第11話 「なんなんだこの階段は!」「いいから下ってみようぜぇ」
「それで、まずはどこから探しましょうか?」
「それなんだけど、一応、大体の居場所は分かってるんだ。この駅の地下にいるらしいんだよね」
「地下? この駅……の? 地下は無事だったんですか? というか、この瓦礫は駅だったんですね……」
確かに、まるで原型を留めていないからね。なんかもう駅というところにも疑問を持つレベルだよね。
ただ、マップによれば、この瓦礫の山が駅のはずなんですよ。
しかし、マジでどうやって探すか。
とりあえず、また真奈羽に電話してみようかな。いや、電話したところで真奈羽に自分の位置が分かるだろうか。なんか停電して真っ暗とか言ってたし。
つーかまず、地下に行くための階段がどこかも分からない。おそらく瓦礫の下に埋もれているんだろうけど。
そもそも、地下への階段の場所が分かったとして、奇跡的に瓦礫に埋もれてなかったりでもしない限り、どうやって入るんだろうね?
——考えてみればかなりの難題ね。普通に考えたら、この惨状は重機でも使って何日もかかるようなヤツよね。まあ、まず重機がこの場所に来るのにしばらくかかりそうなんだけど。
もちろんそんなことは待ってられない。今の私に出来る方法で、なんとかしなければならない。
幸い、今の私はただの人間よりは出来ることが多い。まずはマップだ。一応、これで人間の位置も探れなくはないが……。てか階段の位置もこれに載ってないかな。
私はウィンドウを開いてマップを表示する。
唐突に宙空を見つめて微動だにしなくなった私に、藤川さんが訝しげな視線を向けているような気がするが、それは今は置いておこう。
——変な誤解されなきゃいいけど。
その辺はもう今更な気もするよ。
「もしかして……今、天から啓示を受け取ってる……?」
なんか横で変なこと言ってるのが聞こえた気がするが、今はムシ。
マップをどんどん拡大していく。すると、この辺りの表示が詳細になる。
しかし、それで映るのは瓦礫と化したただの空白だ。駅の一階の地図とか出ればと思ったんだけど、やっぱりダメだったか……。
と思ったが、突然、空白地帯に浮き出るように駅の内部の地図が現れた。
それは破壊される前の駅の内部構造のようで、階段の位置もちゃんと載っていた。ご丁寧に、上りか下りかも判別できる。
おいおい、コイツマジで有能ですな。意外と考えを汲み取ってくれたりもするのかね?
とにかく必要な情報を手に入れたので、手近な地下への階段の場所へ向かう。
突然歩き出した私に驚いたようだが、すぐに藤川さんもついてくる。
しかし、彼女にどう説明したものか。ドンピシャで階段引き当てるのはおかしいもんね。この瓦礫の有様だからさ……。
だが、彼女はなんか自己解決していた。
「もしかして、天の啓示で場所が降りてきたんじゃっ……?」
もうそういうことにしとこうかな。マップがー、とか言ったところで意味不明だしね。
「分かったかもしれない。こっちに行こう」
具体的なことは何も言わずに、私は彼女を誘う。それでも彼女は納得したように頷いてついてくる。
これはこれで便利かもしれない。下手に色々聞いてくるより、勝手に納得してくれた方が今は話が早い。
そして、マップが階段を示す地点にたどり着いた。
そして当然、そこは瓦礫で埋まっていた。
さて、どうするか……。
——何か名案でもある?
これは、もう……力技しかなくない?
——正直、そうなるわよね。でも、いけるかしら? いくら身体能力も上がっているとはいえ、ねぇ。
やってみるしかない。まず試してみて、無理そうだったら別の方法を考えよう。
それじゃあ、藤川さんには危ないから離れていてもらわないとね。
「ちょっと瓦礫を退けれるか試してみるから、危なくないところまで下がってもらっていいかな」
「え、瓦礫を……?」
藤川さんは——コイツは何を言ってるんだ? みたいな顔をしてしばらく呆然と突っ立っていたが、すぐにハッと何かに気がついたように、
「もしかして、瓦礫も奇跡の力で撤去出来るんですね!?」
と言った。
そっちかー。——いやそれは無理でしょ、何言ってんの! とかって言われるかなと思ったんだけど。
この子も大概変わってる気がするね。てか、なんでそんなに天とか奇跡とか推してくるんだろう。
「まあ、とにかく離れておいて」
「分かりました! 後ろで応援してます!」
藤川さんは、少しはしゃいでるくらいの感覚で颯爽と離れていった。
よし、とりあえず試してみよう。
さて、それじゃどこから取り掛かるか。まずは順当に上から一個ずつ、かな。小さめのヤツからチャレンジしてみるか。
私は手頃な瓦礫に手をかける。
そして体に黄色いゲージのパワーを充満させ、それを瓦礫に向かって解放していく。
「うぐぐ……」
重い……けど、持ち上げられない程ではない、気がする。もう少しパワーを込めれば、いけるかもしれない。
しかし、そうすると当然ゲージの消耗は多くなる。使っても回復するとはいえ、使ってる間は減り続ける。そして、瓦礫を支えている途中でゲージが無くなってしまったりすれば……考えるも悲惨な状況になりそうだ。
そうして瓦礫の下敷きになったとして、HPのお陰で怪我はなかったとしても、潰れた状態から再度持ち上げることが不可能な場合もある。体勢が悪かったら、いくらパワーがあっても無理かもしれないので。
なので、挟まらないように気をつけながら持ち上げたいが、そうすると力を入れにくい。がっつり下に入り込んでしまった方が力が出せそうだけど、そうするとスタミナが切れた瞬間に詰む。
……これは思ったよりも繊細な作業だ。持ち上げること自体は出来そうだ。しかしそれは、スタミナとの戦いだ。上手く運用出来なければ、自滅するだろう。
……上等じゃん。私を誰だと思っているの? あの恐竜くんですら倒した人物だぞ。この程度の瓦礫に負けるような女ではないのだっ……!!
この惨状を起こしたのは、その恐竜くんだ。そしてその恐竜くんなら、これくらいの瓦礫は簡単に退かすことが出来るだろう。それを考えると、やっぱりこの瓦礫との戦いは、恐竜くんとの戦いの延長でもある。
恐竜くんめ、死してなおまだ私と戦いたいというわけか……。その勝負、受けて立つ! うおらぁああ!!
そうして私は、恐竜くんと戦っていた時を彷彿とさせる程の集中力で瓦礫と格闘した。
スタミナパワーによって強化した身体能力というのは、実際かなり強力であり……
私のような華奢な女性の力では、本来ならばどう足掻いても持ち上げられないほどに大きくて重い瓦礫というのも、なんとか持ち上げることができるようになった。
しかし、それでも瓦礫の大きさによっては、大きすぎて持ち上げられないほど重いヤツも存在した。
そんな瓦礫については、パワー込めた刀で砕いて小さくすることで運ぶことが出来た。
——ガンガン、ガンガンと……まるで鶴嘴のように振るわれる日本刀……。
刀の使い方としてはどう考えても間違っているのだろうけれど……別に、退かせられるようになればいいのである。
我が刀はあの恐竜くんすら倒せる武器なのだから、当然、瓦礫くらいなら楽に破砕できる……というほど、実際は簡単ではなかった。だからあとは根気がものを言った。つまりはゴリ押しというやつである。
とはいえ、それも最小限だ。ようは階段へ入れるようになればいいのだから、ギリギリで持てる大きさに瓦礫を砕いて、必要なところだけに絞って撤去していく。
一歩間違えれば、スタミナ切れで潰れかねない程ギリギリの運用にスリルを感じながら——私は瓦礫撤去の鬼と化していた。
……していたのだが。
正直なところ……なんとか自力で撤去作業を行うことができるとはいえ、先行きはまるで見通せない。
なにせ、私の目の前にあるのは、元々かなり巨大な駅という建造物が、まるまる崩壊してしまった末の瓦礫の山なのだ、これは。
確かに、決して不可能ではない……時間があれば。瓦礫を動かすことが、そもそもまったく出来ないならともかく——今の私には、一応はそれが可能なのだから、時間さえかければ、いずれは達成できるはず……。
しかし、このままのペースでいけば——今日中には終わらないどころか、何日もかかってもおかしくない。それくらい大変な作業で、何より……人手がまるで足りていなかった。
それこそ、藤川さんの言うように、奇跡でも起きない限りは——私一人でどうにかできるものではないぞ、これは……。
諦めるつもりは毛頭ない。当然だ、真奈羽の命がかかっているのだから。一刻も早く救い出すために、たとえ徹夜になろうとも、私は絶対にやり遂げる……っ!
しかし、そんな私の意志を嘲笑うかのごとき、無慈悲なる現実——圧倒的な物量の瓦礫という物理的障害が、私の前にでんと立ち塞がっている……
強い意志だけでは、もはやどうしようもない、ひたすらに現実的な壁というものが……私の行手を阻み、前進する意志すらを挫こうとする……。
また一つ、瓦礫を持ち上げ、退かす。しかし、その下にはまた瓦礫、瓦礫、瓦礫&瓦礫……。積み重なる無情、その様はまさに絶望——。
というかこれ……その場で適当に退かすだけじゃダメだわ。ちゃんと離れた場所まで持っていかないと。そうしないと結局、いつまでも片付かないわ。
でも、ちょっと退かすのとガッツリ運ぶのでは、必要な労力は段違いだし……いや——そもそも今の私の力で、この瓦礫を運ぶことは可能なのか?
持ち上げられると言っても、それはあくまで、部分的にはそう出来るというだけで……瓦礫を丸ごと完全に持ち上げて抱えて運ぶってのは、パワー以前に、私の体格的に不可能では……?
なら、よっぽど小さくなるまで砕けば、あるいは……
いやでも、さすがにそこまでやるのは、それはそれで時間がかかるだろうし……結局のところ、根気よく作業しなければいけないことに変わりはないわけで——
くそっ、モタモタしている暇はないってのに……っ!
まさか、あの恐竜くんを倒すよりも、よっぽど達成困難な問題が立ち塞がろうとは……
——いっそ私も、奇跡に縋りたくなるくらいだ……
パッと光って奇跡のように瓦礫が消えてくれたら、それはどれだけ楽で助かることだろうか——
……ん、ちょ、待て……?
——そうよ……別にわざわざ持ち上げて運ばなくても、アイテム欄に回収すればいいんじゃない?
……そうだよね。
…………ん?
あ、え……ちょ、ちょっと待てよ——
——そうね……そもそも、自力で持ち上げたりとかするまでもなく、最初からアイテム欄に回収していけばいいだけの話だったんじゃない?
い、今さら、そこに気がつく……?!
……いや、まあ、言われてみれば、その通りなんだけれど……んんんん。
——そりゃあ、あれだけ巨大な恐竜すら収納できるんだから……瓦礫だって、よっぽど巨大なものでも無い限りは収納できるでしょ。
…………。
——収納容量の問題もあるかもだけれど、それにしたって、容量限界に達しそうになったら、いったん別の場所に放出してしまえばいいだけなんだし。それにしたって、持ち上げて運ぶよりはよっぽど楽だと……
はいはいはいはいはいはい、分かった分かった。オッケーオッケー……。
……ふぅ……まあ、あれだ。
私も謎の能力に目覚めたばかりだから、まだぜんぜん使いこなせていないみたい、ってことね……。
マジで、これならむしろ、私にさっき助けられた彼女——藤川さんの方が、よっぽど適性があるみたいだわ。
ハイ……この瓦礫、奇跡で一気に消し去ることが可能みたいっす。
と、いうわけで……
それからの——アイテム欄への“収納”能力を有効に活用することに思い至った私の撤去作業のスピードは、これまでの比ではなかった。
まあ——とはいえ、瓦礫は実際、複雑かつ多層的に積み上がっていたので、下手に“収納”して“抜き取って”しまうと、それはそれで、連鎖的に一気に崩壊しそうになったりとかして危なかった。
なので、何も考えずに“収納”を使えば即座に解決ってわけでもなかったし、自力で瓦礫を動かしたり、粉砕して小さくしたりといった作業も必要になる場面というのもあった。
それでも——自力で運んでいく労力に比べたら、“収納”を使う楽さといったら……それこそ奇跡的だった。
事実、“収納”を駆使して撤去を進めたら——あれほど底が見えないと絶望した大量の瓦礫たちが——あれよあれよと片付いていくではないか。
常に警戒を怠らず、しかし時には大胆に……
どの瓦礫から手をつけるべきかを慎重に見極めつつも、私は迅速に触れた瓦礫を次々と“収納”して消し去っていく。
“収納”によって随分と楽に進められるとはいえ、下手をすれば崩壊して生き埋めになる危険性は変わりないし、どころかむしろ、予想外の動きが起こって事故りかけることも、しばしば……
なので私は、よりいっそうのこと集中力を研ぎ澄ませて——もはや、持てる力を総動員して、瓦礫の立体パズルを把握するためにすべてを注ぎ込んだ。
そうして……必死の苦労の末に、ようやくのこと、辛うじて階段が顔を出す程度の隙間を作った頃には——
私は身も心も、すべての現場作業員に敬意を表する現場戦士になっていた。
——気をつけぇ、敬礼! ヨシッ!
ついでに、重大な気づきを得るきっかけとなった、かの幸運少女にも……敬礼!
するとそこで、私の作業が終わったとみて、向こうから藤川さんが戻ってきた。
正直なところ、いつ崩れて塞がるかも分からないので、やっぱりまだ離れていた方がいいかもしれないと私は言おうとしたが——それより先に藤川さんが話しかけてきた。
「すごいですっ! あれだけ壮大な瓦礫の山を、あんなにあっさりと消し去ってしまうだなんて……! あれこそは、まさに——奇跡です! ——ああ、さすがは私を救ってくださった天使さまなのです……っ!」
いえいえ……その天使さんが奇跡を使うのを思いついたのは、他でもないあなたのおかげですよ。
「——うわー、すごい! 本当に階段が出てきてる。この下に、友達の方がいるんですね?」
そうだ、マナハスは今どうしてるんだろう。連絡してみるか。
恐竜くんを倒して、この辺りもだいぶ静かになったから、もしかしたら、すでに自分で動いて出口を探してるかも。
私はスマホを手元に呼び出した。
一瞬で、手元に光りながらスマホが現れるのを見て、藤川さんが驚きを露わにしている。
すでにさっきから、あれだけ瓦礫を消したり出したりしてみせていたけれど……目の前で見たら、改めてビックリするものらしい。
それだけじゃなく、これは一体どうなっているのかと、どうも、驚きに続いて今度は興味が生まれているようだ。
まあ、どうせまた変な納得するだろうからスルーしてよかろ。
そう判断した私が、藤川さんはさておいて真奈羽に電話をかけようと、スマホを操作していたら——突然、視界の隅のミニマップに反応が現れた。
なんだ?
私は一旦スマホの操作を止めて、ミニマップを拡大する。するとそこには、敵を表す赤い点がいくつも現れ出して——それは猛烈な勢いでどんどん増えていった。
な、な、なんだこれ?! ここら一帯が敵の反応で埋め尽くされていくんだけど……!?
——なんだかヤバい事態のようね。どうする? こんな状態で地下に行くのは危険かもしれないけど。
ここまできてやめることは出来ないよ。てゆうかむしろ、こんなに敵が出たならマナハスが危ないじゃん。一刻も早く合流しないと。
私は隣の藤川さんに告げる。
「ごめん、ちょっと状況が変わったから、今すぐこの中に突入して探しに行こうと思う。藤川さんは、どうする?」
すると藤川さんは、少しの間考えたようだが、すぐに、
「私も一緒に行きます。お邪魔じゃなければ連れていってください」
と、答えてきた。
行くというなら、ついてきてもらおう。どのみち、地上に一人残すのも危険だ。
マップに反応はあるが、まだ視界にそれらしいものは映っていない。かといって、地上が安全とは思えない。
それに、やってほしいこともある。
「藤川さん、スマホ持ってる?」
「え、はい、持ってますけど」
「壊れたりしてない?」
「えーっと……、うん。大丈夫みたいです」
「ライトは付く?」
「ライト……付きますね。——そうか、それじゃ私はこのライトで照らす係ですね!」
「お願いしていいかな。私は友達に電話してみるから……」
もしかしたら壊れてるかもと思ったけど、無事だったようでよかった。
地下は真っ暗っぽいので灯りが必要だ。私のスマホもあるが、言ったように電話しながら探すことになるかもしれないし、いざというときは私の両手は空けておきたい。それに、ライトは一つでも多い方がいいだろう。
さて、では後は……そうだな、武器はどうしよう。すぐに取り出せはするけど、一応、先に出しておこうかな。
私は鞘に入ったままの状態で日本刀を呼び出して、手に持っておく。
今度こそ藤川さんが、目を見開いて私と日本刀を交互に見てくる。
私は努めて彼女の方を見ないようにしながら、
「それじゃ入るけど、準備は大丈夫?」
「ふえっ?! あ、うん、大丈夫です」
そう答えつつも、彼女の視線はやはり日本刀と私を往復する。
そして、ついには口を開こうとしたので、
「あの——」
「それじゃあ行こうか。ライトはお願いね」
「——ッ! ……ま、任せて!」
出鼻を挫いて封じることに成功した。
そのまま私が進んで行くので、彼女も慌ててスマホを手についてきた。
こうして私たちは、漆黒の闇の中へ階段を降りて進んでいった。




