第185話 大いなる約束
私がいまだに発狂していないのは、この“指輪”のおかげかな……
そんなことを思いつつ、私は右手の薬指にはめている指輪の効果をよりいっそう意識する。
どうやらこの指輪の効果は、能力を失っている今の私にもちゃんと働いているみたいだ。
すべてが失われたわけではないと分かって、私は少し安心して——指輪の効果もあり——冷静さを少しずつ取り戻していく。
——へたり込んでいた姿勢を正して、俯いていた顔を上げてみる。
するとようやく、周囲の状況を把握する余裕が出てきた。
まず最初にするのは敵への警戒だが——どうやら、シスは完全に逃げてしまったみたいだ。
あの後——私が一か八かの秘策によってシスの片腕を斬り飛ばした後——シスは私を銃撃してきたが、それはすぐに藤川さんが反撃して妨害してくれたようだった。
私はその間、防御体勢でうずくまっていたし、“視点操作”はもちろん、すべての能力がすでに使えなくなっていたので、それからのシスの動きは知らない。
マナハスや藤川さんに聞いてみても——その時には私が撃たれたと思ってめっちゃ動揺していたので、シスの動向は見逃したという。
だけどこの場からは、シス本人はもちろん、切り落とした腕も、それが握っていた光剣(の柄)も無くなっていたので、全部持って逃げたということなんだろう。
私が無事だと分かってから慌ててマップを確認したマナハスが言うには——黒い点は来た時と同様に、白い点と一緒にどこぞへと行ったのをかろうじて(マップの索敵範囲の端に映ったのを)確認できた、とのことなので……シスの脅威は完全に去ったとみてよさそうだった。
取り逃がしはしたが、すぐに回復して襲ってくる感じでも無さそうな様子なので、これはむしろ朗報といえるだろう。
なんせ今の私は、なんの能力も使えない完全なる無能力者——略して無能なのだから。
次また襲われたら、今度こそあの赤い光に真っ二つにされる。
いや、それどころか……フォースでちょっと吹き飛ばされただけでも死ぬかもね……なんせHPゼロ防御力ゼロの紙装甲のカスだからさ……
——ちょっと、そこまで落ち込まなくてもいいでしょ……
半端な慰めはよしてくれ……今の私の気持ちなんて、誰にも分からない——って言いたいけれど、カノさんにだけは分かるのかな。
——まあ、ショックなのは分かるし……そもそも、ワタシとアナタは一心同体なんだから、気持ちは同じよ。
そうだよね……
——でも、いつまでもウジウジしているわけにもいかないでしょう。シスの脅威が去ったとしても、やることはまだまだ山積みよ?
それもそれで、気が滅入る話だなぁ……
——何よりもまず最初にやるべきは、自分自身の安全確保よ。能力が消失して、今のアナタが非常に危険な状態になっているのは事実なんだからね……とりあえず、あの“腕輪”でもつけておいた方がいいんじゃない?
ああ、あれか……まあ、確かに。
——そもそも、昨日のうちから、もしも能力を失ったら……って、すでに考えていたんじゃない。その備えが役に立つってことよ。
そうだけど……でも、まさか本当にそんなことになるなんて、思ってないっていうか……
マジで……備えは備えのままで、無駄になってくれる方がどれだけ良かったことか……フラグじゃねーんだからさぁ……回収しなくていいんよ、マジで……
——はぁ……いつまでもウジウジしてんじゃないわよ。アンタが気落ちしているせいで、真奈羽と藤川さんまでオロオロしちゃってるじゃない……。
申し訳ないよ、本当に……
ごめんね、役立たずで……
でも今は、無理なんだよ……
ショックが、大きすぎてさ……
——……だいたい、諦めるのはまだ早いでしょ。どうやら、その真奈羽と藤川さんの能力は無くなっていないみたいだし……。普通、こういう場合って、この二人の能力も消えちゃうものじゃない? 元はアンタが与えた力なんだから。でも、そうはなっていない……
…………。
——ということは、アンタの能力が元に戻る可能性も、まだあるってことなんじゃないの?
……そもそも、なんで私の能力が突然消えたりしたんだろう?
私は腰の後ろにつけていたポーチの中身をまさぐって“腕輪”を探しながら、物思いに耽る——
——原因として考えられるのは、やっぱりシスとの最後の攻防よね。……たぶんだけど、あの時、最後の“鏡面反射”のスキルの発動によって、MPが完全に無くなったんじゃないかと思う。どうも、思った以上にMPを消費したような感覚だったから……。
……いや、MPが切れたくらいで能力が全部失われるとか、それはもはやバグでしょ……修正パッチが必要なレベルの欠陥じゃん……
——さあね……だけど、やっぱりそれくらいしか考えられない気がするわ。でも、もしも本当にそれが原因なんだとしたら……案外、あっさりと能力が復活する可能性もあるってことじゃない……?
つまり……MPが回復したら、能力も復活するってコト——?
……さて、どうかな。そもそも能力自体が消えてるんだから、MPの回復もクソもないんじゃ……
「……あ、あのさ、カガミン……その、大丈夫?」
と、その時——状況把握に話を聞くのもそこそこに、ふっと黙り込んで、そのままウジウジといつまでも落ち込んでいるゴミムシのような私をみかねたように——マナハスがそっと話しかけてきてくれた。
「ああ、うん、大丈夫……。——じゃ、ないかもね……だって、私ってば、能力をすべて失っているからさ……」
「それは……確かに、ショックだろうけどさ。でも私も、カガミンが無防備な間は——今度は私が、絶対にカガミンを守るから……!」
「マナハス……」
「わ、私も……今度は足を引っ張りません……! 次はこの命に変えても、火神さんのお役に立ってから死んでみせます……!」
「藤川さん……心意気は嬉しいけど、出来れば死なない程度で、お願いね……」
マナハスと藤川さんの、私を強く思いやってくれている心遣いに——ようやく私の気持ちも少し持ち直してきそう……
「……まあ、再起動するまでにまる一日以上かかるのは、確かに長いけどさ……でも、その間はずっと、私がそばで守るか——」
「は、え、ちょ、チョチョ、チョット待って」
「——ら、って、え、な、なに?」
「いや、なに? ——じゃなくて。え、いまなんつった?」
「え? いや、だから……私が、カガミンを、絶対にまも——」
「いやそこじゃなくて、それの前」
「……まえ? 前は、だから……えーっと、なんだったっけ——そう、再起動に一日は長いよなって」
「そうそれ」
「これ? これが……なに?」
「いや、なに——じゃないが?」
「えっ?」
「……あんさ、再起動って……なに?」
「なにって……だから、アンタの能力が復活するまでの、なんか、期間的な……やつなんでしょ?」
「え、復活すんの?」
「え、しないの?」
「いやいやいやいやいやいや、いやいや……いやぁ……するの?」
「え、えっ……いや……するんじゃないの?」
「いや知らんけど」
「ええ?」
「いや、だからさ……だからだから、えっと、その……だからその——えー、っと、再起動ってのは……それは、どっから出てきたやつなん?」
「え、いや、普通に……カガミンの状態を見たら、再起動中って感じになってるから、だけど……?」
「マジで……? え、なに、それが丸一日で終わるって? さっきなんか、そんな言ってたっけ……?」
「そうだけど……、——え、待って。え、じゃあさ、カガミンは、その……知らなかったの? それ」
「知らない知らない。——え、言ってなかったっけ? 能力ぜんぶ無くなってるって」
「それは聞いたけど」
「これさ、メニューとかも開けないんよ。だからさ、自分の状態も分かんないの、なんも。再起動、中? とかいうのになってることすら、知らんのよ私は」
「あー、えー……マジで? ——あ、だからそんなに落ち込んでたの? ……もしかして、能力が無くなって、ずっとそのままだと思ってたから……?」
「まあ……その可能性も普通にあんのかと思ってたよ」
「マジか……うわ、ごめん。なんか……ごめん、だわ。てっきり分かってるもんだとばかり……。ちゃんと説明、ってか、情報共有しとかないとだったね……」
「いや、私の方こそ……勝手に落ち込んでてごめん」
「カガミンは悪くないよ……むしろ感謝するのはこっちの方。——正直、アイツ……シスには勝てる気がしなかったし、マジで殺されると思った。私、一人じゃ何もできなかった……カガミンがいなかったら、死んでたよ……」
「マナハス……」
「わ、私も……役に立たないどころか、真っ先にやられて、本当に死にかけて……迷惑かけて、本当に、ご、ごめんなさい……っ」
「藤川さん……謝るのはこちらの方だよ」
「……え?」
「藤川さんを守りきれなかった。本当にごめん。痛い思いをさせてしまって……。痛かったよね……怖かったよね……」
「そ、そんな! 火神さんが謝ることじゃないです……! むしろ、むしろ私がっ!」
「藤川さん……でも私は——いや……うん、この話は……今はやめようか」
「火神さん……?」
「いやね……悪いのはシスだから。そう、だから……私たちの誰がとか、そういうのはもうやめよう。そんなことより……みんなが無事だったことを、まずは……喜ぼうよ」
「……ああ、そうだな」
「……分かりました。そうですね……私も、本当に……嬉しい、です。火神さんが無事で……」
「藤川さん……ありがとう」
「——もしも、もしも火神さんが、いなくなってしまったら……そう考えたら、私、わたしは……っ」
そこで藤川さんは突然に、堰を切ったようにボロボロと涙を流し始めた。
「ふ、藤川さん……!?」
「ご、ごめん、なさい……火神さん……っ、……うっ、ううっ……うううっ……」
「あっ、あー、——」
慌てた私はどうしたものかと焦り——思わず泣きじゃくる藤川さんのことを抱きしめると、彼女の頭部を優しく胸に埋めさせる。
風の谷の姫ねえさまの受け売りだけど……ひとまずこれで安心させよう……
——姫ねえさまにしては……ちょっと胸が足りてないような。
あのさぁ……カノさん。こっちは今、慈愛モードでいこうと思ってるところだから、殺意の波動に目覚めるワードはやめてね。
——殺意の波動に目覚める姫ねえさまとか、ちょっと凄そう。
……いや、わりと通常運転じゃない? あの姫ねえさまの場合は。あの人わりかし殺す時は殺すし……。
——そういえば、映画でもわりと殺してたわね……。
でもそんな姫ねえさまが、みんな大好きなんだよ……(結論)。
——……というか、アンタじゃなくて真奈羽なら、胸の大きさ的に姫ねえさま役にもバッチリなんじゃない?
いや、マナハスはダメだね。胸は足りてるけど——むしろ足りすぎなくらいだけど——殺意が足りてない。
姫ねえさまを名乗るには、トルメキア兵の数人くらいは瞬殺できないとだから……
——ゾンビならたくさん殺しているんだけれどね。
マナハスはだから、姫というよりはやっぱり聖女だね。浄化の聖女。
なーんて、私とカノさんが頭の中でアホみたいな会話を繰り広げているなんて、まさか気づいたわけでもあるまいが……噂をすればマナハスが、藤川さんに気遣わしげな表情をしつつも、私に話しかけてくる。
「……それで、とりあえずは能力が復活すると分かったし、アンタのメンタルも持ち直したってことで……よさそう?」
「んー、まあ、そうだね……」
「正直、アンタが落ち込んでる状態だと、私もどうしていいか分かんないっていうか……まあ、アンタに頼ってばかりなのも、情けないというか、申し訳ない部分もあるんだけどさ……」
「いや……大丈夫。今度はマナハスがその胸で私を慰めてくれるなら……私はすぐに復活する」
「……まあ、私の胸で復活できるなら……いいけど? 別に、いくらでも……」
「え、マジ? 言質取ったからね? 後からやっぱダメとか言わせないからね??」
「はいはい……ってか、その様子だと——別に私がどうにかしなくても、もう大丈夫そうだな?」
「いやいや……マナハスがいなかったら、世界が滅ぶからね」
「ふっ、どーゆうことだよ……」
それはもちろん、マナハスがいなくなったら、私が世界を滅ぼすってことだよ。
巨神兵を使ってな。
私は姫ねえさまだから。
マナハスのいない世界なんて、薙ぎ払って滅ぼしてやるのさ……。
——……まあ、薙ぎ払ったのは、映画の殿下の方なんだけれどね。