第16話 信頼関係の第一歩は裸の付き合いから
「どうぞ、上がってください」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
私たちは藤川さんの家に上がらせてもらった。藤川さんの家は、住宅街に構えられた普通の一軒家って感じのところだった。
家の中には藤川さんのお母さんがいたようで、私たちの訪問に気づいて迎えに出てきた。
そして、私の方を見て驚いたように喋りかけてきた。
「あらまぁ、アナタ、一体どうしたの!? ひっどい有様よ! 犬にでも引っかかれたの!?」
犬でこうはならんやろ。
まあ、流石に初対面の人にそんなことは言えないので、
「いえ、ちょっと騒動に巻き込まれまして……」
と、無難に返しておく。
本当は「いえ、ちょっと道端の恐竜に引っかかれまして……」とでも言いたかったが、私はちゃんと時と場合と相手を考えて発言するタイプの人間なので、今回は見送らせて貰った。
というか、私が素の部分をさらけ出す方が相当珍しいのだ。マナハスはその数少ない例外だ。藤川さんは、出会いが衝撃的過ぎたので距離感についても例外的なところがあるが、他は基本的に猫被ってる。なので、大体の発言は脳内で留めているわけだ。
——お陰で脳内は渋滞しているけどね。
そういう場合も結構ある。それでも支障が出ないように、本音と建前を完全に分けて同時に考えることが私には出来る。
だいたい、オマエの存在もその副産物みたいなものだぞ。
——ワタシの存在をオマケみたいに言わないで欲しいわね。
藤川さんのお母さんは、私の返答も待ちきれないとばかりに、矢継ぎ早に、
「あらま、大変! そんな格好のままじゃ大変よ! お風呂沸かしてあげるからすぐに入りなさいっ。着替えは……透のを着ればいいわね。それじゃ、すぐに準備するから、透はこの子の着替えを用意してあげてっ」
そう言うが早いか、とっとと家の奥に行ってしまった。たぶん、お風呂を沸かしにいってくれたのだろう。
それで、透っていうのは……。
藤川さんの方を見る。
「あ、私の名前、透っていうんです」
「へぇ、いい名前だね」
「そ、そうですか? 少し男の子っぽいなー、なんても思うんですけど……。あ、とりあえず私の部屋に行きましょうか。二階にあるので、ついてきて下さい」
そうして私たちは、二階の藤川さんの部屋に通された。
そこは、普通の女の子の部屋って感じの部屋だった。少なくとも、私の部屋よりは掃除整頓が行き届いてそうだなー。
若干の潔癖症なのを自称しつつ、掃除はあまり得意じゃないヤツなんだよね、私って。
なんか掃除が趣味の人とかと一緒に住みたいとよく思う。そうすれば、すごく快適に暮らせそう。あと、料理とか洗濯とかも、その人が好きだったらいいな。ぶっちゃけ、家事全部その人にやってほしい。
「あのー、私の服なんて、お気に召すか分からないですけど……」
とか何とか言いながら、藤川さんはタンスから服を取り出していく。とりあえず、このボロクズファッションを卒業出来るなら、私はどんな服でもウェルカムである。
しかし、私としては藤川さんの方も気になるんだけど。
「藤川さんも着替えた方がいいんじゃないの? そのコートの下はヤバいことなってるよね」
そう。今は隠れてるけど、血がベットリ付着しているのだ。もれなく本人の血が。
もしあの姿をさっきのお母さんが見ていたらと思うと……とんでもない修羅場になったのではないでしょうか。これは隠しといて正解だったか。
しかし、血濡れの服はどうするんだろ。洗濯に出したら気づかれるよね。いや、アレはもう普通にゴミか。
「あ、そうですよね。どうしましょう。血で汚れてボロボロだし、捨てるしかないんでしょうけど。こんなのお母さんに見られたら、なんて言えばいいんだろう……?」
まさか、死にかけてたとは言えないよね。
「結局、服も変えなきゃだし、藤川さんもお風呂入った方がいいと思うんだけど。そうなると私より先に入るよね」
「いえいえ! 私なんかは後でもいいので、カガミさんが先に入ってください!」
「いや、さすがに家の人より先に客人の私が入れてもらうのは……」
「むしろお客さんをもてなしで先に入ってもらうべきですので!」
「いやいや、そういうわけにはいかないよ」
「いえいえ! 気にせず入っちゃって下さい!」
埒があかないな。それならいっそ……。
「そういうことなら、二人一緒に入る?」
「ええっ!? 二人一緒に、ですか?」
「もちろん嫌ならいいけど」
「い、いえ! 嫌とかではないんですけど……」
「それなら一緒でいいんじゃない? 二人で入れば一度で済むし」
「そ、それはそうですが」
「やっぱり嫌かな?」
「いえ、そうではなくて、普通に恥ずかしいというか……」
「恥ずかしい? 別に女同士だし、恥ずかしがることないと思うけど」
「だって、カガミさんってすごい美人だし、スタイルも良いし……それに比べて、私なんてまるっきり平凡なんで……」
「へへ、褒められちゃったぜ」
「前半部分しか聞いちゃいねぇ」
あれ、マナハス居たのか。ずっと黙ってたから居ないのかと思ってたよ。
——いや目の前にいたでしょ。
流石のマナハスも、初対面の相手の家では大人しくもしているか。
すると、マナハスが横から藤川さんをフォローする発言。
「そんな気にすることないと思うけどなー」
そうだね。私としては、藤川さんとは出会いが衝撃的だったんで、大怪我の印象が強すぎて、それ以外に意識が向いていなかったのだけど、普通に見た目整ってる方じゃないかと思う。
「うん、なんならコイツよりも胸大きいし、気にすることなくない? むしろ勝ってるよ」
とか言って、こちらを指差してくるマナハス。いや、マナカスですわ、コイツは。
胸が大きいから何だって言うんだ? つーか私だって、別にそんな小さいわけではないのだが。二人が私より大きいのは認めるが、二人と比べて私が小さいからなんだというんだ。殺すぞ。
——殺気が漏れてるけど、そんなに悔しいの?
いや別に悔しくはないけどね。別に。胸が大きいから何なのって感じ。むしろデカいだけ邪魔になるじゃん……みたいなことを言ってると、なんか負け惜しみみたいに聞こえるから言わんけど。ホントに気にしてないので私は。
気にしてはいないけど、それでマウントを取られるのは普通にムカつくんだけどね。争いというのは、こういう些細な感情の行き違いから始まるんだよ。
これは、マナカスさんとは今のうちに決着をつけないといけないかもしれない。
私はマナカスさんの方を向いて言い放つ。
「お風呂場へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……」
「私も行ったら三人になるがな」
まったく、こんな下らないことやってる場合じゃないんだけどね。
「てゆうか、二人がお風呂行ったら、私一人取り残されるのか」
「何、寂しいの?」
「寂しいっていうか、なんか一人でここに残るのはなぁって」
「あの、それだったら、マナハさんも入りますか?」
「え、私も一緒に?」
「三人はさすがに狭くない?」
「それは、そうですよね……。でしたら、やっぱり私が後で入るので、お二人で先に入って下さい!」
「いやー、家の人ほっといて客が二人で先入るってのは……」
「ほら、真奈羽が寂しいとかいうから、ややこしいことになる」
「いやだから、別に寂しいとは言ってないから」
「それならもう、三人で入るしかないんじゃない?」
「狭くねーか?」
「どうかな? 藤川さん」
「入ろうと思えば、入れないこともないかもしれないですが……」
「詰めればなんとか入る……といいよね。もし入らなかったら、その時は真奈羽が外で待機ね」
「なんで私なんだよ」
「その時は私が待機しますっ。全裸で待機しますっ!」
「いやいや、いやいやいや……」
その後も、なんやかんや言い合っていたが、結局、お風呂は三人で一緒に入ることになった。まあ、この際だし、その方がいいかな。
——いやいや、普通に順番に入ればいいだけでしょ。
なんか知らんけど、その順番決めが上手くいかないんだよ。だったらもう、三人同時にぶち込んだ方が早いってことになったのさ。
それからも、お風呂上がりに着る服とか選んだりしているうちに、階下からお風呂が沸いたことを伝える藤川さんのお母さんの声が聞こえてきた。
なので私たちは三人連れ立って一階に降りて、脱衣所に向かう。
すると、それを見た藤川ママンが、
「あれ、あんた達三人一緒に入るのかい? へぇー、仲良しねぇ」
仲良しというか何というか、まあ色々とあってそうなったんですよね。
しかし藤川ママンは特に気にしてないようだったので、こちらも適当に愛想笑いで流す。
脱衣所に着き、服を脱ぐ。
脱いだ服を改めて見てみたら、本当にヤバいくらいボロボロだった。もうこれはゴミとして捨てるしかないわ。さよなら私のお気にたち。アディオス。
しかし、私の服よりある意味ヤバい服なのが藤川さんだ。主に赤色成分が。
本人も脱いだ服を見て「これ、どうしよう……」と途方に暮れている。
なので助け舟を出してあげる。
「その服、私が預かっとこうか? ほら、さっきコンビニで買ったヤツみたいにしまっといてあげるよ」
まあ、しまったとしても後で捨てるだけだと思うけど。
「……いいんですか? 私の血塗れの服なんて入れてしまって……」
別にそんな大層なもんじゃないし。なんなら恐竜の死体も入ってるしね。別枠だけど。
なんだか遠慮する藤川さんに、いいよこいよ——じゃなくて、いいよいいよと言ってそのまま回収してしまう。ピカッ、消滅。簡単だね。
……これってもしかして、証拠隠滅にかなり便利なんじゃない? ——閃いた。
——通報するわ。
早い。まだ何も言ってない。
——下らないこと言ってんじゃないわよ。
私の服も、どうせもう要らないので、アイテム欄に突っ込んでおく。
さて、それじゃお風呂入りますか。
ここはやはり、藤川さんに最初に行ってもらうか。風呂場の諸々の使い方とか、他人の家のは分からんからね。
そう思って藤川さんの方を見れば、彼女はなにやら私の裸身をじっと見つめていた。
アレ、どうした? なんか変なものでもついてた? もしかして、ゾンビの噛み跡なんて洒落にならんものついてないよね?
まあ、いい機会だから他の二人の分も念入りにチェックしとくべきかもね。自分で気がついてない怪我とかある可能性もあるし。それに今の私なら、怪我を一瞬で治すことが出来るんだしね。
とはいえ、それがゾンビによる怪我の場合は、さすがの私でも、どうしようも無いかもしれないけど……。
「あの、私の体がどうかした……? 怪我かなんかある?」
「あ、いえ、そういうわけでは無いんです。キレイな身体だなーって思ってただけで、っはい! 傷一つないキレイな肌だと思います!」
なんか少しテンパっているような藤川さんが、早口で捲し立ててきた。
まあ、そういうことなら、私もお返しにじっくり見させてもらおうかな。
「それなら私も、藤川さんのことじっくり見させてもらってもいいかな?」
「へっ!? か、構いませんけど、私なんかを見てどうするつもりなんでしょう??」
「いや、ただ怪我してないかの確認をね」
「ああ、そういうことですか……」
なんでちょっとガッカリした感じなんだろ。
「まあ、念のためね。相手がゾンビだと洒落にならない場合もありそうだし。こういうのは一番最初にやっといた方がいい」
そうしてこそ、疑いなく信頼関係が築けるってもんだからね。
ゾンビモノ作品を観てきて、一番大切なのは人間同士の信頼関係だっていうのを私は学んだ。結局、問題が起きるのはゾンビではなく、対人関係のいざこざからなのだ。
「当然、真奈羽も確認するからね」
「わ、私は噛まれてないぞっ!」
「何その怪しい感じのヤツ。あんた、噛み跡とかあったらとりあえずロープで縛るからね」
「い、いや、あれは転んだだけだから大丈夫なはず……」
「なんか怪しいんですけど」
「いや、あの時は暗かったから、正直、完全にセーフかどうかは自信ないというか……」
「もしゾンビになっちゃったら、どうする?」
「うわー、そん時にはひと思いに始末してくれー。いや、やっぱ待って、やっぱり何とか殺さない方向で何とかして欲しいかな……。いやいや、やっぱりとっとと始末するべきか……いや、やっぱり——」
優柔不断だなー。まあ、そう簡単には決められないよね。
というわけで、二人の体を一応、隅々まで確認してみたが、特に怪我は見つからなかった。
藤川さんの大怪我もすっかり元通りといった感じで、傷跡一つ残ってなかった。そして、そこ以外にも怪我は無かった。まあ、これでまずは一安心かな。
……いや待てよ? 君らの場合、噛み跡あってもあのアイテムで治ってんじゃないの? え、んじゃ調べても意味なくない? むしろ、調べて意味あるの私だけか。
いや、私は噛まれてないぞ。それに私の場合、仮にゾンビから攻撃を受けたとしても、HPによって防がれるんじゃ……?
——感染は防げなかったりするかもよ。
そうなんだよね。それがゾンビの恐ろしいところだ。
てゆうか、もうすでに感染している可能性もゼロじゃない。普通に、空気感染という可能性もありえる。接触しなくても感染するなら、私たちは全員アウトだ。
私たちがゾンビなる可能性も、当然あるのだ。
——……もし、真奈羽がゾンビになったとしたら、どうする?
それは…………………………。飼うか。
——何ですって?
いや、真奈羽とお別れなんて無理だから、そうなるともう、飼っちゃうしかないかなと。
——それ、ゾンビ映画とかで良くあるけど、一番やっちゃいけないやつじゃん。
いや、私の場合は椅子に縛りつけたまま、みたいなのじゃないから。ちゃんと首輪にリードつけて散歩したりするし、話しかけて愛情注いだりもするし。
——でも、そうやって話しかけても、返ってくるのは「あぁ……」とか「うぅぅ……」とかの唸り声だけなのよ……。
そんなの、真奈羽じゃない……。
……そうだね、そもそもゾンビになんて絶対なっちゃダメってことだね。
真奈羽をゾンビになんて絶対させない。だけど、もし、それでも、ゾンビになってしまったら、その時は……。
キレイにミイラにして飾っておきましょうか。そして永遠に共に生きる……。
——呪いに呪いを重ねるような所業はやめなさいよ……。
ふっ、冗談だよ。やっぱり生きてる真奈羽じゃないとね。
少しセンチな気分になったので、私は、未だに悩んでブツブツ言ってる真奈羽に後ろから抱きついた。
「ふえっ、ちょっ、いきなりなんだ!?」
「いつまでブツブツ言ってんの? あんたがゾンビなることなんて絶対ないから。いい加減、お風呂入ろうよ」
「いや、なんでそう言い切れるんだよ?」
「私が守るから」
「……アヤナミじゃーあるまいし、出来るの?」
「すでに助けられてると思うけど?」
「まあ、そうだったね。……ありがとう」
「どういたしまして。……お礼は体で払ってもらおうか」
「はあ?」
「この無駄にデカいおっぱいでねっ!」
「ちょっ、揉むなっ。——オマエさては、さっきの結構気にしてたなっ……」
「……ムッ、この柔らかさは……さてはオマエ、柔軟剤使ったな?」
「だまれアホっ」
「さあ、藤川さんも入ろ。シャワーの使い方とか教えてね」
「あの、私のおっぱいも触っていいですよ!?」
「いきなり何を言っているのかな?」
三人でお風呂はたしかに狭かったけど、なんかワチャワチャとやっていたら何とかなるもんだった。湯船はぎゅうぎゅう詰めだったが。お湯がめっちゃ溢れてた。
なんやかんや言いつつ、三人ともここまでに壮絶な体験をしてきた。私は恐竜と戦ったし、真奈羽は真っ暗な地下に閉じ込められたし、藤川さんは死にかけていた。
そう考えると、今こうして楽しく三人でお風呂に入っていることで、少しは気が紛れるのかもしれない。だって、一般家庭のお風呂に三人で入ることなんて中々ないから、これはこれで強烈な体験だ。これで少しは、さっきまでの体験を塗り替えられればいい……。
……まあ、私は別に、恐竜と戦った経験に負の要素は全然ないんだけどね。むしろ楽しかったくらいだし。
——本気で言ってるんだもんね……。
どうせなら楽しんだもん勝ちでしょ。
——ポジティブみたいに言うけど、なんでも楽しめばいいってもんじゃないでしょ。
まあ、とりあえず、今は楽しいかな。
——それは、よかったわね……。やっと会えたものね。真奈羽と。
ああ、まったく。駅で待ち合わせしただけのはずなのに、どーしてこんなことになったんだか。
ま、こうして会えたから、いいか。
そうして私は、すでにギチギチに詰まってる湯船の中で、気持ち少しだけ、真奈羽の方に体を傾けた。
……ちなみに湯船の中は、私が真ん中にいて、両側を後の二人に挟まれていた。
ふっ、これぞまさに両手に花、いやむしろ肉巻きサンドイッチか。
——意味不明な料理捏造しないで。
そういえば、お腹すいてたんだった。お風呂上がったら、コンビニの戦利品でパーティーだね。