第151話 夜明けを告げる、そはまさに、希望の光——
皆を恐怖のどん底に叩き落としたゴーストは、我らが聖女様の活躍により、完全に討伐された——。
なんとかゴーストを撃退した私たちだったが、それからも大変だった。
大騒乱の原因たるゴーストを倒したとはいえ、それですぐにパニックを起こした群衆が落ち着くわけでもなく、騒ぎを収めるためには、さらにそれなりの時間が必要だった。
我々の尽力により、ゴーストにより直接的な被害を受けた人はいなかったものの、騒ぎの混乱の中で怪我をした人なんかも少なからず存在した。
なので、そんな人たちに対するアフターケアにも対応する必要があった。
とはいえ、我々には癒しの奇跡を使える聖女様がついているので、怪我人の治療に関しても、問題なく対処することは可能だった。
とまあ、そうこうしている間に、ようやくその場にも落ち着きが戻ってきた。
そうなると、次に問題となるのは、そもそもこんな時間に起き出すことになった理由である、例の事件についてだった。
結局、ゴーストの出現によって、あの事件については、きちんと収拾をつける前にうやむやになっていたので、落ち着いたところで改めて、どう対応するのかが話し合われた。
とはいえ、私としても、これ以上グダグダと時間をかけたくは無かったので、聖女様の強権を発動して早々に収めることにした。
そこでまずやったことは、容疑に関してを白黒はっきりさせることだった。
これに関しては、当初の思いつきの通りに、幽ヶ屋さんに“霊視”をしてもらうことで解決した。
容疑者の男性に対して霊視を使ってもらうことで、強制的に証言の真偽を判定したのだ。
まあ、普通ならいきなり——こちらの巫女さんの“霊視”によって真偽が判定できます! とか言い出しても、——なに言ってんだコイツ……? としかならないと思うけれど。
だが、そこで活きてくるのが、さっきのゴースト騒動なのである。
この場の全員が、幽ヶ屋さんがゴーストに対して毅然として立ち向かったのを目撃している。
さらには、最終的にゴーストを(華麗に)撃退したことで、さらに名声を高めていた(——あるいは、美味しいところを全部持っていったとも言えるけれど)聖女様からの、彼女の能力は本物です——というお墨付きもあった。
とまあ、そこまでの前提があれば、幽ヶ屋さんが特殊な能力によってそんな真似ができると言われても、——ああ、そうなんですね、とみんなも納得できるというものだ。
なので私は、その辺のお膳立てをした上で、幽ヶ屋さんに容疑者の男性を“霊視”してもらうことにした。
ただまあ、そうは言っても、さすがに当事者本人の意思を無視するのはどうかと思ったので、容疑者の男性本人の許可もちゃんと取ったけどね。
——そう、この彼が“霊視”を受けるのを拒否した場合は、私は強行するつもりはなかった。
しかし、当の男性本人は「無実を証明できるなら、やってください」と、はっきりと宣言した。
渋られたら面倒だな……なんて思っていたけれど、彼は二つ返事で了承してくれた。
そんな彼の様子をみるに——それは、自身の潔白を信じているからこその行動のように私は感じた。
あるいは——あるいはそう、あのゴースト騒ぎを越えて、彼は何かが吹っ切れたのかもしれない。
私たちからの要請に応えた彼の様子は、それまでの気弱そうな調子からは打って変わって、なんだか泰然とした印象に変わっていた。
そう、その時の彼は、もはやいっそ、堂々としていると言えるくらいの佇まいで——
そして、まるで隠すことなく、濡れたズボンを衆目に晒していた。
——……まあ、元々トイレに行きたかったって話だったしね……
そうだね……
……そんな彼が、ゴーストの出現という恐怖により失禁してしまったとしても、それは仕方のないことだろう……。
というか、彼以外にも、他にも何人かいたしね、そういう人。
もちろん、そのまま“霊視”をやるのは、やる方にもやられる方にも悲劇でしかないので……彼にはちゃんと着替えてもらって、それから“霊視”は行われた。
幽ヶ屋さんは、今回は私の時のようにお互いに額を突き合わせるのではなく、男性の頭に自らの手を置くような格好で、“霊視”を行っていた。
そして……“霊視”は無事に終わり、幽ヶ屋さんは、男性の証言の真偽をその能力により判定することに成功した。
そして、判明した事件の真相は——男性の証言は真実であり、事件はあくまで、暗い中を動いたことで起こった不幸な事故であった——ということが証明された。
そんな幽ヶ屋さんの判定と、「事故とはいえ、不快な思いをさせて申し訳ない」という男性からの真摯な謝罪を受けては——被害者女子も、その事実判定と謝罪を受け入れていた。
というわけで、一連の騒動については、ようやくのこと、一件落着で幕を下ろしたのだった。
なかなかに時間がかかったけれど、ようやく騒動も解決したので、もう私はすぐにでも眠りにつきたかったのだけれど……それからも、いくつかの事後処理が残っていた。
まず、ひとまずの事故再発防止策として、避難者たちには男女別になって寝てもらうことにした。
まあ本来、できるなら最初からそうしておくべきだったのだが、体育館の中で避難者全員が入るのなんて大広間しかなかったし、そこには仕切りになるものも特に無かったので、完全な分断はそもそも不可能だった。
なので、とりあえずは左右にエリアだけ分けて、男女別になってもらうことにした。
——家族連れなど、男女混合のグループに関しては、中央部分に集めた。
こうしておけば、少なくとも次に同様の事件が起きた際には、それが事故だったと弁解することは出来なくなる。
——トイレに行く際には、わざわざ異性の居るエリアを通らなくても行けるようになっているので。
その上で、ドローン君に体育館の中を(暗視+録画で)監視してもらうことにしたので、次はもう言い逃れはできない。
……まあ、そもそも、わざわざこんなことまでしなくても——寝る前にちゃんとトイレに行っておくなり、行くなら行くでちゃんとライトで照らしながら行くなりすりゃあいい話じゃね? って気もするけれど……
——まあ、寝る前にはトイレにちゃんと行っておかないと、何かの拍子に悲惨な出来事が起こるかもしれないというのが、みんなすでに身に染みていると思うから、次からは大丈夫かな……?
深夜のトイレ問題に関しては、とりあえずそれでいいとして。
お次に、もっと重要な問題についても、考える必要があった。
その問題とは……この避難所の、そもそもの安全性についてだ。
従来は——「守護君」さえ設置しておけば、この体育館はゾンビはもちろん、怪獣にだってある程度は対抗できる安全な避難場所になっていると、私はそう認識していた。
しかし、そんな体育館の中にもあっさりと侵入できるゴーストという新たな敵が現れたことで、その安全神話は早くも崩れ去ってしまっていた。
もちろん私も、出来ることなら、ゴーストに対抗する防衛策を新たに打ち出したいところではあったけれども……
いや、色々と考えてはみたけど——ぜんっぜん、まったく、マジでなんにも思いつかなかった……
——いや、まあ、思いつかないというかさ、そもそも対抗策なんて存在しねぇんよ……
だって相手は——まず普通に目で見ることも出来ないし、そしてバリアすら無視して壁も貫通してくるし、さらには宙にも浮けて自在に飛行できるようなヤツやぞ……?
いや、そんなんマジで、どないせいっちゅうねん……!
まあ一応……なんとか対策を(無理やり)捻り出すとすれば、よ……?
まず——確実に相手を発見できるのが、現状では幽ヶ屋さんしかいないので……彼女に一晩中寝ないで見張りをしてもらう。
そして、ゴーストが侵入できない——かもしれない場所の心当たりとして、可能性があるとすれば、現状では(一応は異空間に存在しているらしい)例の“秘密の地下室”しかないので、有事の際には、みんなにはそこに避難してもらうようにする。
その上で、もしもゴーストが現れた際には、聖女様を筆頭とした魔法組に総出で退治してもらう。
……とまあ、そんな風に考えてみたけれど、結局はそれですら問題だらけだった。
まず、幽ヶ屋さん一人に徹夜させている時点で鬼畜の所業であるし……(彼女はゴースト退治の一番の功労者だというのに……)
地下室にしても、ゴーストが本当に侵入できないという保証はない。そもそも、たくさんいる避難者の全員が入れるほどの空間的な広さがあるのかという点についても、大いに疑問があるし……
そして、先ほどは確かに撃退に成功したとはいえ、次も上手くいくという保証もなかった。——中でも一番の懸念は、輝咲さんが例の陽光球の魔法を(ほとんど使い切ってしまったので)もう使えないらしい、という点だ。
まあ、そうは言っても、なんの対策もしないというのでは、みんなも納得しないというか安心できないだろう。
そもそもが、避難者たちの間に不安が広がってしまうという、それ自体が大きな問題なのだ。
なので、そこはもう、無理やりにでも安心させる必要があるだろう。
ということで私は、なんとか現実的に可能な対策についてを実行することにした。
とりあえず、避難者の方たちに対しては——聖女様がいれば再び何かが起ころうとも何も問題はないので安心してください——と、まずは根拠のない太鼓判を押しておいて。
それに加えて——有事の際に先ほどのようにパニックを起こされると困るので、次に何かあった時には、慌てず騒がず、指示に従い、速やかに地下に避難してください——と言って、例の地下室を周知しておいた。
まあ、下手に色々と説明するのも面倒であるし、一応は逃げる場所がちゃんとあるのだと分かれば、それで安心できるだろうと思ったので——地下室については最低限の説明をしておくにとどめた。
避難者についてはそれでいいとして、あとは実際に、マジでまたゴーストが現れた時の対策についてだけど……
これに関しては、もう……その時にはみんなで一丸となって、全力で対処に当たる——くらいしかできることはない。
出来るだけ警戒しつつ、もう来ないことを祈りつつ、早く朝が来ることを待ち望む——
私たちに出来るのは、もう、それくらいしかない……
だけど最終的には、それらの心配も杞憂に終わることになった。
いやね、その辺りのアレコレをやっている間に、実のところ、かなりの時間が経過していたので……
諸々の事後処理をどうにかすべて終わらせて、——さて、これでようやく休めるぞ……! となった時には……
すでに夜が明けて、もう空が白み始める頃合いだったのである……。
そうして私たちは、結果的には徹夜したことになったのであった。
顔を出す朝日を見ては、——結局は徹夜する羽目になったな……という徒労感もあったけど、しかしそれと同時に、多大なる安堵感が全身を包んでいくような感覚もまた存在していた。
なぜなら、朝になって太陽が世界を照らし出したということは、それ即ち、夜の眷属たるゴーストがもう表に出てこれないということを意味していたので……
——これでようやく、安心して寝ることができる……
朝を告げる暖かな陽光を見て、私はそう思ったのだった。
……いや、まあ、今日も色々と予定は詰まっているし、早いうちから行動を開始するに越したことはないんだろうけれど、さ……
今は、今だけは……お願い、少しだけ休ませてくれ……
少しだけ、ほんの一眠りしたら、ちゃんと起きて一日を開始するから……
私は誰にともなく、そんな言い訳を心の内でぼやきながら——
朝日を背に、聖女様と一緒に——再びベッドの中に潜り込んだのだった……。




