第133話 セルフ・フリーフォール
学校のグラウンドに移動する前に、私達は全員で倒したゾンビの死体を回収していった。
ゾンビの死体については、やっぱり回収するべきだ。素材になるというのもあるし、正門前の大量死体が消えた事件のことも気になる。なので極力、回収できるならするべきだろう。
五人+αで手分けして、ゾンビの死体を回収していく。
αってのは、例のドローン君だ。校内のゾンビの回収はあらかた終わったみたいだったので、呼び戻して加勢してもらった。
五人+一機体制でやったこともあり、そんなに時間がかかることもなく終わり、我々はグラウンドへと移動した。
グラウンドに到着したら、私はスキルを試すために、マナハスたちとは少しだけ離れた場所まで一人で移動していく。
マナハスはマナハスで、新しく使えるようになった魔法を色々と試すつもりなので、近くにいたら邪魔になるかもだし、てか魔法の実験とか危なそうだから、私は距離を取っているわけ。——まあ、それでも視界に入る範囲にはいるけど。
幽ヶ屋さん達は、そんなマナハスの後ろで彼女の様子を見守っている。やはり、魔法を使うところは気になるのだろう。三人そろって見物している。特にリコちゃんとか、かなり興味津々な様子だ。
もちろん私もマナハスの新しい魔法は気になるんだけど、まずは先に自分のスキルを試さないとだから、そちらを優先する。
まあ、マナハスもすぐに色々と把握できるもんでもないだろうし、じっくり確認するのは後からでもいい。
てかそもそも、そんなに離れているわけでもないから、こっからでも見えないこともないしね。
と、そんなマナハスたちを尻目に、良さげな位置まで来た私は、ついに待ち望んでいた時を迎えた。
さて、それではこれより、覚えた新しいスキルを色々と試してみるとしましょうか。
正直、はやく試したくてウズウズしていたんだよねぇ。やっとだ、ようやく試すことができる……!
——まったく、浮かれちゃって……。それで、まずはどれから試す?
ふむ、そうだね……。
まずは……いや、そうだね、ここはもう一度、覚えたスキルの効果を確認してみるべきかな?
——そうね、そうした方がいいかもね。一気にいくつも覚えたからね。
そうだよね。ここにきてマジで一気に増えたよね。
——というか、まずはスキルの名前をつけないといけないんじゃない?
あー、そうか。確かに、それがあったね。
んでも、名前をつけるとしたら、どんな効果か詳しく確かめる必要があるから……
——結局は、使いながら確かめて、それで最後に名前をつけるって感じになるのかしら。
そーだね。
んじゃまあ、もう気になるやつから順に試していくとするかなー。
——そうね。それじゃ、どれを最初に試す?
まずは——このスキルかな。
そこで私は、覚えたスキルの中でまず真っ先に試したいと思った、そのスキルを『発動』する。
すると——すぐに私の体に変化が訪れる。
その状態で、私は屈伸するように大きく膝を曲げると、スタミナを解放して身体能力を強化しつつ、さらには着用しているパワードスーツの力も解放して——即ち、今の自分にできる最大の力でもって——その場で上に向けて全力でジャンプした。
ドンッッッ——!!!
ビュウッ——と、それは、いつかの恐竜くんに尻尾でぶっ飛ばされた時のアレに匹敵する速度だった。
それだけの勢いで飛び上がった私の体は、あっという間にとんでもない高さまで上昇して——
いやこれっ、飛びすぎっ——!?
——ちょっと!? どんだけ飛び上がってんのよ?! こ、これっ、地上があんなに遠くに……!?
や、まさか、こんなに上まで飛ぶとは——!
——てかっまだまだ上昇してるじゃない! ちょっ、いったんスキル解除しなさいよ!
そ、そうだった。『解除』——!
すると、上昇のスピードが徐々に緩やかになっていき……そして、止まった。
そして私は、はるかな上空にいた。
見下ろすと、学校の建物が小さな点に見えるくらいに——それだけの距離の高みに私はいるのだった。
「——はっ、ははっ……はははっ……!!」
口からは思わず、引きつったような笑い声が漏れる。
「あはっ、あははっ! あっははっあはははっっ!!」
しかし、それはすぐに本格的な大笑いに変わり——
「あーーーっ、うわーーーーっ、うっひゃあああああああああああっっ!!」
そして最後には、大歓声になり変わった。
「おーーーーーあーーーーーーやぁぁぁぁぁぁぁあああああああおおおおおおおおおうえええええええええにぃぃぃぃぃいいいるぅぅぅぅあああああぁぁぁぁーーーーーー!!!」
私は意味不明な叫び声を発しながら、高高度より地上に向けて真っ逆さまに落下していった。
——あらあら……楽しそうでなによりだけど、分かっているのよね? 今のワタシたち、パラシュート無しでスカイダイビングしているのとまるで同じなのだけれど。
「ああー! 分かってるよー! スカイダイビングとか初めてするけどー! これっ、すっごい楽しぃーねっ!」
——いや、あのさ、着地のこととか、ちゃんと考えてるのよね?
「たぶんー、さっきのスキルをまた使えばー、それで無事に着地できるでしょー?」
——まあ、そうかもしれないけど。でも、さすがに少しは減速した方がいいんじゃない?
「減速に使えそうなスキルとかー、何かあったっけぇぇー?」
——えーっと、“このスキル”とか、使えるんじゃないの?
「うーん、そうだねー、確かにー、減速にも使えそうではあるかー」
——あとは、着地の時に“このスキル”も使ったら? これ使ったら多分、落下ダメージも減らせるんじゃない?
「いや、そっちよりはむしろ、“こっちのスキル”じゃないー?」
——まあ、そっちでもいいけど。
「おっと、そろそろ地面が——」
……って、ヤバいな、だいぶ学校から落下地点がズレてるわ。
それなら——減速ついでに、このスキルで落下の軌道を調整しよう。たぶん、このスキルならそんなこともできるはず。
では……『使用』!
すると、落下していく私の体に重力とは別の力が加わり、落ちていく方向が変わっていく。そして、勢いも少しずつだが減速している——気がする。
よし、とりあえず落下地点は修正できたね……!
さて、そろそろ地上が近い。着地の準備だ。
頭から一直線に落下していく私の視線の先には、ちゃんと私が飛び上がった学校のグラウンドが捉えられていた。
いよいよその地面が近づいてきたところで、私は体を捻って足から落下するように体勢を変更する。
そして地面にぶつかるその前に——私はそのスキルを『発動』する——!
スキルがバッチリと発動したのを感じたのと同時に、私は高高度からの自由落下の勢いでもって地面に激突した。
すると私は、まるで落としたボールが弾むように地面から反発して、同じ勢いで上に跳ね返ったのだった。
うおっ、マジかっ、このスキルって着地に使うとそーなるのかっ!?
私はすぐさまスキルの発動を解除する。
しかし、上昇の勢いはなかなか止まらない。
なので私は、また別のスキル——さっき落下位置を調整するのに使ったスキル——を発動し、上昇する勢いに対してブレーキをかけるように使用する。
今度はスタミナを惜しみなく使っていく。すると、スタミナの消費に合わせてみるみると上昇スピードが遅くなっていき、ついには停止した。
それでも、なかなかの高さまでまたまた来てしまったけど、まあ、このくらいの高さなら大丈夫かな。
重力に引かれて再び落下しながら、私はまたも同じスキルを使用して、落下のスピードを一定に保ちつつ、特定の方向に向けて着地点を調整していく。
今度の私の落下先にあるのは、学校の校舎、その屋上。
着地の瞬間——最初に飛び上がった時に使ったスキルを使い、私自身の重さを限りなく少なくする。
結果、極めて少ない衝撃と共に、私は軽やかに屋上に着地した。
…………ふぅ、なんとか無事に着陸できたわ。
——マジで、危うく死にかけてるじゃない。
いやぁ……とりあえず最初に全力でやってみようと思ったら、まさかここまでの結果になるとは。
スキルもそうだけど、パワードスーツのパワーもかなり高ーんだわ。まあ、このスーツって、元からスキルなしで体育館の屋根まで飛べるくらいだしね。
そう考えると、スキルも使うなら、スーツのパワーまでは必要ないわ、これ。
——それで、スキルを使ってみた感想は?
いや、そりゃもう——スキルってスゲ〜!! ってなもんよ。
——三つ、使ったわよね、スキル。
そうだね。
まず一つ目、最初に使ったスキル。
これの効果は——『重さを軽くする』というものだ。
これを自分の体に対して使ったら、私はすごく体が軽くなった。
んで、その状態でスタミナとパワードスーツの能力全開でジャンプしたもんだから、めっちゃ上まで行ってしまったというワケよ。
——このスキル、なんて名前にする?
んー、まあ……シンプルに【軽化】とかでどう?
——まあ、いいんじゃない?
うむ。それで、この【軽化】のスキルを使えば、要はアレが出来るってことよ。
アクション映画でよくある、いわゆる“ワイヤーアクション”みたいな動きがね。
ある種の無重力というか、あるいは月面での動きみたいな、フワフワした動きが出来るようになるってわけだね。
体は軽くなってるけど、パワーは変わってないから、相対的にめっちゃジャンプ力が上がる。——ってか、上がりすぎる。
このスキルと、スタミナ使った“身体強化”と、パワードスーツのパワーを併用したら、ヤバいレベルの跳躍になる。
まあ、さっきはどれも全力でやったからあそこまでの規模になったので、次からは抑えてやれば問題ないと思う。
“身体強化”はもちろん、【軽化】のスキルに関しても、それなりには強弱を調整できるみたいだし。重さをガッツリ無くすんじゃなくて、そこそこ軽減するくらいでやればいいね。
——自分に使う分には、そんな感じでしょうね。でもこのスキルって、やろうと思えば自分以外にも使えるみたいよね?
そうだね。
だから、重いものに対して使えば、軽々と持ち上げられるようになるはず。
車とか瓦礫とか、今まで持ち上げてみたアレやコレも、このスキルが使えてたら、もっと楽に運べてたってことだね……。
——それは次の機会ね。
そーだねー。
んじゃ、次のスキルにいこう。
落下の勢いを殺したり、着地地点を調整するのに使ったスキル。
これの効果は——『任意の方向に推進力を発生させる』というものだ。
これを自分の体に使えば、好きな方向に進ませることができるワケだ。
特に空中では、翼もない人間は基本的に移動することは出来ないはずなのだけれど、このスキルがあればその限りではない。
ただ、このスキルは、言うほど強力な推進力を発生させられるわけではないというか——まあ、その辺の強弱は使用するスタミナの量にもよるんだけど——少なくとも、このスキルのみで自在に空を飛んだりできるのかというと、そんなことはない。
【軽化】と組み合わせれば——なかなかいい線いきそうだけど、同時に二つのスキルを使えばその分スタミナの消費が激しくなるし、個々のスキルの制御も難しくなるだろう。
だけどまあ、短距離・短時間ならそれで飛べなくもなさそうかも。
空を飛ぶ以外にも、このスキルには色々と使い道がある。
単純に、移動や回避行動の際に上手く使うことができたら、飛躍的に機動力が向上するだろう。
使いこなしたら、どんな動きが可能になるのか……今から楽しみなスキルだね。
——それで、名前は決まった?
うむ……じゃあ【推進】かな。これもシンプルだけど。
——いいんじゃない? 分かりやすくて。
まあね、分かればいいんだからね。
では次、三つ目のスキルだ。
このスキルは、一度目のグラウンドへの着地(というか、激突?)の時に使った。このスキルを使ったことで、私は落下の勢いそのままに上に反発して飛び上がった。
これの効果は……なんて言えばいいのか、ちょっと難しいな。
このスキルは、おそらくは防御に使うスキルなのだと思う。
本来は敵の攻撃を防御する——それも、受け流すように防御するスキルだ。
このスキルを使うと、全身が特殊な力場に包まれる。
そして、その力場というか膜というか——バリアというか、ソレに触れるものは反発し受け流される。
そんな感じのバリアを纏うというのが、このスキルの効果だ。
実は、防御系のスキルと思われるスキルは、このスキルとは別にもう一つあった。
そちらというのは、カノさんが着地に使うように最初に提案した方のスキルだ。——もちろんこのスキルも、すでにインストールしてある。
さっきの着地の際には、どちらのスキルを使うか迷った。この二つは効果が違うから、効果的なのはどちらなのかと。
それについては、使っていないもう一つの防御スキルの方が、効果としては分かりやすい。
こちらは単純に——『攻撃のダメージを減らす障壁を発生させる』という感じ。
このバリアは、もう一つの防御スキル同様、体に纏うように発生させるのが基本的な使い方のようだ。
こちらの防御の特性としては、“受け流す”のではなく“受け止める”という感じだ。
ただ……どうやらこちらのスキルは、発動中は体が固まって動かなくなるという効果もあるみたいだ。——うん、今、試しに使ってみたけど、どうもそうみたい。
これは……一見、不利な要素にも感じるけど、場合によっては「防御時に体勢が崩されたりもしない」ということだから、上手く使えればむしろ効果的な場合もあるか。
——どうかしら、二つの防御スキルがあるけど、それぞれの名前はどうする?
そうだね……。
うん、それじゃ、受け流す方の防御スキルの名前は【回避】だ。
んで、受け止める方の防御スキルは、そのまんま【防御】で。
——【回避】、ね。まあ、回避も防御行動の一種ではあるか。
軽防御と重防御——とかでもいいかなーとも思ったけど、ちょっと長いからね。
こういうのは、なるだけシンプルな方がいい。シンプルかつ分かりやすいのがベストだよね。
——まあね。
さて、これで四つのスキルを試して名前を付けた。
でも、これで終わりじゃない。
まだ、試していないスキルが……あるんだよねぇ。
移動や防御に使う基本的なスキルもなんだけど、それとは別のスキルもある。
そのスキルというのは、そう、あのスキルのことだ。
待ち望んだスキルの、その、大本命……!
そのスキルとは、もちろん——
攻撃の技だ……!