第164話 開幕ソニックブーム!!
まあ、そうはいってもまずは“見”に徹しよう。
なにせ敵は初見の未知の敵といっていい相手だ。どんな動きをするのか、攻撃手段はなにか、特殊能力の有無は? なにも分かっていない。
そもそも、首を刎ね飛ばして頭をかち割っても死ななかった相手である。どうやったら倒せるのかもまるっきり不明なのだ。
まあ、その辺については、戦いながら見極めていくしかないだろう。
それに、考えるべきことは敵である“巨人”のこと以外にも、もう一つある。それは、味方であるアンジーについてだ。
アンジーが戦力として頼れる存在だということはすでに十分に理解できているけれど、私は彼女のことを実際ほとんど知らない。
まあ、つい最近に知り合ったばかりなので、それは当然といえば当然なのだけれど。
しかし、これから彼女と連携を取るにあたって、お互いのことを知らないのでは大いに支障がある。
とはいえ、悠長にお互いの手の内を伝え合う暇はないので、やはりこれも戦いながら掴んでいくしかない。
彼女と私は、戦闘スタイルとしてはどちらも近接戦闘型だ。——これが、どちらかが遠距離型だったなら、もっと連携もやりやすかったかもしれないが……あいにくと、二人ともバリバリの近接型だった。
お互いのことをよく知らない間柄で共闘するなんて、本来ならかなり無茶な試みである。——しかもお互いに近接型で、共闘するなら連携が必須なのに、だ。
それも、お互いに戦いに慣れているならまだしも——アンジーはともかく——私なんて戦いに関するキャリアなど無いに等しいレベルだ。——なにせ刀と能力を手にして戦いだしたのなんて、ほんの数日前なんだからね……。
だからこそ、ここはアンジーに一つお手本を見せてもらおうという意味もあっての、初手は“見”の構えなのであった。
実際に、私がそんな風に考えている間にも、戦いはすでに始まっていた。
屋根の上から見下ろす私の視線の先では、アンジーがすでに巨人とガッツリと切り結んでいた。
自身よりも何倍も大きな異形の怪物相手に、アンジーは一歩も引くことなくその場で戦い続けている。
右手の土の特大(魔)剣を、まるで小枝のように軽々と振り回して巨人の攻撃をいなし、防ぎ、打ち返しながらも、左手の炎の長剣を巧みに操り、少しずつ——しかし確実に、巨人に傷を与えていっている。
一対一でもとても安定した立ち回りで、どちらかというならば彼女が優勢に見えるのを鑑みれば、もはやこのまま彼女一人でも問題なさそうに思えるくらいの健闘振りだ。
私はそんな彼女の動きと巨人の動き、その両方をつぶさに観察していく。
アンジーの動きからは、自分が参戦して彼女と共闘する際にどう動くべきかを——
そして、巨人の動きからは、どこに警戒して、どう対処するのか、その攻略法を——それぞれ、頭の中で思い描いてゆく。
いかんせん、巨大な怪物相手の戦いは、まだまだ全然経験の浅い私である。だからこそ、この両者の動きの応酬——そして、それにより繰り広げられる戦いの様子というのは、私にとってはこれ以上ないくらいに参考になる教材だった。
そんな両者の白熱する戦いの熱気に当てられ、私の内には自分も参戦したいという強い欲求が沸き立つが——私は努めてその衝動を抑えて、絶好の機会を窺う。
敵巨人はすでに私のことなど眼中になく、完全に蚊帳の外に置いている。——それほどまでに、アンジーは巨人相手に健闘し、追い詰めている。
つまり、今はチャンスなのだ。最大の戦果を上げられるように、ここぞという時に参戦しなければいけない。
さて……どうするか。奇襲の初手は、どこを狙うのがいいだろうか。
二人の戦いを観察しながら……私は考える。
アンジーのお陰で、すでにこの未知の敵の全容も、その大部分が判明していた。
ヤツの攻撃手段は主に四つ。右手、左腕、異形の頭部、そして腹部の大口。
まず右手だが、これはとにかく巨大であることを除けば、ごく普通の手だ。だがそれ故に、実に器用に色々な攻撃に利用してくる。
拳で殴る、直接掴みかかる、物を掴んで投げる、あるいは長物を掴んで振り回す——などなど、多彩な攻撃を披露していた。
今のヤツなら車も片手で軽々と投げ飛ばせるし、一掴みできる量が量なので投擲はすべからく脅威だ。
武器にする長物というのも、ヤツにとってこの場にある一番扱いやすい長物というのが、そこらにいくらでもある“電柱”である——といったならば、どれくらいの脅威となるかも自ずと理解されるというものだろう。
——しかるに、この右腕を斬り落とすことができたら、ヤツの戦力が大幅に減ることは間違いない。
次に左腕についてだが、こちらは右手とは正反対に一点特化の性能をしている。
この左腕を一言で言い表すならば、それは“鞭”だ。それも、先端に鋭い刃がついていて、ある一定の範囲内においては伸縮自在で、さらには、攻撃の軌道を自在に変化させられる鞭自体が筋肉で構成されているかのような鞭……である。
——私の知識から一番近いものを挙げるとすれば、『寄生獣』の寄生体が戦闘の際になるあの形態——というのが一番近いだろうか。
ヤツの大きさも相まって、かなり広い範囲を攻撃できるこの左腕は、もはや、かなり厄介かつ特殊な武器を装備しているようなものだ。
——しかるに、この左腕が無くなったら、随分と戦いやすくなるに違いない。
続いて頭部だが、こちらもなかなかに多彩な攻撃手段を持っていた。
まずもって形が特殊な——なにやら花の蕾のような——形状をしているこの頭部だが、その実態は花なんて生やさしいものではなく、グロテスクな牙の生え揃った“口”なので……一応、直接噛み付いたりして攻撃することもできる。
しかし、そんな単純な攻撃はあくまでオマケにすぎない。コイツの本領は——酸性の毒液を様々な形態で発射してくるという——遠距離性能を持つ特殊攻撃ができるという点にある。
確認しただけでも——弾丸のようにして放つ、水レーザーのように高圧のビームとして放つ、霧状にして周囲の広範囲に散布する、まるでシャワーのように放射して広角で狙い撃つ……などなど、実に多彩な攻撃振りである。
しかも、そうやって飛ばしてくるのが、金属をも溶かす強力な酸性を持つゾンビ由来の強力な毒液なのだから、つくづく始末に負えない。
唯一の弱点が、実物を放出するという攻撃ゆえ、連発がきかず使用頻度に限りがある、という点か。——とはいえ、だいぶ使いまくっても弾切れすることもなく、しばらくすれば再び使用してくることから、どうやら根本的な弾切れは期待できないようだが……。
——うーむ……再生能力を持っているし、それも再生しているということなのだろうか……?
そもそもがデカいヤツの体の、さらに一番高い場所についているという都合上、こちらからの攻撃は届きにくい上に、相手の攻撃は上から広い範囲にばら撒けるのである。完全に地の利を取られている形だ。
——しかるに、この厄介極まりない蛇口を叩っ斬り落とすことができたら、どれだけこちらが有利になるかなど、考えるまでもないだろう。
そして最後が、胴体にある、大きな口や複数の目などの諸々についてだ。
まず目についてだが、これは前面に限らず側面や背後にも無数に存在しているので、気持ち悪いとか以前に死角が存在しないので地味に脅威だ。
そして口なのだが、コイツは“咆哮”の攻撃を放ってくる。効果としては二種類あり、物理的な圧力(衝撃波?)により吹き飛ばすというものと、一時的に麻痺のような効果を与えて相手の動きを止めるという、この二つ。
どちらも初見殺しのようなもので、さしものアンジーも初回の攻撃は喰らってしまっていた。
——思えば、この咆哮スタンを喰らった時が、この戦闘におけるアンジーの一番のピンチだったかもしれない。
動きの止まったアンジーに、巨人は瞬時に左腕を振りかぶり、先端の刃を高速で叩きつけた。——それは、ピンチとみて思わず介入しようとした私の行動に先んじた一撃だった。
動きを封じられて、この攻撃をまともに喰らって吹き飛ばされたアンジーは——しかし、すぐに起き上がると、平気そうな様子で戦闘に復帰した。
そんな様子を見た私は、アンジーの頑丈さと本質的な戦闘能力の高さに改めて感心することになった。
確かに、戦闘形態の今の彼女は、身の丈を超える特大剣を持っているだけでなく、その全身を頭部も含めて頑丈そうな防具で固めており、いかにも防御力が高そうな見た目になってはいるのであるが。
それにしても、これまたいかにも強力そうな巨人の左腕の一撃をまともに受けても大して効いてなさそうなのは——さすがは防御特化型の面目躍如といったところか。
そして、二度目以降の咆哮はしっかりと防いで対処しているので、彼女は防御力というステータス値での強さだけではなく、経験や技術といった面でも高い実力を持っているということなのだった。
しかし、そんな彼女でも、このまま一人で巨人を倒せるかというと、さすがにそれは厳しいだろうと思う。
というか、たった一人でこの怪物と互角以上に渡り合っている時点でかなりすごいのだ。そのまま倒してしまったら、さすがにそれは凄すぎる。
というか、そうなったら私の出番がなくなるので……やはり、ここは私が加勢して一気に形勢をこちら側に傾かせてやりたいところだ。
——それで、奇襲でどこを狙うかはもう決めたの?
そうだね……うん、決めた、一番厄介な部位を潰そうと思う。
——それは、どこ?
それは……やっぱり、頭部だね。あの蕾みたいなのはマジで邪魔すぎる。他もそれぞれ厄介だけれど、でも酸と毒が中でも一番厄介だと思う。
なんというか、戦いの様子を見るに、アンジーってマジで頑丈なんだよね。だから、単純な物理攻撃ならぶっちゃけ全然問題ないのよ。
そういう意味でも、アンジーにとっても一番の脅威は酸と毒を使ってくるこの頭部だと思う。だから、ここを潰せれば、かなり有利になるはず。
——そうね……確かに、ワタシも概ね同意見よ。
あれ、完全同意ではなかった?
——ええ……一番の脅威が頭部というのには同意するけど、そこを狙うのが最善とは限らないと思うからね。
おや、なぜ?
——だって、頭部は確かに一番厄介かもしれないけれど、同時に一番狙いにくい部分でもある。まあ、それも含めての厄介さだといえるかもしれないけれど。
ああ……まあ、うん。
——狙いにくいということはつまり、それだけ攻撃が失敗しやすいということなのだから、奇襲を最大限に効果的に使うなら、むしろ、もっと狙いやすい部位を狙って、確実に相手を削るという選択肢もアリなんじゃない?
確かに、そういう考え方もあるか……。
でも、逆に考えたら、それだけ狙いにくい場所を狙えるのなんて、奇襲による最初の一度だけ——かもしれない。
……うん、ならやっぱり、狙うのはここだ。
私の奇襲で頭部を落とす。
やってやろうじゃないの。なーに、成功させればなんの問題もないのよ。
——そうね……分かったわ。じゃあ、それでいきましょうか。
そうと決まれば、あとはタイミングを見極めるだけだ……さあ、絶好の機会はいつだ——?!
私はいっそう集中して、アンジーと巨人の戦いの様子を眺める。
改めて両者の戦いをよぉく見てみると——アンジーの戦い方は防御に徹しているようだと感じる。
そのお陰で余裕を持って巨人と渡り合えているが、その分、決定打もなかなか得られず、膠着状態が続いている……
私は静かに大太刀に“溜気”でパワーを込めて、威力を上げていく。
この奇襲の最初の一撃に、今の私にできる最大の威力の攻撃をぶち込む……!
攻撃の瞬間には、“赤熱刀身”や“進撃”など、あらゆるスキルを使うつもりだ。
その分のスタミナは残しつつ、ギリギリまでスタミナを使って一撃の威力を高めるのだ……
好機を見逃さないように“見”に集中しながらも、私は脳内で攻撃の際の動きを予行演習していく——
——“赤熱刀身”の発動と同時に屋根から飛び出して、ヤツの頭部に届く高さまで飛び上がったところで、“固定”を使って空中でステップ、進路を微調整しつつ突進、続いて“推進”を即座に使用、さらに加速、ヤツの首元に到達するのに合わせて、全力で大太刀を振り抜きつつ、同時に“進撃”を使って振速を最大まで加速、もっとも勢いに乗った一撃が、ヤツの頭部の根元に正確にぶち込まれるようにする……
そこまで考えたところで、唐突に——まさにひょっこり、とでもいうくらいに——好機が訪れた。
というより、訪れたのは好機だけではなかった。
それは——現在の巨人に勝るとも劣らないほどに巨大な怪鼠だった。
そんな怪鼠の親玉みたいなやつが、手下の怪鼠を大勢引き連れて、大通りの曲がり角の向こうから悠然とこちらに向かってきていた。
そのあまりの登場の唐突さと、現れたる体躯の大きさからくる威容には、さしものアンジーも、そして対峙する巨人も、一瞬、唖然としたように行動を停止する——そんな素振りを見せる。
その時点ですでに、私は屋根から飛び出していた。
そして、ついさっき頭の中で思い描いた通りに、忠実に攻撃動作を実行する。
赤く発熱し超高温を発する大太刀を大きく振りかぶりつつ、空中を“踏んで”加速、そこからさらに“推進”で加速——目の前にきた首の根元に向けて——全力で大太刀を振り抜きつつ“進撃”を使った、その瞬間——
ボゥァッッッ! という何かが破裂するような大きな音——それさえも置き去りにして、私の体は空気の壁を突き抜けていき——
そのまま、向かいの民家の壁を粉砕しながら突き抜けていった——。




