第105話 惚れてまうやろぉぉ!(チャ◯カワイ風)
同じジャーナル部の高橋くん。死んだと思っていた……でもまさか、生きていたなんて……!
私は湧きあがる嬉しさのまま、彼に話しかけた。
「高橋くん、高橋くんが生きててくれて、私も嬉しいよ。助かって本当に良かった……」
「狩沢……お前も、俺が助かったこと、そんなに、嬉しいのか……?」
「うん、嬉しいよ」
「それは——」
「勘違いすんなよ、高橋。アユも別に、そんなつもりじゃねーから」
「分かってるよ。……でも、ひょっとすると……」
「ねーから」
「……ねーんか」
「まあ、そういうアレでは、ないんだけど」
「ほら、ねーから」
「……オッケェィ、了解……」
高橋くん……ちょっと頼りない感じもあるけど、優しくて、いい人なんだけど、ね……。
それから私たちは、お互いに離れ離れになってからのことを話した。
といっても高橋くんは、体育館に入ってからはずっとここに居ただけで、それに、内田くんと遠藤くんの二人を失ったことにより意気消沈していたらしいので、特に何も話すことはなさそうだった。
その二人のことについては、詳しく話したがらなかったし、私たちもその気にはならなかった。
私たちについても、部室ではひたすら息を潜めて篭っていただけなので、特に話すことはない……途中までは。
話すことがあるとすれば、当然、トラの怪獣の話だ。そして、そのトラを倒した三人組、カガミさん達の話。
カガミさんについては、高橋くんからも話が聞けた。
なんでも彼女達は、暗くなってきたくらいの時間帯に突然体育館の中までやって来たとのことだった。それについては、トラを倒した後に体育館に向かったんだということなんだろう、と納得した。時間も一致する。
そして中に入ってきた彼女達は——なんと、ゾンビに噛まれた人を治療したという。ゾンビの毒(?)とかいうのも消すことが出来るとかで、噛まれた人がゾンビにならずに済むらしい。しかも、咬み傷も一瞬で治してしまったとか。
にわかには信じられない話だけど、高橋くんは——実際にこの目で見たから確かだ、と言っていた。——カメラがあったら録画していたのに……、とも。
カメラといえば……私たちはトラとの戦いを撮影していたけど。
そのトラの怪獣について彼に話してみても、流石になかなか信じなかったけど、証拠の動画を見せると、そんな彼も閉口せざるを得なかった。……いや、実際は驚きに口をあんぐり開けて声も出ない様子だったけれど。
ともかくそうして話していくにつれて、彼女達の異様性はどんどんといや増していくようだった。
結局、高橋くんと話してみても彼女達の正体については判明しなかった。新たにいくつかの情報は出てきたけど。
曰く——ゾンビ化を治療できるとか、怪我も治せるとか、聖女と呼ばれているらしいとか、メンバーの一人はウチの学校の生徒で藤川さんという子らしい、とか。
しかしそれも、色々新しく知ることでさらに疑問が出てくるような感じだ。結局、彼女達は一体何者なんだろうか……。
当の本人さん達——カガミさんとマナハさんはというと、どうやらまた体育館より外へ出て行ったみたいだった。
さっきまでは、私たちが高橋くんと話し始めたので、彼女達は少し離れて会長さんと再び話し始めていた。
その話も一段落ついたのか、カガミさんとマナハさんは、何やら再び体育館より外へと出て行った。それも、会長さん(と幽ヶ屋さん)を一緒に連れて。
ひとまずは落ち着けるようになったので、私とナオちゃんはまず最初にお手洗いなどを済ませると(……実はけっこう我慢していた)、それからまた高橋くんと合流して、とりあえず体育館の中で落ち着ける場所に座り込んで休息を取ることにした。
明かりの灯された室内で、周囲にもたくさんの人が居て、安全が保障されているという場所で休むことができて……私はようやく、ホッと息をつくことができた。
やっと安全な状況に落ち着くことができたんだ——と自覚したら、みるみるうちに体からは力が抜けていった。私はそれを、まるで人ごとのように感じながらも抗うことなく受け入れていく。
隣ではナオちゃんも、私と同じように脱力して私の方に寄りかかってきた。それに私も応じて、お互いに支え合うように寄り掛かり合う。
高橋くんの言を借りるなら、私たちは二人とも、タコになっていた。ふにゃふにゃだった。
確かに、それまでの緊張が一気に緩和されたことで、こんな風になるのもしょうがないと思った。
高橋くんはさらに、内田くんと遠藤くんのことがあったんだから、そのことに対する無力感や喪失感のようなものもあったとすれば、余計に脱力したのだろうと想像できる。
なんだか、このまま眠ってしまいそうだ……。
。
。
。
……——! 〜〜〜!! 〜〜——!!
……ん、ぅん……?
何やら周囲が騒がしくなったことで、私は少しずつ浅い眠りから覚醒していった。
どうやら、私はうっすらと眠ってしまっていたらしい。
私が動いたことによって、同じく隣で眠っていたらしいナオちゃんも目を覚ました。
私は、近くにいた高橋くんに尋ねる。
「なんか騒がしいけど、何かあったのかな……?」
すると、どうも私たちと違って起きていたらしい高橋くんが、私の問いかけに答えてくれる。
「ああ、さっき外からあの人たちが戻ってきてさ、それでなんか、これから物資を配るとかなんとかって……」
「物資?」
見ると、体育館のステージの部分にカガミさんとマナハさんの二人がいた。その隣には常盤会長と幽ヶ屋さんもいる。
彼女たちが何をするのかと、ステージの周りには人が集まってきていた。
「いや、なんかあの二人、生徒会長を連れて、この学校に備蓄されてた災害時用の物資を回収してきたって話らしいんだけど……」
「そうなの?」
そう言われて、私は辺りを見回してみる、が……
「え、物資ってどこよ?」
「いや、俺もずっと見てたけど、手ぶらにしか見えなかったんだよな……」
ナオちゃんがそう疑問の声を上げると、高橋くんも不思議そうに返す。
しかし次の瞬間、その問いは氷解することになった。
突然、ステージの上に光が発生したかと思ったら、さっきまで何も無かったその場所に大量の段ボールが現れていたのだ。
……おそらくは、この段ボールたちが件の災害用備蓄物資なのだろう、けど……。
いや、何これ……?
え、待って、なんかこんな感じのやつを、見たことがあったような?
……アレっ?
ん……ひか、り……消えて、現れ……、——トラ!?
——ズキッ——
うっ、頭が……!
寝起きに衝撃的な記憶を思い出したことで、なんだか頭痛を覚えた私を含めて、周囲の人たちが衝撃的な出来事に呆然としている間にも、常盤さん主導のもと物資を配布する体制は迅速に整えられていっていた。
その物資の内約は、ひとまずの食料や水、そしてこれから寝る際に使う毛布などの寝具類だった。
とりあえず、今この体育館にいる人たちには十分に行き渡るくらいの量はあるらしかった。だから安心して順番に受け取るように、と常盤さんが声を上げていた。
衝撃から立ち直った人たちはその言葉に安心して、大人しく列を作って物資を受け取っていった。
私とナオちゃんもその列に並ぼうと列の最後尾に移動していたら、ふと視界の端にとある人物が映ったので、私はそちらの方に目を向ける。
その人物とは、さっきまでステージ上に居たはずが、いつの間にか移動していたカガミさん達だった。
彼女たちは何やら数人で集まって話していた。その中には大人の男の人と、小学生くらいの女の子もいた。
私は何となく気になって、列に並ぶのも忘れて彼女達の方に注目していた。
「あ、あの二人……。ん、あっちの女子はアレ、トラの時に銃使ってた子じゃねー? てことは、あの人がフジカワさんって人なのかな……」
私と同じく彼女達の方を見ていたナオちゃんが、独り言のようにそんな言葉を呟いていた。
しばらく見ていたら、どうやら話し合いは終わったようだった。
すると、カガミさんとマナハさん以外はその場に残っていたが、当の二人は何やら移動し始めて……その行き先は、どうやら体育館の外のようで——
あっ……!
私は思わず、二人の後を追って駆け出していた。
「ちょっ、アユっ!?」
ナオちゃんもそう言いながら、すぐに私を追って走り出した。
体育館の出口のところで、私はカガミさん達に追いついた。
その場にはカガミさんとマナハさんと、もう一人そこにいた男子生徒は(彼は知っている、たしか生徒会の……)中野くんだ。——そういえば、ここに来た最初の時に入り口を開けてくれたのは彼だったか。
私たちの接近に気がついたカガミさんが、少し驚いたような顔をして私に話しかけてくる。
「あれ、あなたは確か……狩沢さん、でしたっけ」
「あ、はい、そうです……」
「えっと、私たちに何か……?」
「あっ、えっと……」
実際、特に何か考えがあって走り出したわけではなかった。
ただ、彼女達が今から外に出る理由も気になったし、それに、もしそのまま、戻って来なかったら……という想像がふと頭をよぎったので、——気がついたら追いかけて走っていた。
「あ、いえ、その……こんな時間にどちらに向かわれるのかな、と……」
「ええっと……」
カガミさんは、ほとんど面識のない間柄の私に突然そんなことを聞かれたので、少々困惑している様子だった。
自分でも、どうして初対面同然の彼女にこんな唐突に……とは思う。
だけど、もし彼女たちがこのまま私たちの元を去ろうとしているのなら……しかもそのまま、二度と会えないのだとしたら——?
体育館から去ろうとしている二人を見たら、なんだかそんな気がしてしまった。
そうだとしたら、追いかけないと……! 私はそう思った。それで、そう思った瞬間には走り出していた。
「あ、あの、お二人は、ここから出て行くんですか? もしかして、もう、戻らないんですか……?」
「え、いや、その……」
「え、カガミさん、もう戻って来ないんすか? どっか行っちゃうんすか……!?」
「……いえ、そんなつもりはないですよ」
「でも、じゃあなんで、こんな夜遅くにまた外へ? 確か、校内の生存者はもう全員救出したんですよね?」
「ええ、そうですね」
「だとしたら、一体何のために外へ……?」
「それは……」
私の言葉に続いて、中野くんがカガミさんに質問していた。どうやら彼もまだ理由は知らないようだ。
「……まあ、アレですよ。校内の生存者は全て回収できましたし、ゾンビもすべて片付けましたけど……いや、だからこそ、今この体育館にはたくさんの人間がいるわけでしょう? でもって、脅威は依然として無くなったわけではない。学校の外には相変わらずゾンビはいるわけですし、他にも脅威がいないとは言い切れないですし……」
「じゃ、じゃあ、これから外のゾンビを片付けに行くって言うんですか? また、お二人だけで……? いくらカガミさんでも、それは——」
「いやいや、流石にそこまではしませんよ。私たち二人は……そう、最終確認のために、これから外に出るんですよ。そのまま、こことは別の場所で警戒しておくつもりなので、今日のところは、もうここには戻らないつもりです。……とはいえ、学校の敷地から出るつもりはないので、その点はご心配なく」
「確認と、警戒、ですか……。カガミさんもお疲れでしょうに……いやほんと、頭が下がるっす。そういうことなら、会長には俺からそう伝えておきます。——いや、もうすでに伝えられてますかね」
「いえ、まだです。今は忙しそうでしたので……。なので、会長さんにも伝えておいてもらえますか」
「了解しました!」
「……それで、えっと、そちらのお二人は……」
そう言ってカガミさんは私の方を向く。
私は慌てて、
「……す、すみません! お二人がまた外に行きそうにしてたので、ちょっと不安になって追いかけただけなんです」
「はあ、そうなんですか」
「まさか、これからさらに警戒のために外に向かわれるなんて……そこまで誰かのために行動できるなんて、お二人は本当に……すごいですね」
「……いえ、別に……自分のためでもありますから」
そう言ってカガミさんは、少し目を伏せた。きっと、謙遜しているんだろう。
明らかにすごい人なのに、なんて謙虚な人なんだろう……。
それからカガミさんとマナハさんは、体育館を出て二人だけで夜の暗闇の中へ繰り出していった。
彼女達がどこかへ行ってしまうわけではないということが分かって安心したので、私も体育館の中に戻ると、物資を受け取る列に並んだ。
受け取った食料と水で簡素な食事を取ると、貰った段ボールを敷いた寝床の上で毛布にくるまった。
その際には、ナオちゃんと二人で一緒に寝ることになった。寝具の量も限りがあるので、なるだけ何人かで一緒に使うようにとのことで、私はナオちゃんと二人で一つの毛布を使うことにした。
床に直寝よりはマシだけど、段ボールと毛布だけじゃどうしても床の硬さは気になるし、それに寒い。
だけど、引っ付くようにして一緒に横になっているナオちゃんのお陰で、寒さはそれ程でもなかったのは幸いだ。
幸い、か……。
そうだ、私は助かったのだ。あの部室より救い出されて、今は安全な場所にいて、ひとまずは安心して眠ることが出来る。それを幸運と言わずになんと言えばいいのか……。
感謝、しないと。一番は……そう、彼女達に。
ああ、そうだ。まだお礼も言えてないじゃないか。そうだよ、ちゃんと、言っておかないと……
でも、あの人たちはここから居なくなるわけじゃなかった。だから、明日でも、ちゃんと、言えるよね……
気づけば消灯されていた体育館の中で。
すぐ近くに、ナオちゃんの息遣いを感じながら。
私はそんな事を考えながら、いつの間にか、安息の内に眠りについていたのだった……。




