第178話 事前調査はやっぱり大切
私は物陰に身を潜めながら、二人の様子を窺っていた。
二人のプレイヤー——“影使い”の黒澤影人(14)と、“モンスタートレーナー(仮)”の相生瑠奈(11)。
二人に接触する前に、私はできる限りの調査をしておこうと思い、二人を観察していく。
物陰に身を潜めたまま“視点操作”の視界越しに【解析】を使用することで、Lvを筆頭に名前や年齢を含めた大まかなことはすぐに判明する。
まあ、それらに関しては、すでにドローン越しの調査で判明していたけれど。——ドローンの視界越しにも【解析】は使えたからね。
なのでここでは、ドローン越しにはできなかった能力を試してみる。
『“鏡映鑑定”』
物陰から鏡を少しだけ出して、二人がそれぞれ映るようにして“鑑定”していく。
ふむ、ふむ……
“鑑定”を使ったことで、【解析】では判らなかった細かい部分まで判明していく。
二人が覚えているスキルや、装備している武器や防具の改造度合い、さらには、アイテム欄の中にあるアイテムの詳細まで……
——いやはや、“鑑定”の能力のこの便利さたるや……素直にすごいと感心するべきか、はたまた、恐るべき能力だと戦慄するべきか……
そんな風にして、二人の実力についてをじっくりと確認していった結果として……やはり、この二人は戦力としては私たちには遠く及ばないようだ——と、私は結論づける。
まあ、Lvからして15に届いてないし、ジョブもまだ未入手なんだから、戦えば問題なく勝てるだろうとは思っていた。
とはいえもちろん、戦うというのはあくまで最終手段としての話だけれど。まずは普通に、穏便な接触を図りたいとは思う。
他のプレイヤーとの接触には慎重になるべきだ。まずもって接触しないという選択肢を真っ先に考えるべきだと思うくらいには、慎重を期す必要がある。
とはいえ、今回の場合は、少なくとも彼女——ルナちゃんとは接触しないわけにはいかない。
なぜなら……
彼女の持つ(おそらくはモンスターなどを捕まえるのに使うとみられる)謎のボール——それがどうも収納されているらしき謎の装置を“鑑定”してみた結果、ボールの中に人間が捕まえられていることが判明した。
そして、そのボールの中に“捕まっている”人間のうちの一人が、他でもない藤川さんのパパンだった。
パパンを返してもらうためにも、彼女とは接触せざるをえない。
例のボールは人間も普通に捕まえることができるのか……という事実にまずは驚くのだけれど、それはともかく。
それで、なぜパパンのような——言ってしまえば普通のおじさんを捕まえているのかという疑問については……なんとなく、その理由について心当たりはある。
というか、パパンを含めた捕まっている人たち全員の“状態”を見れば、なんとなく察しはつく。
その点を鑑みれば、あるいは彼女は、パパンの——ひいては、その安否を心配していた藤川さんや私たちにとっての、恩人と呼ぶべき存在なのかもしれなかった。
そういう意味ではむしろ、彼女との接触は別の意味で慎重になる必要があった。
つまりは——初対面で失礼な印象を与えないようにする必要がある、という方面での注意というか。
なんて思いつつも——細部にわたって“鑑定”で事前に調査しているのは、これは失礼に当たらないのか? と言われると答えに窮するところだけれど……
まあ、むしろ事前にちゃんと調べておくのが礼儀みたいな、そんな感じのアレってことでどうにか……
なんて適当なことを考えつつも、まーどうせバレなければなんの問題もないさ——なんて思いつつ、あらかた調べ終わった二人の次に、念のためにルナちゃんの飼い犬っぽいワンちゃんにも“鑑定”を使ったところで——
ワンちゃんがガッツリこっちに反応した。
え、待って——まさか、バレた……?
「わんっ!」
いやこっち向いてめっちゃ吠えとるやん……もろバレとるやん。
——やべぇな、犬の感覚の鋭さナメちゃってた? てかどうしよ……
ワンちゃんが吠えたことでルナちゃんも反応して、こちらを向いてくる。
……仕方ない、こうなったらもう出ていくしかないか……怪しまれる前に。
——本当はもう少し調べて、彼女たちの扱いをどうするか、ちゃんと方針を決めてから接触したかったんだけれど……
「わんっ! わんわん!」
『“なんかあのワンちゃん、こっち見てめっちゃ吠えてるけど……もしかしてバレたん?”』
『“っぽいっすね……ごめん、バレちゃった”』
『“で、どーする?”』
『“しょうがないから、出よう”』
『“おう”』
『“わ、分かりました”』
仕方がないので、私はマナハスたちと“念話”により無言で示し合わせると、物陰から二人の方に出ていく。
アンジーとウサミンは——話がややこしくなりそうなので——この場に待機させる。
出る前にはちょっとした小細工として、私は“指輪”の位置を「魅力アップ」の右の小指に変えて、『先導者』のジョブアイテムである“扇子”を取り出して持っておく。
三人だけで物陰から出てきた私たちに、真っ先に声をかけてきたのはルナちゃんだった。
「え、なに、このイケてるおねーさんたちは……?」
その第一声を聞いて——私はなんとなく、これからの交渉が上手くいくことを直感した。
——これならむしろ、『先導者』の能力までは使わないでも良さそうかな……?
——いや、なんか鋭いワンちゃんもいるし、むしろ使うのは悪手か……?
そもそも、まだ全然慣れてない能力をいきなりプレイヤー相手に試すこともないか。使うとしても、それこそ最後の手段かな。
なんてことを考えつつ、私は彼女に応答する。
「……どうも、ご機嫌よう、素敵なお嬢さん」
なんだろう、思っきし変なキャラになってしまった。——おいおい、手持ちの小道具(扇子)に釣られ過ぎじゃない……?
私は乗っけからミスったかなと思ったけれど——しかし、当のルナちゃんの反応は存外悪くないものだった。
「お、お嬢さんだなんて……」
なんて言いつつ、すこし照れたようにはにかむ。
年相応に見えるそんな可愛らしい反応を見て、私も意表を突かれる。
おや、なんとなくもっと生意気そうなお子様なんじゃないかという気がしていたのだけれど、意外とそうでもなかったのかな。
「あ、あんたらは、一体……」
と、そこでもう一人の黒澤くんの方が、恐る恐るといった感じに話しかけてきた。
彼は——なぜかすでに、だいぶこちらに気を許しているルナちゃんと違い——どことなくこちらを警戒しているような気配を残していたが……その視線はマナハスの胸に釘付けだった。
うん……こっちの彼も問題なさそうだな。見たところ、ただの健全な男子中学生そのものだ。
その大いなる胸への大いなる反応しかり、明らかな中二ファッションしかり……
「私たちは……あなた達二人と同じです」
「えっ」
「あなた達も、“声”を聞いたんでしょう?」
「——っ!」
「そう、私たちも聞いたんですよ、声を」
「えっ、まじ? おねーさん達もなの?」
「え、え、三人とも? や、いや、ちょ、ちょっと待ってくれよ——」
「……エイトくんさぁ、キョドりすぎじゃなーい? いくらおねーさんたちがちょー美人ぞろいだからってさぁ」
「ち、ちがっ、なにをおま——って、じゃなくて! そのっ、三人とも、なんでセンサーに反応してないんだ……って、いうか」
「? センサー?」
「いや、あの、それはだから、その……」
「あ、ほんとだ。おねーさんたち、スキャンに反応がない。え、なんで?」
「……あー、もしかして、マップ——というか、あの、地図のような、敵の反応とかが映るやつのことですか?」
「そうそう!」
「……っす、そう、それ」
「ああ、それはだから——反応しないようにしているからですよ」
「え、まじ? そんなことできるの?」
「できるのか……でも、なんで今も……?」
「それはもちろん、警戒のためです。不用意に他のプレイヤーに見つからないようにね」
「プレイヤー、ってのは、つまり……僕らみたいな、力に目覚めた人のこと……?」
「はい、そうです。私たちはそんな風に呼んでいます」
「……じゃあ、お姉さんたち三人は、三人ともプレイヤー、なのか……?」
「……いえ、元からのプレイヤーは一人だけです。後の二人は、その一人から力を分け与えてもらいました」
「っ! じゃあ、少なくとも、一人はLv10を超えている……」
「そうですね」
「え、なに? レベルが10をこえたらなんかあんの?」
「というより、私たちは全員Lv10を超えてます。さらに、うち二人はLv15まで到達しています」
「っ!! Lv15……! あ、あのっ、Lv15って、やっぱりなんか新要素が解放されるんですかっ……?」
「まじぃ?! おねーさんたち、Lv15が二人もいんの?? えーちょ〜強いじゃん!」
「ふふ……ええ、そうですね。Lv15でも解放されますよ。——とびきり強力な新要素がね……」
「! そ、それって……」
「あ、あのさ! おねーさんたちがそんなに強いなら、ルナ、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……!」
「お願い、ですか。それって……このショッピングモールの中にいる生存者についてか、もしくは、四人組のプレイヤーの男たちに関するなにか、ですか?」
「え、知ってるの? アイツらのこと」
「いえ、詳しくは知りません。ただ、あそこの中に四人組のプレイヤーがいることは……まあ一応、把握しているというか」
「そーそー、そーなの、でソイツらがさ、まじでサイテーなヤツらで……ルナたちも負けちゃって、追い出されちゃったの……。ルナの方が先にここにきてたのに……!」
「あ、いや、負けたっていうか、戦略的撤退、っていうか……その、数的にもちょっと、不利なのは否めなかったというか……」
「このエイトくんもねー、ぜんぜん役に立たなくてさー」
「おい、こらっ……」
「でもでも、おねーさんたちがいれば勝てると思うんだよね。数的にもこっちが勝ってるしー、強さ的にも勝ってるでしょ? だっておねーさんたちのほーが、アイツらよりダンゼン強そーだし!」
「……強そう、か?」
「はぁ? どーみてもあんなヤツらよりおねーさんたちの方が強いって。分かるっしょ、そんくらい、フツーに」
「まあ、Lv15なら、確かに……」
「いやいや、レベルとかじゃなくて、見ればわかるじゃん?」
「見ればわかるって……見てわかるのは、すごい美人ってことくらいしか——あ、い、いや」
「そうそう、そーいうこと!」
「え?」
「こんなちょービジンのおねーさんが、弱いわけないって。だって、あきらかに主役のビジュアルしてんじゃん?」
「なんだそれ……」
「あのあの、あそこの中にはまだルナのママやパパやお友達がいるの。このままだと、あのクソ男たちに何されちゃうか分かんないし……早く助けないと……! だから、お願い! ルナと一緒に助けにいって……! ください!」
「もちろん、いいですよ——」
「やった——」
「——と、言いたいところなんですが……一つ、条件があります」
「——ぁって、条件? なに?」
「ルナさん……あなたがそのボールで捕まえた人たちの中に、私たちが探している人がいるかもしれないんです。なので、その人を渡していただけるなら……」
「え、まじ? そーなの? え、ぜんぜんいいよ。ルナのこと助けてくれるなら、それくらいお安いごよーだし」
「……え、お前って人間も捕まえてたの……?」
「いやー、捕まえたっていうか……ん? でも、よくわかったね? ルナのボールの中に探している人がいるなんて」
「ええ、まあ、そういう能力があるので」
「ふーん。あ、でも、出すのはいいけど、でも、ボールから出したら、その人死んじゃうかも……」
「えっ?」
「それって……」
「えっとね、ルナが助けた人たちの中に、あのキモいゾンビみたいなヤツらに噛まれちゃってた人がいて……だからね、その人たちをボールに入れておいたの」
「な、なんでだよ?」
「だって、ほおっといたらゾンビになっちゃうじゃん。——あのね、ボールに入れてる間は、捕まえた子たちは少しずつ回復するの。だからね、もしかしたらって思って、噛まれた人たちも入れてみたの。そしたらね、治りはしなかったんだけど——でも、ゾンビにもならないみたいだったから……とりあえず、ずっと入れたままにしてる」
やはり、そうだったか……
“鑑定”でも被ゾンビ毒状態って感じになってたから、なんとなく、そんなアレなのかと思っていた。
「……それなら大丈夫ですよ。ゾンビに噛まれた人の受けた毒を浄化する方法がありますから」
「え、まじ? そんな方法あったの?」
「それ、僕も知ってる……確か、治せるアイテムが売ってたよな。——そこそこの値段したと思うけど」
「ええ、そうです。そういうアイテムがあるので、プレイヤーなら誰でもゾンビ毒には対処できます。とはいえ、治療はこちらでやりますから、ルナさんには負担はかけませんよ」
「えーっと、それって……みんな治療してくれる? 何人かいるんだけど……」
「……なるほど。まあ、乗り掛かった船です。そうですね、全員治療しましょう」
「ほんと? ありがとう! この人たちどうしようって、ルナも困ってたから……」
「そうですか……いや、こちらこそ、知り合いの危ないところを助けていただいたようで、ありがとうございます」
「んふふ、いーよ、別に。気にしないで。こっちもこれから助けてもらうんだし」
「そうですね……では、どうしましょうか、先に治療しますか?」
「え、でも、いま治したらじゃまになるんじゃない? それに、時間ももったいないから……先にアイツらをぶちのめしてからにしよ!」
「……わかりました。それなら、迅速にソイツらを排除しましょう」
「エイトくんはどーすんの? ルナのこと手伝ってくれる?」
「……そうだな。まあ、アイツらは僕にとっても邪魔者だし……僕も手伝ってやるよ」
「よし! そんなら五人パーティー誕生ね! ヨロシク!」
「ええ、よろしくお願いします」
「ああ」
というわけで、ルナちゃんと黒澤くんが仲間に加わったのだった。
これで五人パーティー——ではなく、アンジーとウサミンがいるから、七人パーティーだ。
相手は四人。まあ、この人数なら楽勝だろう。
さて、ルナちゃんたちには、アンジーとウサミンをどう紹介したものかな——
と、思っていたその時。
そのアンジーたちの主人である——高校に残してきている——マユリちゃんから、私宛てに通信が入ってきたのだった。