第155話 ささやき - いのり - えいしょう - ねんじろ!!
間に合わなかったか……。
高橋家にたどり着いた私たちだったが、あと一歩のところで到着が間に合わず、一家の父親であろう男性の無惨な死体と対面することになった。
母親であろう女性と、マユリちゃんの友達であろう女の子の方は、ギリギリ間に合って無事だったのだけれど。
まあ、こっちの二人が無事だっただけでも僥倖というべきか。
それに——このお父さんについても、もしかしたら……
——そうね、一応、まだ可能性は残ってるみたいよ。
私の視界には、【解析】により、この父親の遺体の詳しい状態が表示されていた。
それによると……確かに、可能性は残っている。
ただし、その可能性も、刻一刻と減っていっているのだけれど。
——すぐに決めるべきね。やるのか、やらないのか。
……まあ、事ここに至っては、やっぱり、やるしかないでしょう。
そうと決まれば——とりあえず、実行部分は聖女様にやってもらうとするかな。
◆
それから、高橋家を後にした私たちは、すぐに次の目的地である幽ヶ屋神社に向かった。
アンジーが運転する私たちの車の後ろに、高橋家の(一名を除く)全員が乗った車も、ちゃんとついてきている。
あの後色々あったし、というか、あんなことがあったんだから、一家は当初、めちゃくちゃ動揺していたというか、むしろ発狂とすら表現できそうなくらいの様子だったのだけれど。
でもまあ急いでいたので、そこは聖女の奇跡ガーと適当に言いくるめてから、サッサとここまで連れてきたんだけど。
さて、道中は特に問題もなく、無事に我々は幽ヶ屋神社の前までたどり着いた。
神社まではまだ少し距離がある。まあ、それも当然だ。なぜなら今の神社は、数えきれないくらいに大量のゾンビに完全に包囲されているから。……このまま近寄ることはできない。
うーむ、通信で聞いてはいたけれど、実際に見ると、マジでとんでもねぇ光景だわ、こりゃ……。
私はそんな風な感想を抱きつつ、車から降りる。
そして、状況を確認するために、こちらも神社より少し離れた場所で待機していた、「巫女組」に合流した。
彼女たちと合流して、私は現在の状況を報告してもらう。
一応、移動中も軽く通信で話はしていたけど、改めての確認だ。
そうして軽く現状確認をした私は、話し合いもそこそこに、すぐに次の行動に移る。
——現状について、私が把握できた範疇で判断するなら、まずは急いで幽ヶ屋さんの元に向かう必要があった。
実は、幽ヶ屋さんとは、神社の中に入ってからは通信が繋がらなくなっているのだ。
いや、通信が繋がらないというよりは、繋がるけど彼女が応じない、という感じか。
なので、幽ヶ屋さん本人から中の様子を聞くことはできなかった。
ただ、神社の中に入っていったのは彼女だけではなく、もう一人いるのだ。そう、輝咲さんが。
なので私は、彼女と連絡を取って向こうの様子を確認していた。
輝咲さんはプレイヤーではないので、私が直に通信を繋ぐことはできない。
だが彼女は召喚者であるマユリちゃんとは常に繋がっていて、いつでも相互に通信ができる。
そして、マユリちゃんとは私もプレイヤー同士の通信が可能なので、マユリちゃんを介すれば輝咲さんとは連絡を取り合えるのだ。
伝言形式なので若干のやりにくさはあったが、私は輝咲さん経由で大体の情報を受け取ることができた。
……そしてその中には、幽ヶ屋さんのお父さんの訃報についてもあった。
幽ヶ屋さんと連絡が取れないのは……つまりは、そういうことなのか……。
そんな風に考えつつも、その頃には用意も終わっていたので、私はいよいよ神社の中に向かう。
正直言って、神社の周りがこの状況なら、もはや中に入るのはやめた方がいいのではと思うくらいなのだけれど。
しかし、神社の中には幽ヶ屋さんの家族だけではなく、会長さんの家族も含めた他の避難者たちもたくさんいるのだ。
そんな彼らを助けるためには、結局はこの状況をどうにかするしかない。
そうと決まれば、戦力を分散するのは愚策でしかないので、この場の全員でまずは内部に入ることにした。
とはいえ、今の神社はゾンビに囲まれているので、普通に入ろうとしても入ることはできない。
では、どうやって中に入ったのかというと……空を飛んでいった。
さらに具体的に言うならば、聖女様の魔法を使って車ごと浮かせて、宙を進んでゾンビの大群を越えて中に入った——という感じ。
なんというか、『魔法使い』のジョブを獲得した今のマナハスなら、こんな状況すらそんな感じで、あっさりと力技で解決できちゃうみたいなんだよね。
以前のマナハスは、私と二人だけで少しの距離を飛ぶのにも苦労していたけれど、今はもうこんな風に、車ごと何台も浮かせて一気に飛ばすことも可能なのであった。
——まあ、そんな風に“まさに奇跡”って感じの運ばれ方をした助けられたそれぞれのご家族の皆さんは、当然のように大変驚いた様子だったけれどね……。
とまあ、そんな感じで——聖女さまのおかげで安全かつ優雅に神社の内部に入ることが出来た私は、まず真っ先に幽ヶ屋さんの元へ向かう。
他のメンツはとりあえずその場(着陸した境内)に残して、私はマナハスと二人で神社の社務所の方を目指す。
幽ヶ屋さんの反応はマップに映っているので、迷うことはない。
なので私はすぐに、彼女がいるであろう襖で区切られた部屋の前にたどり着いた。
部屋の入り口の襖の前には、二人の人物がいた。
そのうちの一人は、変身を解いて制服姿になっている輝咲さん。
そしてもう一人は……幽ヶ屋さんによく似た大人の女性。
二人は私たちの到着に気がついて、こちらを向いた。
私は歩きながら、輝咲さんに手短に確認する。
「輝咲さん。幽ヶ屋さんと——彼女のお父さんは、この中ですか?」
「あ、火神さん……ええ、そうです」
「分かりました」
私はさっそく、中に入ろうと襖に手をかける。
そんな私に、幽ヶ屋さんによく似た大人の女性——おそらくは幽ヶ屋さんのお母さんだろうか——が反応した。
「あっ、ちょ、ちょっと——!」
「すみません、急いでいますので」
しかし私はそれに取り合わず、襖を開いて中に入る。
中はそれなりに広い和室だった。
部屋の中央に布団が敷いてあり、そこに寝ている人が一人。
どんな人物かは窺い知れない。——その顔に白い布が掛けられているから。
布団の脇には、座り込んで俯いている幽ヶ屋さんの姿もあった。
私たちが入ってきても、幽ヶ屋さんは何も反応しない。
「あの……幽ヶ屋さん」
声をかけても——やはり、無反応。
私は布団の枕元まで進み、そこでしゃがみ込むと、顔にかけられた白い布を外した。
露わになったのは、幽ヶ屋さんによく似た男性の顔。——ただし、その顔色はとても青白く、生気は一切感じられない。
私は【解析】のスキルを発動する。
とにかくまずは、これを使ってみてからだ。
場合によっては、あるいは——手の打ちようがあるかもしれないので。
【解析】の結果が出る……と——
私はその結果に自分でも驚く。
これは……一体どういうこと……?
死体はとても綺麗で、外傷は見当たらない。【解析】でも、死因は判明しなかった。
死因が分からないことが不思議なのか——そういうわけではない。いや、そもそも今の情勢では、死因がなんであれ、死んだ人間は死んだままではいられないはずなのだ。
だから、死者がこうして静かに横たわっている以上、本来ならば、その死因——あるいは状態として、頭部に対する損傷が無いのはおかしい。
——もちろん、火を使った形跡もない。
だが結果として、目の前の死体は、特に損傷の見当たらない、いたって綺麗な状態で存在していた。
しかし、それ故に……私が気にしているとある項目に関しても、かなり高い成功率を示しているのだった。
……理由はよく分からないけれど、これだけの成功率が出ているなら、やってみるっきゃないね。
私は隣のマナハスを見て、一つ頷く。
そして彼女に、そのアイテムを渡した。
受け取ったマナハスは、私と反対側の枕元に立った。
私は一歩引いて、その場を見渡す。
部屋の中には、こちらを見てくる顔が三つ。
幽ヶ屋さんのお母さんらしき女性も今は部屋の中まで来ており、こちらを何事かと見ている。輝咲さんも、その隣にいた。
そして幽ヶ屋さんも——今は俯いていた顔を上げて、こちらを見ていた。
私は口を開くと、ゆっくりと言葉を発する。
「それでは……これより、聖女様によって『蘇生の儀』が執り行われますので、皆さん、静粛に……。どうか、成功を天にお祈りください」
そんな私の言葉を受けても、しかし、誰も何も言わない。——呆然としているともいう。
私は気にせず続ける。
「では聖女様……お願いします」
その声を契機に、マナハスが手の中のブツ——今の私の手持ちには限られた数しかない、極めて希少な存在である——“蘇生アイテム”を使用する。
すると——
部屋の中、布団に横たわる死体の上に、天上より強烈な光が降り注いでいく……。
その光は、あまりにも荘厳であり——誰もが一目で、その光の性質を理解することができるだけの威容を備えていた。
それすなわち……常識を覆す、“死者の蘇生”という奇跡を起こすに相応しいだけの威容を……!
そんな、眩しくも神々しい光の威容にのまれている人たち(なぜかマナハス本人も含む)を尻目に、私は心の中で強く念じていた。
——頼む……成功してくれ……!
【解析】によると、蘇生の成功率は87%と出ていた。
そうそう失敗しないだろう確率だったけれど……アイテムの希少性を思うと、祈らざるをえない。
だってこれ、おいそれと買える値段じゃねーんだもん。
今持ってるのは全部、達成報酬とかで手に入れた分だし。
あまりにもデカい……失敗した場合に受けるショックが。
だから頼む……頼む……ッ!!
私の祈りは、果たして天に通じたのだろうか——
やがて、天上より降り注いでいた光は収まった。
恐る恐る……私は結果を確認しようと、【解析】を発動する——いや、その前に、閉じられていた彼の目が開いた。
彼はゆっくりと、その体を起こす。
そして、周囲を見渡し……その瞳が、彼女を捉えた。
彼女——自分を蘇らせた、崇高なる慈愛の聖女を。
彼はすぐさま居住まいを正すと、マナハスに向けて深々と頭を下げた。
「まさか……このようなことが我が身に起ころうとは……思っていませんでした。——死者を蘇らせるなど。にわかには信じがたい……我が身で体験した、今でも。
ですが、私ははっきりと感じておりました。そして、見ておりました。死して肉体を離れ、霊魂となってなお、この両の目でしかと……貴女様の、尋常ではないその“奇跡”の御技を……。
どうか……私めに、いと尊きその御名をお教え願えますでしょうか……? ——この胸に、一生刻んでおくために。
お願いいたします、なにとぞ……」
「こちらのお方は、聖女様です。畏れ多くも、私からお教えしてさしあげましょう。彼女のその、いと尊き御名は——マナハス様とおっしゃいます」
「なるほど……! 聖女……マナハス様……!!」
マナハスが何か言う前に、私はすかさずそう答えたのだった。
「聖女様、マナハス様……。私はこれより、貴女様に心よりの忠誠を誓わせていただきます。これよりは、私の命も使命も、すべてを貴女様に捧げます。どうぞ、私のことは、忠実なる僕だとご理解ください」
彼は続けて、そんな風に宣言する。
その様子を見るに……マナハスにより蘇生されたことによって、彼がこの上ない感銘を受けているのは明白だった。
まあ、それも当然か。
だって、ガチで死んでいたんだもん。そして、そっから蘇生されたんだもん。そりゃあ、驚いて平伏もしようというものだわ。それが当然の反応だわ。
でもまあ……そうは言っても相手が相手だから、当初はちょっと不安な部分もあったんだよね。
なんせこの人の娘さんが娘さんなので、父親の方もさぞや浮世離れした存在なんじゃねーの——って懸念していたのだ、私は。
——実際さっきも、なんかさらっと、自分で自分が蘇生されるとこ上から見てましたとかなんとか……言っていなかった?
場合によっては、学校の教師なんて目じゃないレベルの難敵として聖女様の前に立ち塞がる——なんてこともあるんじゃないのかなーなんて思っていたのだ。
聖女ムーブが効かない相手だと、色々と説得したりするのが大変だろうしさぁ……。
でもこの様子なら……どうやら問題なさそうだ。
やっぱりというか、どうもこのお父さんの方もバリバリ霊能力とか使えるっぽい感じだけど……だが今の彼は、聖女様の威光の前に完全に平伏している様子。
これなら——ここの人たちを取りまとめるにも、聖女様の意向に逆らうことはなかろう。いやはや、スムーズにいきそうで何よりだ。
さて、それじゃ、色々と確認したいこともあるし、まずは情報の共有からかな。
このお父さんの様子なら、こちらを子供と侮ったり、正体を怪しんで渋ることもなく、聞いたことにはなんでも素直に応えてくれるだろう。
んじゃさっそく、これからどうするのかについて、サクサク決めていくとしますかね。