第17話 百聞は一見にしかず
お風呂から上がって、藤川さんに借りた服を着て、脱衣所から出る。
なし崩し的にだけど、お風呂を貸してもらったので、藤川ママンには礼を言っておかねば。
というかそもそも、自己紹介もしていなかった。実際、自分と藤川さんの関係をなんで言うべきか、ちょっと迷うけど。
というわけで、藤川ママンのいる部屋まで、藤川さんに案内してもらって向かった。
藤川ママンに向かい、まずは礼を述べておく。
「あの、お風呂貸していただいて、ありがとうございました」
「いえいえ〜、湯加減は大丈夫だった?」
「はい、ちょうど良かったです」
「そう、それなら良かった。あなた達二人はウチに来るのは初めてよね? 透と同じ学校のお友達?」
学校はまるで別だ。そもそもこの街に住んでいないのだし。
実際のところ、どういう経緯で藤川さんと知り合ったのか、まさか正直に言うわけにはいかないだろう。となると、なんとか誤魔化さないといけなくなる。それならもう、最初から適当に話して早めに切り上げた方がいいかもしれない。
まさか——お宅の娘さんが道端で死にかけてたところに、たまたま通りかかったので謎の薬与えて復活させました。後遺症などについては一切分かりません——とか言えないよ。
「学校は違うんですけどね。あ、私は火神ライカって言います。こっちは等路木真奈羽」
「あ、どうも。等路木です。よろしくです」
流れで真奈羽も紹介しておく。
「そう、カガミさんと、トウロギさん? トウロギって珍しいわね。どんな漢字なの?」
「えーっと、等間隔に路地の樹木で等路木です」
「へぇ〜、そうなのね〜。カガミさんは、金へんの鏡でいいのかしら。それとも三文字の加賀美の方?」
「いえ、火炎の火に神様の神で火神です」
「へぇ! それはまた珍しい名字ねぇ〜。やっぱり神って入ってる名字って、なんだか凄そうな感じするわよね〜。ウチの名字の藤川は結構ありきたりでしょ? でも藤って元々は藤原氏からきているらしいから、そういう意味では由緒正しいのかもしれないわねぇ〜。ソレで——」
なんだか話が長くなりそうな気がするなぁ。このまま世間話に突入しそうだ。今度は下の名前についてとか聞いてこないよね〜?
つーかあまり長話はしたくない。そのままいけば、当然なんで服がボロボロだったのかとか聞かれそうだし、説明に困る。
すると、その辺を察したのか、藤川さんが話に割り込んでくれた。
「ちょっと、お母さん! 私たちもう部屋に行くから、話はそれくらいにしておいてよ」
「あぁ、ごめんなさいね〜。わたしって話し始めたらついつい長話になっちゃってね〜。——あ、でもこれだけは聞いておかないと。あなた、あんなに服をボロボロにしてたけど大丈夫? 平気そうにしてたけど怪我とかは……?」
「あ、怪我とかは全然ないんで、大丈夫です。服がちょっとボロボロになっちゃっただけなので」
「そうなの? 何かあったら遠慮なく言っていいのよ? 本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ、お風呂でも確認したけど、火神さん怪我はしてないし。それじゃ私たちもう二階行くからね」
「分かったわよぉ。それじゃ後で、飲み物とか持っていこうか?」
「そん時は私が取りに行くから、大丈夫」
そういって藤川さんは、私たちを部屋へ連れて行く。ふう。早々に話を切り上げられて良かった。
私って初対面の人との会話とか苦手だし、友達の親とか正直、何話したらいいのか分からないから苦手なんだよね。色々聞かれるのも困るし。
真奈羽はその辺けっこうコミュ力あるから、そういう場合は任せちゃいたいところなんだけど、今回は藤川さんがやってくれたのでよかった。
藤川さんの部屋に戻り、髪を乾かしたりなんたりした後、置いてある机の周りにみんなで座る。
ああ、なんかようやく落ち着けるって感じ。
本来、私は人の部屋で、それもあまり親交のない人の部屋ではくつろいだり出来ないタイプなんだけど、今はそんな事気にならないくらいどこかに落ち着きたかったので、まるで自分の部屋のようにくつろぐ。
正直、お風呂に入ったらめっちゃ眠くなった。まだ全然昼間なんだけど、すでにチョー眠い。
それプラスお腹も空いている。まずはなんか食べるかな。さっき大量に買ってきたのがある。
食べる前に一応、部屋の主に確認してと。
「藤川さん、ちょっとお腹空いちゃったから、さっきコンビニで買ったやつここで食べていい?」
「あ、はい。もちろん、どうぞ」
「ありがとう。藤川さんも良かったら食べて。いっぱい買ってきたから。——真奈羽も食べる? あんたも朝から何も食べてないんじゃないの。お腹減ってるでしょ」
「あ、いえ、私はそんなにお腹減ってないので……」
「私もあんまり食欲はないなー。てか、アンタはあんな事あった後によく食えるねー」
「え、色々あったからお腹空いてるんだけど」
「うん、まあ、別にいいけどさ」
まあ、確かに色々グロいアレとかもあった気がするけど。藤川さんとかはまさに、物理的にお腹減ってたというか……い、いや、まあ、だからといって、気にしてもしょうがないと思うし。こういう時は、食べられる時に食べておかないとだしさ……。
私はウィンドウを呼び出してアイテム欄を表示、コンビニで買った食料たちを呼び出した。
ピカッと光って現れる、コンビニ袋たち。
「お菓子とかもあるし、何でも好きなもの取って食べてどうぞ〜」
「いやまずさぁ、私としてはメシとかよりもさぁ、話を聞きたいんだよねー。ソレの話だよ」
「ソレ?」
「だからその、なんかいきなり出てくるヤツのソレ!」
なるほど、コレか。
まあ、落ち着いたら話すって言ってたからね。さて、どっから、いや、何から話せばいいんだろうか。
私は適当に食べ物を頬張りつつ、何から話すか考える。
「つーかそんな、よく分からん能力みたいなの、あんた持ってたっけ? 私が知らないだけで元から持ってたの……? 今まで秘密にしてただけで」
「いや、これは今日身についた」
「今日!? え、今日?」
「今日だよ」
「今日のいつ?」
「えーっと、朝に電車から降りて電話したじゃん。あの後くらいかな」
「マジで? そんな最近なの?」
「そうだよ」
「マジかよ……」
まるっきり今日なんだよなー。
「んで、それは一体なんなの?」
と、マナハスが核心をついてくる。
「私も、気になります……!」
藤川さんも興味津々だ。
「うん、コレはね……」
私は十分な間を取る。そして、
「私にも分からない……!」
正直に告げる。実際、そう言うしかない。
「え? 分からないって何それ?」
いや、分からないは分からないだよ。つーか、むしろこっちが聞きたいくらいなんだよなー。
「いや、だって今日いきなりなんか使えるようになったんだよ? そんな言われても、私にだって分からないんだからしょうがないじゃん。むしろ私が聞きたいくらいだよ」
「あ、あの! それでは一体どういう経緯で力の存在に気がついたんですかっ!?」
「ああ、それはね、なんか頭の中に突然声が聞こえてきてね……」
いやー、こんなこと言ったらイカれてるとしか思えないなー。藤川さんはどう反応するか。
「頭の中に声……。それって、ジャンヌダルクのように、ですか——!?」
ジャンヌダルク。言われてみれば、あの人もそんな感じのアレだったっけ。
いやー、これってそういう感じのヤツなの? 神の啓示的な? うーん、私としては多分、違うと思うのだがー。まあ、その根拠と言われても、雰囲気的に、みたいにしか言えないんだけど。
「やっぱり火神さんは、神の啓示を受けて聖なる力と使命に目覚めたお方なんですかね!?」
「えー、こいつが神の使徒〜? 明らかに人選ミスでしょ〜」
「いえ、この容姿の美しさ、慈愛の精神、強き意志、条件は揃っています!」
「たぶん藤川さんは、コイツのことかなり誤解してるよ」
まあ、それについては概ね真奈羽が正しい。
「てか、藤川さんとカガミンはどこでどう知り合ったの? いや、ずっと気になってて聞いていいもんかと思ってたんだけど……」
「何?」
「いや、藤川さんのあの服は何?」
まあ、それ気になるよね。
「体は全然怪我してないみたいだから、服だけなんか破れたんかね、とかさ。でも、やたら血も付いてるし。てか、なんかカガミンが命を救ったとかなんとか言ってなかった?」
「はい。私はあと少しで死ぬところでした。それを、奇跡的なタイミングで通りがかった火神さんが救ってくださったんです」
「うーん、ドユコトじゃ?」
「怪我を治したんだよ。私がね。真奈羽にも使ったアレを使ってね」
「ああ、あの変なドロドロになるやつね。——え、じゃあ、つまり藤川さんって死ぬほどの大怪我をしてたってこと……? アレってそんな大怪我も治せるの?」
「まあ、そうみたいね」
「そうみたいね、ってお前、えぇ……? いや、それヤバいだろ。そんなすごいのどこで手に入れたんだよ……?」
「まあ、それもつまり、私の力の一部、みたいな感じっていうか……」
「……結局、アンタの力ってなんなん?」
「それは私にも分からない。大体、確認する時間もないままここまで来たから、ろくに調べられてもいないんだよ」
「そうか……。結局、自分でもよく分かってないってことか。ならー、しょうがないなぁ……」
「では神の啓示である可能性も否定出来ませんね」
推してくるねぇー。もしかして藤川さんって、宗教系に造詣が深いのかな。変な宗教とか入ってないよね? あ、ウチは普通に仏教のアレなんで、そういうのは遠慮させてね。
「まあ、だから私としても、色々調べたいところなんだよね」
「なるほど。それは是非ともそうしてくれ。気になってしょうがねー」
無論、時間が出来たら見るつもりだったのだ。安全なところで時間が出来たらと、そう思いながらここまで来た。
しかし、今が本当に安全かと言うと、微妙なところだが。例の場所からそこまで離れていないし、実際そこについてはどうなんだろうか。
「……というかさー、私たちってここでゆっくりしていていーんかなー? なんか、どっかに逃げた方が良かったりすんじゃない?」
どうやら、マナハスも同じようなことを考えていたようだ。いやまあ、あんなの見た後なら普通そう考えるよね。
「大体、どうして街がアレだけ破壊されてるのかも分からないんだからさー」
「あ、その原因なら私、知ってるよ」
「え、知ってんの!? マジで……?」
「そういえば、動画撮って見せるって言ってたじゃん。アレに映ってるよ、原因」
「え、ウソ。動画に? 確かに撮ったって言ってたけど、マジかよ。ちょ、その動画見せてよ」
「もちろん。割と命懸けで撮った動画だよ」
「……は? いや、お前……え?」
「あ、あの、私も見てもいいですか?」
「もちろん。まあ、藤川さんは実物見たのかもしれないけど」
「はい……?」
私はスマホを取り出して、二人に見えるようにしながら動画を流す。
そこには、例の恐竜くんが、ビームを撃ちまくって街を破壊する様子がバッチリ映っていた。
「え……、何これ……?」
「これ……私、確かにチラッと見ました。すごい大きな動く何か……」
「めっちゃビーム撃ってる。めっちゃ街壊してる」
「うわぁ……私はこれに巻き込まれたんですね」
「駅を壊したのはコイツか……。つーか全部コイツが壊したのか。てかマジなのコイツ、マジの怪獣なの?」
「現実の光景とはとても思えません……」
「つーかこれマジで危ないじゃん! これ撮影してるところまでビーム届くでしょっ、何やってんのよ!?」
「だって……撮るって約束したじゃん」
「危ないならやるなよっ! 死んでたらどーするつもりだよ……」
「でも、こんなの言葉で言っても信じられないでしょ」
「それはっ、そうかもだけど……って危なっ! 今かなり近くにビーム飛んだぞっ!」
「大丈夫だよ。私はこの通り無事だし」
「マジで焦るわぁ……」
動画が終了したので、怪獣ムービーの鑑賞は終わった。
二人ともかなりの衝撃を受けている。そうだよね。怪獣だもんね。
「あの、その後、この怪獣はどうなったんでしょう? 今も居るなら、ここも安全とは言えませんよね? すぐに避難するべきなんでしょうか……? でも、避難なんてどこに行けば……」
「あ、それなら大丈夫だよ。そいつもう居なくなったから」
「え、そうなんですか? どこに行ったんですか?」
「うーん、強いていうなら、天国? いや、地獄なのかな。まあ、アレだけ人を死なせてるんだから、地獄の方かなー」
「死んだんですか!? でも、どうやって……? 自衛隊とかが来てくれたんでしょうか? でも、そんな感じの人たちは全然見かけませんでしたよね?」
「いや、自衛隊来たとしてコレ倒せるのか? ビーム一発でやられちゃうんじゃないの?」
「まー、いくら自衛隊でも苦戦しそうだよね。さすがにコイツはさ」
「じゃあなんだ? まさかウルトラマンが来て三分で倒したとか言わないよな」
「ウルトラマンならコイツ瞬殺出来るんじゃない? ウルトラマンが相手なら大きさ的にこの怪獣とか膝丈レベルだし」
「スペシウム光線使うまでもないか。……いやいや、そーじゃなくて、じゃあコイツの死因は何なんだ? まさか、自爆したとか?」
「暴れるだけ暴れて最後は自爆か。はた迷惑だけど、暴れ続けるよりはマシといえるのかなぁ」
「本当に自爆で死んだんですか……? それなら私も巻き込まれて死んでる気がしますが」
「いやいや、自爆でもないよ」
「じゃあ何なんだ? いや、アンタも知らないのか。……分かった。突然消えたんでしょ? だってコイツ現れたのも多分突然じゃん? こんなんどっかから来たらすぐに騒ぎになるもんね。だとしたら突然現れたわけで、居なくなるのも突然、と。カガミンあんた、もしかして消えるところ見た?」
「うーん、確かにいつどうやって現れたのかは私も知らないや。でも、突然現れたのは確かだと思う。私が駅から離れたちょっとの間に、どこからともなく現れてたみたいだし」
「んで、消える時も突然消えたと」
「いや、消えたわけじゃないんだけどね……」
「は? いや、さっき確か死んだって言ってたよね。てことは死ぬとこを見たんだよね? 消えるとこじゃなくて。……ん? どういうこと? ……もうわけ分からんからはっきりさせてくれ」
「そうですね。お願いします!」
「うん……でも、ね……」
「何、なんでそんな勿体ぶるの?」
「いや、改めて考えたら、ちょっと言いにくいなぁーって」
「どうして?」
「や、ちょっと恥ずかしいというか……」
「は? 何がよ」
「……聞いても笑わないって誓ってくれる?」
「もちろん。笑ったりしないよ」
「私も、誓います!」
「えーっとね、その怪物、恐竜くんはね……。私が倒したんだよね」
「は?」
「え?」
「だからね、私が殺したの」
「……どうやって?」
「刀でぶった斬って」
「……あの日本刀で?」
「そうそう」
「えー、えぇ……えぇ? マジでぇ?」
「うん、マジで」
さすがに二人とも信じられないか。そりゃそーだよな。
うーん、でも本当なんだけど、証明しようにもなぁ。
あ、恐竜くんの死体を出せば証拠にはなるか。まあ、今ここで出すわけにもいかないけど。
あー、恐竜くんと戦ってるところも動画にでも撮れてればなー。証拠になるのに。つーか私も戦ってるとこ自分で見てみたいし。恐竜くんと戦ってる時の映像があればなー。
そう考えたところで、いきなりウィンドウに反応があった。そして、何やら映像が映し出される。それはまさに、私が恐竜くんと戦っている時の映像だった。
え、あんの? 撮れてんの? マジで?
それは私の視点からの映像だった。つまりは私の目から見た一人称の視点の映像。これは、恐竜くんにこっそり近づいて行っているところかな。
——うーん、これ、別の視点とかはないのか?
すると今度は、その私を上から見下ろすような映像になった。ワオ、こんなのも出来るんだ。いいじゃん。これなら私がどう戦ったのかよく分かりそうだし、私も見てみたいんだが。
しかし私だけが見てもなぁ。これ他人に見せることは出来ないんだよね?
そう考えたら、ウィンドウにメッセージが出てくる。
〈画面を他者にも見えるように表示しますか?〉
出来るのかよっ!! つーかそれが出来るなら一気に解決なんすけど。怪獣倒したかどうか以外にも、私の力が何なのかとかも、これ直接見せれば一発じゃん。
オッケー、それじゃ『表示』してくれ。
「あー、あのさ、別に私はお前を信じないわけじゃないから、だから、そう虚無を見つめるような顔するなよ……ってなんか出てきたぁぁぁぁ!!」
まったく面白いヤツだねあんたは。
——アンタだって最初はこんな感じのリアクションしてたでしょ。
うん。他人がめっちゃ驚いてるリアクションを見るのは楽しいね。
「百聞は一見にしかず、とね。さあ、二人とも。私が恐竜くんを倒したところを直接見てみるといいよ。怪獣退治ムービーの鑑賞会といこうか?」
さあ、楽しい楽しいムービーショウの始まりだよ。ポップコーンはないけど、コンビニのお菓子ならあるよ。