第179話 ガキがマブ背負ってやってきたってか?
私たち三人は、黒澤くんとルナちゃんという二人のプレイヤーと暫定パーティーを組んだ。
五人組となった私たちは——軽くお互いに自己紹介したり、手短に準備を整えると——いよいよ目の前のショッピングモールの中に侵入することになった。
中に入る前には——ざっくりと、二人から内部の状況やら、仮想敵である鬼史川についてとかを大まかに聞いておいた。
ドローン越しにざっと確認しただけの私よりは詳しいかと思ったのだけれど……二人も鬼史川については、ほとんど知っていることはなかった。
とはいえ、私もそうなのだが、二人からの印象としても連中は最悪の悪党だということで、我々の見解は一致していた。
とりあえず、暫定パーティーのリーダーを私に任せてもらうことにも決まった。
この中では最年長だし、レベルも一番高いし、なにより戦いの際は私が一番矢面に立つことになるし。
というわけで新参の二人には、私の指示になるべく従ってくれるように言い含めておく。
とりあえずは二人とも、私がリーダーということで納得してくれたようだった。
ルナちゃんはやる気はマンマンのようだったが、彼女の現在の戦力は当初よりはだいぶ——というより、かなり激減しているみたいだし、とてもじゃないが戦える状態じゃない。そう言われたら、彼女も納得するしかないだろう。
黒澤くんは、自分ではついてくるとは言ったが、そもそも戦いに対して消極的だったし、リーダーという感じの性格でもなさそうだし。彼はそもそも、自分から前に出るつもりはないようだった。
というか、そもそもウチの元からのパーティーメンバーの二人に関しても、対人戦は初めての経験なので、ぶっちゃけ戦力にならないかもしれないとも思っているし。
そういう意味ではむしろ、今回に関してはアンジーやウサミンの方がよっぽど戦力になりそうな気がする。
——あの二人ならおそらく、相手が人間でも構うことなく普通に戦ってくれるだろう。二人の主人であるマユリちゃんに関しても、人間が相手だからって躊躇とか全然しない気がするから、二人を止めたりも特にしないんじゃないかと思うし……
なのでこの二名に関しても、出来れば連れていきたかったんだけれど……結局そうはしなかった。というか、出来なかった。
なぜなら——その時点でこの二体の星兵が、マユリちゃんからの招集を受けてこの場からいなくなってしまっていたので。
先ほど、私たちがルナちゃんたちとの話を終えたちょうどそのタイミングで、マユリちゃんから通信が入ってきた。
その通信の内容を要約すると——春日野高校に敵襲アリ、現在応戦中、万全の体制で迎撃するため戦力を招集したい——というものだった。
聞くところによると、敵はプレイヤーではなく怪獣の類いらしい。
どんな相手なのか詳しいことはまだ聞けていないが、とりあえず今のところは、まだ被害はなく対処できているとのことだったので、ひとまずはホッとした。
しかし、アッサリ倒せそうというほどでもないようで、十分な戦力を集めるために、できれば追加でアンジーとウサミンも招集したいということだった。
向こうに危険が迫っているとなれば、私も出来る限りのことをしなければと思うので、私はその頼みを了承して二人を送り出したのだった。
まあ、そう判断を下すまでには、私も少しばかり考えたけれど……結局は、二人をマユリちゃんの元へ還すことにした。
私たちがいない間に、暫定的な拠点である高校になにかあっても困るし……高校の安全を守るのは一応、聖女様の役目であるし……自分たちがすぐに向かえない以上は、即応できる戦力を派遣するべきだし……
——一応、向こうの戦闘が終わるまで待つという手もあるけれど、鬼史川というプレイヤーがどう動くかも分からない以上、あまり時間を与えたくもないし……
ゾンビ毒を喰らっているパパンのこともある。確認したところ、すぐすぐにどうこうなることはなさそうだったけれど、あまり時間をかけない方がいいのは確かだ。
それにまあ、二人がいなくてもおそらくは問題ないだろうと思うし。鬼史川側の戦力はおおよそ把握している。それから言えば、私たちだけでも決して勝てない相手じゃないと考えているので——まあ、大丈夫かなと。
まあね、さすがの私も、一人で四人を相手にするのは厳しいとは思う。だから他の戦力も必要なんだけれど、星兵の二人を頼れない以上、対人戦に不安があるけどマナハスと藤川さんにやってもらうしかない。
他にも、内部の状況などを考えると、色々と懸念も思い浮かぶのだけれど……
でもその辺り——例えば、近くにいる生存者を戦闘に巻き込んでしまうのではないかとか、あるいは人質として利用されたりしないかとか——に関しては、あくまでも慎重に対応することで対処するべき類いの問題であって、戦力が増えたら解決するという話でもない。
戦力的には、新規メンバーの二人を含まない私たち三人で十分だと思う。人数的にはあちらが優っているが、こちらには魔法なんてヤバい能力を使える聖女様がいるし、私も自分の実力であのくらいの相手なら問題なく倒せるだろうと予想している。
とはいえ、私としても本格的な対人戦は初めての経験だ。ゾンビや怪獣とは勝手が違うということもあるだろう。
そもそも、ほぼ確定的に敵対するであろう他者と接触する経験自体が初めてだ。それも、こちらにも戦力的に対抗できる存在——つまりは、同じ能力を持ったプレイヤー——との初接触、である。
私自身、正直言って、万全の自信などはない。
もしかしたら負けるかもしれない、という恐れは普通にある。
ともすれば臆して、安全策を取りたくなってくる……しかし、どうせこれも、いずれは通る道だと——そう自分に言い聞かせて、覚悟を決める。
自分と同じ人間を相手に最後まで戦い抜く、という覚悟を。
そんな風に頭の中で色々と考えている私を尻目に、ルナちゃんはズンズンと——まるで勝手知ったる我が家のように——モールの中を進んでいった。
私たちという増援があるとはいえ、すでに一度負けた相手に再び相対するというのに、まるで臆した様子はない。
そんな彼女の様子を見ていたら、緊張していた精神が緩むような気がするのと同時に——この子って案外、大物なのかもしれないよね……なんて考えが浮かぶ。
マユリちゃんもそうだけど、意外とこのくらいの年齢のほうが向こう見ずというか、恐れ知らずなのかもしれない。
なんて思いながらも、モールの中を進んでいった私たちは、ついに件の相手と遭遇した。
モールの二階の一角、広めの家具店のテナントの内部に集う生存者たち——そして、その生存者集団の前に立つ、もう一つの集団。
若い男——それも、一見してガラの悪そうなタイプ——がほとんどを占めるその集団の中には、しかし、数名の女性も含まれていた。
しかし彼女たちは、連中の仲間というわけではないのだろう。なぜなら——一見して、容姿に優れる人ぞろいの彼女たちは、しかし、その全員が全員とも、内心を如実に表した沈んだ表情でもって、その整った顔を悲痛に歪めてしまっているから……。
彼女たちの表情をそんな風に変えた原因なのであろう男たちが、いま何をしているのかといえば、まさに、新たなる被害者となる存在を見つけようと、モールにいた生存者の中から自分たちのお眼鏡にかなう容姿の女性を探しているようだった。
「ちょっと! みんなになにするつもりなの! やめなさいよ!」
「わん! わんわんっ!」
私が何をするよりも早く、ルナちゃんが前に出ると大声でそう吠えたてる。
それに追従するように、彼女の飼い犬兼手持ちの唯一の戦力であるヴェルベットくん(3歳)もキャンキャンと吠える。
「あーん?」
「んだよ、あのガキまた来たんか」
「あ、なんか増えてね?」
「てかおいおい……後ろの女、ヤバくね?」
「マジかよ……Sランクだろあれぁ」
「いやいや……SSSだろ、特にあの巨乳ちゃんはよぉ」
「ちょっ、シドーくん! こっちこっち! ヤッベーって! なんかありえねーくらい面のイイ女が出てきたんだけどっ!」
こちらを見つけて、にわかに騒ぎ出す男たち。
ルナちゃん……まあ、いいけど。
どうも連中が生存者集団から離れる様子は無かったし、そもそも元から拐かされてきたらしき女の人たちもいたし……ボコしていい連中だけに分断されるのを期待しても無駄のようだ。
本音をいえば、非戦闘員(特に、連中の仲間ではない人たち)が近くにいない状態で戦端を開きたいところだったけれど……
「お前らなに騒いでんだよ——って、おいおい……おいおいおい、ふふっ、ハハハハッ、いやいやいやいやおいおいおいおいぃぁ……マジかよ」
そう言いながら出てきたのは、鬼史川獅童その人だった。
『“鏡映鑑定”』
私はこっそりと——耳にぶら下がるイヤリング型の鏡を介して——彼に“鑑定”を使う。
「おいチビガキ、何しに戻ってきた? てゆうか、後ろの女はなんなんよ?」
「はぁ?! おまえらをぶちのめすために戻ってきたに決まってんでしょ!」
「ハハハっ、そうかそうか。で? なに? あ、もしかして……伝説のポケモンでも捕まえられたってのかぁ〜? それでリベンジって? えっへへぇ〜?」
「バカにすんな! クソやろーが! ああっ? 伝説のポケモン〜〜?! ——はっ! そんなんよりもっっとすごい三人がルナのなかまにぃんぐ——っ」
「ルナちゃん、ちょっと黙っててね」
余計なことは言わないでね——って彼女には事前に言っていたんだけれど、どうも忘れているみたいだったので、私は思わず“鑑定”を中断して彼女の口を塞いだ。
——まあいい、すでに十分調べられた……
“鑑定”に気がついた様子もないし……見たところ、ヤツの実力はまるっきり予想の範囲内だ。
「ふぅん……見たとこ、高校生くらいかー? しっかし、見事にでっけえな……顔もマジで、レベル高ぇし……いや、顔だけなら、隣のもかなり……」
マナハスや私をジロジロと無遠慮に眺めまわす鬼史川。
【気危感知】なんて使うまでもなく、その視線の向かう先と、そして、そこに宿る邪な意思についてを——私はありありと感じることができた。
「……まあいいや。——おい、チビガキ、なんのつもりか知らねーけど、俺は今はもう闘る気分じゃねーんだわ。だからよ、その二人……いや、三人か。その三人を置いていくなら、テメーのことは見逃してやるよ」
「——っ!」
「戻ってきたってことは、なんかあんだろ? えっと……つまり、そう、ここの連中の中に自分の家族がいるとか、そーいう……。そいつらも連れていっていいぜ」
「……っ!」
「あとはなんだ? 友達か? どうせそいつもガキだろ? ガキには興味ねーから、そいつらも好きなだけ連れていけや。な?」
「……」
「つーか別に、俺ァ、“ガキでもババアでもない面のいい女”以外はどーでもいいんだけどな。だから他にも連れていきたいのがいんなら全部連れていけよ。俺も要らねぇし」
「……」
「ああ、でも、この場所はもう俺らんだからな? モノはなんであれ持っていくことは許さねーから。その場合は死刑な、死刑」
「……」
「どうした? 簡単な話だろ? お前じゃ俺に勝てねぇんだから、運が良かったと思って言う通りにすりゃあいい。滅多にねーぞ? 俺の機嫌がいいことなんてなぁ……」
「確かに、シドーくんっていっつも機嫌ワリィもんなぁ!」
「だからいきなり話に割り込んでくんなって、殺すぞ坂田ぁ」
「ごめんってぇ! シドーくん!」
「声デケェんだよ、お前」
私が口を塞いでいるので何も言えないルナちゃんは、さて一体、頭の中ではなんと考えているのやら……
しっかし、アレだ。ヤツ——鬼史川は、完全にルナちゃん以外を無視している。私たち三人はもちろん、一応はプレイヤーである黒澤くんのことまで。
いや、むしろ、ルナちゃんに対してだけは何故かそれなりにちゃんと対応しているという事実に驚くべきなのか。
彼女にだけは、曲がりなりにもこうやって応じている、その理由は……彼女の戦力は意外と無視できないと思っているから、とかだろうか。
実際、何を捕まえているかによって、彼女の戦力はガラリと変わる。手持ちの戦力によっては、自分の脅威にもなり得ると思っているのか……
黒澤くんを軽視しているのは、なんだろう、さっきの戦いを見てヘタレだと思っているから、とかなんだろうか。
私たちのことを度外視しているのは、これは当然というか……こちらの思惑通りだ。なぜなら、今の私たちは、【偽装秘匿】によって一般人に偽装しているから。
見破れる能力も持ってなさそうだし、相手からは、私たちはごく普通の一般人に見えているはずだ。
プレイヤーであることを隠しているのは、相手を油断させるためだ。
仮に、プレイヤーであることを開示したとして——それでこちらが有利になる感じでもなかったし。
こちらの方が強いことを示して威嚇するにしても、15と14ではレベル差は1だけだし——その1の差でジョブのある無しが決まるのだから、その1は実に大きい差なのだけれど……それは実際に15になってジョブを獲得してみないと実感できるものではない。
だが……そうだ、そうなのだ。ジョブのある無しというのは実際マジで大きい。
レベル差以上に、ジョブによって手に入るジョブアイテムやスキルは、戦いにおいては大きな差を生み出す要素となる。
パワードスーツがあるのと無いのでは、その力の差はまさに大人と子供——いや、それ以上か。赤子と大人の差に等しい。いくらプレイヤーといえども、スタミナを全力で使ったところでパワードスーツが相手では力負けする。
攻撃スキルについては、言うに及ばず。ろくなスキルを持たないプレイヤーが、さて一体、どうやって火炎放射を防ぐというのだ?
——いや、ワンチャン【回避】とか使えば防げるんかな……?
いや、なら、それこそ魔法だろ。こんなん使われたとしたら、どうやって対抗するっちゅうねん。
魔法は発動までの隙がデカいのがネックだが、相手が——こちらがただの一般人だと——油断しているなら話は別だ。いくらでも強力な魔法を放てる。
まあ、強力といっても、マナハスには人間を殺傷せしめるような魔法を使うことはできないだろうけど……それなら、強力でかつ対象を無傷で無力化できるような魔法を使えばいいのだ。
それなら別に、周囲を巻き込むことなんかも気にしないでいいが……だからといって、巻き込まないでやれるならそれに越したことはないんだけれど。
そのためにも、連中に近づけるならそうした方がいい。その方が範囲を絞るのもやりやすいだろう。
だからそう、ヤツらの方からお呼びとあらば、お望み通りにそっちに行ってやろうか……
なんて思っていた私はしかし——実際にそれを行動に移すことはなかった。
なぜなら、その時——
不穏な足音がこの場へと向かってきていることに、いち早く気がついたから。




