第120話 ダイナミック・エントリー
それは——体育館のステージ前にいた教師らしき人たちの前まで来たので、私が声をかけようと口を開いたのと同時に起こった。
何かが派手にぶっ壊れる音が背後より聞こえると同時に、
——敵襲ッッッ!!!
カノンさんの警告が脳内に響き、私は瞬時に背後を振り返る。
振り返った私の目に映ったのは——破壊された天井と、そこから天井の破片と共に降ってきて今まさに床に着地した人物だった。
私はまず真っ先に、不明人物とマナハスとの間に体を滑り込ませる。
その瞬間から臨戦態勢へと思考を切り替えつつ、天井から極めて無粋な乱入をかましてきた謎の人物を注視する。
そうしながら、自分の取るべき行動、その優先順位を確認していく。
最も重要な行動はすでに行った。では次は——
『——“敵襲!! 今すぐ最も大切な相手を守る行動をッ!!”』
『“真奈羽っ、敵出現っ、警戒してッ!!”』
カノさんが「念話」によりパーティーメンバーの二人に呼びかけを行う。
同時に私も、背後のマナハスに向けて、最大限の警鐘の感情を込めた「念話」を飛ばした。
不明人物がこちらを向いた。
ソイツは、完全に正体を隠す装備をしていた。
全身、一切の肌の露出のない服装に包んでおり、頭部は無機質な黒っぽい仮面のようなもので隠されていた。
だが確かに、仮面の下の視線を——私は感じていた。
一拍の間があった。しかし、黒仮面は動かなかった。
なので私は、すでに敵対存在であることは確定的に明らかであったが、対話の可能性を自分から捨てるつもりはなかったので、声をかけてみる。
「……あの——」
口を開いた瞬間消えた黒仮面が目の前に現れて拳が顔面に迫——当たった。
ほぼ同時にその手を掴む。
殴られた勢いで吹き飛ばされるはずの私はしかし、掴んだ腕により黒仮面ごとその場を吹き飛びそうになるが、どうやってか黒仮面はその場で踏ん張り持ち堪えたので、私も吹き飛ばずに済む。
私は黒仮面の右腕を掴んだ左手に満身の力を込めて握っていた。——それこそ、腕ごと握りつぶすくらいのつもりで。
黒仮面がそんな私を振り解こうと右腕を振り回す。片腕なのにその筋力は凄まじく、私はまるで布切れか何かのように宙を踊る。
高速でぐるぐる回る視界を——とっさの判断で(“視点操作”のスキルを使って)俯瞰視点に瞬時に切り替えて、なんとか状況を把握しつつ、私は掴んだ腕だけは放さないよう力を込め続ける。
すると、黒仮面は振り回す勢いのまま私を床に叩きつけた。ものすごい轟音と共に体育館の床が砕ける。しかし、私は腕を放さない。
黒仮面は私を床から引き上げると、今度は左腕で私の腹を殴りつけてきた。凄まじい衝撃——に構うことなく、食らった瞬間に私はその腕も残りの右手で掴んだ。
黒仮面が腕を引く。しかし、私は掴んだ両腕を放さない。
またもや振り回そうとしてくるが、今度は私も力を込めてそれに抗う。重心を低くして、黒仮面そのものもねじ伏せるつもりで掴んだ腕を引き下げるように力を込める。
しかし、黒仮面はその力に抗うように腕に力をこめていた。
結果、私たちの力は拮抗した。
だが——
——スタミナが保たないわよ……ッ!
……ッ!
『“真奈羽っ、魔法でコイツを拘束できるっ?! 長くは抑えられないッ!”』
「——ッ! ちょっ、ちょっと待ってろ……!」
真奈羽が声を発したことで黒仮面が反応を見せるが、私はSP回復アイテムを使いつつ更にスタミナパワーを込めることで、その動きを封じ込む。
——っ?! コイツ、【解析】が効かないわね……!?
カノさんは独自にスキルを試しているみたいだが、どうも黒仮面には効果がないみたいだ……。
マナハスの方から魔力の気配が発せられる。ギリギリ間に合ったか——
すると、黒仮面が大きく動いた。
あえて力を抜くことで拮抗を崩しにかかる。しかし、そんなことをすればそのまま私が抑え込むだけ——なにっ!?
黒仮面は私が抑え込む勢いにさらに自分の力も乗せて、そのまま体育館の床を粉砕した。——うそっ、やばっ、足場がッ!
崩れる足場にそのまま飲み込まれるかと思ったが、なぜか黒仮面は体勢を崩すことなく崩れた足場から飛び上がる——腕に掴まった私ごと。
——ッ!? と、黒仮面から動揺するような気配を感じる。
完全に意表をついたと思ったのか? 残念! 絶対離れないからなッ!
空中に大きく飛び上がった黒仮面(と私)。
そのまま避難者たちの人混みの中に落下してしまう——かと思ったら、黒仮面はさらに空中を踏み締めて再び飛び上がった。はあっ——!!?
今度は私が動揺する番だった。——しかし、腕はしっかり掴んでいる。
黒仮面は更に空中を踏み締めると、今度は私を手前にしてどこかに突撃していくような体勢になった。この先は——マナハスっ!!?
突進の瞬間——私は全身を全力で躍動させる。
すると、黒仮面の狙いは逸れて、私たちはマナハスのほんの少し横に高速で突っ込んで——床に激突し——床を破壊した。
黒仮面はすぐさま起きあがろうとする。私もすぐに抑え込もうとするが、もうすでにスタミナが底を尽きそうだった。——回復アイテムを使ってなお、足りない……!!
私のスタミナが尽きる寸前——マナハスの杖より青く光るヒモ状の魔力が伸びてくると、黒仮面に巻き付いて拘束した。
——いよしっ! ギリギリ間に合ったじゃん!
私のスタミナが尽きて、黒仮面を抑える力が抜けた瞬間——ヤツは大きく飛び上がって私の拘束より脱した。
だが、光るヒモは黒仮面をちゃんと捕えており、なんと、そのまま空中にヤツを抑え付けていた。
「皆さんッッ!! すぐにこの場よりなるべく離れて下さいッッ!! 急いでッッ!!」
私は大声で周囲に呼びかけつつ、腰の刀を抜き放った。
一瞬の逡巡の後、その刀をバチバチと放電させる。——非殺傷モードだ。
この選択の理由は、相手を殺さない配慮という理由もなくはないが、むしろこれの方が効果的かもしれないという考えがメインだ。
なにせコイツ、今の私の純粋なパワーにも真っ向から張り合うレベルなのだ。単純なパワーよりは搦め手の方が効くかもしれない。
まあ、優先度は低いが、なるべく殺さずに仕留めたいとも思うし。コイツには聞きたいことがあるし、それに——今のままでは、マナハスに殺しの片棒を担がせることになる。それは、避けたいところだし。
ここまで事態についていけずに呆然としていた周囲の人々が、にわかに騒ぎ出して私たちからなるべく離れるように動き出す中で、私は回復していくスタミナを確認しながら、マナハスに「念話」を飛ばす。
『“スタン刀でタコ殴りにしてみるから、ソイツ下に降ろしてくれる?”』
『“……あ、ああ”』
『“あ、地面には付かないくらいは浮かせといていいから”』
『“……了解”』
すると、光るヒモでグルグル巻きの黒仮面が下に降りてくる。
私は、縛られてからやけに大人しい黒仮面を不審に思いつつ、慎重に刀を構えて近づいていく。
スタミナがもうそろそろ満タンまで回復する。その瞬間に攻撃開始しようと思っていた私の前で、突如として黒仮面が動き——光の縄より抜け出した。
瞬間、私は飛び出して斬りかかる。黒仮面は躱す素振りを見せたが躱しきれず、しかし、私も狙い通りの場所には当てられず浅い斬撃を与えたのみとなった。
私はそのまま黒仮面に猛然と斬りかかっていく。その私の動きは仕留める動きというよりは、黒仮面の動きを阻害するような動きだ。
なにせ周囲にはマナハスを含め護衛対象が無数にいる。皆を守るためには、そう動くしかなかった。
私は高速で動き回ろうとする黒仮面の邪魔をするように追従して、連続して斬りかかりつつ牽制していく。
私はスタミナを使った驚異的な速度で動いていた。——しかし、黒仮面はそんな私の攻撃を紙一重で躱していた。
だが、それに対抗するためにもっと速く動くことは私には出来ない。——いや、可能ではあるが、やはり不可能だ。制御できない。自分のスピードに、私自身がついてこれていない。
レベルか上がりジョブについて、さらに専用装備まで着用した私の身体能力は驚異的なレベルに達していたが、諸々がそれについていけていなかった。
私自身の力量、そして周囲の状況が。誰かを庇いながらの動き、そして、床を庇いながらの動き。
そう、もはや私の全力の踏み込みでは床の方が砕けるのは理解できていた。そういう意味でも、全力は出せない。
それでもなんとか黒仮面を抑え込んでいられるのは、【体術】スキルのおかげか。
これのお陰で、ギリギリ床を踏み抜かない力加減や、最適な体重移動などが分かるので、まるで薄い氷の上を飛び回っているかのような際どい今の状況でもなんとかなっている。
しかし、それでも黒仮面の本来の動きなら今の私では捉えきれないはすだった。——そうなっていないのは、さっきの攻撃が効いているからだ。
明らかにヤツの動きが鈍っている。私の攻撃を食らった左足が、文字通り足を引っ張っていた。でなければ、この拮抗状態は生まれていないだろう。
それは、ほんの僅かな鈍りだったろうが、今はそれが致命的だ。……そして、それでもギリギリだ。
攻撃、攻撃、斬る、斬る、止まることなく、ひたすら斬りかかる。
体重を乗せた斬撃ではない、ただ当てることを重視した攻撃で、それゆえ連続移動に支障はない。まあその分、威力は落ちるが、スタンモードなら関係ない。当たればいい。
だが当たらない、躱される。しかし、相手も私の持つビリビリに当たるとヤバいとは分かっているようで、完全回避に注力している。そのため動きはかなり制限されている。
だがしかし、この拮抗も長くはもたない。案の定、私のスタミナが切れる。
回復アイテムは最初から使っている。それでも減る方が多い。——二つ同時に使うのは無理だった。
あと一撃でも当てられれば、それで拮抗は崩れる。しかし、そのあと一撃が遠い。なにぶんギリギリなのだ。
ここまでお互いに高速で動いての攻防では、他者の介入は期待できそうになかった。
マナハスの援護も無理だ。彼女もどうにか介入しようとしているようだが、やはり私たちの動きが速すぎて捉えきれていない。
藤川さんと越前さんは、この場の人たちを私たちから遠ざけつつ、そんな彼らの先頭に立ってこちらに銃を構えているが、やはり撃てなくて歯噛みしている。
——と、その辺の様子はカノさんが教えてくれている。私自身は、周囲に気を配る余裕はまるでない。
そんなカノさんの協力を受けつつ、私はなんとかヤツを壁際に追い詰めようとしていた。
それはどうにか成功しつつあるが、スタミナが切れるまでの時間を考えるとギリギリだった。
私はどうにかギリギリスタミナが切れる前に、黒仮面を体育館の端の角に追い詰めた——つもりだったが、黒仮面はそこで大きく後ろに飛び上がると、壁を蹴ってさらに跳躍して私を飛び越え、窮地を切り抜ける——
だが、それくらいは私も予想していた。追い詰められた黒仮面は上に飛び上がるしかない。——ならば、そこを狙えばいい。
すでに三人には、その旨を通信により伝えている——カノンさんが。
後はタイミングを伝えるだけだった。そして——
『“みんな——今ッ!!”』
越前さんと藤川さんの銃がフルオートで連射される。黒仮面に襲いかかる痺れる弾丸の雨——
その弾幕を、黒仮面は壁を走りながら回避していく——ッ!?
その軌道上にマナハスの光輪が飛ぶが、ヤツは壁を蹴って回避した。
空中に飛び上がったヤツに今なら当たりそうっ! ——だが、あいにく銃組はマガジンを撃ち切っていた。
マナハスの光輪はすぐさま翻ると、さらにヤツに襲い掛かった。しかしヤツはまたしても、空中でステップを踏むようにして絶妙に体を捌くと光輪を回避する。
三度、光輪が翻る。銃組もリロードを終わらせてヤツを狙おうとする——しかし、その時にはすでに、ヤツは自分の開けた天井の穴より脱出していた。
私はすぐに天井の穴の下まで移動する。そして足に力を込めると、飛び上がった。
ドンッ——と床を踏み抜きかねない音を残して、私は一気に体育館の屋根の上へと、きれいに天井の穴を抜けて躍り出た。
屋根の上に着地して、周囲に視線を飛ばす。
私はカノさんと二人で周囲を見渡した。
……しかし、ヤツの姿はすでにどこにも見当たらなかった。




