第12話 いやその言い方は……アカンやろ
下に降りてすぐに、私はスマホで真奈羽に電話をかけてみる。
探すにしても、地下は広いし手がかりは少ない。マップで探る手もあるが、白い点を探すとしても、それが真奈羽かどうかまでは分からない。別人だったら無駄足だ。
なので、まずは本人に連絡を取ってみることにした。
暗闇の静寂の中で、呼び出しの音が大きく感じる。
藤川さんのスマホのライトでは照らせるのは足元くらいで、一寸ちょい先はマジで闇だった。なので、足の進み方はとてもゆっくりだ。
前に電話してから結構経ってるけど……大丈夫かな。大丈夫だよね……?
おい、無事なら早く電話に出て……!
『お、カガミン! あれから連絡ないからちょっと心細かったぞ……。それで、動画は撮れた? 用事とやらは終わったの?』
「あー、用事は終わったよ。動画も撮れた。……それで、今どこにいるの? 無事?」
『どこかは分からない。相変わらず真っ暗だし。色々、ウロウロとしてみたけど、外へ繋がる出口は見つからなかった。多分、階段は全部塞がってるみたいだね……』
とりあえずは電話に出たか。……ふう。なんだか、やけに久しぶりに声を聞いた気がする。まだ前に聞いてからそんなに経ってないはずなのに。
とにかく、まずは無事みたいでよかった。
それで、どうやら自分でも出口を探してたみたいだね。でも、見つからなかったか。
『こうなったら救助を待つしか無さそうだけど、それって、どれくらいかかるんだろうなー。こんな真っ暗な中で何日も待つとかなったら、頭おかしくなりそうだわー。つーか、スマホの電池も結構ヤバいんだよね。これが切れたら、いよいよどうなるっての……』
あのマナハスの声が結構、精神的に参ってる。
……無理もないか。この暗闇の中にずっと閉じ込められてるんだから。
私も自分で体験してみると、よく分かる。これはもはや、スマホが唯一の救いのようにも感じられるというものだわ。
そんなあなたに、今一番嬉しいニュースをお届け♪ ってね。
「あー、実は今、私も駅の地下に来てるんだよね」
『ウソッ?! どっから入ったの!? 塞がってない階段あった感じ??』
「まあ、あったんだよ。それで、そこから入って今進んでるの」
『そりゃまた、何でそんなこと……』
「何でって、地下で震えてる誰かさんに出口を教えてあげるためだけど」
『マジかよ……。その誰かさんは、出口を探すのを半分諦めかけてたよ。……でもアンタ、わざわざ中に入ってくるなんて危ないんじゃないの? 外から電話で教えてくれるだけでもいいのに』
「いや私、道を教えるのとか下手だしさ。つーか、建物が原型を留めてないのに、どうやって教えろっていうのよ。そんな才能、私に期待しないでよね」
『真っ暗な地下を進む才能は期待してもいいわけ……? 正直、かなり難易度高いよ』
「それについては、いま身をもって実感してるとこ。……それで? 自分のいるところの目印とか、何か無いわけ?」
『ちょっと待って……』
すると、電話口で何やらガサゴソとする音が響いてきた。それに何やら話し声もするような気がする。
もしかして、他にも人がいるんだろうか。
『えーっと、いま周りの人に聞いてみたんだけど、多分、地下の東の方の辺りじゃないかって』
「他にも人がいたんだね」
『まあね。地下をさまよってたら途中で会った人たちだよ。そんなに人数は多くないけど、一人でいるよりは一緒にいた方がいいし。真っ暗だから、お互い顔もよく分かってないけどさ』
「……それってちゃんとした人間だよね?」
『ちょっと! 変なこと言わないでよ! この状況でホラーとかマジやめろ!』
いや、ホラーもあるんだけどさ、もしかしたら例の敵がそこにいる可能性もあるかと思ったんだけどね。
まあ、普通に会話してる人間みたいだし、大丈夫か。
「ゴメンゴメン、怖がらせるつもりはなかったんだけど」
『あの言い方で……?(怒』
ちょっと声がキレ気味だ。マジで悪かったって。
——反省しなさいよ、ホント。
東の方か。それだけで合流出来るだろうか。もう少し何か情報が欲しいところだけど。
ちなみに、私が降りた階段は、大体中央辺りにあったやつだ。なので、ここから東に進めば——そのうち見つかるといいのだけれどね。
『それで、本当に出口があるの? あるんだったら、どこか教えてくれたらこっちからも行くんだけど。私だけじゃなくて他の人らもさ、本当に出口があるならついて行くって言ってるし』
「あるよ。私が降りたのは駅の中央付近の階段だから、そこが東なら、そっから西の方向に進めばいいと思うんだけど……どっちが西か分かりそう?」
『それくらいなら、なんとか分かると思う』
「それなら大丈夫か。お互い進んでたら早く合流出来るだろうし、出来るならそうしてくれた方がいいかな。この暗さだと進みもかなり遅くてね……」
『それな。アブねーし怖ぇーんだよ』
「やっぱ暗いところは怖い?」
『それはもちろんあるけど、さっきまでずっと轟音や地響きが聞こえてたから、いつ天井が崩れるかと気が気じゃなかったし』
「ああ、それは怖いわ」
私だったら、いつ潰れるか分からない暗闇の中に閉じ込められるなんて御免被るので、それよりかは、まだ明るい外で恐竜と戦ったがマシだと思うわ。
——それはどうだろう? むしろ、恐竜が居ると分かってたら、地下の方が安心した可能性すらあるんじゃ。
『あー、実はスマホのバッテリーがもうかなりヤバいんだよね。灯りは他の人のやつもあるんだけど、やっぱ全部充電が無くなるとアレだから、他に何か伝えることが無いなら、電話は終了しようと思うんだけどさ』
ふむ、あとなんか言っとくことあったかな。
藤川さんのことは、まあ、会ってから話せばいいか。やっぱり、とりあえずは会ってからだね。それ以外は、特に言えることももう無いかな。
「分かった。それじゃ一旦切ろうか」
『うん、んじゃまたね』
ピ、と通話が終了した。
途端に、周囲には私たち二人の足音だけになる。
藤川さんは、私の電話中はずっと無言だった。まあ電話に割って入るわけにもいかないだろうから、そうなるだろうけど。
でも、ずっと黙ってるのってちょっと怖くなったりしないのかな。大丈夫ならいいんだけど。少し話してみますか。
そう思って口を開いたところで、
「あの——」
「電話が終わったなら聞きたいことがあるんですが、この日本刀みたいなのは一体どこから出てきたんでしょうか? というかスマホも出てきてましたよね。アレってなんなんでしょう!? ずっと気になっていたんですが!」
黙ったままずっとそれ気にしてたんかい。心配する必要全然無かったわ。
つーか、それに答えるのは面倒なので、後でいいですか? 悪いけど。
「あーっと、とりあえず電話の内容だけど、東の方向に進んでいったら合流出来るかもしれないって分かった。なので東に進みます」
「あ、はい。そうみたいですね」
「ちなみに、向こうもこっちに向かっているみたいだから、そう時間はかからないんじゃないかと思うんだけど……」
「そうなんですね。了解です」
「もしも怖かったりしたら言ってね。まあ、あんま何かしてあげられることもないんだけど」
「大丈夫、平気です。ありがとうございます」
「そう、それならよかった」
「はい。……ところでさっきの日本刀のことなんですが——」
まだ聞きたがるか。まったく、日本刀がどこからともなく出てきたからって、そんなに気になるかねー?
——いや気になるでしょフツー。平然と受け入れる方がおかしいわよ。
私は割とすぐに受け入れたよ。
——だからおかしいって言ってんでしょ。
はいはい、おかしいよね。そんなおかしいことをサラッと説明する自信は私には無い。
私はとりあえず通話を終えたスマホのライトを光らせて、それを腰のベルトに挟んで固定した。これで両手が空く。
改めて日本刀を右手に持ち直して、さてどうやってこいつのことを誤魔化そうかな、なんて考えていた。
「ごめん、ちょっと集中したいから、静かにしてくれる?」
そう言って私は、マップの操作を開始する。
一応、ここから東の方の白い点を確認してみよう。何人か集まってるらしいし、見つかるかもしれない。
「あ、すみません……お邪魔しちゃいましたね。どうぞ、存分に交信されてください」
藤川さんは、よく分からない納得を見せた。……まあいいや、そのままにしておこう。ずっと交信とやらをしている風にしておけば質問も回避出来る。
まあ、より一層イカれたヤツだと思われるかもしれないが、この子に対しては、のっけから怪我治したりはっちゃけてたし、今更でしょ。
マップを東の方へ動かしていく。すると、確かに白い点がいくつか集まっているのが見つかった。この集団の中にマナハスがいるのだろうか。その可能性は高そうだ。
その集団は、確かにこちらへ移動していた。その速度はゆっくりだが、この分なら、そうかからずに合流出来そうだ。
私は一旦マップを消して、歩くことに集中する。この暗闇なので、そうしないと進むのは難しいのだ。
一応、視界の端にミニマップとして表示しているが、ミニな分範囲は狭くマナハスたちまでは映っていない。そして、それを見る余裕もあまりない。
とにかく暗い。見えるのは僅かな距離の足元だけ。それ以外は漆黒の闇。今更ながら、中々の恐怖心を煽る状況だな……。
それからは、二人とも歩くことに集中して会話は無かった。
なんとなく、藤川さんが話しかけて来そうな気配を察したら、その都度、私が例の交信のフリをしていたせいもあるが。
そうして進むことしばらく、ついに暗黒の視界に変化が訪れる。前方に、いくつか光がチラチラとしているのが見えたのだ。
これはマナハス達かな。やっと合流出来たか。ようやくマナハスに会える。
思えば、朝に駅で待ち合わせしてから、ずいぶん遠回りをしたような気がする。移動範囲は駅周辺だが、そこで起こった内容が常軌を逸している。
それでもこうして再会出来たのだから、お互い運が良かったとも言えるか。
私はそんな感傷を抱きながら、揺れる光を見ていたが、近づいてくるとなんだか様子がおかしいような気がした。
それというのも、なにやらこの暗闇の中なのに走っているみたいなのだ。そんなことしたら、何かにぶつかったり、躓いて転んだりしてしまうだろうに、一体何が……。
そこでハッと気づいた。
まさか、例の敵が出たんじゃ……? ヤバい、ヤバい! なら助けに行かなきゃ!
「あの、カガミさん。あの光って例の——」
「藤川さんっ、私ちょっと行ってくるっ!」
「え、ええっ!?」
藤川さんが何か言ってきたのを途中で遮って、私は闇の中に向かって走り出した。




