恐竜くんの顔面にヒット、目玉を仕留める。
「よくあんな高さから平気で飛べるね。つーかなんでそんなに躊躇なくあんな怪物の顔に向かって飛べるの? 反撃で噛みつかれたらとか考えないの?」
「そのおかげで相手の片目を潰せたんだからさ、それだけの価値はあったでしょ」
「無謀とも言える蛮勇。しかしこれも英雄の資質……」
藤川さんはマジで英雄の専門家かな?
そして、そこからはひたすらの接近戦だ。躱して躱して、合間に反撃する。
傍から見ていてもかなり際どくてハラハラする。これは自分でも中々ヤバいと思う。私ってば、全力でアクションしてる。
「いやいやいや、アホなの? 見なよこの体格差。ゾウとウサギじゃん。潰れて死ぬわ。ぴょんぴょん跳ねやがって。見てらんねーって」
「でもすごい躱してますね! ほとんどまともに当たってないですよ。一体どうやったら、こんなことが出来るんでしょう?」
「確かに身体能力もヤバいけど、でもこれ、今日初めて使う力なんだよね?」
「そうだよ」
「慣れすぎじゃない?」
「いや、慣れてくるのはこれからだよ」
「これよりさらに上があんの?!」
「すごいです……戦いの中で成長していく……まさに英雄……!」
こうして観るだけなら、私はまるで英雄のように戦っているように見えるかも、確かに。
——実際はこの時、頭の中で結構泣き言言ってたわよね。攻撃が全然効いてないとか言って。
だが当然、心の声が聞こえることはない。
ちなみに、心の声に限らず、私が喋ってる声も聞こえていない。音が無いわけではないのだけど、恐竜くんが大きな音を出してうるさいから音量を抑えているので、私の声までは聞こえないのだ。なので、尻尾に斬りかかる際の叫びも聞こえていない。いやぁ、聞こえてなくてよかった。
画面の中の私は、ひたすら必死に動き続けた。それがしばらく続いたあと、突然、恐竜くんが止まり、私も止まる。そこで画面が上を向き、こちらへ来るヘリコプターを捉える。
それまでコメントをすることも忘れて、固唾を飲んで映像を見ていた二人も、そこで反応を示した。
「え、何これ、ヘリ? ヘリ来てたの?」
「みたいだね」
「何のヘリなんでしょう?」
「分からないんだよね……あ、拡大とかしたら分かるかな?」
映像を拡大してみる……出来た。ぱっと見ただのヘリっぽかったが、よく見たらなんか付いてる。あれはカメラなのかな。じゃあ多分、報道のヘリなんだろう。
報道ヘリって言ったら、なんかカメラ構えた人が乗ってるとこ想像してたけど、フツーに考えたら乗ってる人がカメラで撮るとか危ないよね。
「カメラみたいなのついてるし、報道ヘリじゃないかな」
「えっ、てことはこの戦いテレビで流れるの?」
「それはどうだろう。どれくらいのズームで映せるのか分からないしなぁ」
「でも、そうだったら凄いですね! 火神さんの勇姿がテレビに映りますよ!」
「それは勘弁して欲しいなぁ」
恥ずかしいからテレビとか映りたくないしよー。ましてや、変な怪獣と戦ってるとことか、乙女として致命的じゃない?
——今さら何言ってんのか。
画面からヘリが動く。ビームだ。ビームに慌てたようにヘリは撤退していく。
カメラは地上の様子に戻る。そこではちょうど私が尻尾の断面に攻撃を加えたところだった。
「うわっ、傷口を狙うとはエゲツなっ!」
「でも効いてますね!」
怒った恐竜くんが突進してくる。私はスレスレを回避、すれ違いざまに攻撃する。
「ギリギリすぎるぅ……」
「完全に見切ってますね!」
この後だ。恐竜くんは、やけっぱちの自爆攻撃で至近距離にブレスを放つのだ。
「うそっ! ヤバっ!? 死んだっ!?」
だから生きてるって。
「きゃっ! だ、大丈夫でしょうか……?」
藤川さんが、本気で心配そうな声を上げる。
画面はそれまでより距離を取って、吹き飛んだお互いが映るようにカメラがズームアウトしていく。
吹き飛んだ両者が立ち上がる。恐竜くんが突進、私はそれを待ち受ける。そして距離が縮まったところで自分から突っ込んでいき、隙間を縫うように回避して通り抜け、振り向きざまに一撃を入れる。
「いや今どうやった?! すり抜けたじゃん。なんで無事なの?」
「もはや世界が味方しています!」
二人のテンションも高い。ここは私も動きが最高潮に上がってたからナ。
そしてボーナスタイムに突入。瓦礫に突っ込んだ恐竜くんの尻尾の断面を滅多斬りにする。
「うぉぉお! 鬼神乱舞だぁぁ!」
「邪悪な怪物に裁きの剣舞です!」
脱出した恐竜くんが攻撃してくるが、私は悠々と躱して攻撃を加えている。
「もはやこちらが優勢じゃん!」
「すごいですっ! 圧倒してますよ!」
しかし、ここで恐竜くんが起死回生の咆哮。私はまったく動けなくなって、恐竜くんが迫ってくる。
「何だこれっ!? ピンチじゃん! どーすんのよっ?!」
「ああっ!? 神よ、お助けをっ!!」
てゆーか君ら、すごくノリがいいわ。君らの反応こそ見てて楽しいんだけど。
私は回避出来ずに突き上げられる。武器も無くして絶体絶命のピンチ。
私はそこで、映像を操作——一時停止して、補足説明を追加する。
「実はこの時、今まで恐竜くんの攻撃を防いでくれてた私の体を守る謎のバリアが消滅してね。ほとんど生身なんだよ」
「何なのソレ!? じゃあ死ぬじゃん! つーかそうじゃなくても絶体絶命のピンチなんだけど! あんたマジで何で今生きてここにいられてるワケっ!?」
「そんなっ……。奇跡は……救いはないのですかっ!?」
「まあ続きを観てナ」
映像を再開する。
ゆっくり落ちていく私、開く口。それが閉じられるその時、私の手に光と共に刀の鞘が現れる。
鞘は私を守り、タイミングを見て飛び降りた私は、上手いこと地面に降り立った。
「奇跡ですッ!! 神は火神さんを見捨てなかった……!」
藤川さんが、立ち上がって両腕を組み天に向かい涙を流す。
「マンガみたいな方法で助かりやがった……」
マナハスが、なんとも言えない表情で画面を凝視する。
そうして奇跡の生還を果たした画面の中の私は、そこで感慨に浸ることもなく、すぐさま次の行動に移っていた。
そそくさと刀を拾いに行き、こっそりと恐竜くんに後ろから近づいて、それから見事な太刀筋で恐竜くんの脚を思いっきり斬りつけていた。
「んでちゃっかり不意打ちしてるし。さっき殺されかけといて、太々しいにも程があるだろコイツ」
「邪悪な怪物が地に伏しました。これぞ英雄譚の一節ですね」
恐竜くんは、もはや立ち上がれない。映像の中の私は徐に刀を構えて……。
そこで映像を終了させる。
「はい、終わり」
「はっ? いやいやちょっと待ってよ。まだ決着ついてないじゃん。最後どーなった? なんで見せないの?」
私はその言葉に、露骨に目を逸らしながら、
「ココカラ先ハ、有料デース」
と、棒読みのカタコトで答える。
「何ソレっ! どこのインチキ商売だよっ! 何で見せられないわけ? ちょっと、なんか理由があんでしょ」
「いやぁ、そんなことはないけどぉ」
「絶対あるじゃん。……私たちに見せられないようなことがあるんだ、この後に。そーなんだろ?」
くっ、さすがマナハス、鋭いな。
さすがに、あんな最後のトドメを見せるのはアレだからね。むしろこれは私の優しさと言える。
「残虐な怪物とは言え、最後の瞬間は見せたくないという配慮なのでしょうか?」
お、藤川さんいいこと言うね。
「そうそう、そういうことだよ。さすがに死ぬところは刺激が強いと思ってね」
「いや、今まで散々ショッキングな映像流しといて、今さら何を言ってるのよアンタは。絶対、別の理由でしょ」
「そんなに見たいと言うの? 生き物が死ぬところを」
「殺した本人が何言ってるん? アレだけ暴れた恐竜が死ぬとこ見たところで、別にショックなんか受けないわ。むしろスカッとする」
ならやはり、見ない方がいいだろう。あんな死に方は……。