第165話 怪獣バトルだ! 争え! 争え!
失敗——!? 成功——?!
というか何が起きた——っ?!
もの凄い勢いで民家の壁に突っ込んだ私は、いとも容易くその壁を突き抜けてもなお、勢いが止まることなく直進し続けて——
ぐおっ——がっ——『“防御”』——ぐっ、ぎっ、す、『“推進”』っ! ぬっ、『“固定”』——ッ!
前方にある一切合切を破壊しながらも、その辺りのスキルを使って、ようやくどうにか自分の勢いを止められた時には——すでに、いくつもの民家をぶち抜いてしまっていた。
………………いやマジで、何が起きたし。
最後に突入した、どことも知れぬ民家の中で——私は呆然とする。
——……ありのまま、今さっき起こったことを説明するわね。アンタが最大威力で攻撃するために全力で突進した上で、さらに勢いを増すために使った“推進”と“進撃”の二つの推進系スキル、これが、突進の勢いをまさに加速度的に上昇させた結果……どうやら音速を超えたみたいよ。
じゃ、じゃあ、あのバァン! って音は、ソニックブームだったってコト……?
——おそらくね。
マジかよ……。
そ、それで、攻撃は成功してたの? ちゃんと命中してた?
——たぶん……当たっていたと思うわよ。まあ、ちょっと速すぎてワタシにも確実なことは言えないけれど。でも、当たっているのだとしたら、確実に無事ではないはずよ。……なんせあの勢いだからね。
そりゃあ、ね……一瞬で音速を超える突進攻撃とか、喰らったら普通に死ぬわ。
——でしょうね……なんならアナタ自身だって、無事で済んでないもの。
マジだ、HPちょっと減ってる……。
いやマジで、自分でもあそこまでの勢いになるとは思ってなかったんだけど……アレはちょっとヤバくない? ってか、ヤバすぎるよね?
全力とはいえ、やったことはあくまで通常攻撃の範疇だと思うんだけど……。そんな、ソニックブームとか……毎回あんなんなったら困りますよ……。
——そうね……まあ、なんとなく、だけれど、毎回はならないんじゃないかしら? なんというか、アレはそれこそ“会心の一撃”とでも呼ぶべきナニカだったような気がするわ。
……確かに、私としても、アレは奇跡的にナニカが成功した故の結果——って気がする……なんとなく。
——まあ、とにかく、コレについてはひとまず置いておきましょ。今はまだ戦闘中よ。
でしたね——うい、まずは敵を倒してからだ。
私は倒れた体を起き上がらせると、最後に壁をぶち抜いてたどり着いた誰の家とも知らぬその民家より——担ぐように持つ大太刀が引っかからないように気をつけながら——自分の開けた壁の穴を抜けて、外に飛び出す。
飛び上がった先は隣の無事な民家の屋根の上。そこから“視点操作”で周囲を確認する。
私が吹き飛んできた方向、そちらを見れば、首から上を無くして慄いている“巨人”の姿がある。しかし案の定、まだこの程度では死なないようだ。
そのすぐそばではアンジーが——おそらくは私の攻撃によりちぎれ飛んだらしい——ヤツの頭部から生えていた謎の蕾のような何かに、念入りに追撃を加えているところだった。
そこから少し視線を飛ばすと、通りの向こうから今まさに進行してくる巨大怪鼠と、ソイツが引き連れている配下たちの群勢が見えた。
連中は……ゾンビでは無さそうだ。あれはあくまで、生きた怪鼠の集団だ。——親玉の巨大怪鼠を含めて。
だとすれば、無条件で巨人と共闘されることはない、はず。——むしろ普通に、お互いに戦闘になるはずだ。
だが、どちらにしろ私たちにとっては、ゾンビも怪鼠も等しく敵であることに変わりはない。なら……この状況は、どうするべきだ?
考えるべきポイントは一つ——怪鼠の合流を許していいのか、それとも阻止するべきなのか。
しかし、仮に阻止しようにも……どうやって阻止する?
——まあ、上手い方法も浮かばないし……たぶん、合流を阻止するのは無理よ。
だとすると、合流されることを前提に考えるしかない。
となると、ここは……
——どうするの?
とりあえず……また“見”でいこっかな。
——そうね……まずは様子見しましょうか。
ともかく、まずは移動だ。
——ああそうだ、移動するなら、先に刀を拾っておいてくれるかしら。実は、さっきの攻撃の勢いが速すぎて、操作しきれずに取り落としてしまったのよね。
ああ、そういえば確かに、無くなってるね。
うん、まあ、あの勢いで吹っ飛んだら、そりゃあ持ってられないよね……
了解。それじゃ、まずは先にそれを拾っておこう。どこに落ちてるかは判る?
——マップに映ってるわ。
なるほど、ちゃんとマップに表示されるんだ。これなら失くすこともないね。
この距離だとさすがに、【遠隔回収】も届かないか……もう少し近づかないと。
私はマップに表示されている刀の位置まで、屋根の上を飛び移りながら進んでいく。
ある程度まで近づいたところで、“遠隔回収”で回収することができたので、回収しておいた。
それから私は、再び屋根から屋根に飛び移っていき、アンジーと巨人のいる場所まで向かう。
すでに両者の戦いは再開されており、アンジーはヤツのちぎれた頭部を守るように巨人に立ち塞がっていた。
私が接近したことに気がついたのか、巨人が左腕を振りかぶると、私に向けて振り下ろしてくる。
私はそれを横に躱しつつ屋根から飛び降りて、アンジーの後ろにあるヤツのちぎれた頭部へ到達する。
地面に降り立った私は、目の前の頭部に【解析】を使ってみる。
ふむ……どうやらコイツは、まだ生きているようだ。——まあ、未だにビクビクと痙攣してるし、ゾンビの一部だから、そもそも元から死体ではあるのだけれど……。
放置はできないが、どうしたもんか……まあ、とりあえず、ヤツに取り返されるのは防いだ方がいいだろう。
私は大太刀を地面に横たわる頭部にぶっ刺すと——大太刀ごと頭部を持ち上げるようにして——頭部を携えたまま飛び上がり、その場より離れる。
屋根の上に退避した私のそばに、続いてアンジーが飛び上がってきた。
思わず私が、さっきまでアンジーが戦っていた巨人の方を見ると——そこでは新たな戦いが始まっていた。
ボスの率いる多数の怪鼠が、巨人の周りを取り巻いて、そして——次々に口から“何か”を吐き出して攻撃する。
その吐き出された何かが命中した巨人の肉体が、ジュウジュウと嫌な音と怪しい煙を立てながら溶けていく。
あれは……強酸?
やっぱり、そんな攻撃を使えるやつもいるんだ……。
怪鼠の一部には、強酸攻撃を使える個体も存在する。それは城——ではなく、神社での攻防戦の中ですでに把握していた。
しかしそれは、怪鼠の中でも一部だけが持つ能力のようだ。
実際、距離を取って強酸を吐き出しているのは全体の一部のみで、他の大部分は巨人の周りを動き回って牽制している。
しかし、やっていることはあくまで牽制だ。直接的に攻撃することはない。
なぜなら、攻撃してしまったら……
——その時、一体の怪鼠が、まともな攻撃が出来ないことに焦れたかのように、おもむろに巨人に噛みついて攻撃した。……しかし、すぐにその噛みついた個体は、力が抜けていくように口をだらりと開けると、そのまま地面に倒れ伏した。
……そう、ああなるのだ。
もはや原形をとどめていないが、巨人もれっきとしたゾンビである。すなわち、その体液はすべからく毒なのだ。
つまり、強酸攻撃を除くと噛みつきくらいしか攻撃手段のない怪鼠からすれば、ゾンビは相性最悪の難敵なのだった。
私は回収した方の刀を呼び出すと、さきほど巨人に噛みついて死んだ怪鼠——しかし、今まさにゾンビ化して起きあがろうとしている——に向かって投げつけ、その脳天を貫く。
そして周囲の様子——特に巨大怪鼠の反応を確認するが……特段こちらに意識を向けてきている感じはなかった。
ふむ……どうやら、ゾンビ化してしまった以上は元が怪鼠だろうが普通に敵って扱いなのかな。——倒してもこちらに敵意が向く様子はないね……。
これなら、死んだりゾンビ化した怪鼠は私の方で始末してしまっても大丈夫そうかな。
ふと思いついたので、私は試しに刀を——突き刺した怪鼠の死体ごと“遠隔回収”できるか試す。
すると——試みは成功し、私は屋根から動くことなくゾンビ怪鼠の死体を回収することに成功した。
お、やった、できた。
いいね。これなら、こっから安全に死んだ怪鼠を回収できる。
んじゃ、とりあえず……しばらくは死体回収に励むとしますかね。
——それはつまり、ひとまずはこの両者の戦いを静観して、お互いに削り合わせようって算段なのかしら。
そうそう、そのまま名付けて「漁夫の利」作戦。
私からすればどちらも敵であることに変わりはない両者が、せっかくこうしてお互いに潰しあってくれているのだから、存分にやり合ってもらおうじゃないの。
——おらっ……貴様ら、争え……争えっ……!
私がすることといえば、どちからに形勢が傾かないように影から加勢するってところだね。
現状では、だいぶ怪鼠側が不利みたいだ。そもそもの相性の差で、毒持ち相手に攻めあぐねている。
相手が相手なので得意の噛みつきが使えず、遠距離から酸弾を飛ばして攻撃しても、すぐに再生されるので決定打にはほど遠い。
さらに、放っておけばやられた怪鼠がゾンビ化して敵になる。そうなればすぐに形勢はゾンビ有利に傾くだろう。そうさせないために、やられた怪鼠はすぐさま私が刀を突き刺して『回収』していく。
それでも、怪鼠はやられて数を減らすばかりで、巨人は勢いを増すばかりだ。
私もすべての怪鼠は回収できなくて、回収する前に巨人に捕獲されることもあるし、さらには、普通に生きたまま捕えられた怪鼠もいる。そういう連中を随時捕食しているからなのか、巨人はまるで衰える様子をみせない。
このままでは普通に、怪鼠の陣営はたった一体だけの巨人に押し負けそうだな……と思ったその時、ついにボスの巨大怪鼠が動いた。
ボスは後ろ足で立って直立し、それからキュエエエエ——って感じにひと吠えすると、巨人に向けて口から酸弾を吐き出した。
——元がデカいボスなので、吐き出された酸弾の大きさは、ぱっと見で直径一メートルくらいありそうだ。
巨人はとっさに右腕を掲げてその酸弾をガードする。しかし——酸弾を受けた右腕は、直撃を受けた拳部分があっという間に溶解してしまったのだった。
うおぉ、ボスの酸弾めっちゃ強い! いや、これ連射すれば勝てるんじゃ——?!
なんて思ったけど、さすがのボスもこれを連射することはできないのか、次弾がすぐに飛ぶことはなく——
そうなると、右拳を溶かされた衝撃に慄いていた巨人も、すぐに持ち直すとボスに向けて突進していく。
周りにいる配下の怪鼠などガン無視で、ボスを一点狙い——
っ——きたっ、いよいよ巨大な怪物二体の直接対決だっ!
突進してくる巨人を迎え撃つように、ボスは直立姿勢を解くと、勢いよく前脚を地面に叩きつけるように振り下ろした。
すると——
ドゴゴゴッッ!!!
という派手な音を立てながら、地面から尖った何かがいくつも飛び出して——
勢いよく突進していった巨人は、槍衾のように展開されたそのギザギザに突っ込んでいって、自らの勢いにより全身を串刺しにされることになった。
ななっ?! なんだアレはッ……!?
アスファルトをめぐり上げるように飛び出した、いくつもの尖った槍状の突起物。
突如出現した、その黄土色の物体の正体は……
『……ふむ、あの大鼠、地属性であったか。あれほどの土槍壁を展開する能力はなかなかだが、とはいえ、あの不死者はそれでは倒せない……。やはり、奴を倒すには弱点である炎属性を使うしかないであろうな……』
不意に私の隣にいるアンジーが口を開くと、何やらボソリと呟く。
それから続いて彼女は、私の方を向いて話しかけてきた。
『カガミ殿……貴公には、何かあの不死者に有効な能力なり作戦なりはあったりするだろうか?』
「あ、えぇっと、どうでしょうね……」
『私が思うに、あの不死者を殺しきるには炎属性の攻撃手段が不可欠だ。しかし、あいにくと私が扱えるのは地属性だけであるし……。——この炎の剣では、さすがに心許ない。おそらく、私ではあの不死者は倒きしれないだろう……』
「で、ですか……」
『なので、あの不死者の始末については貴公に任せたい。——もちろん、私もできうる限りの助力はする』
「あ、はい、分かりました」
『そうは言っても、無理をする必要はない。貴公の安全が最優先だ。危険を感じたら、すぐに退避するように。その際には、この私を囮にしてくれて一向に構わない』
「そ、そうですか……。いえ、まあ、なるだけやってみますので……」
『ああ……よろしく頼む。では——ああ、そうだ、あの鼠共についてだが……私の方で利用できないか試してみるつもりなので、できるだけ手出し無用に頼む』
「利用、ですか?」
『ああ。私と使う属性も同じだからな。——上手くいく可能性はある……』
「はぁ……そうですか、分かりました。では、鼠はとりあえず無視します」
『うむ、では、そのように。よろしく頼む』
アンジーはそう言うと、視線を怪鼠たちと巨人の戦いに戻した。
ふむ……炎属性か。
確かに、もはやどうやって倒せばいいのか判らんし、あとは弱点の炎属性でゴリ押しするくらいしか倒す手段を思いつかないのは確かだ。
だけど私も、炎属性の強力な技を持っているわけでもないしなぁ……
いや、そうだ、いっそのこと、アレの力を使うってのは——
と、私が色々と考えていたところで、通信が入ってくる。
相手は——マナハスだ。
私はすぐに反応して、マナハスとの通信を開始した。




