第123話 あ、野生の主人公が現れた!
幽ヶ屋さんは、自分のことについて語った。
私は、その話を最後まで聞いて……とりあえず理解したところを確認する。
「……つまり、幽ヶ屋さんは実家が幽ヶ屋神社という神社の生まれで、子供の頃から霊能力が使えて、それで、二日前に“例の声”を聞いた時には、とっさにその力を使って“声”の影響を遮断したと、そういうことですか……?」
「ええ、そうです。“心離結界”と言って、心の内に防壁を作って悪しき影響から精神を守る術で、それを今も使ってて……」
「…………ということは、幽ヶ屋さんにとって“例の声”の影響は、精神に悪影響のある悪いモノだって認識だということですか……?」
「あ、いえ、そこはまだはっきりとは分からなくて……。ただ、突然によく分からないモノが入り込んで来る気配を感じたので、とっさに使っただけ、というか」
「そう、ですか……」
いやー……、モノホンの霊能力者から“あの声”のことを——つまりはプレイヤーの能力を——悪しきモノとか断定されちゃったら、マジどうしようかと思ったよ……。
——はっきり分かってないらしいし、その可能性はあるんじゃない?
うーん……。
……てか、マジなんか? マジでこの人、霊能力者なの?
謎の力を得た私が言うのもなんだけど、霊能力とか実在したんか? 初めて実物に会ったんだけど。
——彼女がその、ナントカとか言う結界を解いて、それでプレイヤーに覚醒したんだとしたら……それで証明されたことになるんじゃない?
そう、か。ああ、確かに、今も遮断しているだけとか言ってるし、解いたらそうなる可能性はあるわけか。
つーかそうなると、プレイヤーが増えるわけだ。私以外にも。
——実際のところ、それについてはどう考える?
そうだね……。総合的に見て、まあ、わりと歓迎、かな?
——それはつまり、彼女は味方だと考えているってこと?
まあ、今のところは。一応、恩も売ってあるし。
それに、今から覚醒するんだとしたら、確実に私の方が先を行ってるわけだし。少なくとも、戦力的な脅威度としては低い。
まるっきりの初心者と考えれば、こちらが先達として色々と便宜を図ることで、さらに恩を売ることだって出来る。
人格的にも、特に不安要素は無いし、今のところは。
まあ、一つ懸念事項があるとしたら、やっぱり“霊能力”ってやつだけど。
ただこれについても、考えようによってはむしろ、かなり得難い能力と言えるのかもしれない。なにせ、プレイヤーの能力とはまったく別の由来のようだし。
まあ単純に新しいプレイヤーという新規戦力が増えることは、やっぱり大きい。
なんせ、さっきはあんな奴が突然襲ってきたりしたんだし、戦力強化は危急の要件だ。新規プレイヤーなんて、諸手を挙げて歓迎でしょ今は。
——さて、彼女がプレイヤーになるのかどうかは、まだ分からないでしょうけど。
説得してでもやってもらうべきだよもう。
つーか本人としても、こんな状況だし、戦う力とか普通なら欲しがると思うんだけどなぁ。
まあいい。とりあえず、普通に聞いてみよう。
「……あの、幽ヶ屋さん。“例の声”の正体については、私たちでも把握していないんですけど、声を聞くことでどうなるかは、ある程度、把握しています。——自分の体験でもって。……なので、その上で提案なのですが、“声”の遮断を解いて、力に覚醒するつもりはありませんか?」
「なっ、カガミさん、それは——」
「……カガミさん、実体験として、その力のこと、どう感じていますか……?」
「霊子……?!」
「……今のところは、悪い印象はありません。正体が分からない不安はありますが、それを補って余りあるほど有用である——というのが正直なところですかね」
「そう、ですか」
「レイコ……まさか、受け入れるつもりなの……?」
「私としては、是非とも幽ヶ屋さんにはそうしてもらいたいところですね」
「なっ、ちょっと……!?」
「……」
「力の扱い方については、知っているだけのことはお教えしますし、出来る限りのサポートもするつもりです」
「なっ、なんでそこまで……?」
「なんでも何も、“力”の使い手が多いに越したことはないでしょう? ——こんな状況ですからね。戦力が増えるなら、私は当然、それを歓迎しますよ」
「戦力って……レイコにも戦わせるつもりなんですか、あなたは……!」
「戦いは避けられませんよ。会長さん、あなたも分かっているでしょう? ——なにせ、ついさっきあんなことがあったんですから。あれを見てもなお、そんな悠長なことを言うつもりですか? ……あるいは、会長さんは、戦いはすべて我々に任せようと、そういうお考えなんですか?」
「そ、それは——」
「会長さんが、もしもそういう考えをお持ちなんでしたら……その時は、先程の提案は撤回させていただくとします。——どうやら、見込み違いだったようですので」
「っ……」
「あ、あの……カガミさん」
「……なんでしょう?」
「“例の声”を受け入れるか決める前に、カガミさんの事を詳しく視させていただけないでしょうか……?」
「……えっと、みる、とは……?」
「その、それっぽく言えば、いわゆる“霊視”というやつです」
「……なるほど……? え、と、それをすると、どうなるんですか……?」
「もし、カガミさんに宿っている“力”が、なんらかの邪なるモノなら、それを感じとることが出来るかもしれません」
「…………分かりました。どうぞ、やってみてください」
「いいんですね……? それじゃ、やってみます」
そう言うと幽ヶ屋さんは、私のすぐ前まで来ると、私の頭を両手で包むように抱えて、さらには自分の顔を私の顔に近づけていく。
お互いの鼻が触れ合うほどに近づいたかと思ったら、彼女は目を閉じて、私の額に自分の額を重ねた。——つまりはよくある、額で熱を測るような格好になった。
お互いの吐息がふれあうほどの距離で、しかし、彼女の真剣な様子はひしひしと伝わってきた。
なんとなく、あまりにも顔が近いので、私は自分も目を瞑りつつ、【視点操作】のスキルで俯瞰的に自分と彼女を見る。
……正直、確認されるのもそれはそれで怖いんだけど、でも、やっぱり専門家(?)の意見も聞いておきたいし、霊視とやらを拒否する選択肢はない。
だけど私としては、たとえこの力が実は邪悪系の力だったとしても、もうそのまま使う気だけどね。
だって今の情勢では、この力が無いと大切なものを守ることは出来ない。
たとえ闇の力なんだとしても、ようは使いようだ。私はダークサイドに堕ちることなく使いこなしてみせる。光と闇が合わさり最強になる。——メイス・ウィンドゥに、私はなる……!
……ま、ゆーていまさら、こんな便利な力を捨てるとか無理っしょ……。
——まあ、実際もう手遅れ感はあるわよね。
だけど、仮にマジでこの力が闇系のヤツなんだとしたら……幽ヶ屋さんに受け入れろとはもう言えなくなるなぁ。
さっきはあんな言ったけど、会長さんの言いたい事もよく分かるし。自分の大切な友達が危険に巻き込まれようとしているなら、それを心配するのは当然だ。
まあ、加えて言うなら、それに巻き込もうとしているやつが一等怪しい奴だとしたら、なおさらっしょ。
——自分でゆーなっての。
と、そんな感じのことをつらつらと考えていたら霊視は終わったようで、幽ヶ屋さんが私より離れる。
会長さんが、恐る恐るといった様子で尋ねる。
「ど、どうだったの……?」
「……カガミさんの中に宿っている力には、視たところ、邪気は感じられなかった。——それに、カガミさん自身についても、なにか邪な気持ちを抱いているわけでは無かった。むしろ彼女は、私たちの事を案じてくれている……この人は味方だよ、サエちゃん」
「そ、そうなの? ……ほんとに?」
……いや、待て待て、えっ、霊視って、心の中とか読んだり出来るアレなの? いや、ちょっ、待っ——
「カガミさん、あの、これは、“例の力”には関係ないかもしれないんですけど……あの、あなたって、双子の片割れと死別していたりとかしますか?」
「……は?」
「あ、いえ、なんというか、あなたの中に二人目の気配を感じたと言うか……。あなたによく似た、しかし別人の誰かの……」
…………アレ、カノさんって、私の死に別れた双子の姉妹だった……?
——なわけないでしょ……! ってか、マジか、この人。……ホンモノじゃん。
いや、てか、待って。
カノさんのこと、なんて説明すればいいの? 妄想癖が高じた末にスキルによって別人格が生えました——とか、言うの恥ずかしいんだけど。
……もう死に別れた双子ってことにしとこうか?
——人の存在を恥ずかしいとか言うんじゃないわよ。普通に、能力の一種ですって適当に誤魔化せばいいじゃないのよ、まったく。
「……いえ、私に双子の片割れはいません。その気配については、おそらく、私のとある能力についてを感じ取ったんだと思います」
「能力、ですか?」
「ええ。思考を分割できるという能力です。どうも、“例の力”は様々な能力を発現させることが出来るようで、私はそんな能力も新たに手に入れたんですよ」
「そうなんですか……それは、驚きですね。——あ、それなら、他にも幽体離脱のような能力もあるんですか? なにやら上から見られているような気配も感じたんですけど……」
いや驚きなのはどう考えてもあなたの方ですよ。——【視点操作】の能力まで把握してるし……。
「……まあ、えっと、ちょっと違うんですけど、それも私の能力の一種です。——えーっと、それで、あの、幽ヶ屋さんの意思としては、どうですか? もちろん、無理にとはいいませんけど……」
「私は……受け入れることに、します」
「レイコ……っ! 本気っ……!?」
「カガミさんの言う通り、今は、大切な人を守るためには、力が必要だと私も思います……。もしも、この力が実は悪しき力で、私がそれを見抜けなかったんだとしても……それでも私は、後悔したりしない。それで、大切なものを守ることが出来るのなら……」
そう言って幽ヶ屋さんは、会長さんの方を見つめていた。
「——いいえ、だとしたら、その闇すらも支配してみせる……。私も“巫女”として、“祓い師”として、今日まで修行を積んできた身……。——古くは陰陽師に連なる、祓魔浄滅を掲げる祓い屋“幽ヶ夜家”……その千年の系譜にかけて、これしきの試練、きっと乗り越えてみせる……!」
……いや主人公か?
まさか幽ヶ屋さんがこんなに濃いぃキャラの人だったとは……知らなんだ。
——神社の娘で霊能力持ってて美少女でテニス部部長で幼馴染みは生徒会長で親友で案の定プレイヤーとしても選ばれてるって……もうコレこの人が主人公じゃん。
だってもう名前からして普通とは違うもんね。さっきの紹介で字も聞いたけど、フルネームは「幽ヶ屋霊子」って、そうとうじゃろコレェ。
——人のこと言えるのかしら、「火神雷火」に。
……なるほど、これがブーメランというやつか。刺さるわー……
「カガミさん、そういうわけなので、私もその力を受け入れます。……力の使い方、教えてもらってもいいですか?」
「もちろん、なんなりと。……そうですね、なんだったら、ポイントについても融通するんで、一気にレベル10くらいにまでしてしまいましょうか……?」
「ポイント? レベル……?」
どうだろう、彼女ともパーティー組めたらポイント渡せるんだろうか?
渡せるなら、やっぱレベル10くらいまではとっとと上げときたいよね。なんせそうしたら、さらに二人の戦力が増えるんだし。
そうなると真っ先に思いつく契約者の候補としては、やっぱりあの人だよね。
この人さえ覚醒してしまえば、もう敵無しって気がするレベルの人がいるわ。
まあとりあえず、幽ヶ屋さんには覚醒してもらおうか。
さあ、汝、幽ヶ屋霊子殿……今こそ、天の声を受け入れるのです……!