第159話 山田くん、座布団百枚持ってきて、大至急
新たな戦力として呼び出された“乱生の角ウサギ”は、普通に強かった。
母体のデカい方はもちろん、生まれたばかりの一回り小さい方も、怪鼠くらいなら普通にタイマンでボコせるくらいの実力はあった。
そこそこの数まで増えてきたら、怪鼠の相手にはこのウサギちゃんという戦力だけで十分になっていたので、その時点で私は屋根の上のマナハスの隣に戻っていた。
ただ、今以上に数が増えていくと分からないけれど……そうなる前に元を断てばいいのだ。
そのための準備は——どうやらもう終わったようだった。
私の隣にいるマナハスが、杖を大きく振り上げる。
——その杖の先には、燃え上がる炎の玉が生成されていた。
『“炎の爆弾”』
マナハスが杖を振るのに合わせて、炎の玉は弓なりの軌道を描いて宙を飛翔していく。
それは神社に侵入してくる怪鼠たちの中心——水路を渡る橋のある場所より少し向こうの辺りに落ちていき……
地面にぶつかる直前に爆発した。
カッッ——————バァァァァァン!!!!!
今までで一番の爆音と、それに次ぐ衝撃波が巻き起こる。
髪を巻き上げるほどに強い風が、私のいる建物の上にまで届く。
爆発の直後は顔を背ける必要があるくらいだったが、強風をやり過ごすと私はすぐに爆心地を確認する。
しばらくは立ち昇る煙でよく見えなかったが、徐々に煙が晴れていくと……見えてきたのは、爆発で吹き飛んだ大量のかつてネズミだった何かだった。
へっ……やったぜ!
これよこれ! やっぱり汚物はまとめて爆殺するに限るな……!
よし! ともかくこれで、新たに侵入してくる怪鼠はもうほぼいない。
すでに結構な数に侵入されてしまった気がするけれど、追加がないなら問題なく殲滅できるだろう。
となると残る問題は……やはり、“暴君”か。
さて、アイツはどうやって仕留めるか……。
『かっ、か、火神さん……い、今の爆発は……?』
と、その時、幽ヶ屋さんから通信がきた。
——そういえば彼女は、未だに建物の中に引っ込んだままか。
まあ、このままいけば、彼女の出番はないままで終われるかもしれないけれど……。
そんな風に思いつつ、私は彼女の通信に応える。
「今の爆発は聖女様の魔法によるものですので、安心するように中の皆さんには言っておいてください。……すみません、先に言っておくべきでしたね」
『あ、いえ……。衝撃はまったく感じなかったので、音に驚いただけですから。でもそれも、たぶん、彼女の魔法のお陰なんですよね?』
「ああ、はい、そうです。この建物はすでに、聖女様の魔法の守護下にあります。なので安心してください」
『はい……とても強い守りの結界ですよね。すごいです……』
「分かるんですか? さすがですね」
『……ですが、やはり、今の爆発は……』
「ん? 幽ヶ屋さん……?」
『あの、火神さん……もしかして、今の爆発で、橋のところにある鳥居に何か被害が出ていませんか?』
そう言われて、私は改めて爆発地点を見る。
えーっと、被害というか……もはや完全に壊れちゃってるね。二つあった鳥居が、両方とも。
まあ、そのうちの一つは、投げられた車によってすでに壊されてたと思うけど。
「あ、はい、壊れてますね……」
『二つとも、ですよね……?』
「ええ、そうですね」
『……まずい』
「え? 幽ヶ屋さん、なに——」
『火神さん、この神社に張られている結界は、実は、四方にある橋の——その両端にある鳥居が、術の基点となっているんです』
「えっ?」
『なので、鳥居が壊れてしまうと——その方向の結界に、“穴”が空いてしまうことになります……』
「……そ、それって」
『はい……爆発のあった方面からは、あの——ゾンビたちが、侵入してくるかも……しれません』
え、マジで……?
いやそれ……ヤバいやん。
私は再び爆発地点に視線を向ける。
そしてその先にいる、ゾンビたちの動きに注目する。
先ほどの爆発によってゾンビにも相当な被害が出ており、橋の近くの連中は軒並み吹き飛ばされていたが……その穴も、すぐに周囲からくるゾンビが埋めていっていた。
ゾンビの動きはそれで止まらず、それまで水路のこちら側には一歩たりとも侵入しようとしていなかったゾンビたちは——
橋のあった場所から、少しずつ神社の内部に向けて、今まさに動き出し始めていた。
……マジで入ってきてるっ!!
マズいマズいマズい!!
アイツらが入ってきたら絶対にヤバい!
あの数はどうやっても敵わん! なんとしても侵入を阻止しないとっ!
どうする、どうするっ——!?
——落ち着きなさい。あの数がすぐに全部が入ってくるわけではないのよ。それに、さっきの爆発によって橋も完全に壊れてるから、水路を渡るのにもかなり苦労するはずよ。まだ時間はあるわ。
……そうだね、すぐには来ないか。
でも、結局は時間の問題だ。あれだけの数がいれば、そのうち水路自体が埋まってしまう。
それに、連中の中にはゾンビ怪鼠も混じっているのだ。奴らなら水路も平気で越えてくる。
そもそも、内部に侵入した怪鼠もまだすべて片付いたわけじゃない。というか、今まさに対処を始めようとしているところだ。
っ、これは——
どこから手をつける——
何を優先するべきだ——
みんなへ出す指示は——
私は何をするべきだ——
迷う私の元へ、複数の通信が同時に舞い込んでくる。
『火神さん! 私、ど、どうすればいいですか? 私……他の人たちと逸れちゃって、今、自分がどこにいるのか……わ、分からなくて……こ、ここ、どこなんでしょう——?!』
『ね、ねえ! 部長から聞いたわよ! 結界が壊れたってどういうこと!? てかそれって、あの大群が入ってくるってことなの? ちょ、ちょっと! そんなことになったら……ダメでしょ!? ど、どうするのよ?!』
『火神さん、我々はこのまま、怪鼠の相手をしていればいいのだろうか? ——いや、なにやら周囲を取り巻く敵の動きが変わっているように感じるのだが……。そういえば、あの巨体の敵の居場所は把握しているか? 警戒していたのだが、どうも見失ってしまったみたいでな……だが、あれの動向には気をつけた方がいい』
『カガミおねえさん……あのでっかいゾンビが移動してます……あれは危険なので、すぐに排除した方がいいと、思うんですけど……そのために、二人を動かしてもいいですか? ……えと、それと……このままだと、ゾンビが中に入ってきてしまいそうですけど……何か、策はありますか? ——その、わたしは一応、使えそうなカードに心当たりが、あるんですけど……』
『火神さん……その、言いにくいんですが、基点の一角が破壊されたので、結界はいずれ完全に消えてしまいます……。それを防ぐには、すぐに基点を修復する必要がありますが……現状では不可能です……よね? ……あ、それと、南雲さんのご家族が、自分たちも戦いたいって言って、外に出る許可を求めているんですけど……ど、どうしましょう?』
「……なんかゾンビたち、入ってこようとしてるけど……どうする? 攻撃した方がいい?」
「……いや、ごめん、ちょっと待ってて」
「あ、おう、了解……」
……カノさん、とりあえず、みんなにここに集まるよう言ってくれる? ——私は、一番重要そうなやつを聞くから。
——分かったわ。
『——“全員聞いて。とりあえずみんな、ここに集まってきてちょうだい。怪鼠については、見つけ次第排除してくれていいから。場所が分からないなら、落ち着いてマップを使うようにして。ここは神社のちょうど中心にあたる場所にあるし、ワタシを表すアイコンもあるはずだから、それを目印にして。——あ、あと、ツノの生えたウサギみたいなヤツは味方だからね? 倒しちゃダメよ?”』
カノさんが念話でそう言って、さらに返ってくる各々の返答にも対応してくれている間に、私は【視点操作】で周囲を見渡してソイツの位置を探しつつ、彼女と通信を繋ぐ。
「その……マユリちゃん、とりあえず、二人を動かすのはちょっと待ってもらえるかな」
『あ、はい、分かりました』
「デカいゾンビって、車を投げてたやつだよね? 今どこにいるか分かる?」
『えっと……あっちの方です』
マユリちゃんがそう言うのと同時に、私の目の前に“偵察鳥”のうちの一体が飛来してきたので、思わず腕に受け止めた。
その鷹によく似た鳥は、私の腕の上で、一つの方向に向けて嘴で宙を突くような仕草を繰り返す。
何度か繰り返したら、私の方を向き直って首を傾げるような動作をして、それからまた向きを戻すと突く動作に戻る。
なんだこれ……かわいいな。——って、和んでる場合じゃねぇ……。
私は指定された方向を探りつつ、マユリちゃんとの話の続きを再開する。
——どこだ? ……いない?
「ありがとう。それで、マユリちゃん、使えそうなカードの心当たりがあるって言ってたよね? それって一体、どんなカードなの?」
『あ、はい……えっと、そのカードは——その、使ってみないと、上手くいくかは全然、分からないんですけど……でも、もしも上手くいったとしたら、かなり——っあ』
そこで私は、ようやく見失っていた“暴君”を見つけた。
——そしておそらく、マユリちゃんもそれに気がついたようだった。
ヤツは、私からみて時計回りに神社の外周を回り込んでおり、出現と同時に攻撃を放ってきた。
すでに得意技と言っていい、車投げ攻撃の標的は——無事な鳥居の一角。
っ——!
まさか——!?
気がついた時にはすでに、車は鳥居に直撃して大破していた。——鳥居ごと。
さらに続いて、もう一投——
それにより、奥の鳥居に続いて手前の鳥居も破壊されてしまった。
私は呆然と、その結果を見届ける——。
すると……
壊れた……
鳥居のあった……
水路にかかる橋の上を……
数えきれない量のゾンビたちが……
ゾロゾロと大群で、こちらに向かって押し寄せてくる……
『おねえさん——』
「マナハス! 魔法でアイツらの侵入をどうにか防げないっ?!」
「あ、ああ——や、やってみる」
「っと、ごめん、マユリちゃん」
『いえ……なんとかなりそうですか?』
「それは……どうかな」
マナハスはさっそく魔法の詠唱を開始している。しかし、ゾンビはすでに内部にゾロゾロと侵入してきていた……。
“暴君”——まさか、鳥居を壊したら侵入できるようになると勘付いたのか……?
マズい、だとすると、他の鳥居も狙われるぞ……。
『あの……』
「ああ、ごめんね、えっと——」
『その、こうなってしまったら……侵入を防ぐのは、ほとんど不可能な気が、するんですけど——』
「だよね……」
『——普通の手段では。……なので、使ってみてもいいですか……? その……』
「えっと……それは、なんていうカードなの?」
『……“簡易城壁陣地”、です。——あ、追加で“即時召喚”も使うので、すぐに出てくると……思います』
「そ、そう。えっと、それで……それは、使うとどうなるのかな」
『……城壁が出てきます』
「マジか……。いや、まあ、いいや。じゃあ、その、使ってみてくれる?」
『あ、はい……それじゃあ……“特設展開——簡易城壁陣地”——効果接続——“特殊効果——即時召喚”』
マユリちゃんはそう宣言する、が……
……何も起こらない?
『あ、ダメ……ゾンビが邪魔で、発動できない……です』
なにっ?!
いや、確かに、今や途切れることなくゾンビが入ってきちゃってるけど……障害物があると呼び出せないってこと——?
と、その時、
「ちぃっ、これ以上入らせるかよっ! いけっ!」
そう言ってマナハスが、杖を振る。
杖からは光輪が飛んでいき、ゾンビが侵入してきている橋の元に到達する。
『“炎の壁”』
すると、光輪の真下に勢いよく燃え上がる炎が壁となって出現し、ちょうどその場にいたゾンビを飲み込み、そして後続のゾンビを分断した。
突如として現れた炎の壁に、近くのゾンビは狼狽えて動きを止める——が、群勢が一体となっている動きはすぐに止まることはできず、後続に押された先頭のゾンビは次々に炎の壁に飲み込まれていく。
そして……押し出されたゾンビが炎を抜けてこちら側に出てきた時には、全身を焼き尽くされて真っ黒な炭のような何かになっており、そのままボロボロとその場に崩れ落ちていくのだった。
本来ならゾンビは火を避ける性質を持つので、炎の壁があれば侵攻を止められるはずだった。
しかし群衆が一体となって動いている今のゾンビは、先頭だけが止まったところで全体の動きは止まらず、結果的に炎の壁があろうと関係ないとばかりに侵攻は続いていた。
とはいえ、炎の壁を抜けるゾンビは例外なく黒炭に変貌していたので、それは侵攻というよりはただの処刑というべきかもしれない何かだった。
ともかく……炎の壁により新たなゾンビの侵入は防がれたので、これで召喚できるようになった——のかな?
『……“特設展開——自動射撃機銃”——効果接続——“特殊効果——即時召喚”』
マユリちゃんは、さっそく召喚を開始した。——ってこれ、さっき言ってたのと違くない?
すると、召喚されたのは、すでにお馴染みの例の機銃で……召喚された場所は、ちょっと前までそれが設置されていたのと同じ——爆発で破壊された橋の手前のところだった。
出現した機銃の上には、一羽の鳥がとまっている。——なるほど、どうやら偵察鳥の一体を介してあそこに召喚したようだ。
呼び出された機銃はすぐさま射撃を開始して、今まさに水路から這いあがろうとしているゾンビたちを粉砕していった。
……そうか、アイツらが上がってきたらまた召喚を妨害されるから、先に機銃を出して排除したってわけね。
機銃によって邪魔なゾンビを掃討できたので、マユリちゃんもいよいよ本命の召喚にかかる。
『……“特設展開——簡易城壁陣地”——効果接続——“特殊効果——即時召喚”』
すると——
神社の敷地全体を囲うように、巨大な光の壁が現れる。
それは、神社を囲う水路のすぐ内側に出現していた。
高さは……六メートルから七メートルは優にあるのではないだろうか。
出現してすぐは光の壁だったそれは、徐々にその全貌を明らかにしていった。
光が晴れたその場に現れていたのは、まさに——城壁だった。
見た目的には石造りの、それこそヨーロッパのお城の城壁といってそのままの外観をしている。
壁は垂直で、上部は平らになっており、通路のようにそこを通ることが出来るようになっていた。
通路の幅はそこそこ広い。——それはすなわち、城壁の厚さもかなりのものがあるということだ。
そんな分厚い城壁が……神社の敷地のその外縁を、ぐるっとまるっと一分の隙間もなく、完全に囲うように出現したのだった。
『——“……えっと、今出てきたのは、マユリちゃんが呼び出した防壁——ってか、城壁だから……みんな、驚かないでいいからね?”』
いやカノさん……それは無理じゃろ……。
これが、驚かないでいられるかよ……。
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことか。
——まあ、結界の穴の方は、これで塞がったと考えて良さそうだけれどね。
カノさん、座布団一枚。
マユリちゃんには……座布団百枚。——いやもう、賞品はなんでも用意させてもらいますので、どうぞよしなに……。