第183話 あまりにも強すぎるモノは、えてして弱点もまた大きい
『“君の元へ”』
極限まで圧縮された時間感覚の中で、私はそのスキルを発動した。
次の瞬間——
私の目の前には、今まさに殺されようとしているマナハスの姿があった。
常に発動していた“視点操作”により、俯瞰から一目で状況を把握する。
スキルの発動は成功した。
私はマナハスのすぐ近く——彼女から見て右斜め前方に出現した。
それはすなわち、シスの目の前でもあった。
私の右斜め後ろに、シスがいる。そして、マナハスに向けてゆっくりと右手の武器を振り下ろしている。
私の最も大切な人を殺そうとしている相手を目前にして、私の激情は一気に頂点に達した。
——コイツっ、コロスッ……!!
そのまま激情に突き動かされるように、私は『待っててマナハス』で覚えた三つ目のスキルを発動させる。
『“君を救う”』
すると、私の右手の刀が——私の激情がそのまま宿ったかのような——極めて強烈な白い光を放ちだした。
瞬時に理解する。
この光を纏った刀なら、シスの光剣とも打ち合える——!
一瞬、このままシスを頭から一刀両断にぶった斬りたいという衝動に駆られるが——それではマナハスが助からないとすぐに却下する。
細心の注意を払ってマナハスを救う。それが最優先だ。
そこまで考えたところで、私は自分の時間感覚が徐々に通常へと戻っていくのを感じた。
——ッ!
私は全速全力で白い光を放つ刀を振り抜く——
ジュヴァッッンン!!!
激しい閃光と重低音を発しながら——マナハスに直撃する寸前の——赤い光の剣を、私の白い光を放つ刀が受け止め、押し返し、斬り払った。
間髪入れず、私はシスに追撃を仕掛ける。
まさか弾かれると思っていなかったのか、大きく体勢を崩しているシスに斬りかかった私の白光刀を、かろうじて赤光剣で受け止めるシス。
しかし私の本気の打ち込みを受け止めきれず、シスはさらに体勢を崩す。それに加えて、光剣を持つ手を跳ね上げられてガラ空きとなっているシスの胴体を容赦なくぶった斬ろうとした私は——シスの左手より放たれた強烈な衝撃波を喰らい、たたらを踏んで後ろによろめき、後ずさる。
自爆まがいの攻撃で窮地を逃れたシスはしかし——その反動で自分自身も盛大に吹き飛んでいった。
「……か、カガ、ミン……?」
ガラス窓を突き破って電気屋のテナントの奥まで突っ込んでいったシスは……すぐには戻ってこれなさそうだった。
それを確認した私は、やおら振り返ってマナハスに近寄ると——その勢いのまま彼女を抱きしめる。
「ごめん、マナハス……怖かったよね……」
「……正直、死んだと思った……」
「ごめん……」
「そんな……カガミンが謝ることじゃ……。むしろ、助けてくれたんだから……ありがとう、カガミン」
「ううん、私の方こそ……ギリギリになっちゃって、怖い思いさせちゃって、本当にごめんね……」
「……カガミン……」
「……マナハスが無事で、本当によかった……」
「カガミン……!」
震えながらも強く抱きついてくるマナハスを、私もよりいっそう強く抱きしめる。
目をつぶると安堵から涙が溢れ出してしまいそうだったので、私は目に力を込めて前を見据えた。
視線の先には、瞑目して床に横になっている藤川さんの姿があった。彼女の容体を【解析】で確認してみる。
——一応、生命反応はちゃんとあるようだけれど……
「マナハス……藤川さんは、どう?」
「……一命は取り留めた、と思う。だけど、いまだに目を覚まさなくて……」
「そう……」
「傷は塞がっているはずなんだけど……でも、なんだか、このままだと弱って死んじゃいそうなの……」
その時、シスが動き出した気配がした。
「マナハス、やっぱり私一人じゃアイツを倒せるか分からない。できれば、マナハスの加勢がほしいんだけど……無理かな?」
「……藤川さんを回復し続けないとだから……その、余裕があるかどうかは……」
「分かった。マナハスは藤川さんを優先して。……私もやれるだけやってみるから」
私は名残惜しく思いつつも、抱きしめていたマナハスをそっと放すと、シスの方に向き直った。
「あ、カガミン……」
「行ってくる」
シスがテナントから飛び出してきた。
その姿をよく見ると、服の一部が破損している。——これは、さっきの衝撃波の影響か……?
「カガミン! 気をつけて……!」
私はシスに視線を向けたまま、頷いてそれに答えた。
シスは警戒したように赤光剣をこちらに向けて構えながら、その場で静止している。
私は、いまだに白い光を放っている右手の刀を確かめる。
圧倒的なまでのパワーを感じる……これならシスの光剣とも互角に打ち合える。
だが、この力は……極めて強力な反面、反動もめちゃくちゃ大きい。
——今もガリガリとMPが削られていっている……
MP回復アイテムを使っても、長くはもたない——
だとしたらやはり、短期決戦しかない。
もはや武器は互角。あと厄介なのはフォースだけ。
正直、この白い光を維持するので精一杯で、シスのフォース攻撃にまで対応する余力はなさそうだけれど……でもやるしかない。
いくぞ——!
私はシスに向けて駆け出した。
シスはその場で待ち受けている。
斬りかかる私を、受け止めるシス。
白い光の刃と赤い光の刃が——交差する。
バッッッチィィィィッッッ!!!
打ち合わせた刀と剣の間で閃光が弾けて、鼓膜を震わせる振動が発生する。
強烈な反動に逆らわずに回転しながら、そのまま次撃へと繋げる。
しかし奇しくも、対峙するシスも同様の動きをしており、私たちはシンクロしたように再び刃を交差させた。
バッッッヂュィィィッッッ!!!
反動に逆らわず、流れに沿って掌握し、回転させ、次に繋げる。
バッッッ、ジィッッッ、ガッッッ——!
シスの動きに合わせ、対応し、防ぎ、躱し、逸らして、打ち付ける。
ヴゥゥッ、ヴゥィン、ヴィンン——!!
唸りを上げ、宙に赤い光の帯を残しつつ舞い踊る剣筋の、その軌跡に打ち合わせる。
斬るではなく、打つ。
何もかもを一撃で消し去る光刃の剣術とは、どうやらそういうものらしい。
私とシスの攻防は互角——まではいかず、ややシスが優勢だった。
文字通りに付け焼き刃の私よりも、元から光剣での戦闘に長じているシスの方が、こちらよりも巧みな技術を有している。
さらには、完全に実体のないシスの光剣と、実体のある刀が白光している私では、向こうの方が軽く、速く、鋭い。
一撃必殺の光刃での戦闘においては、重さは威力には繋がらず、むしろ速さこそが脅威となる。どれだけ力を込めて重い一撃を打ち込もうとも、光刃の接触により生まれる強烈な反発力の前では、剣撃の重さなんてのはまるっきり誤差の範疇だった。
あるいは、パワードスーツを含めた全力であればまた話は違ったかもしれない。しかし、今の私は単純なスタミナ身体強化すら覚束ない有様だった。
光刃の維持と、激しい剣戟の応酬だけで限界であり、他に使える余力は一切ない。
シスがフォースによる搦手を使ってきたら、対応できない——
そんな焦りを抱きつつ——しかし、シスがフォースを使ってくることはなかった。
いや、どうだろう、使っているのかもしれない。私が気がついていないだけで。分からない。
シスもまた、全力で私との剣戟に応じているということか——
それまでと違い、自分の剣と真っ向から打ち合える武器が相手、もちろん食らったらただでは済まない。どころか、ほとんど一撃で勝負が決まる。
細心の注意を払っても、なお足りない。
小手先の技を使い余計な意識を浪費すれば、その先に待つのは死——あるのみ。
しかし、余裕が生まれたら、その限りではないだろう。
それが分かっているからこそ、私は一切の遅滞なく攻め続けていた。
どうせ白光刃自体、長くは持たない技だ……
この一合の続く先で、決着をつける——ッ!
ダンッ——!
その時、光剣の衝突とは異なる音が背後から聞こえて——
シスの体勢が崩れ、隙が生まれた。
ここっ!
私は踏み込んで深く斬り込む。
——シスはかろうじて、私の刀の軌道に光剣を差し込んできた。
バチィィィンンン!!!
殺った——
その受けではどちらにしろ、反発した自分の光剣を食らって死ぬ——
その想定通りに、シスの赤光剣は私の刀に弾かれて自らの頭部へと向かい——その仮面の表面をなぞるように受け流されていった。
——ッ?!
はあっ?! なんだそれ!?
動揺しつつも私の動きは止まらず、どちらにせよ無理な受けで崩れている体勢のシスに突きを放つ。
——今度こそッ!!
体を回転させる勢いを乗せて、一直線にシスの頭部に向けて突き込まれた私の刀は——フォースによる抵抗を受ける。
——止まるなッ、貫けぇッ!
ほんの一瞬だけ止まりかけた刀を、渾身の力で押し込んでいき——いよいよシスのフォースの防御を抜いて、先端が頭部に突き刺さろうとした、その瞬間。
私の刀がひときわ強い光を放ち——そして、一瞬で刀身がまるごと崩れ去り、そのままチリも残さずに消滅した。
唐突に刀の刀身が消失した影響でバランスを崩した私は、致命的な隙を晒してしまう。
私が体勢を立て直すより、シスの攻撃が先行して——
『“念力の衝撃”』
シスの攻撃を食らう間際——私とシスの間に強力な衝撃波が発生し、お互いが逆方向に吹き飛ぶ。
しかしすぐに、私より先に起き上がったシスが、店先のガラスにめり込んでもがいている私に向かってきて——
ダンッ、ダンッ——!
ヴゥィチ、ヴィチン——
銃声が鳴るより早くシスは防御動作をとり、音速を超える弾丸を光剣で弾く。
銃声のした方を“視点操作”で確認すると、床に倒れたまま片手で銃を構えている藤川さんの姿があった。
シスが藤川さんの方に身構える。
私は慌ててガラスから飛び出すと、藤川さんとシスの間に体を差し込み、二人の間を遮る。
すぐに私は柄だけになった刀を捨てて、もう一本の刀を呼び出して構える。——必死な私とは対照的に、シスはその間、何もせずにこちらが再武装するのを眺めていた。
もはやヤツは、明らかに弛緩したような雰囲気に変わっていた。
それは私が、新たに呼び出した刀を白く発光させていないからか、あるいは、白光させたところで、どうせまたすぐに刀がぶっ壊れると思っているからなのか……
事実、もう私にはあの白い光の刃を呼び出すことはできない。
ただでさえ、刀の耐久度を一瞬で削り切って自壊させるほどに強力なのだ……
そもそも、とっさの勢いで何も分からないまま発動したような能力だ。それこそ、一度でも使えたことがむしろ奇跡のようなものだったのだろう。
マナハスの危機によって発現した能力向上にも、すでに陰りが見え始めている今となっては、再発動など夢のまた夢……
まるでもったいをつけるように、シスはゆっくりとこちらとの距離を詰め始めた。
ヴゥゥゥンンン——と唸る凶器が、再び対処不能な恐ろしい存在となって私に牙を剥く……
——いえ、そうでもないかもしれないわ。確実ではないけれど、もしかしたら、あのスキルでなら防げるのかもしれない。
あのスキル……
なら、シスがあの時に使ったのが、そのスキルだったと……?
——その可能性に、賭けるしかないわ。
……最後の希望、か。
いよいよシスが、私の目前に迫る。
振り上げられた赤き光の凶刃が、私に向けて振り下ろされる。
「——ッ!? カガミンッ!!」
私は身を引いて光刃の間合いから逃れつつ、光刃のたどる軌道上に刀を斜めに構えて、その刀身に対して【回避】のスキルを発動した。
するとはたして、光剣は私の刀を断ち切る——ことはなく、刀身の上を滑るようにその軌道を逸らされたのだった。
マジかよ——っ?!
まさかの……このスキル、効くんだ!
【回避】で受け流せるのかよっ!
さすがに驚くというか、拍子抜けするというか——それならそうと、先に言ってよ……
私は思わず呆然としそうだったけれど——なんかシスもシスで、光剣を凌がれたことに驚いたように固まっていた。
いや、なんでお前も固まってんだよ。お前もさっき使ってたんちゃうんか、おい。
なんだか無性に腹が立ってきたので、私は一気にシスに肉薄すると、渾身の蹴りをその腹部に叩き込む。
シスはとっさに光剣を振ってきたが——対処法はもう判っているので、“回避”の刀で逸らして防ぐ。
私の全力の蹴りを受けたシスは、プロ選手が全力でシュートしたサッカーボールよりも高速で飛んでいくと、通路脇のテナントに見事にゴールした。
「カガミン……」
「マナハス、藤川さんは……」
「か、火神、さん……わ、わた、し……」
「ああ、無理しないで、藤川さん……なんとか息を吹き返したばかりなんだから」
「藤川さん……待ってて、すぐにアイツをぶちのめして戻るから」
「ちょ、待ってよ、そんな……大丈夫なの……?」
「光の剣の対処法は判った。もう大丈夫。まあ、もう一つ、謎の能力もあるんだけど……そっちもまあ、なんとかする」
「あの念力みたいなやつか……じゃあ、それは私がなんとかしてみる」
「え、できるの?」
「たぶん……私の魔法——念力なら、相殺できると思う」
「マジ? え、でも、どうやって……?」
「それは——あれだよ、指輪同士の“繋がり”……これを利用すれば、カガミンを介しても自分で使うのと同じように魔法を使えるみたいだから。……まあその、さっきはちょっと、ミスってカガミンまで吹き飛ばしちゃったんだけど……」
「ああいや、おかげで助かったよ。ありがとうマナハス。——藤川さんもね。ナイスアシストショットだった。ありがとう」
「……い、いえ……」
「ああ、無理しないで……やっぱりじっとしておいて」
「そうだね……藤川さんはまだ安静にしておかないと。——私も、その、今度はミスらないように気をつけるから。私はどうも、アイツの例の能力が発動する予兆を感じ取れるみたいだから……相殺するだけなら大丈夫——と、思う」
「分かった……私はマナハスを信じる。アイツのフォースはマナハスに任せるよ」
「フォースね……了解、任せて」
マナハスがフォースをどうにかしてくれるなら、なんとかなるだろう……
さて、それではいよいよ、決着をつけてやるとするか……
藤川さんを瀕死にして、マナハスを死なせかけた大罪人め……私の怒りの鉄槌を喰らうがいい——!




