第158話 目には目を、歯には歯を、数には数を——
呪文の詠唱を終えたマナハスが、その魔法を発動した。
『“防御装甲の結界”』
すると、私たちの立っている建物に魔法の効果が発揮されたことが、私にもなんとなく感じられた。
しかし私は、今はそれよりもあるものが気になって目が釘付けになっていた。
「おい、終わったぞ。これで一応は、この建物が攻撃されてもすぐには壊れないだろうと思う——って、カガミン?」
「マナハス……あそこ、分かる?」
「なに——って、なんだ、アイツ……」
建物に防御魔法を施す作業が完了したことを告げるマナハスに、私は“その場所”に指を差しながら返事をする。
マナハスは私の指差す方向を見て、私が見ているものと同じモノを見つけたようだった。
ソイツは、ゾンビたちの群勢の後ろの方から、いつの間にか現れていた。
しかし、一度現れたら、もうその存在を見失うことはない。それほど目立つ姿をしていた。
というより、パッと見でかなりデカい。高さで言うと、そばにいる普通のゾンビと比べてがっつり二倍くらいの高さがある。それは要するに、平均的な成人男性の身長の二倍はあるということで——つまりは、体高が三メートルを優に越えているということを意味していた。
そしてその体つきは、まさに筋骨隆々といった感じで、腕なんか大人の人間の胴と同じか、あるいはそれ以上の太さがありそうだった。
一言で言えば、ソイツはもはや“巨人”だった。
私はソイツに対して、【視点操作】でズームした視界越しに【解析】を使用する。
そうして判明したのは……ソイツはゾンビの亜種のような存在で、おそらくは通常のゾンビより強化された存在だろうということだった。
一見すると、もはやゾンビとは別物だが、アレも一応はゾンビの系列に属しているらしい。
じゃあアレは、ゾンビの上位種というやつか?
てかアイツ、なんていうか……すっごくアレっぽいな。
「ちょ、カガミン……あのデカいのって……」
「どうやら、アレもゾンビの一種みたいだよ、マナハス。たぶん、ゾンビの上位種かなにかなんじゃないかな……?」
「上位種? ってかアイツ、見た目からしてめっちゃ強そうっていうか……なんかヤバそうじゃね?」
「だよね……」
「ちょ、これ、どうすんの……? てかアイツ、マジでなんなん?」
「とりあえず……なんだけどさ」
「お、なになに? ——やっぱ、先制攻撃か?」
「いやまあ、その……アイツの仮称は、“暴君”にしようと思うんだけど、どう?」
「いやそれ完全にアレから取ってんじゃん。——や、まあ、名前なんてどうでもいいってか、ピッタリだし、別にそれでいいけどさ……」
「じゃあ決まりね、アイツのことは今から“暴君”と呼称するから」
なんて会話をマナハスと交わしている間に、“暴君”は行動を開始していた。
ヤツはおもむろに、近くにあった放置車両を持ち上げると——って、車を軽々と持ち上げただと?!
それからヤツは、持ち上げた車を軽々と投げ飛ばした。前線で怪鼠を迎撃している藤川さんたちのところに向けて。
投げ飛ばされた車は空中に放物線を描いて飛んでいき——その向かう先には、機銃に取り付くウサミンの姿が。
車がウサミンに直撃する——と思った直前に、車はウサミンの手前にあった鳥居にぶち当たり、それを薙ぎ倒しつつもその場で止まった。
あ、危なっ——!
てかマジかよ、アイツ車を投げ飛ばしてきたぞっ! どんな怪力だよっ!?
マズいぞ、あんな攻撃を何度もやられたら前線が崩壊する……!
かくなる上は——速攻で殺るしかない!
「マナハス! 今すぐアイツやっちゃって! お願い!」
「——だなっ! よし、任せろ……っ!」
言うが早いか、マナハスは魔法の詠唱を開始する。
しかし“暴君”は、すでに次の車に手をかけると、投げ飛ばす準備をしていた。
『みんな! 次弾が来る! 気をつけてっ!』
私は通信で、前線のメンバー全員に警告する。
だがそれも言い終わるかどうかというタイミングで、ヤツが再びの投擲——猛スピードで飛来する放置車両。
狙いは再びの——機銃。
しかし今はもう、ウサミンの前にはその脅威を止める物は何もない——
『“鏡面円盾”』
だが次の瞬間、ウサミンの前にキラキラと光を反射する盾が複数出現する。
直後、飛来した車が盾に激突——なんとかその衝撃を受け止める。
——あれはっ、シャイニーの使う盾か! おお、なんとか防いだじゃん。
と、喜んだのも束の間、機銃とシャイニーの迎撃が途切れてしまったことで、怪鼠たちの進撃の勢いが増していく……!
——ヤバい、このままじゃ前線が崩壊する……!
「やばっ、ネズミがっ——! ええい、とりあえずこれを喰らえっ!」
詠唱を完了させたらしいマナハスが、そこで魔法を放った。
『“理力の槍”』
マナハスの杖から、青白い光を放つ魔法の大槍が発射される。
その光の大槍は、ここからだとだいぶ遠くに位置する“暴君”めがけて、なかなかの速度で一直線に飛んでいき、外れることなくその巨体に命中——その胸部を貫通した。
「やった!?」
思わずフラグっぽいセリフが私の口から漏れる。
光の大槍は確かにヤツの胸を貫いていた——しかし、ヤツは平然とその場に立ったままだった。
——くそっ、やはりゾンビだと、あの程度では倒せないのか……? って、おいおい!?
ヤツは、マナハスの強力な魔法攻撃を喰らっても平然としていた。いや、それどころか、今まさに胸に開いた穴が塞がっていって——見る間に完治してしまった。
嘘だろっ、再生能力?! そんなものまでっ!?
マジかよ……真っ先に倒したい相手なのに、よりによって高耐久タイプかつ再生能力持ちとは……厄介極まりないな。
どうやって倒す? やはり頭部を狙うべきか? だけど……
「げ、やっぱ倒せてねーじゃん……。てか傷治ってる? 嘘でしょ……?」
「マナハス……その、ピンポイントで頭部を狙ったりとか、できる?」
「……いや、それはちょっと厳しいかも。この距離だし、さすがに……」
「だよね……」
さすがのマナハスの魔法でも、そこまでは無理か……。
——“暴君”も問題だけど、前線の戦況もかなりヤバいわよ。どうするの? 早く対応を決めないとマズいわ……。
カノさんの言うとおり、怪鼠の群勢はこちらの攻撃が途切れたことで勢いを増しており、もはや前線のメンバーが飲み込まれるのは時間の問題だった。
すぐに決断しなければ、彼女たちが危ない。
「マナハス、それなら、あのネズミたちを標的にするとしたら——大規模な攻撃魔法でなんとかならない?」
「……周りごと吹っ飛ばしていいなら、たぶん、いけると思う」
「ならやって、お願い」
「——了解」
言うが早いか、マナハスはすぐに次なる魔法の詠唱を開始する。
『みんな! これから聖女様が、そこの怪鼠の集団に向けて範囲攻撃を行使するから、みんなはすぐにそこから退避して!』
私もすぐに、前線で戦うメンバーに向けて通信を飛ばす。
——とはいえ、前線のメンバーの半分は星兵なので、直接の通信は繋げないのだけれど。
まあ、通信の繋がる三人が口頭で伝えてくれるとは思うけど。
それでも一応、マユリちゃん経由でも伝わるように、彼女とも通信を繋いでおくべきだろうか。
——たぶん彼女も、【五感共有】を使って、いずれかの星兵の目を介して、今もこちらの戦況を把握してくれていると思うのだけれど。
戦況はリアルタイムで刻々と変化している。そこに適宜対応するには、タイムラグがあっては致命的だ。
事ここに至っては、マユリちゃんからのサポートも大いに活用する必要がある。——場合によっては、新たになんらかの星兵なりをこの場に召喚してもらう必要もありそうだ。
私は戦況を素早く確認していく。
前線は——すでに全員が、怪鼠に反撃しつつ後退を開始している。——機銃は移動できないから、すでに召喚を解除していた。遠距離攻撃組がメインで攻撃しつつ後退して、それを近接組が守るような布陣を取っている。私も一応、上から見た状況を適宜伝えて、彼女たちをサポートしていく。
“暴君” は——相変わらず車を投げつけて攻撃してきている。しかし、なんとその車のことごとくを、リコちゃんが自分達に届く前に迎撃して撃ち落としていた。……どうやら、彼女のテニスボールによる攻撃だけは唯一、飛んでくる車の勢いを止められる威力があるようだった。——他のメンバーも迎撃してたけど、銃弾やビームじゃ車を撃ち返すには威力が足りてなかった。
怪鼠の群勢は——ある程度は排除できているが、やはり前線組も後退しながらでは対処が難しいようで、結構な数を撃ち漏らしてしまっている。——機銃が無くなったのも大きい……。
抜けた怪鼠は、あちこちの建物を攻撃したりしているが、中には当然、この建物の方に向かってきているものもいる。ソイツらへの対処は——さて、ついに私の出番がきたか……。
なるべくなら、私自身は戦わずに、ここから周りの状況を確認しておきたいのだけれど。
——今の状況には、指揮官が必要だ……。
私が自ら戦いの場に出たならば、それは不可能になる。
それに、近くで戦うとしても、マナハスのそばを離れるのは不安だし……。
しかし、迷っている暇はない、か。
使えるものはすべて使うべきだ。
「ごめんマナハス、ネズミが来てるからちょっと戦ってくる。なんかあったらすぐ言ってね」
「……分かった、気をつけてね」
そう言って私は、建物の屋根から飛び降りる。
そして、この建物に近づいてくる怪鼠を迎え討つために待ち構える。
マップで敵の位置を確認しつつ、私はマユリちゃんに通信を繋ぐ。——そして、彼女に援軍を召喚できるか尋ねてみる。
「あの、マユリちゃん」
『……はい、なんでしょう、カガミおねえさん』
「えっとね、そのー、出来るなら、援軍というか、追加の戦力を送ってもらえたりすると、嬉しいんだけれど……どうかな?」
喋りつつも視界に怪鼠の姿が見えたので、私は刀を投げつける。——命中。
『分かりました。……それで、追加の戦力は、どんなタイプがいいですか?』
「えっと、そうだね……まあ、一番は数がたくさんいることが理想なんだけれど、そんなにたくさんは無理だろうし……だから、そうね——」
『その……あのネズミの敵を相手にするなら、ちょうどいいのがいるかもしれません』
「え? ほんと?」
さらに二体、視界に入った怪鼠を攻撃する。両手の刀を同時に放つ。
『えっと、【乱生の角ウサギ】という、R3のカードがあるんですが、これは「産乱増殖」という戦技を持っていて……つまり、増えるんです』
「ふ、増える……?」
怪鼠の数がだんだん増えていく。遠くの相手には刀を投げつけて、近くのやつは直接斬り伏せる。
『それに、倒した敵が捕食可能な相手だと、増殖スピードがさらに早くなるので……』
「な、なるほど……?」
片方の刀は投擲用、もう片方は近接用と使い分けて効率的に倒すようにする——繰り返す中で、私の戦い方はどんどんと洗練されていく。
『とりあえず、召喚してみてもいいですか?』
「そ、そうだね、お願いしていいかな?」
もはや投擲というより、一方の刀は常に【飛刀】で操り私から一定範囲を飛び回らせて怪鼠を倒させていく。
飛ばした刀の方の制御は、主にカノさんが担当してくれる。
——うむ、どうやらこのスタイルが、一番効率良くて強いな。
『分かりました。……ただ、その、他の人は忙しそうなので、この子を介して召喚しようと思うんですけど……なので、カガミおねえさんのアイテムポケットにカードを送るので、先にそれを取り出してもらっても……いいですか?』
「う、うん……?」
アイテムポケット? って?
なんて疑問に思った私の視界に、マユリちゃんからアイテムが送られてきたとメッセージが表示される。
——ああ、アイテム欄のことか。
てか、なんかアイテム欄経由で送られてきたんだけど……?
とりあえず、私はその送られたアイテムを呼び出してみる。
すると、私の手元に光と共に一枚のカードが現れた。
内容を確認すると、【偵察鳥】というR1のカードだった。
『では、召喚します……“遠隔召喚——星兵召喚——偵察鳥”』
すると、私の持つカードが光り輝いて……。
光が収まると、そこには複数の猛禽類からなる一騎の星兵がいたのだった。
——な、なるほど……! こんなやり方もあるのか……っ!
マユリちゃんは基本的に、自分のすぐ近くにしか召喚することはできない。
しかし、【遠隔召喚】という機能を使うことで、彼女は自分から離れた場所にも召喚できるようになった。
ただし、その場合に召喚できるのは、すでに召喚した星兵のいる場所(の付近)に限られる。
しかしもう一つ、遠方で、しかも星兵の近くでもない場所にでも召喚する方法があったのだ。——それこそが、今し方やったように、召喚に使うカードそのものを離れた場所に置いて召喚するという方法なのである。
プレイヤー同士なら、離れていてもアイテム欄を介して物資をやり取りできる……サモドラカードも、そうやって送ることができる。
なので彼女は、星兵がいなくてもそこにプレイヤーがいるなら、カード自体をまずはそうやって送ることで、そこで召喚することができる……というわけか。
いやまあ……私も一応、昨日マユリちゃんがプレイヤーになってから能力を検証していた時に、その辺を確認してはいたけれど……。
確かに、中でも【遠隔召喚】はかなり重要な機能だと思って色々と検証したから、二つのやり方に関しては知っていたけれど……。
だけど、カード自体をアイテム欄を使って転送するという発想は、全然思いついてなかったよ。
でも言われてみれば、出来るんだよなぁ……。
そもそも昨日の検証の時点でも、カード自体を遠くに置いて召喚できるかを試そうと最初に思いついたのは、私じゃなくてマユリちゃんだったし。
いやはや……子供の柔軟な発想力は、やっぱり凄いっすわ。
私が(戦いながら)そんな風に感心している間にも、マユリちゃんはテキパキと次の行動に移っていた。
今度は“偵察鳥”を介して、少し離れたところに“乱生の角ウサギ”なる星兵を呼び出す。
——この星兵は……初めて召喚するところを見る。
呼び出された星兵は、一般的なパンダくらいの大きさの角の生えたウサギだった。
すると、そのウサギはすぐに何やらぷるぷる震えると——その場に卵を産み出した。
次々と産み出されていく卵たち——。
あっという間に五つめの卵を産み出したと思った時には、最初の卵がすでに孵っており、その中からは、母体のウサギを一回り小さくしたような角ウサギが出てきたのだった。
な、なるほど……こんなしてどんどん増えていくってわけなのか? コイツらは……
いや、てか、オマエらさ……
ウサギのくせに、卵で増えるのかよ……。




