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第99話 時を戻そう(ぺ◯ぱ風)

 


 ——高橋くんと、遠藤くんと、内田くん。

 私と同じジャーナル部に所属している、三人の男子。

 今日の集まりにも顔を出していたこの三人は、今はこの場にいない。

 そう、今朝の時点では、みんな無事に、この部室にそろっていたのに……



 ——

 ————

 ——————


 ——今日の朝——


 今朝の私は、いつも学校に行く時と同じように自転車に乗って家を出て、そのまますんなり学校にたどり着いていた。

 ——いや、今思えば、なんとなく通学の道中に違和感を感じていたような気もする。周囲の雰囲気が、なんだか不穏な感じがするというか……。

 だけど結局、気のせいかと思っただけで、実際、何事もなく私は学校にたどり着けた。

 ——今更になって思う。私は、かなりの幸運だったのかもしれない。


 学校に着いた私は、部室に向かった。

 集合時間よりはだいぶ早かったから、私が一番乗りかと思ったけど、部室の中には既にナオちゃんがいた。

 彼女は開口一番に、


矢車(やぐるま)部長、今日来ないらしーよ。なんか、駅見に行くとかって、さっき一言だけメッセージが来た。ありえなくね? 部長がサボりとか。部員に示しがつかねーっつの」


 その後も彼女は、ブツブツと部長に対して文句を言っていた。でも、そんなに本気で怒っていたわけではないと思う。だって部長がめちゃくちゃやるのはいつものことだし。

 ——というか部長……駅の辺りが今どうなっているのかは知らないけど、学校でもこんななのに、あんな瓦礫のところに行って無事だろうか。

 あの人のことだから、なんとなく無事でいそうな気がするのは、さすがというか、なんというか——


 私は、彼女の部長への愚痴を聞き流しながら、昨日見た諸々についての話をし始める。すると、彼女もすぐにその話に食いついてきた。

 昨日もスマホのメッセージではやりとりしていたけど、やっぱり出来るなら直接会って話したいに決まっている。私が今日部活に来た理由も、まさにそのためと言っていい。


 私は今日、特に深く考えることなく、学校へと、この部室へと来た。

 元々そういう予定だったし、昨日色々と見聞きしたことについて部員のみんなと話したかったし。

 そもそもこの時の私は、学校に行くことが危険と隣り合わせの状況になっているなんて、思いもしていなかった。


 まだこの時の私は、この後、自分がどういう状況に置かれるかなんて何も知らなかったし、なにも理解していなかった。

 スマホの画面の向こうの世界は、自分のすぐそこまで迫ってきていた、というのに……。


 ナオちゃんとお喋りしている間に、(くだん)の男子三人がほとんど同時にやって来た。

 それで部長を除く、この日集まる予定だった部員のメンバーは全員揃った。


 それからしばらくして……最初にそのことに気がついたのは、誰だっただろう。

 とにかく私たちは、部室の窓から見える外の光景がなんだかおかしいことに気がついた。


 最初に思ったのは、やけに学校に入ってくる車が多いな、ということだった。

 正門から入ってくる車たちは止め方も随分おざなりで、乗っていた人たちは、まるで何かから逃げるように慌てて飛び出してくる。

 見ているうちにどんどん車と人は増えていった。すると、学校の方からも誰かが出てきて——おそらくは、学校の教員の誰かだろうと思う——既にごちゃごちゃのすし詰め状態になっている正門の車の方に向かって行った。

 正門からの道のすぐ隣にあるグラウンドでは、練習していたサッカー部員たちも何事かと様子を(うかが)っているようだった。


 そんな中、唐突に“それ”は始まった。


 なにぶんそれなりに距離があったので、はっきりと見えたわけではない。ただ、その様子は明らかにおかしかった。

 突然、パニックになったように人々が四方八方に逃げ始めた。何かから離れるように、一斉に「とある地点」から離れていった。

 人がはけて見えるようになったその場所には、誰かが倒れていた。

 そして、その誰かに覆い被さるように、別の誰かがのしかかっていた。その様子はいかにも暴力的で、まるで、襲いかかっているかのようで——


「……えっ、何アレ?」


 みんなして窓から外を見ていた中で、隣のナオちゃんがふと、そんな言葉をこぼした。——私はなぜだか、その瞬間のその一言がやけに印象的で耳に残ったのを覚えている。

 思えばそれが、私にとって最初の、この事態を“実感”させる出来事だったのかもしれない。


 逃げ惑う人々の中には、勇敢にもその場に(とど)まって、今まさに目の前で行われている凶行を止めようと勇気ある行動をとる人がいた。

 彼はのしかかっている人物を引き剥がそうとして、意外にも、それはあっさりと成功した。

 そして次の瞬間には、その勇気ある人が次の犠牲者となった。


 ——噛み付いている……??!


 私の脳裏に浮かんだのは、そんな言葉だった。


 (いま)だに目の前の光景を理解できていない私をよそに、事態はその後も(とど)まることなく進行していった。

 新たに噛みつかれた青年を助けようと別の人がやってくる。しかしその時、最初に噛まれて倒れていた人が起き上がった——次の瞬間、その人物もまた手近な人間に襲いかかり、噛み付く。

 その次には、ついさっき噛まれていた青年の様子がおかしくなり、彼もフラフラと近くの人に向かって行ったと思ったら、突然大口を開けて噛みつきを————


 そして気がつけば、その場にいた人たちは全滅していた。

 いや、全滅といっても彼らは相変わらずそこに(たたず)んでいる。

 しかし、そのいずれもが体のどこかに噛み傷を有し、現在進行形で新たな誰かに噛み傷をつけようとターゲットを探して徘徊し始めている。

 そんな彼ら彼女らは、もはやどうしようもないくらいに()()()だった。

 しかし、これは一体……一体、何が起きているの……?


「やべぇやろ、これ」


 男子の一人がそう発言する。それを皮切りに、私を含めたこの場の五人全員が、今しがた自分の目で見たことについて、とにかく口をついて出るのに任せて、やたらめったらと言葉を(まく)し立てた。

 しかし、私たちの内の一人としてまともに事態を把握している者はおらず、言っていることはみんなめちゃくちゃだった。

 だけど、とにかく何か喋っていないと、どうにかなってしまう気がした。——何がだろう……頭が?

 とにかくその時は、沈黙こそが一番恐ろしいことのように感じていた。喋ることが唯一、恐怖を紛らわせる手段だった。

 そう、みんな恐怖していた。目の前の理解しがたい光景を。


「……つーかよ、これってマジのスクープじゃねーの? 矢車部長じゃねーけどよ、これ、撮ったらすごいことになんじゃね?」


 そんな感じのことを最初に言い出したのは、誰だったか……。

 おそらく、内田くんだったかな。三人の中では一番お調子者な性格をしていたのが彼だから、多分そうだったと思う。


 彼はそれから、まるで熱に浮かされているかのような興奮した調子で、自分の考えを披露していった。

 それは要するに——あのグラウンドの人たちを撮影しよう。そのためにちょっと、近くまで行ってみよう——と、そういうことだった。


 そして男子三人はその意見に賛成して、私とナオちゃんが引き止めるのも聞かずに、そのまま部室を出て行った。


 ……実のところ、ナオちゃんも最初は行きそうな気配を見せていたが、それを察した私が引き留めた。すると、彼女はあっさりとそれに応じてくれた。

 その時には心底ホッとした。私が彼女を引き留めたのは、危険な場所へ彼女を行かせることへの心配ももちろんあった。だけど、もっと恐ろしいのは、彼女も行ってしまった場合に一人になってしまう自分のことだった。

 私は最初から、近くまで見に行きたいという気持ちはまったくなかった。


 そうして男子三人は部室から出て行った。それが、今日の午前中の話だ。

 そして今に至るまで、彼らの内の一人としてここに戻ってきた人はいない。

 スマホへも連絡してみたけど、まったく返ってきていなかった。


 彼らがその後、どうなったのか。想像するのは容易(たやす)い。

 あれから——彼ら三人が出て行ってから、事態はどんどん進行していった。


 正門前の集団がいったん散り散りになった後も、学校の外からは新たにやってくる人が後を絶たなかった。

 そしてその大半は、すでに校内に存在している例の——例の“ゾンビ”に襲われて、彼らと同じになった。

 校舎内に逃げてくる人もいた。その内、何人が逃げ切れて、何人が噛まれたのか。

 そして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 校舎の扉は、一度は閉じられたようだ。私たちがそれを知ったのは校内放送によってだった。

 しかし、すぐに扉は開け放たれることになった、ようだ。()()()()()()()()()()()()()()()。ゾンビは内部で()()した。


 私たち二人はその間、部室に鍵をかけてじっと息を潜めて、ただそれを眺めていた。

 いや、実際は直接見たわけではないので、多分そうだろうという想像の部分もあるけれど。

 ただ、放送のあと程なくして、校舎の中から人が溢れるように出てきたので、何が起こったのかをなんとなく察したまでだ。


 その騒ぎの間も、何度か放送は行われていた。放送をしている声には覚えがあった。春日野高校(ウチの学校)の先生だったから。

 こんな状況でも懸命に、聞き取りやすいハッキリとした喋り方で放送を行っている先生に対して——なかなか出来ることではない——なんて、自分でも部活で放送をしたことのある身として、その時の私はそんな場違いな感想を抱いていた。


 しかしその放送も、程なくして途絶えた。

 スイッチの入っていたらしいマイクから最後に聞こえたのは、少し離れたところからであろう、距離の分、音は小さくなっていたが、本来は絶叫と呼んで然るべき声量による誰かの断末魔。

 いや、これは、先程まで懸命に放送を行なっていた、あの先生の声、では……。


 最後まで先生が放送していた内容は、「体育館に避難してください」というものだった。実際、それを聞いた人たちは体育館へと避難したようだった。

 だけど私たち二人は、部室から一歩も出ることはなかった。


 私たちの部室があるのは、校舎の三階だった。それが幸いしたのか、人も、ゾンビも、私たちが気がつく範囲まで近寄ってくることはなかった。

 ここにいた方が安全……そう思った——わけではない。

 ただ、動くのが恐ろしかった。部室から一歩も外に出られなかった。


 だけど、結果として、私たち二人はまだ生きている。


 移動するべきかも、とは考えた。でも、どこに? それは——体育館?

 体育館の中の情報を得ることはできた。体育館の中に避難した人たちの中に、連絡の繋がる生徒の子がいたから。

 というか彼女は元から体育館にいた。今日も部活で学校に来ていたのだ。

 スマホを使って、彼女と連絡を取って分かったのは——


 今の体育館には、この学校の関係者やそれ以外も含めて、たくさんの人が避難してきて集まっている、ということ。

 内部には例の連中——ゾンビたちは入ってきておらず、また、入ることもできず、今のところは安全だ、ということ。

 体育館への避難を先導して、今も内部を取りまとめているのは、生徒会長の常盤(ときわ)さんらしい、ということ。

 そして……その彼女の指示により、現在の体育館はすべての扉が厳重に閉じられて、出入りは出来なくなっている、ということ。


 それを知ったことで、私たちはここから移動することを完全に断念した。

 今のところここは安全だし、体育館以外に行くあてはなく、そこにも行ったところで入れない。

 それでも、私たち以外にも無事な人が近くで生き延びているというのは、私たちに希望を与えてくれていた。


 だけど、なによりも私にとって一番の希望となっていたのは、隣にいる彼女——ナオちゃんの存在だった。

 もし私一人でこの場所に居たらと思うと……不安のあまり居ても立っても居られなくなって、なんの勝算もなく外に出たりしてしまっていたかもしれない。

 少なくとも、この部屋の中でじっとしていることなんて、絶対に無理だっただろう。


 ——————

 ————

 ——



「もしかして、ウチの言ったこと、気に(さわ)った?」

「——えっ?」


 改めて今ここに至るまでの経緯を振り返っていた私は、いまや心の支えになりつつあるナオちゃんからそう声をかけられて、意識を現在——そして現実——に引き戻した。


「いや、だって、こんな状況なのにウチ、サメがどうたらとかくだらないこと言っちゃったから。アユ、怒ってるのかな、って……」

「えっ? いや、いや、全然。怒ってないよ」

「ほんと……?」

「うん、ちょっと考え事して、ボーっとしていただけだから」

「そう、それならよかったー。……この状況でアユに嫌われたら、マジで崩壊までのカウントダウン始まるからね」

「大丈夫だよ。ナオちゃんのこと嫌いになったりしないから」

「……どうかな、ウチってけっこー口悪いとこあんのは、自分でも自覚してるし……」

「それは私も分かってるし」

「あらぁん……」

「それに今、ナオちゃんは私にとって、わりとマジで心の支えになってるところあるから……」

「あっ、ハイ。それは、ウチもそーです。アユがいなかったら、もうずいぶん前にウチ発狂してたからね。その自信ある」

「ふっ……何それ」


 ナオちゃんは最初不安そうにしていたけど、話していく内にすぐにいつも通りな感じに戻っていったので、私も安心した。

 ——かと思ったら一転、彼女はなにやら真剣そうな雰囲気になったと思ったら、まるで私に懺悔(ざんげ)するかのような口調で静かに語り始めた。


「……あの時、男子たちが外に行こうとか言い出した時、アユがウチのこと引き止めてくれたこと、マジ感謝してる。今なら絶対にヤバいって分かるんだけど、あの時はなんか……頭ン中がわけ分かんなくなってて、なんかじっとしてられなかったというか……。マジ、ちょ、いっそのこと、奴らを近くで見てやるかって。そうすりゃ、別になんてことないぜ、なんて、思うだろう、みたいな……よく分かんないけど、そんな感じの……、——いま思えば、ただの恐怖の裏返しだよね、ソレ。……男子たちも多分、じっとしてられなかったんだろーね。……なんであの時ウチは、アイツらをもっと引き止めてやらなかったんだろ。……ま、今更言っても、か……」

「ナオちゃん……」

「……そもそも、余計なこと考えてる場合じゃないよね。今ウチらが考えなきゃいけないのは、自分らのことでしょ」

「……そうだね」

「つっても、誰かが助けに来てくれるのを待つ以外に、何も出来ることないよね……」


 私たち二人は、自力でここから出るのをすでに諦めていた。

 ここからどこかへ逃げようにも、どこへ行けばいいのか分からないし、そもそも安全な場所なんてここの他にはないのかもしれない。むしろこの部室こそが、安全な場所なのかもしれない。

 だけど、このまま部室に立て篭もったままでは、何も状況が良くなることはない。ただ悪化していくだけだ。

 食べ物も水も、ここには何もない。せいぜいが持ち込んでいた水筒くらいだし、それももう空だった。


 先のことを考えると、そこには絶望しか待っていなかった。

 もうすぐ日が落ちる。夜になる。

 そうなると今夜はこの部室で夜を明かすことになるわけか……。布団もベッドも毛布さえもない、この部室で。

 床が硬いとかいう文句以前に、寒さで凍えやしないだろうか。もう春先とはいえ、夜はまだまだ冷える……。

 たった一晩でもまともな寝床が無いだけで、随分と追い詰められているように感じる。いや、実際追い詰められている。この狭い部室の中に、という意味でも、気持ちの面でも。


 窓の外を見る。日が落ちていく。これから、どんどん暗くなる。夜になる。ここも、真っ暗になる……。


「もうすぐ、暗くなるね……」

「……そーだね」


 私の口からは、そんな言葉が漏れた。

 それは、単に明かりが無くなるということだけでなく、これから先の未来すら暗示しているかのようだ——なんて、ふと思った。


 私の心の内に、停滞感と無力感が湧き出してくるのを感じる。

 (あらが)う気力もなく、身を任せるように私はただただ脱力していく……そんな時。


 鬱々(うつうつ)としたこの状況に、大いなる変化が訪れた。


 それは福音(ふくいん)か。はたまた、新たなる絶望の呼び声か。


 衝撃そのものも感じるほど近くで鳴り響いたのは、とても大きな——爆発音だった。


 

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