第132話 PvPの仕様は——確かに重要だよな
戦闘を終わらせたリコちゃんは、私たちの元まで戻ってきた。
私はリコちゃんに賞賛の言葉をかける。
「お疲れさま……すごい活躍だったね、リコ」
「ふんっ! アタシにかかれば、こんなもん朝飯前よ!」
「ラケットで戦ってみた感想は、どうだった……?」
「そうね……最初はぶっちゃけ、アタシ何やってるんだろう……? って思ったけど、実際にやってみたら……うん、なんてことなかったわ。フツーに、いつもやってる練習と同じね。ラクショーよ」
するとそこに幽ヶ屋さんもやって来て、リコちゃんに声をかける。
「リコ。ラケットなんて選ぶから、最初はどうなることかと思ったけど——すごいじゃない……! これだけ戦えるなら、何も心配はなさそうね」
「部長! アタシ、上手くやれましたよね?」
「ええ、バッチリよ」
「はい! アタシ、部長がアタシを選んだこと、後悔させませんから!」
「ええ、期待してるから」
お次は南雲さんも、リコちゃんに声をかける。
「いやはや……おみそれした。大道寺さん」
「あ、な、南雲先輩……」
「こんな戦い方があるとは、とても驚かされた。そして、見事だった。感服した」
「あ、ありがとうございます……! 南雲先輩にそう言ってもらえるなんて……アタシ、感激です……!」
「いや、こちらこそ、共に戦う仲間として頼もしい実力を見せてもらった。同じ立場の者同士、これからはよろしく頼む、大道寺さん」
「こちらこそ、よろしくお願いします! ——あ、でも南雲先輩、アタシのことは名前で呼んでもらっていいですよ? さん付けも要らないですから! 凛梨子って呼んでください!」
「分かった。それではリリコ君、改めてよろしく」
「……はい!」
あれ、リコちゃんって、本名リリコだったんだ。マジか、リコちゃんは愛称だったんだね。
どうもみんなが声をかける流れみたいになったので、リコちゃんは最後の一人——つまりはマナハスにも顔を向ける。
リコちゃんからの期待に満ちた眼差しを受けては、聖女様も何か声をかけてやらねばならんやろうね。
多分、何も考えてなさそうっていうか、本人は自分が喋ることになるとは思ってなかっただろう気配をビンビン感じるけど。
「……とても、素晴らしかったと思います。見事なプレイでした、リリコさん」
「あ……あ、ありがとうございます! えっと、聖女、さま。……あ、あの、聖女さまは、魔法を使えるんですよね?」
「え? ええ、まあ、そうですね」
「あ、あのっ、魔法って、どんな事が出来るんですかっ? 天井を直したり、傷を治すのは見たけど、他にも魔法って色々出来たりするんですか?」
「えーっと、そのー、ですね……」
「なんか、聖女さまがトラの怪獣を魔法で倒したって、アタシ聞いたんですけど……それって本当なんですか? トラの怪獣って、何のことですか?」
「えっと、トラの怪獣は……」
「これのことだよ、リコ」
そう言って私は、昨日倒した例のトラの怪獣の死体をその場に呼び出した。
光と共に現れる、巨大なトラの怪獣の死体。
それを見たリコちゃんを含めた三人は、驚愕の表情を浮かべる。
「なっ——!!? 何コレっ??!!」
「こ、これはっ——!? これが、トラの怪物……?!」
「——! これは、あの動画の……これが実物……!」
食い入るようにトラの死体を見つめる三人に、私は語りかける。
「三人とも、ゾンビとの戦闘は問題なさそうで何よりでした。ですが、今の世の中にはゾンビ以外にも脅威となる存在がいます。いえ、むしろ脅威度としてはそちらの方が高いでしょう。なので、ゾンビを難なく倒せたとしても油断はしないでください」
私がそう言うと、幽ヶ屋さんが、未だにトラに視線を奪われたままの状態で、困惑したように私に尋ねてきた。
「それは、つまり……その、この、これが、脅威というわけですか……?」
「そうですね、これが脅威のまず一つです。詳細は不明ですが、“天の声”が聞こえ始めるのと時を同じくして——つまりは二日前くらいから、こんな連中が現れるようになっているみたいなんです。ネットの情報を見る限りでは、この辺りだけでなく、至る所に出現しているみたいなんですよね」
「嘘でしょ……こんなヤツがいっぱいいるってこと……!? て、てか、こ、これっ、アンタ達が倒したの……?!」
「そうだよ、リコ。まあ、聖女様の魔法のお陰でね」
「せ、聖女さま、スゴイ……」
「……火神さん、この化け物についてが一つと言ったな。では、まだ他の脅威もあるということなんだろう……?」
「ええ、そうですね、南雲さん。もう一つ、脅威があります」
「……それは、やはり、例の“襲撃者”か……?」
「ええ、そうです」
「彼奴の正体について、火神さんはどう考えている?」
「……可能性としてはやはり、我々と同類の存在だと考えるのが自然でしょう」
「——! カガミさん、それってつまり、あの襲撃者も“天の声”を聞いて力を得た人間だということですか……?!」
「正直、それ以外の可能性は考えられないと思います。あの身体能力からいって、明らかに普通の人間ではありませんので。——実際のところ、どれくらいの数なのかは分かりませんが、聖女様や幽ヶ屋さんのような存在——私は“プレイヤー”と呼んでいますが——については、どうも他にもそれなりの人数が存在しているみたいなんですよ」
「他にもたくさんいるんですか……?」そこで幽ヶ屋さんは、マナハスに視線を向けた。「——彼女や、私みたいな人が。あ、あの、それってやっぱり、“力”を得たことで分かるようになったんですか?」
「あ、いえ、SNSで調べてみたら何人も出てきたんで、多分そうなのかなって」
「あ、そ、そうなんですね……」
「私達も、実際に聖女様以外のプレイヤーに会ったのは、——例の襲撃者を除けば——幽ヶ屋さんが初めてです。なのでおそらく、ネットの発信もデマでは無いのだろうなと」
「なるほど……。——他にもたくさん、いるのね……」
「このトラのような“怪獣”に関しては、純粋に戦闘力が我々より上です。戦いになれば苦戦は必至です。そういう意味では、怪獣は分かりやすい脅威ですね。
そして、“力”を得た他の人間——プレイヤーについてですが、こちらも脅威度は怪獣に引けを取らないでしょう。力量としては——相手のレベルやスキルにもよりますけど——同じ存在なので基本は我々と同等だと思われます。ただ、人間の敵の一番厄介なところは、知性があるというところですよ。それが一番厄介なところです」
「……その、“力”を得た存在の——プレイヤー、ですか? このプレイヤー同士で、必ずしも敵対関係になるとは限らないんじゃないですか……?」
「もちろん、我々のように協力関係を築くことも可能でしょう。ですが、プレイヤー同士で戦った場合どうなるのかについては……これに関しては、色々と懸念すべき点がありそうなので……。——あの“襲撃者”との“戦闘”に関しては不発扱いなのかなんなのか、何も起こりませんでしたが……。まあ、幽ヶ屋さんが現れたことで、その辺りの仕様を実際に詳しく検証できるようになったので、すぐにでも調べたいところですね」
「仕様の検証——ですか?」
「ええ、すでにやった“パーティー契約”のように、プレイヤー同士は色々と共通するルールのようなものがあるみたいですので。そしてそれは、なにもパーティーを組んだりと協力する場合だけに限りません。プレイヤー同士が戦った場合に関しても、おそらくは、共通する仕様が存在しているようなので……」
PvPの仕様に関しては、すでに調べられる部分はカノさんが調べてくれている。
その結果を聞いた限りでは……どうやらなかなか、穏やかではない感じの仕様みたいなんだよね……
プレイヤーに覚醒したばかりの幽ヶ屋さんは、ポイントや仕様がどうこうと言われてもまだピンときていないみたいで、よく分からないという反応をしていた。
しかしこれは大事な話なので、早い段階で理解してもらうようにしなければならないだろう。
幽ヶ屋さんというもう一人のプレイヤーが現れたことで、他プレイヤーとのあれこれを検証できるようになった。これはかなり大きい。
幽ヶ屋さんが仲間に加わったことは、戦力としてだけでなく、そういう意味でもかなり僥倖だった。
なにせ例の“襲撃者”の件しかり、出会ったプレイヤーが友好的な存在だとは限らないのだから……
私はトラの死体を再び回収して片付けると、改めて三人に向き直って告げる。
「さて、少々脅すようなことを言ってしまいましたけど……だからと言って殊更に緊張する必要はありませんよ。三人ともかなり筋がいいですし、なにより——我々には魔法を使える聖女様がついているわけですから。彼女にかかれば、“怪獣”だろうが“敵対するプレイヤー”だろうが、すべて魔法で撃退しちゃいますからね」
「魔法……」
「リコ……やっぱり気になる?」
「そ、そりゃあ……気になるに決まってるじゃない」
「まあ、ちょうど私達も色々と試してみようと思ってたところなんで……。それじゃ、実力の確認も兼ねて、我々二人の力も見てもらうとしようかな……?」
「ほ、ほんと?! じゃあ、魔法を使うところを見せてくれるのっ!?」
「そうだね、聖女様も色々と魔法を試したいところでしょうし、——いいですよね?」
「……まあ、私は別に、構いませんが」
「それじゃあ一旦、学校内の——グラウンドまで戻りましょうか。ここで試したらゾンビが寄ってきますからね」
「そ、そうね! なら行きましょ! 早く!」
「まあ、その前に——」
そこで私は周囲を見回す。
辺りには広い範囲に、三人に倒されたゾンビの死体がそのままになっている。……中々の数のゾンビの死体が。
「まずは先に、お片付けしましょうね」