第9話 その願い……叶えてしんぜよう
目の前には、なんか歪な文字のような傷がたくさん付いている恐竜(のような生物)の死体があった。
うん、倒しても別に光になって消えたりはしないのか。つまり、コイツは純然たる生物? 結局、何物だったんだろうか。
——気をつけて。恐竜は倒したけど、他にも何かいないとは限らないわよ。今のアナタは生身なんだからね。
そうだった。狩りは獲物を倒した瞬間が一番危険って、私の大好きなマンガにも書いてあった。
あー、あのマンガが無性に読みたくなってきた。でも今は周りを警戒しなくては。じゃないと、いきなり背後から吹き矢的なので痺れさせられちゃうかもしれないからね。
マップを起動する。
恐竜くんを表していた赤い点は消えていた。そこからも、恐竜くんが確かに死んでいることが察せられた。
そして、今のところ、マップの範囲に他に敵を表す印は無い。ということは、ひとまずは大丈夫ってことかな。
さて……。
一呼吸すると少しずつ、“勝った”という実感が私の中に染み渡って来た。本来なら、もっと喜びが爆発すると思ったが、脚をやった時点でほぼ勝利を確信していた上に、最後のトドメの流れがアレだったので、思ったほど喜びに打ち震えるということは無かった。
しかし勝利の事実自体は、とてつもなく大きな衝撃を私に与えた。
目の前に横たわる、これほど大きく、周りを見回せば、これほどの廃墟を築いた破壊の化身のような巨体の怪物を、自分が倒したという事実。
それが徐々に、実感として私の脳に届いた。
うぉー、マジで私が倒したんだよな。駅前を壊滅させたこの怪物を、私が。
いや、凄くない? これは凄くない? 私、凄くないか?
——本当に倒せるとは思わなかったわ。正直、かなり運に助けられたわよね。
そうだね。運も良かった。あと少しでも運が悪かったら、普通に死んでただろうね。
日頃の行いが良かったのかな〜。
——それはどうでしょうね……。
すると、頭の中にまた例のアナウンスが聞こえた。
《敵討伐実習を達成》
《報酬を獲得しました》
来たよ報酬。さぞかし良い報酬が貰えるんだろうね? なんせ、こんな強敵を倒したんだからね。
ウィンドウを開く。
すると、報酬としてまた例のポイントと、あと二種類のアイテムを獲得していた。
ポイントの数値は、正直そんなに多くない。というか、さっきのクリア報酬の時と大差ないのだが……どゆことじゃ? 少なすぎない?
——これは、チュートリアルの方の報酬なんじゃない? 討伐の報酬は、また別とかなのかも。
なるほど、そっちね。
まあ、まずはこっちを確認しよう。ポイントはいいとして、アイテムの方は効果を確認っと。
一つのアイテムは——怪我を治すアイテム、みたいな説明だった。そしてもう一つのアイテムは、これは、全損したHPを復活させるアイテムだった。
お、このアイテムはまさに今必要なアイテムじゃん。さっそく使っとこう。
——そうね、使っときましょ。正直、まだ何が起こってもおかしくないと思うし。
そうよね。またなんか来る前に回復しよ。
さっそくそのアイテム——えーっと、何で呼ぼうかなこれは。
復活薬とかでもいいけど、別に死んでるわけじゃないし、となると、しっくりくるのは「げんきのかけら」なんだけど。あれも死んでるわけじゃないし。瀕死だけど。
——そのまんまね。まあ、呼び名は何でもいいけど。
とりあえず、そのアイテムを使う。
個数が二個だけなので、そこそこ貴重なんだけど。使ってしまおう。
どうも、このアイテムも使ってすぐにHPが復活するわけではないみたい。そこそこの時間がかかるみたいだ。
さて、それでもう一つのアイテムは……これも回復系のアイテムみたいだけど、既に使ったあの緑ポーションとはまた違うのかね?
——説明的に違うんじゃないの? あっちはゲージの回復で、こっちは怪我の治療だから。おそらく、肉体に実際に負った怪我を治せるんじゃないかしら。
たぶんそうなんだろうね。まあ、私はHPは無くなったけどカラダ自体には怪我はないので、今は使う必要は無いんだけど。
そういう意味では、恐竜くんも無傷で倒したとも言えるね。
——回復アイテムはしこたま使ったけどね。緑ポーションの残りは二個よ。当初の予定のギリギリの数ね。
これは必要経費だよ。むしろ、八個で倒せたのは少ない方でしょ。
ひとしきりアイテムの確認が終わったところで、私は恐竜に近寄っていった。
そういえば、口の中に刀の鞘が残っていたな、と思い出したので、それを回収しようと思って。
恐竜に触れられるほどそばまで来た。
うわー、改めてみるとやっぱデカい。存在感がヤバい。
するとふと、目の前に〈回収しますか?〉という文字が浮き上がった。
これはウィンドウが表示させているんだろう。最初は鞘のことかと思ったが違って、その対象は、どうやら恐竜くんの亡骸みたいで……。
え、何、死体の回収なんて出来るの? いや回収してどうするんだ、こんなの。そもそも、こんなにデカいのを回収出来るの? てか回収ってどうやるんだろう?
……ま、いいわ。やってみれば分かる。
“回収”とやらをやる前に、鞘の方を取っておくべきかと思ったけど、どうも口から抜けそうになかった。
なんか口の中とか汚いからあんま触りたくない。私を救ってくれた鞘さまに失礼かもしれないが、私、けっこう綺麗好きなんで。
それじゃ、先に死体を“回収”ってのをやってみるかな。では、『回収』して。
すると、恐竜の死体が光に包まれる。
これはアイテムに荷物をしまった時と同じだね。さすがに荷物の時よりは時間がかかったが、結局、そんなにかからずに恐竜の死体はどこかへ消えた。
カラン、と鞘が地面に落ちる音がした。
あ、こっちも回収出来るね。よかった。
ウィンドウを開いて恐竜の死体がどうなったか見てみると、確かにアイテム欄にあった。でもどうやら、普通のアイテムとは別枠みたいな扱いっぽい。まあ、関係ないかもしれないけど、荷物と同じところに死体とか入れたくないからそれは良かった。
そして、この死体の使い道なのだが……何かあるのだろうか。詳しく見てみるか……
——ねえ、HP回復し始めたみたいよ。
あ、ほんとだ。使ったアイテムの効果が出てきたみたいだね。
——思ったんだけど、確認作業は後にして、先に真奈羽との合流を目指した方がいいんじゃない? 恐竜の脅威は消えたとはいえ、崩壊した駅の地下が安全とは限らないし、急いだ方がいいと思うわよ。
そうだね。私もHPが回復するまでは下手に動かないどこうかなと思って確認してただけだし、こんなのは後からすればいいからね。
さて、駅はどっちだろう。
——マップを見た方が早そう。
確かに。
マップを開いてみる。マップの方はご丁寧に恐竜くんが破壊した分も反映しているようで、周囲の建物の表示は消えてしまっていて駅もどれか分からなかったが、線路の表示は残ってた。なので、駅があったであろう場所にも当たりは付いた。
しかしこのマップ、リアルタイムで更新されてるのか……よく分からんけどヤバいな。
さて、駅はこっちか。
私は瓦礫の中を駅の方に進んでいく。
改めて周囲を見回すとひどい惨状だ。建物は崩壊し、アスファルトの地面は吹き飛んでいる。
あちこちで火災も発生しているようで、炎と煙が立ち上っているところもある。煙だか粉塵だかで視界も悪い。
しかし、仮に視界が良くなったとしても、この地獄のような惨状がよりはっきり映るだけだろう。
道端に目を凝らせば、人の体のようなものもチラホラ見つかる。だけど、どれも生きているとは思えない。
ふと、視界に人の腕が映ったと思ったら、それより先の体がついていなかった、なんて。
ほんと、冷静に観察してたら突然発狂しかねないな。あえて無心で移動するべきか。
今はただ、マナハスのことだけを考えよう。他のことを考えたって、どうせ私にはどうしようもない。
すでに私は出来ることをやった。あの恐竜を倒したことで、更なる被害を未然に防いだと言える。
それは、この場で当て所なく救助など始めたりするよりも、よっぽど多くの人を救うことになったはずだ。私が戦い始めてから、一番の脅威のブレスは止まったわけだし。
私はマップが示す駅の方向へ黙々と進んだ。
あえて周りは見ないようにして、自分の周り、前方だけに意識を集中する。敵の存在を考えたら周囲の警戒は疎かにするべきではないかもしれないが、そういうのは多分マップに映るんじゃないかという考えでもある。
ちなみに、マップでは敵を表す点が赤、そして普通の人間を表すのは白の点のようだ。
しかし、死んでいる人間までは表示されないらしい。私の視界に人間らしきものが映っても、マップを見ると白の点は無い——というのはつまり、彼ないし彼女は生きてはいない、ということだ。
たまにマップに白い点が映ることもあったが、私は反応しない。今は真奈羽が優先だから。わざわざ関わりに行くつもりは無かった。
そうしてしばらく歩くと、駅にたどり着いた。相変わらずもはや瓦礫の山だが。
さてここからどうしようかな、と周囲を見回したら、視界にふと、人の姿を見つけた。
それは、私と同年代くらいの女の子で、瓦礫に横たわるようにして地面に座り込んでいた。
特筆すべきはその腹部で、何を食らったのか、服は破れて、その下の肉体も酷い有様だった。
詳しい描写はあえて省くが、どうみても致命傷といったところ。すでに死んでいてもおかしくない。
私は少しだけ考えてから、マップを確認する。彼女を表す白い点があった。どうやら死んではいないらしい。
私は彼女の元へ近寄って行く。
なぜ、この子にだけ関わろうと思ったかと言えば、そこに大した理由は無い。気まぐれと言って差し支えない程度の理由だ。
ただ、その子が私の進行方向に居て、視界に入って、まだ生きていたから。同年代くらいの女の子である、というのも理由の一つになるか。
私は年上が苦手なので、これが同年代ではなくかなり歳上とかだったら、関わらないように避けた可能性はある。だから結局、気まぐれだ。
まあ、私が行ったところで、何が出来るとも思えないんだけど。
例えば救急車など呼んだとしても、まず間に合わないだろう。周りはこの状況だし、というか仮に今すぐ着いたとしても、怪我の度合い的に手の打ちようがないと思われる。
それでも一応、緊急時の対応としてやはり呼ぶべきかなー、とも思ったけど、この状況じゃー意味ないよねーと諦めた。それに、他にも誰かがとっくに呼んでいると思うし。
おそらく今頃、救急回線には大量の要請が舞い込んでいるのではないかと思う。
女の子の近くまで来た。
しかし、どうしたものだろうか……。
そう思っていたら、私の足音に気がついたのか、彼女がうっすらと目を開けた。
生きていた……今は、まだ。
私は彼女に話しかける。
「あの、大丈夫ですか……?」
自分でもバカなんだろうか、と思う。どうみても大丈夫ではない。しかし、とっさにはこんな聞き方以外に思いつかないものだ。
女の子は震える唇で掠れた声を出す。それは、ほとんど聞き取れない声量だったが、
たすけて……
と、言ったように聞こえた。
そう言われても、私に出来ることなんて何もないよ……悪いけど……。
——いや、一つ無いこともないかもしれないわよ。
え、この状況からでも出来ることってなんかあるんですか? この状況ですよ?
——ついさっき手に入れたアイテム、治療が出来るとか言うヤツ。アレを試してみるという手がある。
アレか……。
しかしアレって、私以外の人間にも使えるのかな。私以外には使えないってのも普通にありそう。
——確かに、その可能性はありえるけどね。
それに、自分も使ったことのない得体の知れないモノを、いきなり知らない人に使っちゃってもいいものかどうか。
——この状況なら仕方ないんじゃない? それとも、貴重なアイテムを知らない人に使うのは惜しいかしら。
貴重と言えば貴重だけど、まあ、目の前の命の方が貴重でしょう。
——真奈羽も怪我してて必要かもよ?
……一応、何個かはあるし、それに——
——それに?
そうだとしたら、真奈羽に使う前に試すことが出来る。
——……なるほど。