第172話 このマントでな、このマントでな……こうして包むんじゃ
上空を移動するヘリの窓から、地上の様子を眺めていた私の視界に画面が現れる。
そこには、私の現在のジョブが『待っててマナハス』に変更されたことが表示されていた。
終わったか……。
よし、では早速——
私は『待っててマナハス』のジョブアイテムやスキルについてを確認していく。
「ん、終わったん?」
「ああ、うん、終わったよ」
私の様子を見て、マナハスが声をかけてきた。
「そうか、それじゃ、これで全部だっけ?」
「そうだね。この『待っててマナハス』のジョブで最後だよ」
「ふ……結局その名前でいくのね」
「いやいや、むしろ他になんて呼ぶというの?」
「はいはい……ってか、このジョブがやっぱ一番気になるんだけど。一体どんな能力なんだってーの」
「待っててマナハス、今確認してるから」
「ややこしい返事すんなってーの」
謎のヘリに乗って藤川パパンの元へ向かっている最中、私は窓から外の眺めを見下ろしながら、ジョブの獲得作業をやっていた。
結構デカいヘリの中で、しかし今は私とマナハスの二人きりだ。
アンジーと藤川さんは、ヘリの前方にある操縦席とその隣の副操縦席で、それぞれ操縦と道案内をしている。——そしてウサミンも、アンジーとセットでそっちにいる。
そんな二人のいる操縦席と私たちのいる後部座席は壁で区切られていた。まあ、ドアはあるので行き来は普通に出来るんだけどね。
そうしてヘリの操縦と案内を二人に任せている間に、私は私で、今のうちにジョブをすべて獲得しておこうと思ったので、離陸してからこっち、移動中にずっとそれをやっていた。
そして今、ついに最後のジョブである『待っててマナハス』を獲得したので、これにてすべてのジョブを獲得し終わったのであった。
「さてと、『待っててマナハス』のジョブアイテムは……これみたい」
そう言って私が取り出したのは——鮮やかな緋色の大きな布——それはマントだった。
「え、何それ……赤い、布?」
「これは……おそらく、緋のマント——じゃないかな」
「……え、マジ? いやそれさぁ……マジでメロスのやつじゃないの?」
「……ふふっ」
「笑うなよ」
いやはや、一体どんなジョブアイテムが来るのかと思ったら……そうきたか。
「やー、まさか、マジでそうくるとはねー、って感じだね」
「それな……。んで、これはどういう効果のアイテムなの? マントってことは、やっぱ身につける系の——装備品ってこと?」
「えーっとね……ああ、うん、まあ、装備しても使えるっぽいけどね」
「ん、しても使える……? っていうと?」
「いや、なんか、一番の用途は、どうも別にあるみたい……」
「ほう?」
この緋のマントは確かに装備しても使えるけど、それだけじゃないみたいだ。
どうだろう、今ここで試せそうな物といえば、何かあったけ?
いや、そうだ、アレなら——
そこで私はおもむろに左手の手袋を外すと、指にはめていたソレを外した。
「え、いきなりなに? って、それ——」
マナハスがソレに反応する。
「これ……なんだか分かる、よね?」
「まあ、分かるけど」
「そういえばマナハスもさ、つけてくれてたよね、コレ」
「まあ、ね……気づいてたんだ」
「そりゃあ、ね」
「……そう」
「……えっと、それでさ、ちょっとマナハスの指輪も出してみてくれない?」
「え、どうして?」
「まあまあ、いいでしょ?」
「いいけど……」
そう言ってマナハスは、自分も左手にしている手袋を外すと、指輪を外した。
私はマナハスが指輪をつけていた指を確認しようとするが——手元に隠れて見えなかった。
「……なによ?」
指先をジロジロと見ていた私に、マナハスが訝しげな反応を寄越す。
「いや、別に……」
「……、それで? この指輪が、一体なんだってーの?」
「そうだね……マナハスがこの指輪をずっと大切にしてくれていたのなら——きっと成功すると思う」
「はぁん?」
よく分かっていない様子のマナハスを尻目に、私は自分のとおそろいのマナハスの指輪を——すなわちペアリングを——それぞれ二つとも緋のマントで包む。
すると……
パァァ——と、マントからなにやら優しい光が発せられた。
「こ、これは……?!」
マナハスも驚いている。
「これは……」
……どうだろう、成功した——のかな?
ややあって、光が収まったので、私は緋のマントを開く。
包まれていたペアリングは、特に何かが変わったようには見えない。——見た目上は。
だがしかし、この私とマナハスの想い出の指輪が——今や何かの力を宿しているように、私は感じる。
私はそっと、自分の指輪を手に取ってみる。
やはり……感じる、感じるぞ……!
「——! なあおい、これって……」
マナハスも自分の指輪を取って、何かに気づいた様子。
「マナハス……この緋のマントでね——これで私とマナハスの“相手に対する強い想いがこもった品”を包むと、それに不思議な力が宿るらしい……」
「え、マジ……?」
「それが、このマントの能力なんだよ」
「ってことは、この指輪も——なんかの力が宿ったってこと……?」
「たぶん。どうやら、ちゃんと成功したみたいだよ」
「……マジか、え、一体どんな力が……?」
「ふむ……そうね」
どうかな、つけてみたら分かるだろうか。
いやでも、効果が判る前につけるのは軽率だろうか? 別に危険な感じはしないし、なにかの害を及ぼすようなことはないと思うけど……
でも得体が知れないといえばそうだしな……うーん、どうするか……
そうだ、【解析】なら——
……いや、ダメだ、指輪の材質しか判らねぇや……
——それなら、『鏡使い』のあの能力とか、試してみたらいいんじゃない?
あ、そうやん、それがあったね。
私は装備欄に装備していた、『鏡使い』のジョブアイテムである“鏡”を取り出した。
そして、指輪が鏡に映るようにしてから、『鏡使い』で覚えたスキルの一つ、“鏡映鑑定”を発動する。
さあ、新たに覚えたこの鑑定スキル的なヤツなら、どうだ——?!
むむむ……手応え——アリ!
鏡に映した対象の情報を読み取る——この“鏡映鑑定”の能力により、指輪に込められた能力が判明した。
ふむふむ——この二つの指輪は、お互いの間に見えない“繋がり”があるようだ。
この指輪を私とマナハスがお互いにつけていれば、その“繋がり”が発揮されて、お互いの位置を感じ取れたり、離れていても意思の疎通が可能になる。
さらには、指輪を通して、ある種の能力の効果をお互いに共有したりすることもできると見た。
それこそ、『待っててマナハス』で覚えたスキルとも相性が良さそうだ。これをつけていれば、スキルの効果が上がるというか、スキルを発動しやすくなりそう。
基本的な効果はそんな感じだけれど、どうやら他にも色々な能力がありそうというか……
ああ、なるほど、そういう——
「……鏡を構えるカガミン——」
「お〜い? やかましいよキミ」
「それで……アンタは何をしてんの、それは」
「ああ、これはね、『鏡使い』の能力で、鏡に映したものを調べられるの。——この指輪の能力も判明したよ」
「お、マジで? え、やるじゃん『鏡使い』。で、どんな能力だった?」
「とりあえず、安全は確認できたから、つけてみようよ」
「オッケー」
「左手の薬指だぞ」
「やかましい——って、え、待って、マジでつける場所決まってる感じなの?」
「いや別に、決まってないけど」
「なんだよ、なら別に好きなところにつけていいだろ」
「あー、いや、そうじゃなくてね……」
「え、なに?」
「いやね、これ、つける指によって、得られる効果が変わるみたいなんだよ」
「え、マジ? ……ほんとにぃ? 適当言ってない?」
「適当言ってないって、マジだから。まあ、つけたら分かると思うよ」
「そーお? ……んで、左手の薬指だと、どーなんの?」
「左の薬指はねぇ、純粋にこの指輪の本来の効果を高めるって感じかなー」
「へぇー、本来の効果って?」
「なんかね、“繋がり”が出来るらしいよ、私とマナハスの間で。それで、お互いの位置とか分かるし、テレパシーみたいなので会話も出来るみたい」
「へぇぇ……いやまあ、それも実際はかなり便利な能力なんだろうけど、ね」
「んー、まあ、そうなんだよねぇ……ぶっちゃけそれだけなら、プレイヤーならパーティー組んでたら普通に出来るんだよねぇ」
そうなんよね。パーティー組んでる相手ならマップで位置が分かるし、通信で会話も(なんなら念話も)出来てしまう。
指輪の効果は正直それとモロ被りしてる。……だけど、この指輪の持つ効果はそれだけじゃあないのだ。
「だからまあ、その基本の効果よりもむしろ、つける指ごとに変わる効果の方が有能って感じかなぁ」
「じゃあ、他の指だとどんな効果があるの?」
「それなんだけど……なんかマジでね、両手の指でそれぞれ効果が変わるみたいで——つーか実際、かなり有能そうな効果もあるし……ぶっちゃけ左薬指より別の指の方が良さそうかもなんだよねぇ……遺憾ながら」
「まあまあ……有能ならいいじゃん。——で、それぞれどんな効果なん?」
「オッケー。それじゃ、一つずつ説明するね」
私はマナハスに、指輪をそれぞれの指にはめた時の効果を教える。
・右親指
攻撃力アップ。
・左親指
スキル効果アップ。
・右人差し指
魔力(と最大MP)アップ。
MP自動回復。
・左人差し指
最大HPアップ。
HP自動回復。
自然治癒力の向上。
・右中指
状態異常耐性アップ。
直感が高まる。
・左中指
支援効果アップ。
他者によい影響を及ぼす時、その効果が高まる。
・右薬指
精神耐性アップ。
心が落ち着く。
・左薬指
指輪同士の“繋がり”を強化する。
指輪の本来の効果を最大化する。
・右小指
魅力アップ。
・左小指
幸運アップ。
「——って感じみたい」
「はぇぇ……いやぁ、これは、なかなか」
「ねー、けっこう使えそうな効果あるよねー。それこそ、どの指につけようか迷っちゃうくらい」
「そうだなぁ……まあ、魔法を使う時は右人差し指にするべきなんかな、私の場合は」
「てか、親指と人差し指の効果が軒並みヤバいよね。これ、比較対象がないからなんとも言えないけれど……でも、実際かなり強力な効果なんじゃね? ——って思うんだけどね」
「じゃねーの? マジで、結構なレアアイテムなのかもな、これ」
「でもでもー、やっぱり普段つけとくのは左薬指だよねぇ? ねー?」
「いやー、どーかな〜? そこは敢えての左小指とかじゃね」
「……いやまあ、確かにそれもアリかもだけどね。でもゆうて、幸運アップつってもどれくらいの効果なのか分からんしぃ……。お互いに左小指につけてジャンケンでもしてみる?」
「そんなんで分かんのかぁ? ——てか、両方がつけたら効果が相殺されて意味ないんじゃね……?」
まあ、色々と検証したいところだね。
ある程度は“鏡映鑑定”の能力で判るんだけど、それが具体的にどんなもんなのかは、やっぱり実際に使ってみないと、なんとも。
それにしても……ゆうて——かなり強力な効果のアイテムになったんじゃないかと思うんだけどね、この“指輪”。
この指輪は、私とマナハスにとっては想い出の品だ。——なにを隠そうこれは、私が高一の時のクリスマスに、マナハスにプレゼントしたものだから。
私はもちろんだけど、どうやらマナハスも、この指輪を大事にしていてくれたってことなのかな。
まあ、ね。久しぶりに私と会うことになった今回の機会には、こうしてつけてきてくれていたんだから……そうだよね。
んー、でもそうなると……ですよ。
いや、他にもさ、色々と、マナハスとの想い出の品があればさ、それを強力なマジックアイテムに変化させられるってことになるんじゃない?
だとすると——他にも色々と、思い当たるフシが……あるんですけど?
それこそ、件のクリスマスに、私がマナハスから貰ったプレゼントとか——いやでも、あれは私の自室のベッドの上だわ……いずれ取りに行かないと。
「どうかなー、マナハスはさ、なんかこのマントで特別なアイテムに変えられそうな物とか、心当たりない?」
「んー、どうかな……。——いや、まあ、あるにはあるけどさ、今この場にはないなぁ。あるとしても、私の部屋に置いてるか……あ、そうだ、あそこにも入ってるかも」
「ん? なに?」
「いや、今回の旅行に持ってきた手荷物にさ、色々と入れていた中に、それっぽいのも入れていたかもなんだけど……」
「それって……駅の瓦礫に埋もれちゃったってやつ、だよね?」
「うん、そう……」
「うわー、マジかー。……どうする? 後で掘り返しにいく?」
「そうだなぁ……まあ、余裕ができたら——」
「行こうよ! 行こう行こう! せっかくの想い出の品だし、それに——特別なアイテムに変えられるかもなんだし! 探しに行かない手はないよ!」
「そうか……そうだな。——うん、私も、出来ることなら失いたくないし……。それじゃ、そん時は、一緒に探してくれな」
「もちろん!」
というわけで、私のToDoリストの中に、新たな項目が刻まれたのだった。