第148話 深夜に忍び寄る影……
お風呂から上がったらすでにいい時間だったので、今日は早々に寝てしまうことにした。
夜はゾンビも活性化するし……もう大人しく寝るに限りますよ。
寝る場所に関しては——なんならこのまま、あの地下室で寝てもいいかとも思ったんだけど……さすがに謎の空間で一夜を明かすのは、それはそれで不安だったので、やっぱり普通の部屋で寝ることにした。
片付けておいた例の部屋にベッドを設置して、私とマナハスと、あと藤川さんと藤川ママンも、今日は一緒の部屋で寝ることになった。
——まあ、藤川さんも今日は私たちと一緒がいいって言ったので、それでママンだけ向こうに一人にするのもアレだったので。
ベッドを二つ出して、私とマナハス、藤川さんとママンでそれぞれ使う。
ママンも一緒の部屋に寝るので、「今日は別々のベッドに寝る?」って感じのことを、私はマナハスに言ったんだけど、そしたらマナハスは「別に……一緒のベッドでいいじゃん」とか言ってきたので……んんっ——キュン♡ ってしちゃいました……♡
はい……これで今日もマナハス抱き枕で寝ることができます。——神に感謝!
ちなみに、私たち以外の他のメンバーも、今日は別室でそれぞれ寝ることなった。
——マユリちゃんと越前さん、それから幽ヶ屋さんのパーティーと会長さんたち。
彼ら彼女らも、これからは聖女様に連なるものとして、一般人とは違う扱いをするという感じだ。
まあ、避難者たちの中に混ざるよりは、そちらの方がお互いに良かろうと思って。
そもそも、聖女様は民草と一緒の場所ではいけないし、となると、それに近しいメンバーも別の場所に——ということだね。
まあ……向こうも向こうで、我々がいたら緊張して、落ち着いて寝れないかもだしね。
ちなみに、輝咲さんについては、寝ずの番として体育館の中で警戒に当たってもらっている。
——いや、なんか、召喚された身である彼女には、そもそも睡眠が必要ないらしいので……
それなら——ということで、そういうことになった。
さらに、私のドローン君と、“夜警蝙蝠”とかいうあの星兵にも、外を警戒してもらっている。
ここまで厳重に警戒しているので、私としても、今日はぐっすり眠れそうだな、という感じ。
——まあ一応、今日もマップのアラートはやっておくけどね。
と、まあ、そんな感じで——
お風呂でさっぱりもできたし、警戒も万全だし、で……私は、昨日よりはだいぶ落ち着いた状態で、今日は早めに就寝することが出来たのだった。
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——
Zz……
Zz……
Zz……
——
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『——さん、火神さん、起きて——、起きてください……!』
…………。
…………っ、——はっ、何……?!
私は、微睡から覚醒した。
目を開けたが、視界は真っ暗だった。
え、何……?
てか、いま何時……?
——……今は、まだ夜よ……。というか、完全に深夜ね。午前二時くらい……そうね、ちょうど、丑三つ時、というやつかしら……。
アラーム——じゃなくて、例のアラートじゃないよね……?
なんか聞こえた気がしたんだけど。
——違うわね。通信よ。相手は……幽ヶ屋さんからみたいだけど。
幽ヶ屋さん……?
と、その時、再び私の頭の中に声が響いた。
『火神さん、すみません、すぐに起きてください!』
「あっ、えっと……幽ヶ屋さん?」
『あ、火神さん! ——よかった、起きてくれたんですね。すみません、こんな夜分遅くに起こしてしまって……』
「いえ……、えっと……それで、一体なにが……?」
『あ、はい、それがですね……、——あ、いや、でも、できれば直接、来てもらってからの方がいいかな……』
「……んーと、それじゃ……準備したらそちらに向かいます。——えっと、緊急の用件ですか?」
『あ、いえ、そんなに急ぐわけでは……。でも、ちょっと、火神さんにも判断して欲しくて……』
「……わかりました。とりあえず、話はそちらに向かってから聞きます。えっと、今どこですか?」
『今は体育館の大広間にいます』
「了解しました」
それから私は、話し声で起きたマナハスと、同じく藤川さんを連れて、(例の軍服コスなどにそれぞれ着替えてから)、幽ヶ屋さんの待つ場所へ向かった。
体育館の大広間へと降りていくと、そこはすでに電気が灯されていた。
多くの人がいる中の一角——何やらそこに、何人かの人が密集して騒いでいる。
その中に、会長さんや幽ヶ屋さん、それから彼女のサーヴァントである南雲さんとリコちゃんの二人と、越前さんとマユリちゃんと、あと輝咲さんの姿もあった。
私たちがたどり着くと、幽ヶ屋さんが話しかけてきた。
「あっ、火神さん……」
「えーっと、これは……なんの騒ぎですか?」
私たちがたどり着いた一角では、今もなにやら、避難者同士が言い争いをしている様子だった。
「あ、えっと……説明します。実は——」
幽ヶ屋さんは、事の次第を私に語ってくれた。
その内容を要約すると——
なにやら、寝ていた女子生徒に男性が襲いかかるという事件が起こったのだという。
その際に被害者が騒ぎ立てたので、にわかにみんなが起き出して……そして、今の状態になったらしい。
ただ、襲われたというのはあくまで被害者の女子生徒側の主張で、容疑者の男性側の主張としては——トイレに起きたけど暗い中で足元がよく見えなくて、進んでいる内に何かのアクシデントが起きて、それでどうやら襲いかかったと誤解された——などと供述しているようであった。
まあ、その辺の話を整理するのに、なかなかの労力がすでに支払われたみたいだけれど。
女子生徒は襲われた恐怖と怒りでヒートアップしていたし、男性は男性で、最初はしどろもどろに要領を得ない弁解を繰り返していたみたいだし。
初めにそんな事態に気がついたのは、寝ずの番をしていた輝咲さんで、最初は彼女が仲裁に入っていたけれど、それでは埒があかなかったので、(マユリちゃんを通して)会長さんや幽ヶ屋さんを呼んだのだという。
まあ、それでも収まらずに、結局は私まで呼び出されたみたいだけれど。
いや、まあ、こんな騒ぎが起きてる中で、自分だけ寝てるのもどうかと思うので……まあ、いいんですけど。
まあでも、会長さんもこの程度の騒ぎなら、おそらくは自分の手で解決できるのだとは思う。
それでも私たちを呼んだのは、一応はこの避難所のリーダーは聖女様ということになっているので、呼ばないわけにもいかないから、ということなんだろう。
実際のところ、会長さんは、私たちが到着して事情を聞き終わったりしたその次には、言い争っている当事者たちの間に入り込むと、テキパキとその場を収めていった。
やはり、私たちを呼んだのは偏に筋を通すためであり、本来はこの程度の事件など、彼女が一人で収拾をつけられたのだろう。
だけど、もしかしたら、いくらかは私たちに期待している部分もあったのかもしれないけれど。
まあ、今まで散々やってきたみたいに、私たちにしか出来ない方法を使ってバッサリと解決できるのかもしれない——みたいな。
それというのも、事件の真相については、結局のところ分からずじまいだったので。
確たる証拠がないので、男の人が言っていることが本当なのか嘘なのか、どちらにしてもそれを証明することが不可能だった。
騒ぎに最初に気がついたのは輝咲さんだったのだけれど、彼女も騒ぎが起きてから事件のことを知ったらしいので、犯行現場を直接は見ていない。
そもそも襲われた(と言っている)本人達すら、暗くてよくは見えていない有様なので……
結局、真相は闇の中——
というか、容疑者の男性の頭の中にしかない。
そうなると、もはや本人の自白しか証拠になり得ない。
しかし、当の本人は「そんなつもりはなかった」としか言わないし、そして、それは本当なのかもしれない。
だがそれすら、証明する方法はないのだ。
……普通の方法では。
だが、もし——もしも、他人の頭の中を覗くことができる方法が存在するのだとしたら?
嘘を見抜く魔法なんかが、あるのだとしたら——
奇跡や魔法が実際に存在しているのだから、そんな方法も、もしかしたらあるのかもしれない——
そんな風に、会長さんも考えたのかもしれない。
……てか実際、マジでそんな感じの魔法、あるっぽいんだよねぇ〜。
や、輝咲さんとか、妖精ちゃんとか、そして(色々と確認してみた)聖女様も——ああ、あるわって感じの意見だったし。
ただ、聖女様も含めて、今それを使える人はいなかったんだけれど。
まあ、聖女様は——いずれは使えるようになりそう、とか言ってたけど……
なのでまあ、結局は真相は分からずじまいと。
まあ、魔法組にも無理なら、もう無理っしょ。
私もスキルをざっと確認してみたけど、さすがに他人の頭の中を覗くことができるなんてスキルとかは見つからなかったし。
——そういえば、以前に藤川さんと“念話”した時に、なんかそれっぽい現象起きたような気もするけど……アレは例外というか、ただの自爆だし。
それ以外では……うーん、【気危察知】のスキルなら、相手の敵意なんかは感知できるけど、あくまで大雑把に感じ取れるだけだし。それに、あれはあくまで自分に向けられているもの限定だしなぁ。
やっぱり都合よくそんなスキルは無かったね。
——……あれ、でも、アレならどうなのかしら。
ん、どしたん、カノさん。
——いや、そう言えば以前に、“霊視”とかいって幽ヶ屋さんに頭の中を覗かれたこと、なかったかしら……?
……あー、あったなぁ。
やっ、あったなぁ……!
え、じゃあ、それ使えばいいんじゃないの……?
気になった私は、すぐに幽ヶ屋さんの元に向かうと、彼女に話しかけていた。
「あの、幽ヶ屋さん……」
「ああ、火神さん。——ごめんなさい。せっかく起きてきてもらったのに、どうやら、火神さんたちには何もしてもらうことが無かったみたいで……」
「ああいえ、それはいいんですけど……」
「もしかしたら、今までみたいに、火神さん達なら、私たちに考えもしない方法でスマートに解決できちゃうのかも、なんて思っちゃいまして……」
「いや、あの、それを言うなら、幽ヶ屋さんはどうなんですか?」
「え? 私ですか……?」
「その……幽ヶ屋さんの能力なら、真相を突き止められるのでは?」
「私、の……? えっと、でも、私の能力って、今のところはまだ、弓を使ったり飛び回ったりしかできないですけど……?」
「あ、いえ、そっちじゃなくて……幽ヶ屋さんの元からの能力の方です」
「元からの……」
「だから、あの、“霊視”とかいう——アレを使えば、それこそ、他人の頭の中を視ることができるんじゃないんですか? ——どうも私の時には、そんな感じだったような気がするんですが……」
私がそう言うと、彼女はなにやら虚を突かれたような顔をした。
「あれ……えっと、違うんですか?」
「……えっ、あっ……」
「いや、その……私も詳しくは知らないですけど、どうもあの時に“霊視”を受けた時には、そんな風になっていたような……? ——その、やっぱり違ったんでしょうか……?」
「…………いえ、そうですね……確かに“霊視”なら、もしかしたら、あの人の言葉の真偽を見抜くことも可能かもしれません」
「……えっ、で、出来るんですか?」
「はい……その可能性は、ありますね」
「……」
「……」
「……えっと——」
「いえ、その……すみません。私、自分の持つ“力”を、そういう風に使ってみるだなんて、今まで全然、考えたこともなかったもので……それについては、まったく考慮していませんでした」
「は、はぁ……そうですか」
それから幽ヶ屋さんは、何やら思い悩むような表情で考え込み始めてしまった。
……なんだろう、これ、もしかしたら私、彼女のデリケートな部分に、何やら土足で入り込んでしまったのではない……?
——……かもしれないわね。
あれ、これ、私、やらかしちゃったかな……?
私が——さて幽ヶ屋さんに一体なんと声をかければいいのか……いや、むしろ黙っているべきなのか……? なんて考えていると……
ふと幽ヶ屋さんは顔を上げて、私の方を見てきた。
「あっ、その……」
「火神さん……私、その……使うべきなんでしょうか……? この場で、あの——“力”を……」
「や、えっと、それは……」
いやこれ、正直、なんて言ったものか全然分からナイんだけど……
「霊子……? ——火神さん。あれ、あの、二人で何を? 何か、話していたんですか……?」
と、そこに会長さんがやって来た。
「会長さん……!」
彼女の登場に、私は正直——助かった……! と思っていた。
のだが——
「あ、冴ちゃん……」
「レイコ、どうしたの? ……なにかあったの?」
「あ、その……」
「……?」
「えっと……」
煮え切らない様子の幽ヶ屋さん。
そして——
「……火神さん、あなた、レイコに何を言ったんですか……?」
それを見た会長さんの矛先が、こっちに向いた。
おいおいおい……マジかよ。
「あー、えっと、そのー……」
「火神さん……?」
「いやー、えっとぉ……」
「……どうしたんですか、火神さん? 普段はあんなに饒舌なのに、なんで今だけそんなに歯切れの悪い——」
「さ、サエちゃん、待って! 火神さんは別に何も、——ッ!」
その時——幽ヶ屋さんが、突然なにやら大きな反応を見せると共に、バッとあらぬ方向に視線を向けた。
「えっ、な、なに? レイコ……?」
「——サエちゃん、火神さん……何かが来てます……!」
「えっ?」
「——っ!?」
幽ヶ屋さんのただならぬ剣幕を受けて——瞬時に私は、【気危察知】を発動する。
同時にカノさんが、【視点操作】を使いつつ、マップを確認していく。
しかし——
なんの反応もない……?
——マップには何も映ってないわね。敵らしきものは、何も……
……っ、いやっ!
なにか、変な感覚が……これはっ?!
「——っ、これはっ! まさか、入ってくる……?!」
幽ヶ屋さんはいきなり弓と矢を呼び出すと、瞬時に弓に矢をつがえて、先ほど視線を向けた先——体育館の入り口の方へと構えた。
「ちょっ、れ、レイコ……?!」
「幽ヶ屋さん、これは、いったい何が……?」
「火神さん、敵です。入ってきます」
なっ、なにッ——!?




