第10話 その者、薄汚れた衣を身にまとい瓦礫の野に降り立ち、喪われる生命を取り戻すであるぉう
まあ、使う前に一応、本人の了承は取るべきだよね。そうすれば、後は自己責任とも言える。
——まったく、中々の性格してるわよね、我ながら。
助けようとはしているでしょ、一応。
——それなら早くした方がいいわ。本当に、いつ死んでもおかしくないもの。
分かってる。さて、と。
「あの、突然こんなことを言われても訳が分からないかもしれないけど、もしかしたら、貴方を助けることが出来るかもしれない方法があるんです。でも、実際どうなるかは私にも分からなくて、ちゃんと助かるという保証もないんですけど……それでもやって欲しかったりしますか?」
——長いしよく分からないし。
いやだって、上手い説明のしようがないじゃん。
てゆうか今の私って、なんか死にかけの人の弱みにつけ込んで契約とか迫る悪者みたいじゃない?
——まったく、死にかけの人を前に考えることじゃないわよ。
そうだけど、私はこういうことを考えてしまう性分なんだよ。
すると、相手から返答があった。
「おね……がい……しま、す……」
まあ、死にかけてたら、とにかくなんでもいいから助かりたいよね。
オッケー、やってみましょうか。
私はウィンドウを操作して、先程手に入れたアイテムを取り出してみた。
どうやって使えばいいか分からなかったので、とりあえず彼女の前にかざしてみる。
すると目の前に〈対象に使用しますか?〉の文字が。対象は彼女になっていると思う。
『YES! YES! YES!』
私はちゃんと治りますように、と祈りを込めて了承する。
——いやこれ治すというよりボコす時のやつでしょ。了承というより承太郎でしょ……。
オラオラじゃないんだよ。
すると、私の手の上のアイテム(見た目は謎の球形の物体)は突然、光を放ち出したと思ったら、その形をドロリと変えてゲル状になる。
そして私の手から溢れていき、彼女の負傷部位を覆う。
それは、光を発しながらしばらくグネグネしていたかと思うと、次第に消えていった。するとそこには、先程までの負傷が嘘のようにきれいな腹部が現れた。
怪我は完全に消えていた。——少なくとも、見た目上は。
私は恐る恐る彼女の様子を窺う。
そう大した時間もかからないで終わっちまったのですが、これ、いや、どうなんです……?
彼女はグネグネされてた時に少し「うぐっ」みたいに反応を示していたが、もしかして痛かったのかな……?
というか実際、どうなの……?
しばしの後、不意に彼女は閉じていた目を開けると、しばらくパチパチと瞬きして、突然、スクッと立ち上がった。
私はびっくりして一歩下がる。
彼女は私の方を見て、それから自分のお腹を見て、言った。
「あれ、え?? あれ、これ、全然痛くないし治ったみたいなんですけど……? 私、すごい怪我してました……よね? なんか、普通に死ぬ感じの酷さの」
してました、してました。現にさっきまで座ってた地面のとこ、夥しい量の血が残ってます。真っ赤です。
混乱している様子が、その声の感じからも伝わってくる。命が助かった喜びよりも、むしろ困惑の方が大きいようだ。まあ、そりゃそうだよね。
まさかこんなにすっぱりと完全に治るとは思ってなかった。よくてギリギリ一命を取り留めるくらいの感じかと思ってた。私の方もビックリなんですが。
というか、失われた血とかどうなったの? 急に立ち上がったけど貧血とか大丈夫?
「あの、体の調子はどう? 頭がクラクラしたりとか」
「あ、はい。全然大丈夫です。その、こういったらおかしいかもなんですけど、なんだか怪我する前より元気なくらいで……。いやおかしいですよね、すみません。ちょっと混乱してて」
まあ、混乱するよね。私も軽く混乱してるよ。
てかアレだね。怪我が治ってみれば、彼女、服がやばいことなってるね。ボロボロに穴空いてるし、普通に寒そう。
——服に関しては、こちらも大概だと思うわよ。
いや、そうじゃん。私の服もボロボロじゃん。
そりゃアレだけの戦いをしたらね。体は無事だけど服はそうはいかなかったね。あちこちボロボロに破けて埃まみれで、私の方もひどい格好だよ。
今思えば、彼女もよくこんな奴の提案を聞く気になったね。
「服、ボロボロだね……。——あ、よかったら私の上着着る? そのままだと、色々見えちゃいそうだし。まあ、私の上着もボロボロなんだけど」
「え、いや、そんな……確かにボロボロですね。あ、あの! 貴方の方こそ大丈夫なんですか?!」
逆に心配されちゃったね。
「というか、さっきは何が起きたのでしょう……? 貴方ですよね? 私の怪我を治してくれたのは」
さて、なんと言ったものか。
ここまで回復するとは思わなかったからなぁ。正直、治ったとしてもだいぶグッタリなままだと思ったから、後は別の人に任せて、私は先に行っちゃおうと思ってたのですが。
これは困ったことになった……。
「あ、あのっ。もしかして、貴方は……奇跡を使えるんですか?」
何ですって?
「天使さまか何かなのでしょうか? そう考えるとそんな雰囲気が……」
私の何をどうみたら天使に見えるのだろうか。
——これだけ薄汚れてるんだから、どちらかというとホームレスよね。それも結構ハードな地域の。
「そういえば、さっきとても大きな怪物が街を壊しているのを見たような気がしたんですが……幻覚と思ってましたけど、あれは現実だったんでしょうか。だとしたら、貴方はやはり、人々を守るために神が遣わした天使ということに……?」
ならないよ。確かに怪獣はいたし、倒したのは私なんだけど。しかし、そんなことを言ったら余計に拗れそうだなー。
何というか、この人はすごく思い込みが激しそうな印象がビンビンする。そんな人がこんな不思議体験しちゃったら、そりゃーいきなり天使とかも言い出すかもしれない。
なんかもう説明が面倒になっちゃったな。まあ相手からすれば自分のことだから、ちゃんと知りたいだろうけど、実際のところ私にも分からないことだらけなので説明出来る自信もない。
かくなる上は……適当に誤魔化してオサラバするか。
——まったく、最低な奴だわね。
一応、命は助かったっぽいので許して欲しいっス。
彼女がさらに何か言い募ろうとする気配を感じたので、私はそれを遮って発言する。
「あの、ちょっといいかな。えーと、その……」
名前を呼ぼうとして、まだ聞いていないことを思い出す。
すると、彼女の方が察してくれたようで、
「あ、私は藤川と言います。自己紹介もせずにすみませんでした」
「あ、いやいや、大丈夫ですよ。私は火神って言います。えと、よろしく」
「よろしくお願いします。……カガミさんって、おいくつですか? あ、いや、もしかして私と同年代くらいかなーって」
「一七だよ。高校二年」
「あ、やっぱり。同学年ですね! 私も高二なんです」
「へぇ、それは偶然だね」
「そうですね!」
うんうん。名乗らなくてもいいかなーなんて思ってたけど、流れで名乗っちまったね。まあいいや。
自己紹介も済んだところで……それじゃあ、藤川さん、お別れしましょうか。
——ひどい言い草……。
「それで、藤川さんも色々私に聞きたいことがあると思うんだけど、実は私、今急いでてね。友達を探してるんだ。だからちょっと、話している時間は無くて。悪いけど、今すぐ行かせてもらってもいい?」
疑問形で聞いているが、これはほぼ命令みたいなものだ。友達を探すためと言われたら嫌とは言えまい。
途中で口を挟まれないように、少し早口で一気に言い切った。後はこの勢いのまま、フェードアウトしていくだけ。
「友達を、それは大変ですね……。確かに、引き止めるわけにはいきませんよね……。あ、それなら私も一緒にそのお友達を探すの手伝いましょうか? 一人で探すより二人で探した方がいいですよね?」
しかし、親切心に阻まれてしまった。
うーん、正直一人も二人も変わらないというか、一人の方が身軽というか、なんだか秘密が多い身の上になっちゃったからなぁ。出来れば、あまり人には諸々のソレを見せたくないのだけど。
でも、この人にはすでに飛び切りのヤツをやって見せた後でもあるし、その辺は今更か。
実際、彼女からすれば、ここで私と別れるとか色々と不安しかないよね。
しょうがない、一緒に行くことにしますか。
——説明責任ってものがあるでしょ。
そうかもしれないけどさー。
これから彼女を連れて行くとなると、一応、私にもその安全に配慮する責任が生まれることになる。周辺一帯で一番の危険分子である恐竜くんはいなくなったけど、まだ何が潜んでいるか分からないところで連れ歩くのは不安もある。
とはいえ、せっかく助けた人なんだから、その後、別の要因でどうにかなっちゃうのも、それはそれでアレなんだけど。
そう考えると、自分で連れ歩いた方がいいのかもしれない。少なくとも、安全なところまで送るまでは。
「手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、多分けっこう危険だと思うよ? 安全を考えたら、すぐにこの辺りから避難した方がいいと思うけど……」
一応、そんな感じで念も押しておく。それでもついてくるなら、危険も覚悟してもらおう。
「そうですよね……。でも、カガミさんは命の恩人だから、少しでもその恩を返したいんです。そうだ、まだちゃんとお礼も言えてませんでした。あの、本当にありがとうございました」
そう言って、彼女は勢いよく頭を下げた。
大丈夫かなそんな動いて。貧血になってぶっ倒れたりしないよね?
しばらくして彼女は頭を上げた。そうして続ける。
「私が生きてるのはカガミさんのお陰です。さっきまでは、本当に、これから死んでしまうんだ……という諦めと、耐えがたいほどの激痛に、絶望していました……。そんな私に、見ず知らずの私に、カガミさんは救いの手を差し伸べてくれました。だから、危険でも何かお手伝いしたいんです。そのお友達のことも心配ですし……」
見ず知らずの私の友達の真奈羽を心配してくれるのか。この子、いい子だね。
——えと、ちゃんと前半部分も聞いてる? 反応するのそこだけ?
「でも、やっぱり私なんか足手まといになるかな……? いつのまにか大怪我して死にかけてるような間抜けだし、カガミさんの役には立てないかな……。やっぱり帰った方がいいかな……」
怪我したのはしょうがないでしょ。むしろこの惨状でギリギリでも生き残ってただけ運はあると思う。いや、運が良ければ普通に避難出来ているか……?
いや、私に助けられてギリギリで復活したんだから、そう考えるとやっぱりかなりの幸運でしょ。
じゃあ、この子はラッキーガールだ。そう思うことにしよう。
「いや、手伝ってくれるのは嬉しいよ。私も正直、一人じゃ心細いし。それじゃ、一緒についてきてくれる?」
「……っ! はい! よろしくお願いします!」
さて、おそらくはラッキーガールな藤川さんというサバイバーが同行者に加わったところで、マナハスのところに行きますか。