第１２４話 メンタルブレイクテニス部員ちゃんさん君ェ
ナントカという結界を解いた幽ヶ屋さんは、無事にプレイヤーとして覚醒した。
私は能力についてひとしきりの説明を彼女にすると、さっそくパーティーを組めるのか試してみた。
結果、パーティーも無事に組むことが出来た。
それはつまり、ポイントについても私の持ち点を渡すことが出来るということだ。
それはさらに、パワーレベリングも真っ青の一気呵成なレベルアップが可能だということである。
なので幽ヶ屋さんは、私に渡されたポイントによって、チュートリアルも終わる前からすでにレベルが１０まで上がっていた。
そして彼女も契約機能が解放されたので、自分の契約戦士を二人、作成することが可能になった。
そこまで進んだところで、私達は今までいた体育館の二階の一室より下に降りて行った。
理由としてはもちろん、彼女のサーヴァントを見繕うためだ。
とりあえず一人、私が是非とも推薦する人がいるので、まずはその人にでも声をかけてみるつもりだ。
まあその人ってのは、つまりは南雲さんのことだけど。
その名前を出したところ、会長さんと幽ヶ屋さんの二人も完全に納得って感じの様子だった。——“さすなぐ”ってことですね。
他の候補としては、まだ保留だ。
この場合、一番に候補に上がりそうなのは会長さんなわけだけど、彼女と契約することについては幽ヶ屋さんが反対した。
会長さんが幽ヶ屋さんを心配するのと同様に、幽ヶ屋さんも会長さんを戦いに巻き込むことを心配していた。だからこそ、会長さんと契約することに彼女は反対した。
とはいえ会長さんも、幽ヶ屋さんにだけ危険な目に遭わせるわけには——と食い下がってたが、幽ヶ屋さんが頑として譲らなかったので、結局は会長さんが折れた。
幽ヶ屋さんの考えは、私とは違うようだ。私はむしろ力を持った方が安全だと考えてマナハスを巻き込んだわけだが、幽ヶ屋さんは巻き込んだ方が危険との判断なのだろう。
まあ、彼女の場合はすでに私達という戦力や、この体育館という安全地帯があるので、私の時とは少し状況は違うと言えるけど。
さて、それで、会長さんに代表をやってもらう件についてはどうなったかというと、なんか、なし崩し的に受けてもらえる感じになった。
幽ヶ屋さんがプレイヤーとなってしまった以上は、会長さんとしても傍観者としての立場は取れないといった様子で——契約して一緒に戦うことが出来ないならば、他になんでも自分が出来ることをして、少しでも助けになる——という意気のようだった。
なので、例の“約束”の事を持ち出す必要もなく、むしろ彼女の方からやらせて欲しいと逆に頼まれることになった。
その際には、さっきの話で出た件について、「私たちにだけ戦いを押し付けるような真似はしない」ということを、彼女は自ら宣言した。
アレは私としては、ちょっとした揺さぶりのつもりだったんだけど——まあ結果的にいい感じに意識してもらえたっぽいから、いいか。
さて、私は会長さんに例のお願いをするために二人きりでゆっくり話したかったので、さっきまでは二階の部屋までわさわざ足を運んでいたわけなのですが。（幽ヶ屋さんは、なんか普通についてきていた）
その間に他のメンバー、とりわけマナハスには何をしてもらっていたかと言うと、彼女には、床の修理や怪我人の治療をお願いしていた。
天井の破片の大部分は私たちが通った際の“道”に落ちたので大事には至らなかったが、それでも、その周辺にいた人の中には、破片によって怪我を負った人もいたのだ。
幸運にも大怪我したような人は居なかったので、これ幸いと彼ら彼女らには、マナハスの治癒魔法の実験台——ではなく、記念すべき最初の奇跡の体験者になってもらった。
まあ、アイテム使うのはもったいないし、治癒魔法がどれくらいのもんなのかも試せるし、怪我人も癒されるし、いいことづくめよな。
天井の破片によるもの以外にも、他の要因で怪我を負っていた人とかも結構いたし、そういう人もまとめて治すことになった。——昨日の噛まれた兄ちゃんとかね。
体育館内とはいえ、マナハスから離れることに関しての不安は、まあ、“結界”がちゃんと効いてるから大丈夫だろう……という判断だ。
そう、実は体育館に入る前に、すでに私は例の「守護君」を設置していた。
いや——屋根から降りる前に、二階のベランダのような部分に降りて、窓から体育館の二階の空き部屋に入って（窓の鍵は聖女様が開けた）、そこに「守護君」を設置して起動までしておいたのだ。
ただ、このまま二階からみんなの前に行くのもどうかと思ったし、どうせみんなの前で話すことになるのでそっちの方がいいかと思って、私たちは（また窓からいったん外に出ると）一階の入り口の方まで回ったというわけ。
まあその結果、体育館のドアの鍵を念力で開ける方法が使えなくなったので（なんか念力が弾かれるらしい）、通信飛ばして藤川さん経由で中野くんを呼ばないと入れなくなったんだけどね。——まあその分、ちゃんと防御が効いてるのは分かったわけだけど。
“守護君”の効果については、普通に体育館の建物全部を余裕でカバーできている様子だった。
ま、とりあえずこれで、この体育館はゾンビはもちろん怪獣に対してだって有効なシェルターとして機能することになっただろう。……まあ、あと人間の襲撃者についてもね。
例の襲撃者の正体については、まるで手がかりも心当たりもないが、おそらくは私たちと同類の——つまりはプレイヤーの誰かと見て十中八九、間違いあるまい。
まさか幽ヶ屋さんみたいに天然の謎の能力者とかそうそう居るとは思えないし……その線が濃厚だろう。
……しかしそうなると、今の時点で私たちと張り合えるレベルのプレイヤーがいるということだ。
自分でいうのもなんだけど、私ってわりと成長スピード飛ばしている方だと思っていたんだけど、そうでもなかったのかな……。
とにかく、安全なシェルターが確保出来たとしても、油断は出来ない状況だということだ。
襲撃者の件があるので、（初心者プレイヤーの育成のためとはいえ）外に出るのは危険という考えもある。
いや、だからこそむしろ今すぐに新たな戦力を育成する必要があるとも言える。
そのためなら、自分の稼いだポイントを融通することだって私に躊躇いはない。
戦いにおいて最も重要なのは、結局のところ“数”だから。一人を突出して強化するよりも、複数の強者を育成する方が有効なのだ。やっぱり人手の多さが無いと、どうにもならんこともままあるわけだし。
まあそうは言っても、南雲さんあたりが覚醒したら普通に突出した戦力になりそーだけどね。期待値ＳＳＲでしょあの人は。
つーわけで、まずはその南雲さんを覚醒戦士に勧誘するために、私は早速彼女に接触を図る。
下に降りた時点で、マナハスの治療イベントはあらかた終了していたようで、彼女は降りてきた私たちに反応すると、早速こちらにやって来た。
そして、その後ろをゾロゾロとついてくる人たち。
……なんか色んな人たちがいるなぁ。
藤川さん越前さんマユリちゃんを始め、藤川ママンや香月さんや前田さん、女子テニス部のメンバー、武道場のメンバー、……あの二人は、昨日治療したヤンキー先輩ズか。もう一人の浄化した男性もいる。
他にも、昨日の夜に校舎から助けた——狩沢さんだったっけ——あの子ともう一人の子とか、他にもよく分からん人も何人か居る。この辺は、今回治療してもらった人たちとかだろうか。
それらの面々が、マナハスの後に続いてゾロゾロと移動してくるわけだ。
なんだろう、今パッと「初期のキリスト」って言葉が頭に浮かんだわ。——あの中から、後々は十二使徒とか出てくるんだろうか……？
——またバカなこと言って……って軽く流せない雰囲気があるかも知れないわね……
……会長さんにはああ言ったけど、むしろ、まさにこれからソレ系の団体が発足するところなのかもしれんね。
ま、まあ、とにかく、まずは南雲さんだ。
集団の中にはちゃんと南雲さんも居る。とりあえず彼女とゆっくり話すために、集団から離れた場所に連れて行くか——
そう思って南雲さんの元へ行こうとしたら、マナハスより「念話」が送られてきた。
『“……なあ、なんか魔法で治療してたらこんなんなったんだけど、どーすりゃいい……？”』
『“……えーっと、後でいい？ 私、ちょっと南雲さんに用があるからさぁ……”』
『“はぁっ！？ お前、私のこと放っておいて一人だけ楽しようなんて、そうはさせんぞ……！”』
『“え、いやいや、そーゆうんじゃないから。……つーかさ、会長さんと話してたらなんかスゲー展開になったから、ちょっとその事をまず伝えとくよ”』
『“え、なによ？”』
私はマナハスに『“〜話し合いの顛末〜”』を念話で圧縮して伝えた。
受け取ったマナハスは一瞬——ピクリと反応したけど、すぐに読み込んだようだった。
『“……マジか、これ……？ え、幽ヶ屋さんってそんなヤバい感じの人だったの？”』
『“なんならマナハスより聖女の素質ありそうだよね”』
『“いやマジで……代わってくださいって頼もうかな”』
『“いや、いまさらそれは無理でしょ。……まあ、そんなわけだから、南雲さんを連れて行くね”』
『“いや私も行くから。置いていくなって、マジで”』
『“んなら、そうね……とりあえず、後処理は会長さんに任せるとするか”』
『“……あー、会長さん、すみません、たのんます……！”』
というわけで、集まった面々については会長さんに任せて、私とマナハスと幽ヶ屋さんは、南雲さんを連れてさっきの部屋に戻るとしよう。
そう思って、私は会長さんにその辺のことをお願いして——半端無理やり了承を取り付けることに成功した。
なのでそれから改めて、私は南雲さんのところに向かおうとしたのだけれど——
「ちょっと、アンタ！ ようやく話が出来るわね！ ちょっと顔貸しなさいよ！ そのやたら綺麗な顔をねっ！」
その時突然、謎の啖呵を切りながら、やたらと私に絡んでくる人が現れた。
この子は——ああ、メンタルブレイクテニス部員のリコちゃんじゃないか。
どうやら彼女は、あれから一晩経ってメンタルも回復したようだ。
その証拠に、こうして元気に私に噛みついてくる。
「言っとくけど！ アンタがいくら強くて、ヒーローみたいにかっこよくみんなを悪者から助けて、しかもルックスもすごくイカしてる人間なんだとしても……アタシはアンタのやったことを忘れたりはしないんだからねっ！」
キミ、なんか知らんけど、褒めたいのか噛みつきたいのかどっちかにしたら……？
「えっと、あなたは……」
「……アンタ、アタシのこと、ちゃんと覚えているんでしょうね？」
「……私のファンの人でしたっけ？」
「はあっ！？ アンタ、ふざけるんじゃっ——」
「冗談ですよ。確か、リコちゃんと、そう呼ばれてましたよね？」
「ふ、ふんっ、いちおう、ちゃんと覚えていたようね！ ——しかも最初から名前にちゃん付け呼びなんて……そ、そんなので気を許したりとかしないんだからっ、舐めないでよね！」
や、苗字知らないから、名前でしか呼びようがないだけですよ。
うーん、確かに彼女とは浅からぬ因縁があるし、いずれはどうにかしなければと思っていたんだけど……ぶっちゃけ今はダルいな。
申し訳ないけど、とりあえずこの場は誤魔化して、またいずれ機会を作るか——
と、私がそんな不埒な考えを浮かべたあたりで、幽ヶ屋さんがフォローに入ってくれた。
「ちょっと、リコ、カガミさんにそんなに食いかかっちゃ……。——一体どうしたの？ 昨日の……ほのかのことなら、アレから私と話し合って……彼女のことはカガミさんのせいじゃないって、ちゃんとあなたも納得してたわよね？」
「だ、だって、部長……それでも一言くらい、本人からなんか言って欲しいじゃないですかぁ。だけどコイツってばぜんぜんアタシのところに来ないし、体育館に来てもすぐにどっか行っちゃうんですもん……」
「それは、だってカガミさんは忙しいんだから、しょうがないでしょう。その忙しくしてるのだって、ここのみんなの安全を守るためなんだし」
「だけどぉ……」
「……すいません、リコちゃんさん、幽ヶ屋さんの言う通り、私は今ちょっと忙しくしてて……なので、話は後でもいいですか？」
「……分かったわよ。なら、後でちゃんと話をしなさいよねっ」
「ええ、もちろん。ありがとうございます。リコちゃんさん」
「てゆうかっ、アタシのこと変な風に呼ばないでっ！ 普通にリコって呼んでいいからっ！」
「分かりました。リコさん」
「……別に、さんも要らないわっ。あと、敬語も不要よ！ アンタあたしより年上でしょ！」
「……じゃあ、分かったよ、リコ」
「……っ！ も、もう一度呼んでみなさいよっ……！」
「……？ リコ、どうした……？」
「………………………………………………………………」なにやら私の方を無言でジッと見つめてくるリコちゃん。
「……？ あ、あの、何か……？」
「——っ！ べ、別にっ！ その服も、無駄にすごく似合ってるわねって思っただけよ！」
「はあ、どうも……？」
なんだろう、年下の子相手にいきなり敬語抜きで話せって言われても、なんかやりづらいなぁ。
私って基本、初対面は年下相手でも敬語だし。というか年下とか以前に、私ってよっぽど仲良くでもならない限りは、基本的に誰に対しても敬語なんだけどね。
まあいいや、リコちゃんは後回しで良いらしいから、とりあえず南雲さんに話を通そう。——というわけで南雲さんの元へ向かう。
そんなに離れてもいないけど、ようやく私は南雲さんの元まで辿り着けたので、彼女に話しかける。
「南雲さん、あの、ちょっといいですか？」
「火神さん、どうした？」
南雲さんは私の言葉に反応すると、私に向けた視線が——ひとしきり私の全身を眺めるように動く。
「改めて見てみると……なかなかの衣装だな、火神さん」
「……変ですか？」
「いや、私も似合っていると思う。火神さんの凛とした雰囲気によく馴染んでいると思うよ」
「あ、はい……その、ありがとうございます」
南雲さんにそんなにストレートに褒められたら、私としても少し照れてしまう。彼女の言葉には、なんだかそれだけの力がある。
……というか、さっきのリコちゃんとの一幕も聞かれていたみたいね。
「ちょ、ちょっと！ アタシが褒めた時は平気な顔してたのに、どうして南雲さんが褒めたらそんなに照れてるのよっ！ ——まさか、アンタって南雲さんみたいな人がタイプなのっ……！？」
リコちゃん君さぁ、何を言っているんだいキミは……。
とりあえずリコちゃんのことはスルーして、私は南雲さんとの話を続ける。
「あの、南雲さん、少し話があるんですけど……ここじゃなんなので、別のところについてきてもらってもいいですか？」
「内密の話か……ああ、もちろん構わないよ。どこへなりとも案内してくれ」
「分かりました。それじゃ、こちらへ……」
「ちょ、ちょっと！ 二人だけでどこに行くつもりなの……？！ ——ま、まさか、二人っきりで、こんな昼間からっ……？！ だ、ダメよそんなの！」
リコちゃんさんェ……。
……いや、まず二人きりじゃないし、マナハスとか幽ヶ屋さんもついてきてるし。
なにやらぎゃあぎゃあと喚いているリコさんちゃんの声をバックに、私はマナハスや南雲さんたちを引き連れて、再び二階の部屋に上がっていった。
