第161話 終局へのカウントダウン
幽ヶ屋神社防衛——対ゾンビ群勢戦は、新たな局面に突入していた。
第一局面——結界が機能しておりゾンビが侵入できず膠着状態となっていたこの状況で、敵はゾンビではない“生きた”怪鼠を投入することで、内部へと侵攻してきた。
当初こそ、こちらの迎撃により怪鼠の侵入をなんとか水際で撃滅できていた。しかし、“暴君”の車両投擲攻撃という介入により早々に前線が崩れてしまい、怪鼠の侵入を許してしまう。
戦線の立て直しも難しくピンチだったが、聖女様の広範囲攻撃により怪鼠の大部分を駆逐したことで、なんとか事なきを得る。
しかし、その時に結界の基点となる鳥居を破壊してしまったことにより、結界に穴が空きゾンビが侵入できるようになってしまった。
第二局面——鳥居という基点が破壊されたことにより結界の崩壊が開始。加えて、“暴君”が積極的に鳥居を破壊しようと攻撃をしてきたので、もはや結界の完全崩壊は時間の問題だった。
すでに侵入していた怪鼠や、追加で侵入してきたゾンビの始末にも追われ、中々に追い詰められていたが、マユリちゃんの活躍により“城壁”を構築できたことにより、ゾンビの侵入を大幅に制限することに成功した。
結界は完全に破壊されたが、今度は城壁という物理的な巨壁により、ゾンビの侵入を妨害するに至る。
そして現在、第三局面——
城壁の存在を踏まえて、この地形的有利を最大限に活用できるように人員を配備した。
この幽ヶ屋神社は、上から見ると正方形に近い形をしている。その敷地を守るように出現した、これまた正方形の城壁の四辺上に、それぞれ一人ずつ、遠距離攻撃が可能な戦力を投入した。
最初に怪鼠が侵入してきた方面、こちらには機銃と“自立型機体4S-4B”——そのままだと呼びづらいので——通称“カシコマ”に担当してもらう。
——この4S-4Bという機体、実は発声による意思疎通が可能であり(それもかなり流暢に喋る)、しかも口癖が「かしこま!」だったので……それがそのままあだ名として採用された(アンジーとは違い、こいつはなんか普通に日本語が通じた)。
そもそも機銃自体がかなりの火力を有しているのだが、さらにそこに同じくらい火力のある“浮遊型自動砲台”という武装カードを装備したカシコマがいるので、この方面の防御は盤石で、その戦いぶりときたら、城壁を登って侵入しようとする怪鼠を完全に防ぎつつも、余剰火力で眼下のゾンビたちも少しずつ排除していくほどであった。
そこから時計回りに進んだ——先ほどの方面を北とすると東にあたる——方面を担当するのはシャイニーだ。
彼女は得意の光属性を駆使して、与えられた役割を完璧にこなしていた。
城壁を登ってくる怪鼠を迎撃して一匹たりとも侵入させないのはもちろん、それだけには収まらない火力でもって、すでに内部に侵入している敵や、外にいる大勢のゾンビについても少しずつ削ってくれていた。
攻撃の射程が長く視野も広い彼女は、自分の担当する方面に限らず他方面に至るまでの広範囲をその有効射程に含めており、ともすれば地上組や他方面担当者までサポートするくらいの余裕を見せていた。
さらに時計回りに進んだ——こちらは南にあたる——方面を担当するのは藤川さんだ。
銃使いの彼女は手堅く怪鼠を迎撃している。前者二名ほどの余裕はないが、侵入自体はきっちりと防ぐことができていた。
彼女が現在使用している銃器種はARだ。水路を越えてそこかしこから城壁を乗り越えようと登ってくる怪鼠たちを漏れなく撃ち落とすには、これを使うのが一番やりやすいとの判断のようだ。
ちょっと前には味方と逸れて軽くパニクっていた彼女だが——私が直接励ましたりしたこともあってか——現在は落ち着いて自分の役割をこなすことに集中できている。
さらに回って最後に残った——西にあたる——方面を担当するのはウサミンだ。
小さい体躯ながら一流の射撃の腕前を持つウサミンは、狙い自体は申し分なく怪鼠を一撃で撃ち落としており、一度も外すことはない。
しかし、いかんせん使っている武器である“無骨な長銃”はボルトアクション式であり、連射性に欠ける代物だった。
という事情もあり、ウサミン一人では怪鼠の侵入を防ぐのにも手一杯で、倒しきれずに内部への侵入を許してしまうという事態に陥っていた。
そんなウサミンの苦戦状態を確認した私は、すぐさま対応するべく配置替えを通達する。
戦力過剰気味な機銃方面からカシコマを移動させ、ウサミンの方面を担当させる。
代わりにウサミンを機銃につけて、その補助を担当してもらう。
その配置転換の隙を突かれて、いくらか怪鼠に侵入されてしまったが……それはもう地上班に任せるしかない。
その地上班のメンバーのうち、南雲さんとリコちゃんは二人一組となって行動している。
内部に侵入した敵の位置は完全にバラバラであり、中心に向かってくるものもいるが、適当にその辺をうろついているやつもかなり存在していた。
なので、彼女たち二人には遊撃として、ペアになって敷地内を巡回してもらい、敵を見つけ次第排除してもらうようにした。
残りの地上班としては、アンジーと“乱生の角ウサギ”がいる。
アンジーには、城壁の管理をしている“勤勉な自律型重機”——略して“ヘビオ”——の護衛をしてもらっている。
城壁はこの防衛戦においてまさに要となる存在であり、それを管理するヘビオもまた、とても重要な存在である。
城壁が壊されないためにもヘビオを壊されるわけにはいかないので、守りに優れるアンジーにその役目を託すことにした。
ちなみに、アンジーの現在の武器は、“愚直な直剣”という武装カードだ。——それに、“炎属性の付与”の魔法をかけている。
なぜ、わざわざ自前の魔剣ではなくこちらを使っているのかというと……それは、炎属性の付与を使うためだった。
アンジーの魔剣は地属性らしいのだが、この魔剣に炎属性の付与を使おうとしたら失敗してしまった。
どうも、すでに属性を持っている武器には、別の属性を付与することが出来ないようだった。
ゾンビには地属性よりも炎属性の方が断然効果的なので、どうしようかと考えた結果、彼女には炎属性付きの愚直な直剣を使ってもらうことにしたというわけ。
それで、残った角ウサギに関してなんだけど……コイツらには好きに動いてもらっている。
というか、まあ……コイツらはゆうて統率を執れるタイプでもないので、そうして動かすしかないというか。
一応、母体となるマザー——と呼ぶことにした——はある程度指示を聞いてくれるので、私たちのいるこの中心地から動かさないようにしている。
マザーがここにいれば、角ウサギはいくらでもここから生み出されるので、この中心地の防衛戦力としてはそれで十分だった。
ちなみに、マザーが角ウサギを生み出す補助となるように、私は死体の回収が得意な例のドローン君を呼び出して、とりあえず城壁の内部で死んでいる怪鼠の死体を回収させていた。
そうして回収した死体は私のアイテム欄に入るので、私はそれを定期的に放出して、そして、マザーに食べさせていた。
……いや、まあ、そうすると角ウサギの生産速度が上がるんで……。
マユリちゃんもチラっとそんなこと言ってたけど、なんかそんな戦技を持っているらしいからね、この星兵は。
戦力は多いに越したことはないし、使えるものはなんでも使うべきなので、ウサちゃんにネズミの死骸というエサを与えることで効率を上げられるなら、私は当然そうするのである。
とはいえ、みんながそうしてそれぞれの役割を果たしている中で、私の役割がウサギのエサやりだけだなんて……そんなことはないですよ、ええ、もちろん。
そもそも私の本来の役割は、全体の指揮を執る指揮官的なやつですから。
……まあ、それにしたって、マユリちゃんにそのお株を取られそうになっている気もするんだけれど。
だって、星兵に関してはマユリちゃんを介してしか指示を出せないから、どうしてもマユリちゃんを頼ることになるし。
まあ、そうでなくても、マユリちゃんってかなり指揮官適性高そうなんで、もはや指揮は彼女に任せちゃっていいかもって、ぶっちゃけ思うくらいなんだけれど。
というのも、前述の通り星兵を指揮するには彼女の助力が不可欠なので、私はここまで彼女と協力して現場の指揮を執っていたのだけど……そうして一緒にやっていくうちに、彼女の素質に気付かされたというかね。
なんというか……視野の広さというか、全体を見る目というか、どうにもそういうのに優れているって感じるんだよね、彼女。
そもそも、現在の戦況を安定させることについては、その大部分を彼女の能力に頼っている以上、もはやこの戦場を支配しているのはマユリちゃんだと言っていいくらいなのだ。
本人がこの場に居ないながらに、これだけの采配を振るえるのだから……やはり、彼女に指揮官としての適性があるのは明らかだった。
実際、彼女がこの場の指揮を執ってくれるんだとしたら、私としても助かる。
なぜなら——そうしてくれたならば、その時は私が指揮官ではなく一人の戦力として動くことができるので。
事実、そろそろ私自身が出張る必要があるんじゃないかと……そんな予感をひしひしと感じているのだ。
現状を打破するためには、新たな一手が必要だと思うから。
なにせ、今の私たちは、どちからというと押されているので。
そう、ここまでの戦力を揃えて、城壁という地の利を活かしていながらも、私たちは劣勢に立たされていた。
その理由は偏に、数だ。敵の数が圧倒的にこちらを上回っているからだ。
さらに言えば、激しい戦闘音に釣られているのかなんなのか、付近一帯から新たなゾンビや怪鼠がひっきりなしに追加されてくるのもあり、倒しても倒しても敵の数が減らないことが、この窮地に拍車をかけていた。
実際のところ、現状では城壁に頼りつつ怪鼠の侵入を防ぐので精一杯だった。
というか、その城壁自体がちょっとずつ削られてる感じだった。
——マユリちゃんによると、城壁にも徐々にダメージが蓄積していっているらしい。
一見すると揺るぎない鉄壁の守りのように見えるこの城壁だが、その実体はマユリちゃんが呼び出した召喚物である。
相応の防御力と、相当な耐久性(LP)があるとはいえ、なにも無敵の存在というわけではないのだ。
小さなダメージでも積み重なれば、文字通りそびえ立つ城壁を打ち崩す綻びとなるのである。
事実、城壁の下に集まったゾンビどもが一心不乱に壁を叩く衝撃は、無視できないダメージとして城壁に蓄積されていた。
他にも、一部の怪鼠が口から何かを吐き出す遠距離攻撃を使ってきたりして、これも無視できない脅威となっていた。
——それらのダメージが、ヘビオが回復してくれる速度を上回ってしまっているのだ。
私とマナハスは——というか、主にマナハスがだけれど——そんなゾンビたちにこれまで対処していた。
まず、ゾンビが容易に城壁にたどり着いて取り付けないように、水路にかかる橋をマナハスの魔法ですべて破壊した。
元から壊れていた機銃のある方面の橋以外は未だ健在だったので、残りの三つの橋もすべて落とした。
——あまり派手な攻撃をすると城壁にもダメージがあるので、橋だけ壊すのは地味に苦労した。
お次に、すでに水路を越えて城壁にたどり着いたゾンビたちを排除していく。
城壁自体に攻撃を当てないようにするのに苦労したので、これまたなかなか大変な作業になったけれど。
城壁の上で迎撃に当たるメンバーは、怪鼠の侵入を防ぐので精一杯だったので、地上にいるただのゾンビまではなかなか手が回らない。なので、そこは聖女様が手を貸す必要があった。
しかし、そんな私たちを邪魔してくる存在がいた。“暴君”だ。
ヤツはこれまでにも、あの手この手で私たちを妨害してきていた。
そもそも、こちらが迎撃態勢を整えるまでに、ヤツによってすべての鳥居を破壊されてしまっていたわけだけど……それだけにとどまらず、そこからさらにヤツは、城壁の上に戦力が配置されたら、今度はそれに向かって車を投げて攻撃してきた。
最初に狙われたのは機銃だった。自分で避けたりできない機銃にとって、ヤツの攻撃はまさに鬼門だ。
戦力の配置も終わらないうちに開始された攻撃には、あわや機銃を壊されるかと焦ったが、その初撃は我らが聖女様が光輪を飛ばしてなんとか防御した。
それからすぐに機銃のそばにカシコマを投入してヤツに反撃させたので、その場はヤツが逃げ出して事なきを得た。
しかしそれからも、ヤツは周囲の建物の陰に隠れながら機会を窺い、こちらに攻撃を仕掛けてきた。
城壁やその上のメンバーに攻撃しようとしたり、聖女様が破壊した橋の代わりとでもいうのか、適当なものを投げて水路を埋めようとしたり。——まあ、あるいはこれは、城壁への攻撃の余波かもしれないけれど。
とにかくコソコソと、直接狙われないように隠れながら、ヤツは無視できない被害をこちらに与えてきていた。
ヤツには聖女様の魔法攻撃にも耐えた実績があるし、再生能力もあるので倒すのは容易ではないだろう。
とはいえ、こちらが本気になって戦力を投入すれば、決して倒せない相手ではないはずだった。
しかし——いや、だからこそ、それを分かっているかのようにヤツは慎重な行動をとって、決してこちらに隙を見せない。
事実、間接的な妨害に徹するヤツを我々は仕留めきれず守りに徹するばかりで、今やこうして追い詰められている。
現状を変えるために必要なことは分かっている。
まずは、鬱陶しい妨害をやめさせるために、“暴君”を排除する。
そして、後手に回っていた聖女様を攻撃に回し、魔法による大規模攻撃で一気に敵の数を減らす。
すでに、内部に侵入していた怪鼠やゾンビは、ほぼ駆逐が完了していた。
なので、近接戦力ならば自由に動かすことが出来るようになっていた。
しかし近接戦力は城壁とあまり相性が良くないので、迎撃にはあまり役に立たない。
そりゃまあ、遠距離攻撃がなければ、地の利を活かせないのでしょうがない。
しかし現状、動かせる駒はこの近接戦力しかいない。
ならば、この窮地を打破するためには、“暴君”を近接ユニットで排除するしかない。
では、その役目を与えるにもっとも相応しい駒は、誰か……?
それは、もちろん——




