第128話 真の試練は……
チュートリアルをこなすために、外に出てきた私たち。
せっかくなので、チュートリアルとは別にもう一つ、このタイミングでやっておきたいことがあったので、それもやっておくことにする。
それというのは、ゾンビの死体の処理についてだ。
昨日一日で校内のゾンビは全滅させたわけだが、その死体をすべて回収済みかというと、全然そんなことはない。むしろ、未だにあちこちに放置されたままだ。
死体の放置なんて、衛生的にも倫理的にも(他にも色々と)問題アリアリなので、出来ればすべて回収したいところだ。一応、ポイントとかアイテムにも変えられる素材でもあるし。
……だけど、校内を自分で回って一体一体手作業で回収するのとかダルい。
てゆうか、正門の前のヤツとかについては……普通に自分でやりたくないし。
さて、それでどうしようかと思ったところで、ちょうどいいことに、(カノさんが確認してくれた諸々の中に)なんかいい感じの解決策となりそうなブツを見つけたんだよね。
そう、自分でやりたくないなら、誰かにやってもらえばいい。
では、誰にやらせるのかというと……人間がやりたくない仕事をやらせる相手なんて、彼ら一択だろう。——そう、機械だ。
カノさんには例の達成報酬についても確認してもらっていたのだけど、その中になんか使えそうなやつがあった。
それは、いわゆるドローン的な、自律行動する小型の機械的なアイテムで、色々と命令して便利に使えるという感じのヤツが、なんかリワードで手に入ったんだよね。
なので、コイツに「校内のゾンビの死体を回収して」と命令して出動させてみた。
したらコイツ、ちゃんと自分で勝手に校内を回って、ゾンビの死体を見つけ次第回収してくれている(ちなみに回収の仕方は私たちと同じで、ピカッと光って私のアイテム欄に回収されるみたいだった)。
なんか割と高度なAIでも搭載されてるのか知らんけど、口頭による結構適当な命令でもちゃんとやってくれるっぽい。
あと、コイツを介して通信機能も使えるっぽいので、コイツが今どこで何をしているのかは私もウィンドウによって確認できる。
ふむ……これ、ウィンドウを介して自分で操作する事も可能みたいだし、上手く使えば偵察機としても使えるかも。
こりゃ、案外いい拾いもんしたかもしれんね。
とまあ、私がそんな事をやりつつも進めたチュートリアルも三人は無事クリアして、南雲さんとリコちゃんに関してはチュートリアル報酬のポイントによってレベルを4まで上げた。
さて、それではいよいよお次は、戦闘のチュートリアルだ。
相手は学校の外に出ればいくらでもいるゾンビ達だ。三人には、コイツと戦ってもらう。
結局のところ、プレイヤーとしてこの先やっていくんだとしたら、この戦闘をこなせるのか、乗り越えられるのかが最大の試練となるだろう。
見た目は人間と相違ない、ゾンビという怪物。今の世界にはもっともありふれているこの敵を、問題なく倒せるのかどうか。
戦うこと、殺すこと、人間の見た目をした相手でも、容赦なく攻撃することができるのかということ。
これに関しては、やってみないと分からない。あの南雲さんですら、それが出来るのかは実際に試してもらわないと……彼女とて、例外ではないだろう。
昨日の夜の校舎では、結局のところ彼女がゾンビと戦う機会は無かったし。そもそも校内のゾンビの数は多くなかったし、出て来た奴らは、私とマナハスの二人だけですべて倒せたから。
ゾンビの情報については、すでに三人には話している。
元から死体なので倒すことは問題無いということを筆頭に、頭部が弱点ということ、千切れた手足でも動くということ、夜には活性化して走るようになる、とかの注意点についてなど。
その話を聞いた三人の反応はさまざまだった。
南雲さんは、この話を聞く前からゾンビを殺す覚悟については出来ていたらしく、話を聞いても特に感情を揺らすことはなく、淡々と「了解した」と言っただけだった。
そして幽ヶ屋さんに至っては……彼女は元から、自分の感覚によってゾンビが生者ではないことを見抜いていたらしく、——ああやっぱりそうなんですね、という反応だった。
彼女曰く——ゾンビからは一切の生気が感じられなかったので、死体であることは理解していました——だそうです。
リコちゃんに関しては、ゾンビが死体だとかいう部分よりも、ゾンビになった人間はもうどうあっても元には戻せない、という部分に強い反応を示していた。
……彼女が強い想いを向けている「ほのか」という子について、私は、彼女の死体を自分が保持しているということを、話の流れで彼女に伝えた。
ゾンビとなってしまっていた以上、このほのかさんについては、私たちの力をもってしても、もう手の施しようがない。
そこまでを理解した彼女は——せめて彼女の遺体は自分が持っておきたい——と言ってきたので、私は了承した。
彼女の遺体の引き渡しについては、ウィンドウ上の操作で完了した。
倒したゾンビの死体についてはまだ何も手をつけていなかったので、渡すこと自体は問題なかった。問題があるとしたら、大量のゾンビの死体の中からほのかさん本人を探すことが、少々大変だった。
カノさんにも手伝ってもらって、高校生くらいの女の子ということである程度絞って、そこからは特徴を聞いたりして本人を割り出した。
最終確認はリコちゃん本人にしてもらうことになったのだけど、彼女の遺体は他ならぬ私によって頭部に多大な損傷を負っていたので、正直な忠告として——見ない方がいいと思う、と私は彼女に言った。
幽ヶ屋さんも、リコちゃんに向けて——確認は私がやってもいい、と言っていた。聞けば、ほのかさんは女子テニス部の一員だったらしく、確かにそれならば本人確認は彼女にも可能だろう。
しかしリコちゃんは自分で確認するという意見を変えることはなく、結局彼女は私がウィンドウに映した映像を見て、ほのかさん本人であることを確認していた。
正直、手を下した張本人としてどんな顔をすればいいのか分からなかったので、私は彼女の後ろに控えていた。なので、その際のリコちゃんの様子を私は詳しくは知らない。
私が知っているのは、リコちゃんはしっかりと画面の中の彼女を見て、本人だと確認したということ。そして、昨日のように、特に泣いたり叫んだりはしなかった、ということ。それだけ。
引き渡しが終わったけど、リコちゃんの様子によっては——これからすぐにゾンビと対決するのは控えるべきか……とも考えた。
しかし、当のリコちゃん自身は特に引きずるような様子は見せておらず、どころか自分から「早くやりたい」と言ってきたので、そのまますぐにゾンビ戦に移ることになった。
その際には、グラウンドから一番近い出入り口である正門から学校の外に出た。
当然そこには、昨日の夜の一件によって、ゾンビの死体の凄まじいアレがあるわけだ。
正直、わざわざここを通るのもどうなのかとも思ったが、先ほどのリコちゃんの様子を見ていたら、むしろこれも必要なのかもな……という思いが浮かんだ。
この程度の光景に二の足を踏んでいるようでは、どの道、この先プレイヤーとして戦いの中に身を投じることなど出来まい、と。
それに、この三人ならあの光景を見たところで怯むことはないだろう、という思いもあった。
南雲さんは元から心配はしていなかったし、幽ヶ屋さんなどは、ある意味南雲さん以上の猛者だと判明したので、やはり心配なさそう。
そして、一番心配だったリコちゃんについても、今なら大丈夫だと思う。彼女の覚悟は本物だ。彼女は最初の印象とはむしろ真逆の存在のようだと、ここにきて私はそう思い始めている。
なんてことを考えながら、私たちは正門を出たのだが——結局のところ、そんな思考はまるっきり空振りに終わることになった。
校門の外の光景を見たら、三人はどんな反応を示すんだろうか……いやいや、なんなら私自身だって、明るい中で見たらどうなるか分からないぞ——なんて。
そんな懸念は、まるっきり無駄に終わった。
なぜなら、正門の外には——昨日の出来事がまるで夢か何かであったかのように——ゾンビの死体はおろか、血の跡の一つとして存在していなかったのだから。




