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第107話 夜更かしトークは仲良し旅行の定番

 


 私とマナハスは二人、同じベッドに横になっていた。


 向かい合うように寝転んだ私の視界には、暗い中でも間近にあるマナハスの顔がよく見えた。

 部屋は電気も付けていない真っ暗闇で、窓からもほとんど明かりはない。それでもよく見える。その理由は、(いま)だに暗視薬の効果が切れていないからだ。

 ゴーグルなしで暗闇でも見えるので、お互いの表情もよく分かる。


 私は何となく、マナハスの方を向いて、その顔を見つめていた。

 てっきりマナハスはすぐに寝てしまうと思っていたから、しばらくその寝顔でも眺めてから寝ようと思ったのだけど、なぜだかマナハスは目をつむることなく、私の顔を見つめてきていた。

 そうして私たちはしばらくの間、無言でお互いに見つめ合っていた。


 ややあって、さすがに少し不思議に思ったので、私はマナハスに話しかける。


「……どうしたの、マナハス。眠れないの?」

「……カガミンこそ、全然寝ようとしてないじゃん」

「私はマナハスの寝顔を見てから寝ようと思ってただけだよ」

「何だよそれ……」


 そう言って、マナハスは少し口元を緩めた。——しかし、その顔はすぐに陰りある表情に変化してしまった。


「私は……そうだな、確かに、なんか眠れないかも」

「まあ、今日は色々あったからね。でも、色々あったからこそ疲れてるだろうし、すぐ眠れると思うけどね」

「そうだな……今日は本当に、色々あったよな……」


 そう言ってマナハスは少し目をつむった。だけどすぐにまた目を開けた。

 その様子は、なんだか目をつむることを恐れているかのようで——


「ねぇ、カガミン……私、眠れないかも……。いや、眠るのが、怖い。目を閉じるのが……」

「えっ、怖い……? 何が……?」

「今日は確かに、色々あったよ……そんな今日も、ようやく終わると思って、寝ようとしても、なかなか眠れないというか……。そうすると、思い出しちゃうんだよ、そんで色々、考えちゃうの……」

「マナハス……」

「……昨日も、色々あったじゃん。昨日も寝るのは、なかなか怖かったんだけど……それでも、まあ、なんとか眠れたよ、昨日は。……でも今日は、なんか……思い出すんだよ」

「……何を?」

「ゾンビを、倒した時のことを。奴らが、私の攻撃で吹き飛んで、死ぬ時のこと。私、今日はたくさん奴らを倒した。……いや——殺した。元々、人間だったはずの存在を、この手で……。そのことを考えると、私……わたし…………!」


 マナハスの顔がくしゃり、と歪んだ。その表情は、如実に彼女の内心を表していた。

 私はそのマナハスの様子に衝撃を受けていた。こんなに苦しそうで悲しそうな彼女の顔を見るのは、初めてのような気がした。


 マナハスは、彼女は……ここまでは、平気そうにしていた。だから私も、大丈夫なんだと思っていた。

 しかし実際は……

 いや、当たり前だ。こんな状況で、今日はアレだけ色々なことがあって、平気なわけがなかった。

 実際、私自身だって、少なからず色々と思うところはある。——まあそれでも、疲れがそれを上回っている感じだから、寝れないことはないと思うのだけど。


 しかしマナハスは、眠れなくなるほど気にしている。あんなに苦悩の表情になってしまうほど。

 マナハス……


「ま、マナハス……落ち着いて、ねぇ、大丈夫だから……」

「カガミン……私は、たくさんのゾンビを——人を、殺しちゃったんだよ……」

「待って、待ってマナハス。それは違うよ。マナハスは、()()殺してなんかないよ」

「いいや殺したんだよ。それも、たくさん、たくさん……数えきれないくらい……!」

「——まあ確かに、今日一番ゾンビ倒してるのはマナハスだと思うけど……いや、いや、そうじゃなくて、まずさ、殺したってのがそもそも——」

「目を閉じたら、まぶたの裏に(よみがえ)るんだよ……私がこの手でバラバラにした人間達の、その映像が……」

「——映像、か。確かに私も、鮮明に思い出せるよ。特に、正門前で大群を駆逐した時のやつとかはさ……あれはなんかもう、人間という形の意味を再定義させるかのような前衛的趣向って感じで……や、自分でも何言ってっか分かんねぇや」

「——何人……何十人、いや、何百人……? 私は一体、今日だけで何人のゾンビを殺した……?」

「うーん、数えてないからなんとも……いや、もしかしたら、その辺の記録もどっかにあるんじゃないかな? 調べれば討伐スコアとか確認できるログみたいなのもある気がする」

「みんな、元々は人間だったはずなのに……それぞれに大切な人がいる、普通の人だったはずなのに……家族や、友人や、恋人が……。なのに、私が殺しちゃった。もう二度と会えない……でも、私が殺さなかったら、もしかしたら——?!」

「いや、それはないよ」


 私はキッパリとした口調で言い放つ。

 これまでと違う私の言葉の調子に——それまではうわ言のように呟き続け、私の声も聞こえているのか分からないような様子だった——マナハスはしかし、驚いたようにこちらに反応した。

 なので私は、ゆっくりと噛んで含めるように、彼女に必要なことを伝える。


「マナハス、ゾンビはね、人間じゃないの。ただの死体なんだよ。人間の形が残ってて、それで動いてるってだけ。そいつを吹っ飛ばしたところで、何も気に病む必要は——まるっきり、ひとっかけらの、一ミリどころか微粒子レベルほどすら——無いからね。これは重要だから。すごく大切なことだからね。ちゃんと覚えておいて。テストに出るから。毎日、朝起きたら反復するくらいにしてほしいくらいだね」

「……で、でも——」

「デモもクラシーもないんだよ。これは誰かが決めることではないし、誰かが変えられることでもない。すでに決まっていることなの。絶対の事実で、不変の現実なの。マナハスがどれだけ思い悩もうと、変わることなんてないから、悩むのはただの時間の無駄だよ。そして、そうではないかもしれないと考えることは、ただの勘違いだから、それも無駄だよ。——ゾンビは死体、もはや元の人間とはまったくの別物で、元に戻ることは決してない。ただ人の形をしているだけで、本質的には、恐竜くんやトラの怪獣と変わらない。人間に害をなす害獣(モンスター)で、だから遭遇した場合の対処法なんて、駆除一択なの。他の選択肢はない。……もしも他の選択をしたならば、それは害獣の脅威を放置することを意味する。それは、誰かが襲われるのを黙って見過ごすのと、本質的に同じことなんじゃないかな」

「……あ、……」

「別にマナハスがやらなきゃいけないってわけじゃないけど、害獣の脅威を知ってて、そして、それを駆除できる実力があるなら、それを成すことは誰かの為になる行為であって、誰かに(とが)められることでは決してないと、私は思うよ」

「……誰かの、為……」

「そもそも、マナハスがゾンビを倒したのは、それは誰かの為であって、それ以外の何物でもないでしょ。スーパーからの避難者達を守るためで、学校に避難したみんなの安全を守るためで、刀しか使えなくてあまり役に立たない人を助けるためなんだから、全部誰かの為よ」

「……役に立たない人……」

「……それでも、マナハスが、それでもまだ(つら)いというのなら、その時は……」

「……その時、は?」

「その時は……役に立たない人——つまり、私のせいにしていいよ」

「えっ……」

「だって実際に全部、私のせいだから。そもそもマナハスがゾンビと戦うようになったのは、力に目覚めさせた私のせいだし。マナハスに戦うように頼んだのも私だし。マナハスに武器を渡して、それを使うように言ったのは私。全部ぜーんぶ私が原因。——いやマジで、考えてみればそうなんだよね。だからまあ、マナハスは悪くないよね。悪いのは、胡散臭い契約を持ちかけて、いざ力に目覚めたらなんか魔法とかすごい使える力だったからって、いいように利用している害獣カガべぇ……じゃなくて、聖女の腰巾着の人——つまりは私、なんだから。いやほんと、こいつロクでもないからね、口だけは達者なんだよコイツ。騙されたのもしょうがないよ」

「……カガミン、自分で言うなよ……」

「……まあ、今もこうやって、口先で丸め込もうとしているとも取れるんだけどね」

「……っ、ていうか、自覚してるなら改善しろよっ……!」

「いや、自分では悪いところだと思ってないんで……」

「……コイツっ……!」


 マナハスは私のことを睨みつけてくる。しかしすぐに「ふっ……」と息を吐くと、表情は柔和な雰囲気に変わっていった。


「私はそんな感じで適当なヤツだから、ゾンビのことなんて全然気にしてないし、気にならないから。マナハスは……気になるなら、私のせいにしちゃえばいいよ」

「いや……大丈夫、平気だよ。——こんなヤツに頼るほど、私はまだ落ちぶれちゃいないから」

「そ、か。それなら、いいんだけど」

「…………カガミンは、本当に、気にならないの? ゾンビを倒した後で、何も、思うことはないの……?」

「……最初にゾンビを倒した時に、私が思ったことはね」

「……うん」

「この手で、ゾンビの額に刀を突き刺して、トドメを刺した時、私が思ったのは、それは——」

「……それは——?」

「ゾンビって……獲得ポイントめっちゃ少ねぇじゃんカスだな! ——って思ったよ」

「カスじゃねえか」

「うん、ほんとカスだよね、ゾンビのポイント」

「いやちげぇよ、カスはお前だ」

「えっ、なんでー? 私のどこがカスだってのー?」

「うっせぇよっ! まったく、わざわざ勿体つけやがって……ほんと、アンタを見てると真面目に悩んでるのがバカらしくなるわ」

「そいつは良かった。私も役に立てたね」

「反省もかねて、もうしばらくカス思考で役立たずなんだって自覚してくれててもいいんだけどね」

「カスで役立たずだなんて、酷いヤツもいたもんだ……一体誰なんだろう」

「見習わなきゃなー、そのメンタル性」


 まあアレだよね。自分より下の、カスみたいなヤツを見るとさ、なんか安心できるよね。だからさ、カスも役に立たないわけじゃないんだよね。


 ——最低な締めくくりをありがとう。


「——まあ、そんなカガミンが一緒に居てくれるなら、なんだって大丈夫な気がしてくるかも……ね」

「んー? ま、私としては、マナハスが横にいたらね、なんだって楽しくなるからね。ゾンビや怪獣と戦うのも全然平気なんだよね。——そう考えればさぁ、マナハスのせいとも言えるじゃんね。私だけのせいじゃないよね?」

「謎の理屈で勝手に私のせいにするな」

「えぇー、私とマナハスはー、いつでも一連托生、運命共同体、連帯責任、連座処刑の間柄なんだから、どこまでも一緒だよ」

「いや最後おかしいだろ。なんで私までお前の連座で処刑されないといけないんだよ。一人で罪を償え」

「絶対連座フレンズだよ♡」

「なんのキャッチフレーズだよ。断固拒否させろ」

「大丈夫、連帯保証人だけは許してあげるからさ」

「ああー、それは無理だぜ。ウチの家訓でな、誰が相手でもしてはいけないってなってるんだよ」

「へぇ、奇遇だね、ウチもそうだよ。……でも、私はマナハスなら……いいよ?」

「告白みたいなノリで言われても……。んじゃあ、借金するときは、頼むな?」

「闇金以外でお願いね♡」

「自分で言うのもなんだけど、狂った会話だなぁ」

「ふう……なんか楽しくなってきたね。どうだろう、なんならこのまま徹夜で語りあおっか?」

「いや寝るわ。すっげー眠いし。大体、修学旅行じゃないんだからよ」

「修学旅行、マナハスと一緒に行きたかったな〜。マナハスはどこ行ったんだったっけ? 私は——えーっと、どこだったかなー?」

「いや忘れんの早すぎでしょ。行ったのわりと最近じゃん」

「いやー、ゆうて学校行事の旅行とか、そんなにはしゃぐもんでもないしさー。てか私、高校にはあんまり仲良い友達も居なくてね……」

「……修学旅行中〜とか言って、お前からめっちゃはしゃいだメッセージとか写真とか、いっぱい来てた記憶があるんだが……? 普通に周りの子達と楽しそうにしてた様子だったが?」

「……お互い様でしょ。マナハスだって、自分の修学旅行のやつ、なんか色々送って来てたじゃん」

「誰かさんが送れって言ってきたからな」

「私が送れって言ったのは、お土産のことだけど?」

「旅の思い出話も立派なお土産だろ?」

「……ちっ、一本取られたぜ。——山田くん、座布団二枚持ってって!」

「いや持ってくなし、しかも二枚も」

「一本につき二枚のレート換算だからね」

「やっぱりコイツの言っていることはわけが分からねぇ……大体さぁ、アンタってほんとなんでそう————……」



 そんな感じで私とマナハスは、まるで修学旅行の夜のように、おしゃべりを繰り広げていった。


 それから、二人ともしゃべり疲れて、いつの間にか眠ってしまうまで……

 楽しいおしゃべりは、深夜の学校の保健室に響いていたのだった——。


 

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