第125話 内に秘めし覚悟
私は南雲さんに諸々を説明して契約者になってもらうための話を落ち着いてするために、体育館二階の部屋にやって来ていた。
部屋の中にいるのは、私、マナハス、マユリちゃん、南雲さん、幽ヶ屋さん……そしてなぜかリコちゃん。
——マユリちゃんに関しては、いつの間にかマナハスについて来ていた。
うん、まあ、こっちの子については、別にいいんだけどさ。
いや、そう、だから、こっちの子ですよ。
や、なんかこの子、あのまま普通について来たんすよ、この部屋の中まで。
あれー、内密の話をするって言ったの、聞こえてなかったのかナァ……
「あの、えっと、リコち——リコ、なんでここまでついて来たの?」
「? え、何か問題あるの? なんかまるでアタシがついて来ちゃいけないみたいな言い方するじゃない」
まるでも何も、まんまその通りなんだけど……
見かねた幽ヶ屋さんが、リコちゃんを諭しにかかる。
「リコ、私たちはこれから内密の話をするから、あなたは……、んん……と、いうか、リコは後で話すのに納得してたわよね、どうしてついて来たの?」
「え? そりゃ、アタシの話は後でいいですけど、だから、その時までこうして待ってるんじゃないですか、部長。——え、それが、な、なんか、ダメなんですか……?」
幽ヶ屋さんが困ったような顔をして私の方を見てくる。
いやそんな——聞き分けのない犬なんです……。あとちょっと、おバカさんだから、この子——みたいな顔されても、こっちも困るんですけど……。
「こう見えて、口は固いし、約束はちゃんと守る子なんです……。だから、どうでしょう、カガミさん……?」
いやそんな、遠回しに滞在許可求めてきてるじゃないですか……!
なんならもう、自分が言い聞かせるの面倒に思ってるんじゃないですか、部長さん? いや、私はすでに面倒になってるけど……。
「いや、まあ……いいですけど」
「あ、ありがとうございます、カガミさん」
まあ別に、よっぽど秘密にしたいわけでもないし。ここに来たのは、人気の無いところでゆっくり話したいってのがメインだから。
そんならいいや、リコちゃんのことは置いといて、まずは南雲さんに説明をしよう。
というわけで、私は一連の話を南雲さんに説明した。
まずは私たち——私やマナハスの事について。これは、幽ヶ屋さんに説明したのと同じ説明を繰り返す。
それから、幽ヶ屋さんの事について。彼女も“力”に目覚めたということ。(その流れで、彼女の元から持っている特殊な力と、そんな力を持つ彼女の見立てでは、この能力には危険はなさそうだとのことでした——というのも話しておいた)
そして、力に目覚めた人は新たに他の人にも力を分け与える事ができる、ということも。
なので、その相手として自分が推薦したのが南雲さんで、幽ヶ屋さん本人や会長さんも賛成しているので、ど、どうですか……?
——と、まあそんな感じ。
話を聞いた南雲さんは、しばらくの間、瞑目して考えているようだった。
黙考している彼女と対照的に、リコちゃんは幽ヶ屋さんも謎の力を手に入れたということで、すごく驚いて色々と彼女に話しかけていた。
なんとなく、その様子を見るに、リコちゃんは幽ヶ屋さんが元からガチの霊能者だということは、あまり具体的には知らないようだった。
少し人と違う能力がある、くらいは知っているみたいだったけど、かなりガチのレベルとは知らないっぽい。
でもさっきの話でそれについての部分もあったから、なんなら元からガチめの霊能者だと知って今更に驚いているという感じ。
しばらくリコちゃんの話し声ばかりが響いていた部屋の中で、不意に南雲さんが開眼し、続いて返答のために口を開いた。
「……幽ヶ屋部長、私でよければ、この提案、受けさせてもらいたい」
「南雲さん……! こ、こちらこそ、よろしくお願いします! ——あの、でも、本当にいいんですか? この契約って、どうも私の部下みたいになっちゃうらしいですけど……?」
「もちろんだ。……安心して欲しい。主君に仕える武士のように、私は貴方に従うつもりだ、幽ヶ屋部長。——いや、ならばここは呼び名も改めて、“主人殿”とでもお呼びするべきだろうか……?」
「い、いえ、そんな、滅相もない! 普通に呼んでもらって構いませんので……!」
「そうか……それなら、幽ヶ屋さん、改めてよろしくお願いする」
「は、はい、こちらこそ……!」
やったね、幽ヶ屋さん! 最初から最強のメンバーが仲間になったね!
いやー、南雲さんがサーヴァントとか、普通に私も羨ましいくらいだわ。
まあでも、南雲さん相手だと私もなにかと緊張しちゃうから、あるいは幽ヶ屋さんのパーティーメンバーくらいの距離感がちょうどいいのかもしれないな。
南雲さんがオッケーしてくれたので、さっそく契約を進めていく。
契約は問題なく完了し、南雲さんは幽ヶ屋さんのサーヴァントとなり、“力”に覚醒した。
「すごい……本当に南雲さんにも“力”が宿った……!」
「……これが、火神さん達と同じ、“力”……」
さて、無事に南雲さんもプレイヤーとなったところで、チュートリアルを進めていきますか。
南雲さんは今さっきなったから当然だけど、幽ヶ屋さんについてもまだチュートリアルは全然進めてないのよね、後回しにしてたから。
うーん、幽ヶ屋さんは一体何の武器を選ぶんだろうなー。
南雲さんについては、武器は薙刀だろうから悩む必要ないけど。——ってかそうじゃん、彼女の武器の薙刀はすでにあるんだわ。昨日の夜の探索の時に買ったやつが。
んなら、南雲さんにはそれ渡せばいいし、そうなるとチュートリアルでは別のやつを取ってもらうべきかな。
……つーか南雲さんの場合、初期スキルも別に薙刀の技術とか取る必要ないんじゃね? ってくらいだけどね。ここも他のを薦めてみるべきなんかね?
とりあえずそこの所を色々と話すためにも私が二人に声をかけようとしたところで、横から元気な声が先行した。
「……ほ、ホントにこれで、南雲さんもスーパーヒーローになったの? ——ね、ねえ、これって、あと一人まで出来るのよね? ぶ、部長! あと一人は誰にするんですかっ……?!」
「えっ、いや、それは、まだ決めてないけど……」
リコちゃんの問いかけにそう答えつつ、幽ヶ屋さんは私の方を見てくる。
……ふむ、もう一人か。南雲さん以外には、これといって私にも候補は思いついていない。
まあ、幽ヶ屋さんのパーティーメンバーなんだから、最終的には彼女が決めることだろうけど。だけど出来れば早めに見つけておきたいところではあるね、やっぱり。
「まだ決まってないんですか……? ——あ、あの、部長! だったら……あ、アタシっ、立候補してもいいですかっ……!?」
「えっ!? り、リコ、なに言ってるの……? あ、あなた、それ本気で——」
「部長! アタシ……本気ですっ! だから……部長! お願いしますッ!!」
「り、リコ……」
幽ヶ屋さんが困ったような顔で、私の方を見てくる。
……ふむ、立候補者が早くも現れた。
とは、いえ……
サーヴァントになれば特殊能力も、強力な武器も、それを操る技術も手に入るのだから、実際のところ、誰であろうと実力的には問題ないと言える。
しかし、本当の意味で戦力になれるのは、やはり素質のある人間だけだ。
彼女がプレイヤーとしてやっていけるのか、彼女にその素質があるのか……。
そこは見極めておかないといけない。
南雲さんには聞くまでもないと思っていたけど、この子には聞いておかないとだろう。
私はリコちゃんに向けて口を開いた。
「リコ……契約するということがどういうことか、あなたはちゃんと理解している……?」
「な、なに……どういうこと?」
「幽ヶ屋さんと契約して“力”を得るということは、つまり……戦いの場に出るってことなんだよ」
「っ……!」
「それはつまり、ゾンビと戦い、ヤツらを排除しなければならないということだよ。それも自らの手で、ね。リコ、あなたは、それが出来るの……? その覚悟はあるの?」
「覚悟……」
「力を得るということは、その力に見合った責任を背負うということでもある。あらゆる危険、あらゆる脅威に、立ち向かう覚悟が必要になる。自らその立場を選んだなら、その責任も背負う覚悟がいる。そうでなければ、その立場を得る資格は無い」
「資格……」
「戦う覚悟がないのなら、力を得る資格は——素質はない。限られた枠なのだから、人一倍の覚悟がいる。リコ、あなたには、それがあ——」
「あるわっ——!!」
リコちゃんは私のことを、キッ——と強く睨みつけて吼える。
「そんなこと……聞かれるまでもないわ。……昨日、ほのかが死んだ時から、アタシの中で燃えているのよ……メラメラと、赤い、熱い、怒りの炎がッ……! アタシはっ、ほのかを奪ったこんな状況が、こんな世界が、こんな理不尽がっ、我慢ならないのッ……!! このまま、何もしないで——何も出来ないで、ただ悔しさに耐えるだけなんて、それこそ耐えられないわっ!! だから、アタシに何か出来るなら、こんな状況に抗う力が手に入るなら……アタシはそれを望む」
鬼気迫る——を体現しているかのような彼女は、そこで私の方から幽ヶ屋さんに向き直った。
「だから、部長……お願いします……!! アタシにも、力を授けてください! この、理不尽な世界に立ち向かうための、力を……!」
幽ヶ屋さんがこちらをチラリと見てくるので、私は無言で頷いておいた。
リコちゃん……実のところ、彼女は心の内に“かなり強い想い”を秘めていたらしい。
あるいは、彼女が今日やたらと私に絡んで来ていたのも、私の戦うところをその目で見て、なにか思うところがあったからだったりするのかも。
さっきの彼女の発言には、私も気圧される迫力があった。あの分なら、充分な覚悟があると認めざるを得ないところだ。
「……分かった。それじゃあ、リコ……本当に、いいのね?」
「……はい。部長、お願いします」
というわけで、急遽二人目のサーヴァントとしてリコちゃんとの契約が決定した。
それからすぐに、リコちゃんも幽ヶ屋さんと無事に契約を交わして、プレイヤーとして覚醒した。




