第163話 さあ、異形狩りの時間だ……!
崩壊した家の瓦礫の中から出てきた“暴君”は、もはや別物になっていた。
元から巨体だった暴君だが、今は体の各部が異形化していることにより、さらに大きくなったように見える。
私はその歪な姿に嫌悪感を催しつつも、そんな気持ちを努めて抑えながら、攻略の糸口を探すためにより詳細にヤツの体を確認しようとする、が——
——カラスが来るわ。というか、他にも色々来てるわ。……これはたぶん、最初の咆哮のせいかしらね。
言われて周囲を確認してみれば——空からは鳥ゾンビの群れが、そして地上からは、走る人間ゾンビやゾンビ怪鼠や犬などの動物のゾンビが、猛然とこちらに向かってきていた。
おいおい、めっちゃ色々集まってきているな……てか、動物や怪鼠はともかく、あの走るゾンビはなんだ? 普通に走ってるんだが……。
今は昼間だし、あれは普通に人間のゾンビだぞ? なのに——いや、もしかして普通じゃないのか……?
私はその走るゾンビに【解析】を使う。すると——やはりというか、それは普通とは違い、なにやら強化されているゾンビだと判明した。
マジかよ、強化ゾンビとかいるのか……見た目は普通のゾンビとそんなに変わらないのに。
いやまあ、暴君なんてのも出てきたことだし、強化ゾンビもいまさらではあるけれど……。
なんにせよ、やることは変わらない。全部まとめて殲滅するだけだ。
とはいえ、暴君もいるのに他も相手にするのは大変だな。さて、どうするか……。
そう考えつつ、私は民家の屋根の上を飛び移って移動する。
まずは邪魔な雑魚ゾンビどもから始末する。その際に暴君に邪魔されたくないので、とりあえず距離をとっておくことにした。
良さげな位置まで移動したところで、ちょうど鳥ゾンビと接敵する——
来たな、おらっ、コイツを食らえっ!
『“飛刀炎舞”』
私は燃える二刀を宙に放り、“飛刀”で操作——辺りを縦横無尽に飛び回らせる。
高速で回転しながら周囲を旋回する“炎の刀”の威力は申し分なく、襲いくる鳥どもは刀に触れるだけで——まるで虫けらの如く——その尽くが打ち落とされていった。
ふん……もはやカラス程度は私の敵ではないな。
この分なら、そうかからずに殲滅できる。
さて、では、残りの敵はどうだ?
“飛刀炎舞”を操りつつ、私は周囲を確認する。
屋根の上にいる私に襲いかかるのは、今のところ鳥ゾンビだけだ。しかし逆に言えば、鳥ゾンビはほとんど私のところに向かってきていた。——まあ、それはある意味、狙い通りだから問題ない。
なぜなら……その方が、彼女もやりやすいだろうからね。
私が視線を向けた先では、地上に立つアンジーが、次々に襲いかかってくる走るゾンビや動物ゾンビや怪鼠を相手に大立ち回りをしていた。
彼女は右手の炎剣と左の魔剣を猛然と振るい、迫りくる敵を一掃していく。その様子は、まさに鎧袖一触——ゾンビなどものの数ではないと言わんばかりに一蹴している。
彼女もやろうと思えば私のように屋根の上にでも避難するのは容易いだろうに、しかしそうはせずに、今も地上でああして戦ってくれている。——もしかしたら、彼女も彼女で、地上戦力を自分に引き付けてくれているのかもしれない。
奇しくも私たちは、お互いの役割を上手く分担できていた。——お陰でそれぞれ、上と下とに意識を分散することなく集中できている。
この分なら、新たにやってきた雑魚ゾンビの処理は問題ないだろう。
そうなると、残る問題はやはり暴君だ。
ヤツは一体どうしているのかと、戦いつつもそちらを確認してみれば——って、えっ、な、なにを……?
暴君は、近くにきたゾンビたちを捕食していた。
人間ゾンビも動物ゾンビも怪鼠ゾンビも区別なく——近寄ってきたヤツから手当たり次第に捕まえると、胴体にある大きな口の中に放り込んでいく。
あっという間に、何体ものゾンビたちをその体に収めていく暴君……
すると、その体に変化が——
見ている間にも、暴君の体が——これは、徐々に大きくなっている……?
いや、気のせいじゃない、確かに大きくなっている。
マジかコイツ……同種を捕食してさらに巨大化するとか、いよいよバケモノ染みてきたな。
というか、このまま巨大化するのを黙ってみているのも良くないだろう。早くなんとかしたほうがいい……。
とはいえ、これは……一体どうしたもんなのかね。
元からデカかった体躯が、すでにだいぶ——さらにデカくなってしまった。
もはやあのデカさになってしまうと、私の刀ではちょっと対処が難しいレベルだ。——元から普通の刀より一回り大きい“重刀モード”にはしていたけれど、それでも全然リーチが足りない。
さらにはそう、ヤツには再生能力もあるし……なにより、弱点がどこなのか判らない。
ゾンビは頭部を破壊しないと倒せない。だがそれは、頭部さえ破壊できたら倒せるということなのだ——少なくとも、今まではそうだった。
しかし暴君は……頭部が弱点では無いらしい。——少なくとも、頭部を破壊しても死ぬことはなかった。
ではどうする? ——炎属性攻撃か? 死ぬまでそれで攻撃する……? しかし、ヤツには再生能力がある……。
あるいは、頭部以外に弱点があるのか? だが、それはどこにある? どうやって見つける?
——【解析】を使ってみても、弱点は判明しない。あるいは判明するとしても、“炎属性”としか出ない。
ダメだ、分からない……分からない、が——とにかく、どうにかするしかない。
あそこまでのデカさになってしまったら……そうだな、アレを試してみるいい機会かもしれない。
アレ——新しい刀の形状である、巨大怪獣討伐用形態を。
そう結論を出した頃には、鳥ゾンビの掃討は終わっていた。
私は刀を手元に戻す。そしてさっそく、新しい形状に変化させる……!
対するは、すでに民家の二階の屋根すら越える大きさに成長している暴君——
いや、あれは暴君ではなく、もはや巨人——もしくは“巨人”だろ、大きさ的に。
——まあ、元ネタ的にはむしろ、タイラントよりエルヒガンテの方が弱い気がするけれど……コイツの場合はそうとも言えないだろうな。
というか確実に、こっちの方が強いだろう。
現実的に考えたら、デカければデカいほど強くなるのが普通だ。
そんな強敵に対抗するには、どうすればいいか——単純なこと、こちらもデカい武器にすればいい……!
では、いざ……新形態のお披露目だ——!
私の手の中の刀が光と共に、その形状を徐々に変化させていく——
そして、光が晴れた時、そこにあったのは……巨大な太刀だった。
そう、それはかの『モンハン』に出てくる武器種の一つ、“太刀”。——見た目や大きさも、まさにそれだった。
これぞ名付けて、刀の新形態——“大太刀モード”。
私の身長を軽く越えるほどの全長。
刃の厚さと幅の広さも、それまでの比ではない。
おおぉ、確かにコイツならっ——あの“巨人”の腕だろうが、バッサリと一撃でぶった斬れそうな気がするッ……!
しかし、この大太刀……当たり前だけど、めっちゃ重い。
片手でも持てなくはないけど……ぶっちゃけスタミナ使って強化してないと無理。てかどっちにしろ、しっかり扱うには両手持ちする必要があるだろう。
となると、もう一本の刀は持てないし……しまっておこうか。
いや、待てよ、なんかに使うかもだし、まだ早いかな……?
——変形させたら付与の効果が消えてしまったわね。まあ、それも見越して“赤熱刀身”の方を変形させたけど、案の定だったわね。
そうだね、やっぱりというか、さすがに消えちゃったね。
まあおっしゃる通り、こっちは“赤熱刀身”を発動できる方だから、たぶん大丈夫。
——もう一本は私が預かっておくわ。“飛刀”で補助するわね。少しスタミナの減りが増えるから、気をつけて。
オッケー、それじゃそっちは任せるよ。
ふむ、やっぱりこういうことができるのが、“二人”いる利点だね。
私は試しに、大太刀でも赤熱刀身を発動してみると——問題なく使うことができた。
とはいえ、コイツも発動中はスタミナを使う。というかこの大太刀自体、振り回すのにはスタミナ強化が必須だ。スタミナ管理がだいぶ難しくなるな……。
まあ、それくらいは織り込み済みだ。
むしろ、それだけ強力な武器ってことなんだからね……逆にワクワクするくらいだね。
私は屋根の上で軽く素振りをして、大太刀の使用感を掴んでいく。
ある程度でいい。時間も無いし、あとは実戦で慣らすとしよう。
——モンハンでのメイン武器はガンランスな私だが、太刀もけっこう使う方だし、だから大丈夫だろう……。
——なにその謎の自信……。
そんなふうに、私が新武器の“慣らし”をしている間に……他の面々の準備も終わったようだった。
アンジーの方を見れば——どうやらゾンビを倒し終えたらしい彼女は、巨大化した相手に対抗するためか、こちらも武器を変形させていた。
彼女は“地重震剣”を地面に突き刺すと、ゆっくり引き抜いていく——
すると、その引き抜かれていく剣には、盛大に土がまとわりついており——完全に引き抜かれた時には、それは土によってできた巨大な剣身を持つ、あまりにも大きな剣へと変貌を遂げていた。
——見れば、持ち手の部分もいつの間にか伸長されており、もはや“特大剣”とでも呼ぶべき現在の形状にも相応しい長さになっている。
なんと……土をまとうことにより長剣が特大剣に変貌するとは……これは驚いたね。
——確か彼女は、“地固能力”とかいう、地面というか、土を操る能力も持っているという話だったけれど……。
おそらく、あの特大剣はその辺の能力を使って生み出されたのだろう。
あのデカさならば、相当な重量と質量だろうし、すなわちそれだけ強いということだから、いやはや、頼もしいね。
アンジーがそんな特大剣も平気で片手持ちしている姿をみると、いよいよ彼女という戦力への期待感もいや増すというもの。
……ん、でも待てよ? そういやあの魔剣って、重さを変える能力もあるんだったっけ? ……なら、そもそもの重さはあまり関係ないのか。
まあでも、リーチは確実に増しているし、その上で増えた重量も容易く操れるというのなら、やはり戦闘力が上がったということで間違いない。
——あの特大剣は……モンハンで言うなら“大剣”だな。モロにそう。んで、属性は地か。……いや、モンハンにそんな属性あったっけ?
——多分なかったと思うけれど……別に、そんなことはどうでもいいでしょ。
うん、まあ、別にいいんだけどさ。
てかそもそも、モンハンというなら、こんな巨人みたいなモンスターだってあんまいなかったと思うけどね。
そう、そんな私たち二人の大型武器使いが対する敵である暴君——あらため“巨人”は、その体形を異様に変化させ終えており、すでに臨戦態勢となっていた。
集まってきたゾンビは全滅。私たちが倒した数もそれなりだが、コイツに食べられてしまった分も結構な数を占めているだろう。
それにより巨大化したヤツの、その最終的な大きさは……二階建ての民家すら軽々と越えている。
さらにそれだけでなく、二叉に変形した左腕は、その長さが異様に伸びており——それはもはや、腕というよりは鞭かなにかだといった方が適切だと思われる有り様だった。
それから、胴体にある目はその数をさらに増やしており、前面のみならず背中側にも出現していて、まさに死角がなくなっている。
首から生えてきていた新たな頭部は、なかでも一際異様な部分だ。その形状を一言で表すならば……花の蕾、だろうか。
円錐のような形——しかしそれは、やっぱり花の蕾なんて可愛らしい言い方では不適当だと言わざるを得ないだろう。
なぜなら、その蕾はガバリと口のように開き、しかも、内部にはびっしりと鋭い牙のようなものが生えているのだから……。
もはや原形をとどめていないレベルで変貌した、“暴君”改め“巨人”。
巨大かつ異形——その姿は、まさに化け物そのもの。
だが私は、その威容にもなんら恐れを抱いてはいなかった。
それどころか、むしろ今の私の内には、戦いを欲する闘志で満ち溢れているといっていい。
ずっと戦いを傍観しているだけだったからね……うずうずしてたんだ。
かと思えば、ようやく出撃したのに瞬殺で終わったみたいで、ぜんぜん物足りなかった。
だが——いや、だからこそ、第二形態だろうが、今の私は望むところなんだよ……!
この新武器——“大太刀”も存分に試せそうだし、ね……!
さあ、それじゃ、第二ラウンドの開始といこうか——!