第182話 ネタジョブが最強って、はっきりわかんだね
全身黒ずくめの最強の刺客——“シスの暗黒卿”(仮称)は、そのフードの下の機械的な仮面越しに私に視線を向けていた。
私は怯えを完全に噛み殺して——もはや気分は対シス特化戦力、ジェダイマスターのオビ=ワン・ケノービだとばかりに自分を奮い立たせて——いっそ気さくなくらいに、普段通りの調子で目の前のシスに話しかけた。
「こんにちわ。惚れ惚れするくらいに恐ろしい武器ですね、そちらは。ところで、その右手の光る剣のようなものは、どちらで手に入れられたのですか? とても気になるので、差し支えなければ教えていただけないでしょうか? ——あ、あと、その剣の正式名称があるなら、できればそれも教えてもらいたいんですが……」
一応——限りなく低いとは思うが——会話でなんとかなる可能性も考慮して、まずは話しかける。
なんと言ったものか、全然考えていなかった私の口からは、素朴な疑問が発せられていた。
——まあ、これは普通に本音というか、マジで気になったことだったので……
いやマジで、ライトセーバーとかあるなら私も欲しいんだけど。でもショップにはさすがに無かったハズだし、マジでどこで手に入れたん? それ。
返答を待つ私に対して、シスは口を開く——ことはなく、代わりとばかりに私に向けて左手を掲げると、その黒いグローブに包まれた手のひらを私の頭に合わせてきた。
その直後、何やら不快な感覚が私の脳内に奔る。
しかしどこか、その感覚には覚えがあった。
これは——そう、幽ヶ屋さんに“霊視”された時の、あれに近い感覚だ……それも、なんだか、あれをもっと乱暴にしたかのような……
私の頭の中を読み取ろうというのか——?
だが——シスの読心に対抗するかのように、私の右手の薬指にはめた“指輪”が反応しているのを感じた。
右手の薬指の効果は——精神耐性の強化。
これは……もしかして、シスの読心に対しても抵抗の効果があるってことなのか……?
どうやら頭の中を読まれることは防げているようだと分かり、私は安堵する。
“指輪”のおかげで、謎の能力による読心は防がれて、私は目の前に大量殺戮者がいながらも心の平静を保つことができている。
冷静な思考は、眼前の脅威は右手に持つ武器だけではなく、左手から放たれる謎の能力にも要注意であると警鐘を発する。
そうだ……コイツにはライトセーバー以外にも謎の能力という脅威が存在している。それこそ、マジで……“フォース”のような能力が。
念力……? いや、そんなことは……だけど、まさか、本当に……?
私は頭の中で思考を巡らせつつも、同時に全神経を集中させて、シスの一挙手一投足に至るまでを警戒する。
同時にカノさんが念話を使って、背後から恐る恐る近づいてきている二人に、いつでも反応できるように身構えておくようにと念を押す。
シスは読心を諦めたのか、左手をゆっくりと下げる。
そしてそのまま、私の首に照準を合わせると、握るような動作をした。
その手は私の首には届いていない……にも関わらず、私の首は絞め上げられるような感覚がして、意識が……遠のいていく……——
『“撃って!”』
私は右手に刀を呼び出しながら、念話でそう呼びかける。
ダン——ッ!
背後から銃声がして、シスがわずかによろめき、私の首にかかる“力”が抜ける。
『“藤川さんはそのまま撃ち続けて! マナハスは魔法の準備! 殺すつもりでやって!”』
ダンダンダンダンッ——!
私は刀を構えて力を溜めつつ、そう続けたが——マナハスからは動揺したような気配が返ってくる。
『“っ、最悪は蘇生アイテムで復活させられる! 手加減は無用!”』
藤川さんの銃撃は止まることなく続いていたが、最初の一発以降はすべてシスに防がれていた。
撃たれたシスはすぐに左手を藤川さんに向けていた。すると、藤川さんの放つ弾丸が——まるで見えない壁に止められているかのように——シスの前方の空中で停止してしまうのだった。
藤川さんが弾切れになり、銃声が途切れる。
シスが動いた。私も同時に動く。刀を振りかぶって“遠間刃”を使おうとして——
シスが左手を私に向ける——強い衝撃を受けて私は吹き飛ばされる。
とっさに“視点操作”を使うと——シスが右手の赤光剣を投げつけるのが見えた。
その凶刃の向かう先には——藤川さんの姿が。
『“避けてッ——!”』
回転しながら飛ぶ赤く発光する刃が——藤川さんに直撃した。
宙を舞う腕——
破壊された銃——
なぜか残っているHP——
胴体に斜めに入った赤い線——
驚愕の表情の瞳から、急速に光が失われていく——
自分の心が軋む音がして——右手の指輪が感傷を抑えつけた。
『“マナハスッ、回復をッ、藤川さんをお願いッ!!”』
私は体勢を立て直して、シスに向けて攻撃する。
『“斬空波”』
最速で放った飛ぶ斬撃は、しかし攻撃のタイミングを見切ったかのように回避される。
ヴゥゥゥゥンン……
背後から不吉な音が聞こえる。
私は横っ飛びに回避する。
直後、さっきまで私が居たところを赤い光の刃が通り過ぎていった。
床の上を転がりながらも、“視点操作”で俯瞰的に周囲を認識する。
戻ってきた赤光剣を受け止めたシスに向けて、私は起き上がりながら刀を振り抜き、続けて斬撃を飛ばす。
ビュン、ビュゥ、ビュッ——
ヴゥン、ヴン、ヴゥンン——
飛んでくる不可視の斬撃を、シスはこともなげに赤い光で受け止め、弾いた。
そのままシスは飛んでくる斬撃を打ち払いつつ、距離を詰めてくる。
私は早くもスタミナ回復アイテムを使いつつ——迷っていた。
——マズい……どうすればいい、まったく効いてないぞ。
私は技を放つのをやめ、迫るシスの攻撃に神経を集中させる。
かなり距離を詰めたシスが、おもむろに左手をかざしてきた——瞬間、私は【固定】を発動してその場に自身を固定する。
今度は吹き飛ばされることは無かった。
だがそれは、衝撃波とは別の能力だったからで——私の体は金縛りにあったように動かなくなる。
なっ?! 【固定】が解除できない——ッ!?
まるで発動している能力ごと行動を止められたみたいに、私は【固定】のスキルを解除することもできず、さらには自分のスキルの効果で動くこともできない。
【固定】を発動中なので、他のスキルを使うこともできない……
あ、私、死ぬ——?
左手で私の動きを制したまま、目前にまで迫ったシスが右手を振り上げる——
——ッ!
『“火炎放射”』
カノさん——!?
カノさんが“火炎放射”を発動し——首元にチョーカーとして装備していた——“炎の紋章”の手前の空間から吹き出した炎が、シスに直撃する。
たまらずシスが飛び退く。
カノさんはそれを追うように、炎を操作していく——が、体勢を立て直したシスがかざした左手の手前で、炎は見えない壁にぶつかったかのように防がれる。
だがそれと同時に、私の体を縛る戒めは解けていた。
——ふぅ……危なかったわね。
か、カノさん……!
——ワタシはワタシで能力を使えなかったら……やられてたわね。
いやマジで……助かったよカノさん。マジで、カノさんがいなかったら普通にやられてたじゃん……
——なかなかに凶悪な能力よね……でも、どうやら金縛りと防御を同時には出来ないみたい。それだけは救いね。
いやマジで、ヤバすぎるでしょ……なんだよ行動まるごと封じてくる技とか、ふざけんなよマジで……
赤光剣とフォース、刀と炎(と、カノさん)、これで五分……とは、残念ながらならない。
まず武器の性能が違い過ぎるし、見えないフォースは防げない。どうしても後手に回ってしまう。
こちらの刀技や炎も完全に防がれてるし……マジで強ぇぞこのシス……!
肉眼でシスを注視しつつ、“視点操作”でマナハスたちの様子を探る。
マナハスは藤川さんの元で治療アイテムを使っている。——頼む、間に合ってくれよ……。
火炎放射のおかげで少しだけ余裕が出来たので、私は改めて立ち位置を調整すると、シスとマナハスたちを遮るように位置取りする。
——私一人ではカノさん込みでもまるで敵わない。マナハスの加勢が必要だ……。
藤川さんの治療が終わるまで——いや、一命を取り留めるまでは私がヤツを止めて、耐える。
マナハスが復帰したら彼女の魔法でコイツを仕留める。マナハスの魔法ならなんとかなるはず……!
素早くそこまで思考したところで、シスがこちらに向かってきた。
一気に距離を詰めて斬りかかってくるシスの攻撃を、大きく距離を取って躱す。
私は下手に手を出さずに、回避と牽制に徹しようとした。
しかし、シスの手にある赤光剣の威力——あるいは、威圧——は凄まじく、機動力もなかなかに高いシスの動きを抑えることは、とてつもない難易度で……
振り回される赤い光が、視覚と神経を刺激する。
触れるだけで持っていかれる凶器を前に、私は無様に躱すことしかできない。
一歩間違うだけで死ぬ緊張感の中で、私はただ必死にもがくばかり……
見えないフォース攻撃にも、なんとかカノさんと二人がかりで対処するが、それでもギリギリで死なないようにするので精一杯……
そして……緊迫する立ち回りの中で、ふと気がついた時には——私とシスの立ち位置は当初と真逆になっており、黒ずくめの殺人鬼の後ろにマナハスたちがいた。
まずい——……
そんな思考ごと、シスの左手より発せられた衝撃波が私を吹き飛ばす。
俯瞰する“視点操作”の視界には、シスを間に挟んでマナハスから遠ざかっていく自分の姿が映っていた。
すぐに【固定】を発動してその場に停止する——しかし、私は慣性を打ち消したその反動で硬直してしまい、どちらにしろ動けなくなった。
シスが振り返る。
その視線の先には、マナハスと藤川さんがいる。
マナハスは藤川さんの方に意識を向けていて——自分の身に死の危険が迫っていることに——まだ気がついていない。
シスが動き出した。
私の体はまだ動かない。
まさか——
嘘でしょ——
ここで終わり——?
シスが一気にマナハスとの距離を詰める。
ようやくマナハスがシスの方を向いて、その顔に驚愕の表情を浮かべて——しかし、すぐにそれは恐怖と絶望の色に染まった。
間に合わない——
マナハスが何をするよりも早く、私が何をするよりも早く、シスの無慈悲な攻撃によりすべてを奪われる——
あとほんの数秒で、すべてが終わってしまうなんて信じられない、信じたくない——
感情が飽和して、私の思考が止まった。
絶望の二文字が、脳内を埋め尽くす……——
シスがマナハスの元にたどり着く。
私の体はようやく動くようになったが、もうなにもかもが遅い。
ついにはシスが
赤い光の剣を
マナハスに
向かって
振り下
ろし
て
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『“君の危機”』
マナハスに降りかかる絶対絶命の危機——それに反応して、『待っててマナハス』のスキルが自動的に発動した。
瞬間、私の内から途方もないチカラが湧き上がってくる。
——これは……『待っててマナハス』で覚えた一つ目のスキル……
このスキルは、特定の人物——つまりはマナハスの危機を察知して、さらに、マナハスの状態が危険であればあるほど私の能力が上がるという能力だった。
自動発動型だから、自分では使い方がよく分からないスキルだった。試すわけにもいかないし……
だが今、死に瀕したマナハスを前に、極限まで能力が高まっている……
それだけではない。
時間が——まるで走馬灯のように——ゆっくりになっている。
マナハスに迫る赤い光の剣が、まるで止まっているかのように、ゆっくりと動いているのが見える。
極めて緩慢に——だが確実に、それはマナハスの頭部に向かって突き進んでいた。
カッ、と頭に血が上る。
溢れんばかりの力を、マナハスを襲っている敵に今すぐにぶち撒けたい欲求に支配されそうになる。
——落ち着きなさい! ここで解放したら、真奈羽にも当たるわよ!
分かっている、分かっている……
激情を、なんとか抑え込む。
右手の指輪が、そのための力を貸してくれる……
余計なことをしている暇はない。
いつまでこの加速状態が続くのか分からないのだから。
そう、周囲がゆっくりに見えるということは、つまりは私が加速しているということ。
しかし、加速しているのはあくまで私の思考だけのようだった。
体を動かそうとしても、動かない。——いや、動いてはいるのだろうが、極めてゆっくりとしか動けない。
これでは、どっちにしろ間に合わない……っ!?
——落ち着いて……まだ手はあるわ。
それは……あのスキル?
——ええ。もうそれに賭けるしか無いと思うわ。
これか……『待っててマナハス』で覚えた、二つ目のスキル。
このスキルの効果は単純、特定の人物——つまりはマナハスの元へ、一瞬で移動するというスキルだ。
つまりは瞬間移動だ。
このスキルなら……確かに、間に合う可能性はある。
瞬間移動だから、文字通り瞬間で移動できるはず。この走馬灯状態でも関係なく、スキルを発動した瞬間にマナハスの元に辿り着ける……はず。
だが問題もある。ちゃんとスキルを発動できるのかどうかが分からない、という。
このスキルを獲得してから、何度か試しに使ってみようとしたが、一度も成功しなかった。
理由は単純に、私の実力不足。
発動には多大なMPが必要らしく、Lv15の私でも全然足りなかった。
だが今なら……
マナハスの危機によって覚醒した今の出力でなら、発動できる……はずだ。
上手くいくかは分からない。ぶっつけ本番だから。
瞬間移動した時の体勢がどうなっているのか……瞬間移動後にも走馬灯状態は続いているのか……
なにもかも分からないけれど、グダグダと迷っている暇はない。
この加速状態は、体感的に、呼吸が止まっているに等しい感覚だった。
もしかしたら、限界としてもそれくらいなのかもしれない。
つまりは——私が体感している時間の流れる早さにおいて——限界まで息を止めていられるくらいの間(正味、長くても一分ちょいくらい……?)が、加速していられる限界……
だとしたら、もうあまり猶予は残っていない……
ならもう、やるしかない……!
絶対に……救ってみせる——!
私はマナハスの元へ——彼女を救うために——そのスキルを発動した。
待っててマナハス、いま行くから——
『“君の元へ”』




