第175話 ……あのさ、どうでもいいけど、固有名詞とかは統一しとこう?
高速で接近してくる飛行物体を感知した。
自分以外には、この場の誰も、そのことに気がついている者はいなかった。
それもそうだろう。なにせその未確認飛行物体ときたら、全身を透明化しつつ、ほとんど無音で飛行しているのだから。
それこそ、レーダーでも使わない限りは発見できるものではない。少なくとも、この場にいる大多数の一般人は、この飛行物体に気がつくことができる能力も余裕も、どちらも持ち合わせてはいない。
そもそも今は、ここにいる連中は、目の前で巻き起こっている事態がどうなるのかで頭の中が埋め尽くされており、他のことを考える余裕などない。
超常の力を持つ者たちの三すくみ——いや、三つ巴か。
それはそうだ。この中の誰が勝利するかで、自分たちの命運が決まってしまうのだから。気になるに決まっている。
最初こそ、自分と同じく超常なる力を持つものたちの戦いということで——あとはまあ、自分としても、この中の誰が勝つかで今後の身の振り方が変わるということもあり——自分もまた、この戦いの行方に大いに注目していた。
しかしそれも、すでに過去の話。
遠方より接近してくる、明らかに異様だとすぐに分かる飛行物体の出現によって、今やすでに自分が最も興味を惹かれる対象はそちらに移っている。
——こんな異常な移動手段を持っている時点で、これに乗っている連中は明らかに、目の前のアイツらみたいな低レベルの使い手ではない。
おそらくこの使い手は、最低でも位階が15を越えている。
だとすれば、すでに「英才天賦」を解放しており、自分に見合った“天恵”を獲得していることになる。
——そもそもどうやってこんな乗り物を入手したのかも、気になるところだが……
でもまずは、やはりなんの“天恵”を持っているか——それを見極めるのが最優先だ。
なにせ……現状では、この新たにやってきた使い手たちが自分にとって一番の脅威になる可能性が高い。であるならば、可及的速やかに、この新たな使い手のことを知る必要がある。
近づいてくる飛行物体の中、そこにいる五——いや、三人の使い手の情報を読み取っていく……
……というか、まず、この操縦しているヤツらはなんなんだ?
——使い手の青ではなく、識別色は緑、ということは……
なるほど……R3と2の使い魔——ときたか。
R3の方の推定能力値は——かなり高い……この数値なら位階15の使い手に匹敵する。いや、あるいは、それ以上か……
すでにこれほど強力な使い魔を使役しているのだとすれば……よっぽど強力な“天恵”を引き当てたか、あるいは、位階がそれ相応に高いのか……?
まあいい、どうせそれも、調べれば分かる。
では、使い手の三人の位階は……それぞれ、15、15、14か。——ほう、軒並み高い。
二人は“従う者”だ。そして、二人を従えている“主人公”は——この人物か。
なら、まずはコイツからだ。
『“情報取得”』
名前——『火神雷火』
性別——『女性』
年齢——『17』
人種——『日本人』
性質——『秩序』
心業——『中立』
位階——『15』
武器——『日本刀——Lv15』
防具——『Lv15』
装備——『強機動服(☆☆)』『炎印(☆)』『雷印(☆)』『梃子の天秤(☆)』『衆目の扇子(☆)』『鏡(☆)』『緋のマント(☆)』『偵察機(☆)』『ペアリング(♡)』
天恵——『刀使(☆☆)』『炎使(☆)』『雷使(☆)』『大物殺死(☆)』『扇動者(☆)』『鏡使(☆)』『待っててマナハス(☆)』
な、なんだコイツ……ッ!
現時点ですでに七つもの天恵を有している、だと……!?
しかも、その内の——『雷使』と『大物殺死』と『扇動者』と『鏡使』の——四つが“レア”だ。
さらには、この……『待っててマナハス』? これに至っては、“オンリー”だ。コイツに固有の天恵だ……。
——てか、なんだこの名称は……誰だよマナハスって……。
本人の名前からしてヤバいヤツだと思ったが……コイツはとんでもないヤツだ。
しかし、現時点でこれとは……さすがに驚かされる。一体どうやってここまで?
よっぽど効率のいいやり方をしなくては——いや、だとしてもここまでは……
……調べてみよう。
当該人物の、これまでの“行動記録”を参照——
………………なん、だと!?
コイツ、“特A級敵性個体”を倒している……!
……信じられん。
一体、どうやって……
戦闘記録は——残っているな。
だが……いや、今は見ている暇はない。
それだけヤバいヤツだと分かったんだ、まずはそれでいい。
今必要なのは、より詳細な能力についての情報だ。
もしもコイツが、高度な鑑定系の能力や偽装看破系の能力を持っていたら、最悪の状況——すなわち、この身が使い手だと露見するという事態に陥りかねない。
それだけは……なんとしても回避しなくては。
鑑定系の能力を検索……ヒット。——『鏡使』の能力の中に、該当の技能あり。
——あるのかよ……!
いや、でも……そこまで強力じゃない。
これなら……自分の偽装が破られることはない。……大丈夫だ。
では次、偽装看破系の能力を検索……ヒット。
——なっ、嘘だろっ! それもあるのかっ?!
……あ、なんだ、まだ習得していない技能じゃないか……。
——はぁ、なるほど、『鏡使』の『☆☆☆☆☆』で覚える技なのか。
現状はまだ『☆』だし、最終ランクまではまだまだ遠いから、ひとまずは安心か……。
しかしこれ、最終ランクで覚えるだけあって、かなり強力な偽装看破能力だ。
これを使われたら、さすがに……こちらの偽装も看破されてしまうかもしれない。それくらい強力だ。
……要警戒、だな。
とりあえず、この「火神雷火」なる使い手については、おおよそ判明した。
現状でもかなり強力な使い手だ。それに、能力の傾向としても要注意の相手だ。
だが現時点では、こちらの偽装を見破れるほどではない。だからたぶん……大丈夫。
だが、偽装がバレなかったとしても……この実力の高さは警戒せざるをえない。
そう考えると、重要なのはコイツの人柄についてだ。敵になるかどうかは結局のところ、それ次第。
——性質と心業を見る限りでは、問題なさそうだが……
こればっかりは、実際の振る舞いを見て判断するのが一番確実かつ手っ取り早い。
どちらにしろ、今の状況では接触を避ける術はない。出たとこ勝負になるが——
いや、だとしても、判断材料は少しでも多く欲しい。
あと二人の同行者、コイツらについても確認しておかなければ。
この二人はどちらも「火神雷火」により従う者となったようだ。
片方は位階15だったな……とすると、もう天恵を獲得しているかもしれない。
詳しく確認してみよう。さて……
『“情報取得”』
名前——『等路木真奈羽』
性別——『女性』
年齢——『17』
人種——『日本人』
性質——『秩序』
心業——『善良』
位階——『15』
武器——『魔法杖——Lv15』
防具——『Lv15』
装備——『魔導書(☆☆)』『ペアリング(♡)』
天恵——『魔法使 〈地水火風〉〈心夢幻幽〉〈神霊魂源〉(☆☆)』
コイツがマナハスか!
——じゃなくて、えっ……?!
こ、コイツの天恵……『魔法使』、だと……!
そんな、『魔法使』なんて……レア中のレアじゃないか……!
魔法に関する天恵自体がそもそもかなりレアなのに、その中でも三系統すべてを使える『魔法使』なんて、あらゆる天恵の中でも最上位のレア天恵のはず……。
——では、あの使い魔は、コイツが召喚の魔法か何かで呼び出したのか?
ん、違う……?
……うん、違うな。少なくとも、コイツではない。別のヤツが使役者だ。
だが、それと行動を共にしているということは……少なくともコイツらは、その使役者と友好関係にある、ということだ。
…………。
だとすれば……コイツらと敵対するのだけは避けるべきだろう。
むしろ、コイツらの傘下にしれっと混ざってしまうことが出来れば、それがベストなのかもしれない。
見たところ、三人とも性質や心業は善性よりだ。これなら、非戦闘員の一般人に対する扱いも良好なものを期待できる……かもしれない。
しかし、これだけ強いのだから、あるいは……力に溺れて増長している可能性も大いにあり得る。
それに、三人ともかなり若い……それこそ、まだまだ少女といっていい年齢だ。
力に飲まれず、使いこなす——そこまでを期待できるかどうかは……
まあ、そうは言っても、だ。
少なくとも、この目の前の三人の内の誰かについていくよりは、彼女たちの方を選ぶべきだろうと思う。
なんせ、この三人ときたら……
改めて、眼前で争う三人の情報を表示してみる。
——一人目、一言で言うなら、やたら生意気そうなクソガキ。
——いや、実際に生意気な、クソメスガキ。
名前——『相生瑠奈』
性別——『女性』
年齢——『11』
人種——『日本人』
性質——『中立』
心業——『悪辣』
位階——『7』
武器——『テイマーズギア——Lv5』
装備——『キャプチャーボール』
なぜか知らないけれど、自分はコイツに気に入られている。——言いくるめやすそうだと見て、少しばかり接触を深め過ぎたせいか……
それもあったので、現状ではコイツが勝利するのが一番マシかと思っていたが……
しかし、こんな生意気なメスガキの子分になるなんて、やはりどう考えても御免だ。
実力としても、まだ位階も7で天恵すら獲得していない時点でザコと言えばザコなのだが、しかし使用武器がなかなかレアなので、上手くいけば伸びるタイプかもしれないとは思っていた。
ただいかんせん、当人の性質がメスガキに過ぎるので、その時点でやはり評価は最悪だ。
——口癖が『ざぁこ♡ざぁこ♡』のヤツとは、絶対に友達になんてなれない……。
もはや、カルマの「い〜びる」がすべてを物語っている。
——二人目、一言で言えば、見ているだけで痛い中二病患者。
——というか、実際に中二の……コイツもただのクソガキだ。
名前——『黒澤影人』
性別——『男性』
年齢——『14』
人種——『日本人』
性質——『中立』
心業——『善良』
位階——『13』
武器——『影印——Lv7』
防具——『Lv9』
装備——『拳銃——Lv4』
いかにも中二病を発症しそうな名前だ。
コイツは位階13なので、すでに『従者登録』を解放しているはずなのだが、一人だった。
たぶん、ぼっちなんだろう。
コイツの使用武器も、レアと言えばレアだ。おそらく、このままいけば、位階15の「英才天賦」ではレア天恵の『影使』が出現することだろう。
しかし当の本人は、完全に「陰キャ、コミュ症、中二病」の三拍子揃った残念少年であり、能力により操る影を全身にまとった真っ黒な出立ちで悦に入ってる様子は……痛々しいの一言につきる。
まあ、ただ痛いだけの中二ボーイなのかと見せかけて——その実、武器よりも防具のレベルを上げていたり、サブウェポンとして銃やそれを扱うスキルを準備していたりと、意外と慎重派なところがあるのは評価できる。
とはいえ、コミュ能力的視点からの評価としては、対人性能については格段に低そうとしか言えないので、やはりコイツを旗頭に仰ぐのは無理がある。
——まあ、それについては、自分も人のことは言えないのであるが……
本人はカッコつけの一環なのかワルぶっているが、カルマは「善良」だから、根は善人なのだろう。そう考えると、なかなか憎めないヤツではある。
——三人目、一言で言えば、終末世界に早くも適応したならず者。
——つまりはヤンキーというか、いわゆるヒャッハー的な俗物だ。
名前——『鬼史川獅童』
性別——『男性』
年齢——『24』
人種——『日本人』
性質——『混沌』
心業——『悪辣』
位階——『14』
武器——『メリケンサック——Lv10』
防具——『Lv5』
見た目からして完全にただの輩だ。髪型をモヒカンにしたら、さぞ似合ったことだろう。——残念ながら実際はモヒカンではないのだが。
コイツは他人を完全に獲物だと思っているタイプの人間で、事実、行動記録を遡って見る限り、ろくなものではなかった。
ゾンビが出現して社会が混乱し、さらには自分が“力”を手に入れたと理解するや否や、己の欲望のままにその力を存分に振るってきたようだった。……それこそ、その詳細を語るのが憚られるくらいに。
典型的な、力を持たせたらいけないタイプの悪党だ。
しかし、三人の内ではもっとも実力が高く危険なのもコイツだった。
コイツはすでに、手下を何人も引き連れていた。しかもその内の三人は、コイツが力を分け与えた従う者だ。
ただ、どうも取得したPPを自分に一点集中しているようで、その三人は軒並み位階5にも届かないくらいのザコだった。
しかし、どんなに位階が低いザコでも、使い手であるというそれだけで、かなりの脅威になる。
事実、今のところは三つ巴ではコイツが一番の優勢だ。
まあそれも、彼女たちが到着するまでだろう。
結局のところ、彼女たちからすれば、このヤカラですら、位階15未満の天恵すら持たないザコに違いないのだから。
きっとこの「火神雷火」の率いる一党ならば、このヤカラなどは即座に敵と見做して排除してくれるはずだ。
その後がどうなるかは、彼女たちの良心次第であるが……
もしも彼女たちが、一般人を見捨てることを良しとしない善人だったならば……懸念だった目標も達成できるかもしれない。
そう……早いうちに力のある使い手の庇護下にしれっと紛れ込んで、自身の安全を確保するという目標が。
情報の取得と操作に特化した天恵を選んだのはいいが、その反面、自分で戦う力をほとんど持たないこの身が安全に過ごすには、そうするのがベスト。
彼女たちの元に上手いこと潜り込めたならば——その暁には、自分の安全のためにも——影から色々と協力してやってもいい。というか、そうするべきだろう。
それこそ——もしも自身が彼女たちの勢力に所属するとするのならば——彼女たちには、できるだけ早いうちに位階20で解放されるあの権能を獲得してもらわないといけない。
なにせ、アレがあるのとないのでは、この危険極まる終末世界でどれだけ安全かつ快適に過ごせるかが、まるで違ってくるだろうから……
だとすると……そうだな。そろそろ、かねてより考えていた案を実行に移すべきか。
自分にもっとも適しているのは、やはりそのやり方のはずだ……
だからここは一つ、やってみるとしよう——
本人は一切正体を明かさず、あらゆる情報を扱い操る、謎の『情報屋』ロールプレイというものを……!




