第13話 あれ? 確かこんなん、前にも言わなかったっけ?
私は漆黒の暗闇の中を疾走する。
正直、周りは全然見えない。まるで目を瞑ったまま走っているかのようだ。
しかし、前方には光が見えている。それはつまり、光と私の間に壁は無いということだ。それなら後は、足元にのみ注意しておけばよい。
そうは言っても、次の瞬間、見えていなかった障害物にぶつかるのではないかという恐怖があった。だが、そんな恐怖はより大きな恐怖が覆い潰す。
すなわち、今まさに真奈羽が何かに襲われているかもしれない、という恐怖に。
光が近くなる。光に照らされた人影達が見える。やはり走っている。
時々、後ろを振り返り、足元に躓きながら、それでも必死に走っている。
その内の誰かが叫ぶ。
「光だ! 例の助けが来てるんだ! あの光に向かって走れ!」
男の人の声で、マナハスではない。
マナハスはどこっ……?
男の人が再度叫ぶ。
「そこの人! こっちに来ちゃダメだ! 逃げるんだ! 出口の方に走ってくれっ! 何かが追いかけて来てるっ! 逃げて外に出るんだぁっ!!」
最後はまるで悲鳴のような叫びだった。
私は後ろを振り返る。そこには、藤川さんのスマホのライトの光があった。
もはや私と彼らの距離はかなり近い。
私も叫ぶ。
「後ろの光に向かって走ってください! 出口は彼女が知っています! 彼女について行って! ——真奈羽っ! どこなのっ!?」
「——うあ、私はここっ! あっダメ、来るなっ! やっぱ逃げろっ!」
——もう間に合わないっ!
最後にそんな真奈羽の声が聞こえた気がした。
勝手に決めるなっ、それは私が決めるっ!
集団とすれ違い、声のした方に飛び出した。——スタミナ消費の身体能力は、一瞬で声の発生地点まで私をたどり着かせる。
そこでライトに照らし出されたのは、床に転んでいる真奈羽に、今まさに覆い被さろうとしている人影だった。
——ッッ!!
突進の勢いそのままに、手に持った日本刀を鞘付きのままそいつの頭部に叩き込む。——すると、ちょうど大きく開けられていたそいつの口の部分に命中する。
当たった瞬間、鞘に噛みついてきたが、勢いよく振り抜いてそのまま弾き飛ばす。そいつは、床を滑るように吹っ飛んでいった。——暗闇で一瞬、ライトに照らされたヤツの顔は、やけに青白く見えた……。
私は真奈羽に視線を移す。
真奈羽もこちらを見る。直に会うのはしばらくぶりの、私の親友。
——この街で待ち合わせをして、しかしすんなり会うことは出来ず、なんか怪獣とか出てきて、駅は崩壊して、でもなんとか無事に生きていて、ただ危機は去ってなくて、だから危険で邪魔な怪獣を倒して、それから瓦礫を掘り返して——
そして今、危機的状況にギリギリで間に合って、やっと、ついに、会えた……
万感の思いと共に、私は再会を果たした親友に、ほとばしる思いを言葉にして伝えるべく口を開いた。
「久しぶりだね、マナハス……あれ、髪切った?」
「今言うことかぁ!? それぇ!!??」
まるで泣き笑いのような顔をしたマナハスが、盛大にツッコんでくる。
「私も最近切ったよ。ほらこれ、どう? って見えないか。暗いもんね」
「お前ってマジで……そうだよね。こんなヤツなんだよね」
マナハスの肉声。電話越しじゃない声もいつぶりだろう。耳元でする声もいいけど、やっぱ直に聞こえる声は格別だな。
「まあ、ここじゃなんだし、明るいところいこうか。——んで、いつまで座り込んでんの?」
「いや実は……足挫いたみたいで……」
ハァ……と私はこれ見よがしにため息を吐いてみて、
「マナハスゥ。こういう時にそういう鈍臭いポカをやらかすヤツって、序盤で死ぬ運命のモブなんだけど?」
「私だって別に転びたくて転んだわけじゃねーよっ! たまたま足元になんかあったせいで、こんな暗くなかったら普段は転んだりしないし!」
「運がないってことだね。まったく、藤川さんを見習って欲しいよ」
「誰よソレェ……」
まあ、マナハスはまだ知らないからね。奇跡の生還者藤川さんを。
マナハスの方は、奇跡の帰還者マナハスになれるかなぁ?
——顔のある列車じゃないんだから。いいからとっとと真奈羽おぶって脱出しなさいよ。なんか他にも来てるみたいだし。
さっき吹っ飛ばしたヤツか、それとも別のか。こちらに近づく足音は複数ある。集まって来ている……?
やれやれ、しょうがない。誰かをおんぶするのなんていつ以来だろう?
私は屈んで背中をマナハスの方に向けて言う。
「ほれ、マナハス。私が連結してやるから、乗りな?」
「……大丈夫か?」
その「大丈夫か?」には、色々と含まれているのだろう。長い付き合いだからいちいち言われなくても分かる。さらには、自分を置いていくべきでは——みたいなニュアンスも感じる。
まったく、ここまできて置いていくわけないでしょ。なんのためにこんなとこまで来たと思ってんのか。
まあ、言いたいことは分かるけど。マナハスからすれば私は、昔から知っているただの私でしかない。標準的な女子高校生で、人を一人おぶって俊敏に走れるほどの能力はないと。
でも、アンタはまだ知らないんだよね。今日一日で、私の身に何が起きたか。今の私には何が出来るのか。
……ま、たとえよく分からん黄色いゲージが見えるようになる前でも、私は同じことをするけど。その時は、お互い助かる可能性は実際低いだろうけどね。
よかったねマナハス。私が謎の黄色いゲージ使いで。
だから私はその問いにこう答えるのだ。
「大丈夫だ、問題ない(キリッ」
「いやそれ問題あるやつ」
こんな時でも素敵なツッコミ、愛してるぜマナハス。
んじゃ行こうか……光さす出口を目指して……!
マナハスをおぶって走り出す。瞬間、私の脳内に流れ始めるBGM。『愛は勝つ』。では、どうぞ。
でーんでででんでーんでー——痛てっ!
「お前もぶつかってんじゃねーか! ちゃんと前見ろよ!」
心配なくなかった。いやちょっと前の光が見えなくてさ、先頭集団の背中に隠れちゃって。
どうしよ。このままじゃ『サライ』は流れないぞ。
すると、前方に光が現れて、その光の元から声がする。
「カガミさーん!! こっちですぅぅ!! 急いでぇ!!」
ナイスだ藤川ちゃん! キミを連れてきて良かった! 一人の方がいいとか思ってた以前の私を許してっ! やっばり人間は助けあいダヨネっ!
私は今度こそ光に向かって走り出す。後ろのマナハスが「うわ今かなり近くまで来てたぞっ!」と悲鳴のような声を上げた。
「しっかり掴まってな! 喋ってると舌噛むゼ!」
「今まさに後ろのヤツに噛まれそうだったんだけどっ!」
それっぽいセリフを言って加速する。スタミナのおかげでマナハスを背負っていてもへっちゃらだ。あまり飛ばしすぎても危ないので、それなりの速さでキープする。
藤川さんの顔が見える距離まで来る。先に行ったと思った先頭集団も、まだその辺にいた。
藤川さんがいるから道が分からないのかな? 失敬失敬、ではここからは私が先頭を行くか……。
なんて思いながら先頭に追いついたら、先程叫んだ人だろう男の人が、また何か叫んでいる。
「まずい! 前にも何か居るみたいだ! 囲まれたっ!? ちょっとアンタ! もたもたしてたらまずい事になったぞ!」
マジですか。それは確かにピンチだな。
藤川さんも私のそばに来て、
「お友達無事だったんですね。よかったです! でもなんだか大変なことになったみたいです! ど、どうしましょう?」
と、早口で焦った声を出す。
どちらにしろ出口は前にしかない。ならば前に進むしかあるまい。
決断するまでもなく、私は集団の前に躍り出た。
「私が先導するので、皆さん離れずピッタリついてきてください。では行きます!」
と言って、前に駆け出す。
男の人が、
「右から来るぞっ、気をつけろっ!」
と言った。
とある有名なセリフにかなり似ていて、不覚にも笑いそうになった。
笑いを堪えながら、後ろのマナハスに、
「んクッ……しっかり掴まっててね」
と囁く。
マナハスも、
「笑ってる場合かっ」
と言いつつ、自分も少し笑っている。
確かに何かが前に居る。人型の大きさ。こちらを目指してやってくる。
だが、集団がもつ複数のライトのおかげで、光はそれなりにある。
この距離ならミニマップにも相手は表示される。その色はやはり、赤。
私は手近な相手から、右手の鞘付きの棒で弾き飛ばしていった。人間大の相手なら、黄色いパワーで吹っ飛ばすのは容易い。
背中に人を背負って右手一本でも問題なかった。ハンデにもならない。実際、私にとって背中にかかる重さと温もりは、私に力を与えてはくれても重しになることはない。
数人の人影を残らず脇に弾き飛ばして、私は走り続けた。後続もしっかりついてきている。その中には、ちゃんと藤川さんもいる。
私たちはそのまま走り続けて——ついに、念願の出口の光をその視界にとらえた。
帰りは確認した道を走るだけだったから、なんとかなったね。
後ろから喜びの叫びが聞こえる。
「光だっ!」
「出口だっ!」
「やっと外に出られるっ!」
しかし不吉な報告も。
「まだ奴らがついてきてるぞっ!」
「急げっ! 止まらず走り抜けろっ!」
私は先頭で階段を一気に登って外に出た。
太陽の光が目に眩しい。思わず目が眩みそうになり顔を顰めながら、しかしそのまま表情は笑顔に変わっていった。
背中のマナハスも「やっと出られた……まぶしぃ」と、感嘆の声をもらす。
振り返ると、後続も続々出てきた。
藤川さんも出てきて、私の方にやってくる。
私たちは階段から遠ざかり、しかしその出口から目を離さなかった。
やがて、その階段から人影が出てきた。それは、私たちを追ってきていた人影。
暗闇の中ではよく見えなかったが、明るい外ではハッキリとその容貌を窺うことが出来た。
肌は青白くて、目の焦点は合ってなくて、口は半開きで涎垂らしてて、帽子は被っていないようだが……。
って、あれ? こんなん前にも言わなかったっけ?




