第118話 シロクマの事だけは考えるなと言われたら、むしろシロクマの事しか考えなくなる
藤川さんから、なにやら謎の気配が送られてきたので——それに、彼女のいる体育館の今の様子も気になるし——私は何があったのかを彼女に確認してみることにした。
私は「通信」の機能を使って、さらには「思念通信」——電話ならぬ「念話」——によって、藤川さんの頭の中に直接語りかけるパスを繋ぐ。
『“……藤川さん、唐突に脳内にこんにちわ、こちら火神です。ただいま「念話」によって、あなたの脳内に直接話しかけています……そちらの様子はどうですか?”』
『“————!!!??? ——かっ、えっ、脳——声————か、神ッ!?”』
『“あ、いや、私だよ、火神です。突然で驚いたかもだけど、これは「念話」って能力でね。いや、まずは「通信」の機能があって——まあこれは、私たちパーティーの間では元から使えたみたいなんだけど……”』
『“————?? な、な、なにこれ、私、どうして——? 火神さんの声が聞こえる——? まさか、ずっと火神さんのこと考えてたら、ついに幻聴が……??”』
『“あ、いや、幻聴じゃなくて、本物だよ。そういう能力を新たに身につけたというか……”』
『“……え、本物? え、うそ、わ、私、じゃあ、えっ、頭の中に直接——じゃ、じゃあ私の頭の中は火神さんに丸裸に——!? そっ、わた、マズ——それじゃ私が————”』そこで私は「通信」を切断した。
“それじゃ私が×××××と考えていることが知られちゃうから考えないようにしないと——ってまさに考えてしまった!!”
……なーんて感じに続くんじゃないかと思いましてね。
いやー、なんか藤川さんの内心がダダ漏れみたいになってたから、これ以上やってたら、なんか彼女が知られたくないことをうっかりと私に送信してきそうだったので、こちらから一方的に切断しました。
お陰で彼女の知られたくないだろう内心を知ることなく済ませることが出来た、はずだ。
こういう時って、これだけは考えちゃいけないって考えるほど、その事を考えてしまうというか。
いや、そもそもこれだけは考えちゃいけないという考え自体が、すでにその事を考えてしまっているというかね。
だからもう切るしかないんだけど、藤川さんが自分で切るのは無理そうだったから、私の方から切った。
いや、どうも「念話」というのは、慣れないと「ただ思考したこと」と「相手に伝えようとすること」の区別が上手くつけられなくて、思っていることをそのまま相手に伝えてしまうらしい。
私はもうすでになんか慣れてきているので、そこははっきりと区別できているのだけど、藤川さんは全然慣れてなくて内心がダダ漏れになってるっぽかった。
自分の内心を他人に知らせてしまうなんて絶対に嫌だろうから、私は迅速に対処した。自分に置き換えたらそれ絶対に嫌だから、そこはもう、おふざけなしでプライバシーを守るよ。
まあ、本来なら突然「念話」とかせずに、もっと事前に説明とかした上で配慮するべきだったんだろうけど……そこはまあ、藤川さんから最初に来ていた通信が「念話」の形式だったから、それに反応したらそのまま「念話」になってしまったというか。
てかそもそも、慣れてないと「念話」はサトラレみたいなことになってしまうとは知らなかった。
いやぁ……なんにせよ、これは少し藤川さんに申し訳ないことをしてしまったな……。
私はとりあえず、今度は藤川さんに文章形式での通信を送って、さっきの「念話」についての諸々を軽く説明して、落ち着いたら今度はそちらから連絡してほしいとの旨を伝えた。
通信に関してだけど、種類としては、ウィンドウに文字として表示する〈「文字通信」〉と、実際に声に出して話す『音声通信』と、思念で会話する『“思念通信”』の三つのパターンがあった。
——あ、それと、一応、映像を送ることも可能みたいだった。
とりあえず、「念話」以外の方法なら勝手に内心が漏れることもないはずなので、そちらを使えば通信初心者の藤川さんでも安心だ。
うん、慣れるまではそちらを使うべきだったね……。
しばらくして、私の送った文章を読んだようで、藤川さんの方から音声通信が入ってきたので、私はそれに応じる。
『あ、あの、火神さん、聞こえていますか?』
「うん、聞こえてるよ、藤川さん。そっちも、ちゃんと聞こえてる?」
『あ、はい、聞こえてます』
「うん、それならちゃんと通信できてるみたいだね。……えっと、さっきはごめんね、藤川さん。突然、よく分からないことになって驚いたよね? いや、ほんと、申し訳ない」
『あ、いえ、大丈夫です。私の方こそ、上手く反応できなくて、すみません……。それで、そ、その…………さっきは、私の考えていたことが、火神さんに伝わってしまったんでしょうか……?』
「あ、いや、あの後すぐに通信切ったから、それはたぶん大丈夫だよ」
『あ、そ、そうだったんですね、私、焦っていたので、全然、何も分からなくて……』
「誰だって自分の内心を知られるのは嫌だろうし——って思って、すぐに切ったから……。なんか、ごめんね? でも大丈夫、ギリギリセーフだったから」
『あ、はい、ありがとうございました……』
「うん……それで、藤川さんの方の様子は、今どんな感じ?」
『あ、えっと、それなんですけど……』
そこで藤川さんは、体育館に行ってからのことを話してくれた。
藤川さんは体育館に向かってすぐに装置を設置しようとしたわけだが、いざ設置するとしても、どこに設置しようか、という話になったらしい。
それを自分で判断しかねた彼女は、生徒会長の常盤さんに相談することにしたようだ。
しかし、相談された当の会長さんも「そんなこと聞かれても……というか、え、何を設置するんですか? ……え、『守護君』? ……は?」といった感じの反応で、結局、その会長さんも判断を仰ぐために、相応しいだろう相手に話を持っていった。——それが、この場にいた生き残りの教師達であった。
だがそこでも、当然のように教師達には反対されてしまったと。
というかそもそも、何を設置しようとしているのかすら理解してもらえなかったようだ。
まあ、モノが謎の障壁発生装置なのだから、その反応も当然と言える。
話を聞いてもらうどころか、訳の分からない冗談はやめなさいと窘められてしまったようだ。
なんとか説明しようにも、そもそも藤川さん自身が「守護君」についてよく分かってないという有様なので、あえなく撤退したのだと。
まあ、そんな感じで、設置の許可が取れなかった藤川さんは、だからといって無理やり設置を強行するようなことももちろんできず、さりとて私に頼まれたことなのに遂行しないわけにはいかず、とはいえ自分ではもうどうすればいいか分からない。
だが——自分でやります任せてください、と言って出てきた手前、私に相談しに戻るのも気が引ける……
と、そんな感じに追い詰められた心境になり、思わず心の内で私に助けを求めるようなことを考えていたところ、なんか唐突に私の声が脳内に聞こえ始めた——ということらしかった。
ふむ……たぶんその時に、無意識に私に対して通信を繋げたってことなんだろう。
私が取得したのと同時に藤川さんにも取得されていた【心内操作】のスキルを、無自覚に使っていたと。
まあ、なんの予告もせずに私の方で勝手に入れちゃったから、そんなことになってしまったのかな。まあ、どっちにろ私のせいだな。
というか、そもそも体育館のことを放置しすぎたか。ちょっとスキル習得とかに夢中になり過ぎてたね……。
つーか、よく考えてみたら、なかなか難しいことを頼んでしまっていたね。
適当に設置すればいいと思っていたけど、実際に設置するとなると、どこに設置するのかとか色々と考える必要があるし。他の人の意見も無視できないし、反対される場合も、当然あるだろう。
勝手に設置したとしても、結局はそれも問題を後回しにしてるだけだし。それなら最初から、ちゃんと全員に周知して納得させておくべきだしね。
しかし、それを藤川さん一人に任せるのは、どう考えても無茶振りしてしまったというか……酷な話だった。
しゃーない、こうなったら私自ら体育館に行かないとか。
とりあえず、マナハスのスキルインストールが終わったらすぐ行くことにしよう。
案の定、魔法のスキルのインストールは長くかかるようで、まだ終わってないけど……終わり次第、すぐに向かおう。
どうも、なるべく早く行ったほうが良さそうだし。
そう思うのは、藤川さんから聞いた話の中に、この学校の避難所の今後に関して気になる部分があったからだ。
その部分とは、彼女が装置のことを会長さんと共に教師達に相談しに行った時のことで——
どうも教師達は、この避難所の運営を自分達が請け負う必要があると思っているらしく、相談しに行った時には、すでにそのための議論なんかをしているところだったとか。
まあ、ここは学校なんだし、教師とはそこの責任者であるのだから、普通の流れならそういうことになるだろう。
他に適任が——例えば警察官とか自衛官とか——いるなら話は別だろうが、そんな人たちはいないということだし。
しかし私としては、この避難所を教師たちが取り仕切るようになるのは反対だ。だって、もっと適任の人が他にいるんだし。
もちろん、その人物とは、我らが聖女様のことである。
まあ、普通にこの避難所で自由に動けるようにするためにも、自分たちで取り仕切るようにしたいわけなのだ、私は。——だって、謎の装置を設置するために、いちいち誰かの許可とか取ってらんないじゃん?
それに、ここを私たち以外が仕切るとなったら、私たちの扱いもどうなるか分からないし。
——追い出されるのか、あるいは、いいように利用されるのか……もちろん、そんなのはどっちも御免だ。
だからもう、この避難所は私たちが自分で取り仕切るのが、一番確実で手っ取り早い手段なのだよね。
藤川さんの話を聞き終わり、ある程度自分の考えもまとまったので、私は藤川さんとの通信を締めくくる。
「……大体のことは把握したよ。とりあえず、私とマナハスも今やってることが終わり次第、すぐにそっちに向かうことにする。装置については、とりあえずそっちに着いてから取り掛かることにするから、悪いけどそれまで、藤川さんはそこで待っておいてもらっていいかな?」
『はい、分かりました……。その、私……お役に立つことが出来なくて、すみませんでした……』
「あ、いやいや、藤川さんが謝る必要はないよ。むしろ私が謝る方だから。——いや、マジで。普通に無茶振りだったよね、ゴメン」
『いえそんな、火神さんが謝ることじゃないです……! せっかく任せてもらったのに、私、この程度のこともこなせなくて……やっぱり私なんて、一人じゃ何も出来ないんです……』
「いやいや、考えてみれば、実際、かなりの無理難題だったと思うから、藤川さんは悪くないよ」
『そう、ですか……? でも、火神さんなら、この程度は難なくこなしてしまえるんじゃないですか……? ——いえ、私と火神さんでは、器が違うというのは分かっているんです。……でも、だから、その、私のこと、失望されましたか……?』
「え、いや全然、失望なんかしてないよ? てかそもそも、私にとっても簡単にはこなせなさそうな案件だから、これは。普通に、深く考えずに頼んじゃっただけだから。——いや本当に、藤川さんには悪いことしちゃったよね……」
『い、いえ、私は平気ですので、気にしないでください!』
「……そう? それなら藤川さんも、私に無茶振りされたことなんて気にしないでね」
『そういうことなら……分かりました』
「うん、それじゃ、もう少ししたらそっちに行くから、ちょっとだけ待ってて。何かあったら、その時はまた連絡してきていいからね」
『はい。それでは、お待ちしていますので……』
「うん、また後でね」
そうして、藤川さんとの通信は終了した。
さて……それじゃ、マナハスのスキルインストールが終わったら、すぐに体育館に行けるように……
向こうに行ってからどうするかを、今のうちに考えておくとするか……。