第157話 タワーディフェンス——in幽ヶ屋神社ステージ
藤川さんからの通信を受けてすぐに、私はマナハスを連れ立って部屋から外に出た。
そして自分の目でも周囲を確認しながら、藤川さんから報告の続きを聞いていく。
「それで、一体何があったの? 藤川さん」
『えっと、周囲を囲っているゾンビたちに、新たな動きがありまして……』
「動き? ——まさか、中に入ってきたの?」
『いえ、そうではないんですが……どうも、外から新しく追加の群勢が来ているみたいなんです』
「追加……って、つまり援軍、ってこと……?」
『はい……それに、そのゾンビの一団の動きが、なんというか、普通とは違うみたいというか、どうも不気味な感じで……』
「ふむ……分かった。とりあえず、自分でも確認してみるよ」
そうこう言っている内に、私は藤川さんたちのいる場所までたどり着いていた。
私を見つけて駆け寄ってくる藤川さんに頷いてみせつつ、私は【視点操作】を使って視点を宙高くに飛ばして、周囲を見渡す。
するとすぐに、藤川さんの言っていた通りの状況を確認することができた。
神社の周囲を取り囲むゾンビの大群——そのさらに外部から、新たにゾンビの一団がやってきていた。
こいつらは——お、おい、なんだ、これは……っ?!
新たにやって来ていた集団の中には、ゾンビだけではなく、ネズミの怪物である怪鼠たちの姿も含まれていた。
いや、怪鼠とは言っても、それもゾンビなのだけど……。まあつまり、死んでゾンビ化した怪鼠だ。そんなゾンビ怪鼠も多数混じっている。
だが、それだけではない。……どうやら、ゾンビ化していない普通の怪鼠も、その中には含まれているようだ。
というより、その“生きている”怪鼠たちは、ゾンビの集団に囲まれている。
——それはまるで、その場から逃げ出すことがないように、閉じ込められているかのようだった。
どうなっているんだ、これは……。
そう、疑問に思わざるをえない。
そもそもゾンビと怪鼠は、お互いに完全に敵対関係にある。——そう、私たちからすればどちらも同じく敵なのだけれど、生けるものと死せるものというこの両者は、越えられない境界で完全に隔てられているのである。
しかし、一度その境界を越えてしまえば……ゾンビは一律にゾンビである。元が人間か、動物か、あるいは怪鼠かは一切関係ない。
ゾンビになってしまえば、元が何であろうと、すべては不死者という名の元に“同じ”存在となる……。
だとしても、今見ている連中の動きには……なんというか、統率のようなものを感じる。
だが、“統率”だと……?
——それはおおよそ、ゾンビとは対極に位置する言葉だと言えるだろう。
なにせ連中は、そもそも知性すら存在しないのだから、規律とは無縁の存在だ。
だが、今やってきている連中は……明らかになんらかの意思のもと、その動きを制御されている。そうとしか思えない動きをしている。
しかし相手は知性のないゾンビなんだぞ? あるとしても、虫けら並みの知能しかない連中だぞ? それが一体、どうやって……。
——知性の有無ではないのかもしれないわ。確かに、ゾンビも虫も大した知性を持ってない点は共通しているけれど、でも虫だって場合によっては、かなり統率された動きをする時もあるわよね。
確かに……アリとかはその典型だ。ハチとかもそうだ。
あんなちっさくて単純な生き物が、しかし人間が驚くほどの統率を発揮することがある。
——いやむしろ、単純だからこそ、特定の要素によって容易く操作できるともいえる。
特定の要素——虫ならフェロモンとか、習性とか、そういうものなんだろうけど……。
ゾンビの場合は、それは……。
と、そこで、集団に動きがあった。
外部からやってきた連中が、神社の周囲を囲う群勢と接触していた。
すると、神社を囲う群勢にも動きが生まれる。
少しずつ……少しずつだが、群勢は移動していく。すると——そこにはなにやら道が生まれようとしていた。
それは、神社へと向かう水路にかかる橋へと通じる道だった。
その道——という名の空間は——ゾンビの大群の中を一つの場所に向けて広がっていった。
その広がりが向かう先、そこにいるのは、周りをゾンビに囲まれ囚われの状態にある、“生きた”怪鼠の集団で——
そう理解した瞬間——まるで雷に撃たれたかのように——私は敵の目的を察した。
まさかっ、こいつら、“生きた”怪鼠を神社の中に送り込もうとしているのか——っ!?
さらに私は気がついた。
そうか、今までは“生きた”怪鼠は神社の内部に入れなかったんだ。周囲をゾンビの大群という壁で囲まれていたから。
だけど、ゾンビがいなければ怪鼠は普通に神社の中に入れる。なぜなら、結界で侵入を防げるのは“死者”であるゾンビだけだから。……“生きた”怪鼠は普通に入ることができる。
水路も壁も乗り越えることができ、扉ですら破れる怪鼠がこれまで神社に侵入しなかったのは、ゾンビの群勢という破ることのできない厚い壁が神社をぐるっと囲っていたからだ。——それこそ、まるで防壁のように。
しかし今はその防壁に、文字通りの“道”が生まれている……。
ぶるり——と私は震える。
それは、こちらへと明確に向けられている殺意に対する恐怖からくる震えか、あるいは——戦いの狼煙が上がったことを感じて奮い立つ精神が起こす武者震いか。
どちらでもいい。どっちにしろ、私がすることは同じだ。
『“総員、戦闘準備——!”』
私は念話で全員にそう通達すると共に、腰の鞘から刀を抜き放つ。
さてどうする? 新たにやってきた怪鼠はかなりの数がいる。あれがいっぺんに来たら、いくらこちらに複数人のプレイヤーがいるのだとしても、さすがに対処しきれない。
——予想される侵入路としては、今のところ“道”の繋がる橋の一つだけよ。ここを通さないようにすれば……。
では橋を落とすか? ——いや、おそらく怪鼠は橋を使わないでも侵入してくる。
連中ならゾンビと違って水路も越えられるし、壁も登れる。どこからでも入ってこられる。
だとすれば、もはや神社への侵入を防ぐのは不可能だ……。
——じゃあ、侵入されることを前提に考えるべきね。とすると問題は……生存者たちかしら。
そう、彼らを襲われるのが一番マズい。
建物の中に立て籠ってもらうとしても、怪鼠が相手ではあっさりと侵入されてしまうだろう……。
とにかく、至急やるべきことは二つ。
まずは、連中の侵攻を妨害する——つまり、時間あたりに侵入してくる数をできる限り減らす。
そして、生存者たちの安全を確保する——少なくとも、一体でも怪鼠が抜けたらアウトって状況になるのはどうにか避けたい。
一つ目に関しては、侵入してくる方向に火力を集中すれば、ある程度は実現できるだろう。
問題は二つ目……生存者を守るためとはいえ、下手に戦力を分断すれば、前述の火力が足りなくなって敵の勢いにのまれてしまうだろう。
ならば必要なのは、単体でかつ、強力な守りを実現できそうな人物。
私が真っ先に思い浮かべたのは、当然のように、聖女マナハスその人だった。——そう、頼りにするのは彼女の持つ“奇跡”の力、魔法の存在だ。
聖女様の魔法なら、きっとなんとかできる……はず!
そう考えた私はさっそく、マナハスに念話で確認する。
『“さてマナハス、どうやらネズミの大群が襲ってくるっぽい感じだよ”』
『“……ああ、マジで、そんな感じだな……。で、どうすんのよ、これ”』
『“それなんだけど……えっと、マナハスってさ、なんか防御系の魔法でさ、生存者のみんなのいる場所を守護れるような、そんな魔法とか、ない?”』
『“守りか……私は迎撃する方じゃなくていいのか?”』
『“そうね、いい感じの魔法があるなら、攻撃よりもむしろ、そっちの方が助かるんじゃないかと思うんだけど”』
『“そうだな……まあ、一つの建物に集まってくれたなら——そこだけくらいなら出来ると思う”』
『“お、マジで? んなら、やってみてくれない?”』
『“いいけど……その魔法使ってる間は、私はその場から動けなくなるから、たぶん”』
『“了解。まあ大丈夫だよ、安心して。もちろんその間は、私はずっとマナハスのそばについているからね”』
よし、マナハスの魔法のおかげで、なんとかなりそうかな……?
そう思ったところで、私の脳内に久しぶりに聞くアナウンスが流れた。
《新たな目標が発生しました》
なっ、ミッションだって? この忙しい時に……って、いやそうか、だからこそのミッションか?
——ええっと……そうね、確認してみたけれど、ミッションの内容としては『この大群を排除して生存者を救え』ってところのようね。
やっぱりね、なら別に問題ないか。
言われなくとも、そもそも今からどうにかするつもりなんだから。
ではとにかく、行動開始だ。
私はすぐに指示を飛ばす。
まずはこの場にいるメンバーに、もうまもなく“道”が開通して突撃してきそうなネズミどもの迎撃をお願いする。
具体的なメンバーは、藤川さん、シャイニー、ウサミン(+機銃)、南雲さん、リコちゃん、そしてアンジー。
——ウサミンには機銃を使ってもらうので、ここに到着した際に一度召喚を解除していた機銃を、またマユリちゃんに召喚してもらう。
——もちろん、マユリちゃんはこの場にはいないのだが、しかし彼女は武器の改造により搭載した【遠隔召喚】の機能により、現地の星兵を介すれば離れた場所からでもこの場に召喚することが可能なのだった。
このメンツの中でもメイン火力になってもらうのは、遠距離攻撃を持つメンバーだ。——藤川さん、シャイニー、ウサミン、そして一応、リコちゃんも。
近接の二人、南雲さんとアンジーは、無理せずサポートに回ってもらい、四人の攻撃から漏れた対象を仕留めてもらう。
そんな指示を私が出している裏では、カノさんが幽ヶ屋さんに繋いで、生存者を取り急ぎ一つの建物の中に誘導するようお願いしていた。
そして、それが終わったら、出来れば幽ヶ屋さんにも迎撃に参加してもらいたいということも、一応言っておいた。
指示を出し終わるのも待たずに(以降は通信にて指示を出しながら)、私とマナハスは、この場にいた非戦闘員である救出された家族の人たちを一緒に連れて移動を開始する。
向かう先は、幽ヶ屋さんに指定された建物のある場所だ。
ここは元から大人数が集まれる場所として使われていたらしく、大多数の生存者は元からここにいたらしい。それに、ここは神社の中心部なので一番安全だろうということで、今この神社にいる生存者を全員ここに集めることになった。
私とマナハスは、連れてきた人たちに建物の中に入ってもらうと、自分たちは建物の屋根の上に登った。
そして、全員が集められたことが確認されたところで、聖女様にはさっそく守護の魔法に取り掛かってもらう。
右手に杖、左手に魔導書を持ち集中し始めたマナハスを尻目に、私は前線の戦況を確認していく。
前線では、すでに戦闘が始まっていた。
橋のある場所に向けて怪鼠の大群が押し寄せてきて——そこに、こちらからの攻撃が殺到している。
群勢の真正面に位置しているのはウサミンで、地面に設置された機銃を情け容赦なくぶっ放しまくっている。
もはや音を消すこともしていないので、少し離れたこの場所にも、凄まじい連射による爆音が届いてきていた。
しかし、その音からも想像できる連射の威力は圧倒的で、空気を切り裂き猛進する弾丸を食らった怪鼠どもは、まるで紙くずのように肉片を撒き散らしながら四散していた。
その隣では、ARをMGに形態変化させた藤川さんが、ウサミンの機銃に勝るとも劣らない猛威を振るっていた。
断続的に響く轟音と、とんでもない速度で発射されていく弾丸の雨が、これまた怪鼠どもを次々に挽き肉へと変えていく。
ウサミンを挟んで藤川さんの反対側では、シャイニーが眩しくキラキラと光り輝いていた。
もちろん、彼女はただ光っているだけではない。光属性のレーザー光線のような攻撃をバンバンと怪鼠に向けて放っている。
光線は数体の怪鼠を貫いてなお余りある威力があるようで、一条の光が通り抜けたあとには、複数体の怪鼠が力尽きてその場に崩れ落ちているのだった。
さらにその隣にいるリコちゃんは、複数のボールを同時に打ち出してラリーをしていた。
まるでジャグリングでもこなしているかのように——順番に打っては、戻ってくるボールをまた打ち返していく。
かなり連続的かつ早いペースで打ち出されていくボールは、一つ一つにこれまた複数体の怪鼠を吹き飛ばして余りある威力が込められており、低空を這うように乱れ飛ぶボールを食らった怪鼠は一撃で砕け散っていた。——いやマジで、攻撃の威力としては、この子のテニスボールが一番強いみたいなんだけど……。
そして、メイン火力となっているそんな四人の後ろでは、残る二人が後衛として撃ち漏らした怪鼠を排除していた。
南雲さんは右側から抜けてくる怪鼠を、得意の薙刀で一体ずつ確実に排除していく。
左側ではアンジーが、自前の魔剣を振るって怪鼠を駆除している。
現状はそれでなんとか、怪鼠の群勢に対処することができていた。
しかし、その拮抗のバランスは、見ていて危ういくらいにギリギリで、まるで余裕がない。
というより——このままではすぐに拮抗は崩れ去る。
なぜなら、この拮抗状態はあくまで、各人の最高火力が発揮されているからこその結果なので。
いずれ確実に、火力は落ちる。——弾切れという弱点のある銃という武器が、その火力の一翼を担っている以上。
いや、銃以外のメンツだって、スタミナなりなんなりの限界はいずれくる。ならばどっちにしろ、火力は足りていないということだ。
どうする……私が行ったところで——いや、そう、近接の私ではさしたる加勢にはならない。
それにそもそも、私はマナハスのそばを離れるわけにはいかない。
ではやはり、マナハスを最初からあそこに投入しておくべきだったか……?
確かに、マナハスがいればその分だけ余裕ができるだろうから、なんとかなるかもしれないが——。
だが、不測の事態を考えると、備えは必要だ。
なにせ、敵の攻撃がこれだけで終わるとは限らないのだから。
その予想が、まさに的中したのか——。
マナハスからの魔法の発動が完了したことを告げる発言と同時に——その時、敵の群勢の中で新たな動きがあった。