第106話 すべては、ただ、そのために……
ぬわあああああああんんん疲れたもおおおおおおおおおおおんんんッ!!!!
私は野獣のごとき叫びを内心で発していた。
——おい、のっけから何なのよ、もう。
だってもう、ようやく終わったんだもん。そりゃ、叫びの一つも上げたくなるってもんよ。
現在、私たち——私とマナハス——は校舎の中の一室にいた。
そこは、学校の中にしてベッドがたくさん並んでいる部屋で、すなわち、保健室だった。
そう、私は最初からここを目当てにしていたのだ。今日、わざわざ学校内のゾンビを一掃して、生存者もすべて回収して……とやっていたのは、偏に、ここのベッドで休む事がその目的だったのだ。
前々から言っていた通り、私は意地でもベッドで寝るつもりだった。だから最初からこの保健室を狙っていた。
ここで安心して眠るために……そのためだけに校内のゾンビを片して、そのついでに生存者を救助して体育館に連れていったのだ。
すべては、そのためだった。
いやぁ……長かったなぁ。
学校に着いたら、なんかトラとか出てくるしよ。ゾンビもたくさん居たし。特殊なヤツまで。
南雲さんとの仕合は……あれはまあ、有意義だったからいいんだけど。
その南雲さんを連れて行ったおかげで、校舎内の探索は比較的スムーズに進んだよね。
生存者全員助け出して、ようやく終わったと思ったら、なんか会長さんに物資がどうたらと言われて、なんか追加でやる羽目になったけど……。
まあ、それはすぐに終わったからいいけど。好都合にも、私たちは物資を一発で楽に運べる能力があったからね。
配布までは手伝ってらんないので、そこは会長さん達に任せて、私たちはとんずらしたわけだけど。
まあ、向こうにもちゃんと越前さんと藤川さんがいるわけだし、防衛戦力としてはそれで大丈夫でしょう。
二人とも家族がそこにいるわけだから、向こうに残るのは、そこは必然というかね。
越前さんはともかく、藤川さんは私が別のとこで寝るっつったらちょっと不安そうにしてたけど……。——すんません。どーしてもベッドで寝たいんす。床に直寝とかイヤ。
マナハスを連れてきたのは、まあ当然の流れだよね。私とマナハスは離れるわけにはいかないし、私がベッドで寝るために外に出るなら、マナハスもついてくるしかないということになるからね。
まあマナハスだって、体育館の床で寝るよりはちゃんとしたベッドで寝る方がいいでしょ。それにあそこだと人がたくさん居すぎて、なんか寝るのに集中できなさそうだし……。
私はそこんとこ、寝る時は近くに人がいない方がいいタイプだから。もちろんマナハスは別だけどね。むしろマナハスなら居たほうが安眠できるくらいだね。
さて。それでは寝る前に、これだけはどうにかしておきたいんだけどな。さて、どうかな……
私はウィンドウを表示した。真っ暗な部屋の中に浮かび上がるウィンドウ。不思議と眩しくはない。
すると、私がウィンドウを出したのに反応して、マナハスが話しかけてきた。
「……しっかし、そこまでしてベッドで寝たいかね」
私はウィンドウを操作しながら、それに応じる。
「え、寝たいけど? てかマナハスだって、床で寝るよりはベッドで寝るほうがいいでしょ?」
「いや、そりゃそうだけどさ。だからって、そのためにわざわざこんなとこまで来るなんてよ……」
「しょうがないじゃん。ベッドはここにしかないんだし」
「このベッドくらいなら、体育館まで運ぶのも難しくないんじゃないの?」
「え、なんであそこに運ぶ必要があるの?」
「え? だって、あそこの方が安全でしょ?」
「や、別に、そんなに変わんないでしょ」
「ええ? だって、あそこが一番安全だから、生存者をあそこに集めたんじゃないの?」
「え?」
「違うの? 実際、体育館の中にはゾンビも入って来れなかったみたいだったし。建物としても頑丈って事じゃないの?」
「建物ってか、まあ……扉は、頑丈っぽい気もしなくもないけど」
「ええ……? それじゃ、なんで体育館に集めたわけ? 私はてっきり、あそこが一番頑丈で安全だからなのかと思ってたけど」
「それは、だって……アレじゃん。最初からあそこに人が集まってたから、そんまま追加でぶち込んだだけっていうか……」
「……マジ? ただ流れでそうなっただけってこと……?」
「まあ、ね。——いや、まあ実際、大人数が一箇所に集まれる場所っつったら体育館だろうし。……建物が頑丈かはともかく、防衛する側からすれば、一箇所に固まってくれてた方がやりやすいってのはあると思う。そういう意味では、体育館がベストだとは思うよ」
「はあ、なるほど」
「ただ、建物としては……どこも大して変わらない気がするんだよね。ゾンビはともかく、トラとかの怪獣のことを考えればさ……ぶっちゃけ、壁の厚さとか誤差でしょ」
「まあ、それは……確かにな」
「だから私としては、別に体育館だろうが別の場所だろうが関係ないって思うんだよね。だから、体育館までベッドをわざわざ持っていく必要はないんだよ。……大体、みんなが床に雑魚寝している中に一人だけベッド持っていって寝るのはね、普通にイヤなんだけど」
「ああ、まあ、そうなるな……」
「まあ、私らは色々と貢献してはいるから、表立って色々言われることはないかもしれないけど。居心地は良くないでしょ」
「……だな。それなら、ここの方がマシか。……じゃあ、ベッドを使わずに体育館で床に寝るつもりは——」「ない」
私の食い気味の即答に、マナハスはやれやれと首を振った。
「というかマナハス、なんか体育館にこだわってるように感じるんだけど……?」
「いやだって、普通に考えてこんなところで二人きりでいるより、みんなが居る体育館に居たほうが安全な気がするじゃん」
「フッ……」
「なに? ……鼻で笑って」
「いや……“みんな”なんて、何人いようが戦力になんてなりゃしないでしょ。そのみんながみんな南雲さんみたいな人だとでも言うなら、鼻で笑ったのは撤回するけどね。——いや、その場合はまた別の笑いが出るかな……」
「あんな人が何人もいるわけないだろっ。……まあ確かに、戦力にはならないかもしれないけどさ。でも安心感にはなるというか」
「そうだね。ゾンビが来た時には、たくさん人が居た方が囮として機能して自分が助かる可能性は上がるかもね」
「いや、そういう意味で言ったんじゃねーよ……」
「でもゾンビなら別に、自分で倒せばいいだけでしょ、私たちなら。ゾンビ以外の——怪獣とかの場合は、これはもう囮はおろか肉壁にだってなりはしないよ。むしろただの邪魔だね。居ない方がマシ。——だとすれば、ここにいる方が正解だね」
「オマエ……」
「マナハス……人がたくさんいるところに居たほうが、なんとなく安心するのかもしれないけど、それはただの錯覚だと言わざるを得ないよ。今の状況ならね」
「…………」
「……まあでも、心理的なものを考えれば、やっぱり人がたくさん居たほうが安心するってのは理解できるよ。——私は人混みが嫌いな方だから、自分があんまりそういう風に感じないだけで、普通はマナハスみたいに考えるもんなのかもしれないし」
「……カガミン」
「だから、どうしてもマナハスが体育館の方がいいというなら、体育館に行ってもいいよ」
「それは……アンタもついてくるの?」
「当然でしょ。ついていかないわけないじゃん。つーか、流石の私も一人で寝るのはイヤだよ。マナハスがいるから、ここで寝るのも平気ってだけだから」
「……そうか」
「……それで、どうする? 体育館に戻る?」
「いや、ここでいいよ。——まあ、私もカガミンと二人なら……平気かな?」
「……そう、か。それならよかった。——ベッドを運ぶ必要もないしね」
「ベッド持って行くつもりだったのかよ……」
「そりゃ、ベッドを諦めるという選択肢はないからね」
「さいですか……」
そこでマナハスは一度言葉を切ると、私がさっきからずっと操作しているウィンドウの方を見てきた。
そして——それまでのなんとなく言い争ったようになってしまった雰囲気を切り替えるように、声の調子を変えて話しかけてきた。
「……それでぇ? アンタはさっきから、ソレは何をやってんの?」
「ああこれ? いや、夜寝る時にさ、敵とか来たらすぐに起きられるように、なんかそういう警報装置みたいな機能ないかなって探してたんだよね。さすがに寝ないで警戒するのはキツいというかね。普通に寝たいし、というか起きていれる気もしないし……」
「あー、まあそうだよな。必要だよな。——んで、なんか見つかった?」
「とりあえず、マップの機能で、敵が特定の範囲に入ったらアラートが鳴るように設定できるっぽいのは判明した。他にも何かあるかもしれないけど、あまり長々と探してもアレだし……これでなんとかする感じかなぁ」
「うーん、ま、それで十分じゃないの? ——あー、それって私も設定できるのかな?」
「あ、うん。できると思うよ」
「なら私もやっとくよ。やり方教えて」
「りょーかい」
というわけで私とマナハスは、マップ上で自分から一定の範囲に敵の反応が侵入した時にアラートがなるように設定した。
その範囲は、そんなに広くない。学校の敷地内に収まっている。
まあ実際そうしてないと、学校の外には普通にまだゾンビがいるだろうので、範囲が学校の外にまでなってしまうと、その辺をゾンビが通りかかるたびに起こされることになる。それではあまり意味がない。
学校の敷地内に限定しておけば、学校内に侵入して来た敵にのみ反応することになる。
学校内部の敵はすべて排除しているし、少なくとも普通のゾンビは塀によって入って来れないことは確認している。
それならアラートに反応するのはそれら以外となるので、その場合は実際、起きるべき状況であろう。
私と、それからマナハスも、アラートの設定を完了した。
これで、どっちかが爆睡のあまりアラートに気がつかなくても、もう一人が気がつくことも出来る。——まあ、流石に起きると思うけど。
ちなみに、アラートは自分の脳内にのみ聞こえる音なので、他に聞こえる心配はないようだ。
さて、初日の反省を活かした寝るための準備は完了した。
ずっと起きて警戒するのは厳しいと分かっているので、もう寝てしまうことにしたが、その上で、敵が来た時にはちゃんと起きられるようにする。ちゃんと睡眠を取ることも大事だし、これがベストでしょう。
つーか今日寝ないのはムリ。めっちゃ疲れたしめっちゃ眠いもん。硬い床でも気にせず爆睡するレベル。
まあベッドで寝るんだけど。だとすれば、めちゃくちゃ爆睡しそうかもね。
……欲を言えば、寝る前にシャワーくらいは浴びたかったけど、それは流石に断念した。……まあ、明日の朝にでも浴びよう。
「そういえば、ベッドはどうする? せっかくだから、運んできて二つ繋げない?」
「あ、うん、そうだね……」
「じゃあこれ運ぶか。——や、マナハス運んでくれない? 聖女パワーでやったが早いっしょ」
「ああ……や、いや……」
「え、イヤなの? ……まあ、それなら私が運ぶけど」
「あ、いや、そうじゃなくてさ」
「ん?」
「いや、その……」
「……?」
「……別に、運ばなくてもいいんじゃない? だって……いや、——て、てかさ、普通に一つのベッドで二人寝れるくね? ……わざわざ運ぶのもメンドーだし、さ」
「……まあ、私はそれでいいけど。——んじゃ、枕だけ持ってくるか」
ということで、一緒のベッドで寝ることになった。
まあ、せっかくだから、シングルベッドで夢とマナハスを抱いて寝てもいいよね。
それから、寝る前の諸々や寝床の準備を終わらせて、いよいよ私とマナハスはベッドイン……いや、別に変な意味ではないよ。
——いや言い方。
さて、ようやく長い一日を終えて寝ることが出来る……マジ疲れたわ、今日は……
私は、そこまで大きくないベッドにマナハスと二人して入り込んで、横並びになる。
「それじゃ、マナハス。……おやすみ」
「……うん、おやすみ」