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第104話 んな、撮れてるならそんなもん……見るしかないやないの(ダウンタウン浜◯風)

 


 なぜか動画を観ることになった。


 ナオちゃんの取り出したスマホをみんなで囲んで動画を観た。内容は衝撃的だけど、動画の長さはそれほどでもないので、すぐに見終わった。


 動画の終了したスマホから顔を上げると、(かたな)を持った彼女——カガミさんは、南雲(なぐも)さんに向けて話しかけた。


「これがトラですよ、南雲さん。お分かりいただけましたか」

「ああ、そうだな……とりあえずは、分かった。——まるで理解が及ばないということが」

「そうですね。私たちも、このトラについてはほとんど分かってないんです。まあ……少なくとも、聖女様の魔法があれば倒せるようなのでね、その点はまあ、まだ対処できるだけよかったかな、と」

「そうだな……。こんな怪物……この学校にいるすべての人間が犠牲になったとしてもおかしくはない。……知らないうちに、火神(かがみ)さんには命を救われていたのだな」

「いえ……トラと戦ったのはただの成り行きですから、気にしないでください。——それじゃ、動画も見たんで、行きますか」


 そう言って、カガミさんは私たち二人に尋ねてくる。


「これから、他の生存者も回収しつつ、体育館まで移動するつもりですが、お二人は、体調などは大丈夫ですか?」

「あ、はい、大丈夫です」


 私がそう答えると、横でナオちゃんもうんうんと頷いていた。

 それを受けたカガミさんは一つ(うなず)くと、


「そうですか。それなら、すぐに出発しましょう」



 そうと決まってしまえば、後はなんともあっさりと。

 私とナオちゃんは、朝から夜までほぼ丸一日滞在していた——いや、立てこもっていたこの部室から、外に出た。


 真っ暗な校舎の廊下を、先導する二人の背中を追って進んでいく。

 私とナオちゃんは、足元を照らす私のスマホのライトだけを頼りに進んでいた。

 そう、私たちの前の二人も、後ろの南雲さんも、なぜかライトの(たぐ)いは使っていなかった。使っているのは私たちだけだ。

 そのことを不思議に思いつつ、しかし質問する暇もなく——

 前の二人は、真っ暗な中をズンズンと進んでいくので、私たちは遅れないように必死について行った。



 それからの展開は、部室にこもってずっと停滞していたそれまでが嘘のように、とてもスピーディーだった。


 前方の二人は——まるでそこに居ることがあらかじめ分かっているかのように——校舎内に隠れて生き延びていた生存者たちをどんどん見つけて回収していった。

 回収されていく生存者たちは皆、私たちと同じように、これまではひたすら息を潜めて隠れていたようだった。——そうすることで、なんとかこれまで生き残ってこれたのだ。


 そんな彼ら彼女らを回収していく際には、南雲さんがすごく活躍していた。

 なんと言っても彼女のことは有名だ。この学校ではもちろん、地域一帯に名が通っている。

 そんな彼女の存在は、生存者を回収していく際にとても有効に働いた。


 この学校の生徒なら、南雲さんのことは誰でも知っている。

 彼女の名前はもちろん、その武勇、その実力に関しても。

 だから、救助対象が生徒だったら、南雲さんの名前を出すことでとてもスムーズに回収が進んだ。

 こんな状況でも——いや、こんな状況だからこそ、南雲さんの頼もしさをみんなが拠り所とした。


 そうして人数が増えてきたら、それだけで安心感につながるのか、この学校の部外者の人でも、こちらの呼びかけに応じてすんなりと合流していった。


 だけど生存者の中には、極限状態を過ごしたことで精神的に参っているような人もいた。

 そんな人は、こちらが救助に来たと言ってもなかなか信じなかったり、果てはどういう内心からなのか、こちらに対して敵意を向けてくるような人もいた。

 まあ、ゾンビの恐怖にずっと(おび)えて過ごしていたのだから、そんな風になってしまうのも無理はないのかもしれない。

 私だって、ナオちゃんと一緒じゃなかったら、そんな人たちと同じようになっていたかもしれないし。

 ——実際、そんな人はみんな、単独で隠れて生き残った人たちのようだった。


 そして、そんな人たちに対しても南雲さんは頼もしかった。

 混乱して襲いかかってくるような人も、彼女は素手であっさりと制圧した。

 そうして取り押さえたところで、相変わらず、こんな状況でもずっと平然とした様子のカガミさんが、優しく説得するように言葉をかけていた。

 (いわ)く——落ち着いてください。大丈夫ですよ。助けに来ましたから。今まで、よく頑張りましたね。もう平気ですから。あなたは、救われたんですよ——


 その、心から(いたわ)るような言葉を聞いて、取り押さえられていた人も徐々に強張りを解いて力を抜くと、(おもむろ)に今度は涙を流し出したりするのだった。

 私も今までの境遇を思い出すと、カガミさんの言葉はとても優しく響いて、思わず自分も涙が出そうになった。


 救助の合間になされたやり取りから察するに、私たちを救助するにあたって、どうやら先んじてゾンビたちはすべて排除してから救出を開始したという運びらしかった。

 実際、生存者たちを回収する間、ゾンビと遭遇することは一度も無かった。

 すべてのゾンビを片付けた後に最初に寄ったのが、たまたま私たちの部室だったらしく、私たち二人は偶然、最初に救出された生存者になったということだった。


 それからも生存者の救助作業(というより、もはや回収作業とでも言ってしまえるほど順調なそれ)は(とどこお)りなく進み、それほど時間をかけることもなく校舎の中を巡り終えると、いよいよ一行は進路を体育館へと向けて、校舎から外へと出る運びとなった。


 外へ出る際には、不安の声を上げる人もいた。実際、私自身も不安だった。

 校舎の中では確かに一度もゾンビに遭遇しなかった。すべてのゾンビを既に排除しているという彼女たちの(げん)は正しかったのだろう。

 しかし、外のゾンビについては話は別だ。私自身も、昼間に外を確認したから知っている。外にどれだけたくさんのゾンビがうろついていたのか。

 しかし彼女たちは、不安がる私たちに対して「外のゾンビもすべて排除済みなので安心してください」という内容のことを話すと、さっさと外へ進んで行ってしまった。

 私たちは慌てて、彼女たちの後を追って外へ出た。



 そして私たちは、事実、一体のゾンビに遭遇することもなくあっさりと、体育館に無事に到着した。


 本当に、学校の中のゾンビはすべて排除されているというのか。

 しかし、事実として、これまで一度も奴らに遭遇していないことを(かんが)みると……本当に、本当なのだろうか。

 いや、彼女たちの実力は知っている。ゾンビなど一撫(ひとな)でで簡単に粉砕するトラ——そのトラを倒してしまう実力なのだ。

 それならば、いかにゾンビが大量にいようとも、やはり鎧袖一触(がいしゅういっしょく)ということなのだろうか……。


 長いこと部室の中で夢想していた体育館——その実物を目の前にして、私はそんなことをぼんやり考えていた。

 同じ学校内の建物なのに、もはや手の届かない場所と化していた体育館。たくさんの人が集まっている安全地帯……その実物が、今、目の前にあった。


 私たちは体育館の中に入っていく。

 私たちを出迎えてくれたのは、明るい、電気の光。


 ゾロゾロと全員で内部に入っていく。

 体育館の中には、たくさんの人がいた。——すごい、これだけの人が生き残っていたんだ。

 私の頭に浮かんだのは、そんな感想だった。


 私たちの到着によって、にわかに騒がしくなった体育館の内部。

 すると、その騒ぎを聞きつけたように、集団の中から出てくる人がいた。

 あれは……常盤(ときわ)さん、生徒会長だ! ——隣にいるのは……あれはテニス部の幽ヶ屋(かすがや)さんかな。


 常盤さんは、何やらカガミさん達と話し始めた。

 その様子を見るに、彼女たちは、どうやらすでに知り合いのようだった。


 私は安全な体育館の中に入ったということで、一気に体中から力が抜けて、思わずその場にへたり込みそうになった。

 しかし、すんででそれに耐えた。

 一瞬、——本当に気を抜いていいのか? という疑問が脳裏によぎったから。一度、気を抜いてしまえば、もう再び立ち上がることは出来なくなるような予感があった。

 それに、気になることもある。色々とある。今起きてることについて。——ゾンビ、怪獣、これからのこと……。

 だけど、一番気になるのはやはり、()()()()のこと……。


 横のナオちゃんを見れば、彼女もさっきからずっと、常盤さん達の方を向いている。

 私の視線に気がついたナオちゃんが、こっちを見てくる。私はそんな彼女から一瞬視線を外して、常盤さん達の方を向いた。するとナオちゃんも、そちらに目をやる。

 そうして私たちは、またお互いに目を合わせた。——言葉にしなくとも、お互いが考えていることは伝わった。


 私たちは、お互いにピッタリと寄り添って支え合うようにしながら、恐る恐る、といった様子で、常盤さん達の方に向かって歩き出した。


 ひっそりと近づいていた私たちに、しかし、後ろに目がついているかのようにあっさりと気が付いた南雲さんが声をかけてきた。


「ん、二人とも、何か用か?」

「——あっ、いや、その……」


 すると、常盤さんと話していたカガミさんもこちらに気がついた。そして、彼女も私たちに話しかけてくる。

 ——そうなると、カガミさんと話していた常盤さんなどもこちらに注意を向けるので、私たちは一気に周りから注目されてしまうことになり、尚更に気後れしてしまう。


「——あれ、お二人とも、どうしました? ここは安全ですので、安心してくつろいでもらって大丈夫ですよ。それとも、我々に何か用でもありましたか?」

「あ、いえ、その……」

「あっ……あなた達は、狩沢(かりさわ)さんと、今里(いまさと)さん、ですよね。お二人も、カガミさん達に救助されたんですね。そうか……うん。お二人とも、ご無事で良かったです」

「あ、はい、そうなんです、常盤さん」

「お二人は……ずっと部室で待機して救助を待たれていたんですか?」

「えっと、そうですけど……」

「そうですか……。——いえ、お二人がそこに居るということは、こちらでも把握していたんですが、結局、カガミさん達が来るまでは、こちらでは何の行動も取れませんでしたので……。そのことについては、本当に、申し訳ありません」

「あっ、いえ、そんな……」

「……そういえば、彼とはもうお会いになられましたか?」

「……? 彼、ですか? えっと、誰のこと……」

「いえ、彼というのは——」


 そこで、私たちの話に突如として乱入してきた人物がいた。


「——あっ、二人とも……無事、だったんだ、ね」


 そこに居たのは——


「高橋ッッ!? おまッ、生きとったんかワレッッッ!!?」


 ナオちゃんが大声で彼の名前を叫んでいた。


 高橋くん……! 生きて、生きてたんだ……!


「い、今里……それに、狩沢も。二人とも、無事だったんだな……よかった……」

「いやそれはこっちのセリフだっつーの! 高橋お前、生きてたのかよっ! 死んだと思ってたっつーの!」

「いや、まあ、うん……なんとか、な」


 高橋くん。今朝、部室を出て行ったっきり消息不明だった彼は、なんと、体育館の中で生きていた。


「高橋お前っ、無事だったんなら、なんで連絡寄越さないわけっ?」

「いや、それは、スマン。スマホ、落としたから……」

「はぁー、マジか、おいぃ……」

「高橋くん……よかった、無事だったんだね……」

「狩沢……うん、お前も無事で、よかった」

「……それで、高橋……他の二人は?」


 ナオちゃんがそう聞くと、高橋くんの表情は目に見えて暗くなった。——その様子は、何よりも雄弁に答えを語っていた。

 だけど高橋くんは、自分の口から事の顛末を語った。


「二人は……内田と、遠藤は……ダメだった。……助からなかった。俺の目の前で、ヤツらにやられた。……俺は、ただ、見てることしか、出来なかった。——いや、それどころか、すぐに逃げたんだ。だから、助かった。……いや、助かったのは、ただの偶然だ。たまたま、あの二人より後ろにいたから、俺が。ただ、それだけだ。……俺は、二人を助けることが、出来なかった。スマホを落としたことにも気づかないくらい、ただがむしゃらに……気がついたら、ここの中に逃げ込んでいた。それからすぐ、ここは閉め切って、出入りは禁止されたんだ。だから、その……お前たち二人のことも、もうどうしようもなくて……。一応、会長には話しておいたんだけど……。俺は、もう、ずっと……ここで、ふにゃふにゃしてた……体に、力入んなくて、タコみたいになってた。ほんと、もう……タコだったわ、俺……色んな意味で。バカだった。外になんて……動画なんて……撮りに行くんじゃなかった……。そうすれば、二人は——」

「タコだよ、お前は。高橋。バカだよ、ほんと」

「今里……」

「ナオちゃん……」

「でもウチも、あの時は、おんなじだったし……。高橋のせいじゃ、ないよ。二人のことは」

「今里……っ」

「ウチとしては、アンタが生きてたこと、嬉しかったよ。二人のことは本当に、残念だけど……。とにかくアンタ一人でも生きてて、良かったよ。それだけは、とにかく……よかったことじゃん?」

「今里……お前、慰めてくれるのか、俺のこと……」

「別に、ウチは思ったことを言っただけだし」

「……やべぇ、泣きそう……つーか惚れそぅ」

「それはやめときな。もっぺん泣くことになるから」

「……わかったぁ……やめとく……」


 こんな時でもナオちゃんは、はっきりものを言う人だった。

 だけどそれで、少しは高橋くんも気分が軽くなったかもだし。やっぱりナオちゃんは強いな……。


 内田くんと、遠藤くん……二人のことは、正直、(いま)だに実感が湧いていない。今日はとにかく色々なことがありすぎて、心が追いついていない。

 だけど、こうしていいニュースがあれば、やっぱり嬉しい気持ちも湧き上がってくる。


 死んだと思っていた……でも、一人だけだけど助かった人がいた。


 本当に、よかった……。


 

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