第06話 寛解
俺と愛利奈と里桜さんは医大に到着。
総合受付で赤城医師を呼び出してもらった。
しばらくして白衣に身を包んだメガネイケメンが現れる。
「やあ、みんな。お揃いで、久しぶりだね」
「はい、こんにちは」
簡単に挨拶をし、改めて事情を説明する。
「ふむ……よそでは『セカンドオピニオン外来』を設けているところもあるんだけどね。
紹介状がないとちょっとお金がかかるのだけど、話は通しておいたから」
色々根回しをしていてくれたようで助かった。
どうやら赤城医師が里桜さんの主治医になるようだ。
彼の計らいでさっそく里桜さんは検査をすることになった。赤城医師に感謝だ。
でも、一見俺の戯言でしかない話をどうしてそこまで気にかけてくれるのか不思議ではあった。
どちらかというと里桜さんを心配してのことなのかもしれないが。
うーん、里桜さん目を引く容姿ではあるし。男ならしょうがない……のか?
その後、何か分かったのか時間がかかると言われた。
追加で検査をするそうだ。
俺たちは、里桜さんの親に連絡を取り、入れ替わりで先に帰ることにした。
——そして。
その日の晩、里桜さんが精密検査をすることになったと連絡を受ける。
愛利奈から里桜さんの足に問題が見つかり、検査入院をすることになったと聞いた。
その話を聞いた晩から、俺は茜色の夢を見なくなった。
茜色の夢で見た病気は事実で、俺は里桜さんの命を救うことができた……かもしれない。
不安もあったけど、俺は状況が変化したことを嬉しく思い、ぐっとこぶしに力を込める。
色々あったけど、救えたのだと。
さらに数日が経過し里桜さんが検査入院をする初日の晩のこと。
俺は……あの夢を見た。
……茜色に染まる夢を見ていた。
医大近くの公園で、里桜さんがニコニコして俺を見ていた。
里桜さんの向こうに広がる景色は、満開の桜が咲き乱れていた。
春の陽差しは暖かく、俺たちを包んでいる。
桜の花びらがわずかに舞って、俺たちを包んでいるようだった。
俺は、少し背が伸びた里桜さんを見つめていた。
真新しい高等部の制服を着ていて、とても顔色も良く健康的で、艶のある髪の毛が風になびいている。
「先輩、上高優生せ、ん、ぱ、い!」
「んー? 改まってどうした?」
「今日、医大で検査をしたのですが、ほぼ寛解したと南先生から言われましたっ!」
「寛解?」
「はい。完治に近い状態だそうです。
今後も再発の可能性がゼロではないので、検査はあるのですが、もう安心していいみたいです!」
「おお、それは、それは本当によかった」
俺の言葉で、里桜さんの口角が上がり笑顔がこぼれる。
「はい! 先輩にはいくら感謝してもしきれません。
あの日、初めて会ったときから、病院に行って欲しいと促してくださって。
主治医の先生が色々あって……変更になったときも……不安なときは一緒にいてくださって、本当……本当に、ありがとうございました」
里桜さんは弾ける笑顔で言って、大げさに頭を下げた。
病気が早く見つかり治るだろうと言われていたとしても、不安に思うことはあったのだろう。
ひとしきり喜ぶと、里桜さんは急に真剣な顔になり、頬をやや赤らめて俺の目をじっと見つめてきた。
「あの……先輩……私」
急に声が少し低くなり、里桜さんは表情を引き締めた。
いつのまにか、彼女の鼓動が聞こえそうなほど距離が近い。
「……私……上高先輩のこと、好きです」
女の子から告白されるなんて初めてだ。
驚きつつも嬉しさが込み上げてくる。彼女に接しているうちに、俺も惹かれ始めていた。
彼女の笑顔や優しさ。それが……本当は亡き兄に向けられたもので、俺に向けられていないものだとしても、錯覚だとしても、敢えて勘違いをしたいと思う。
俺は、ゆっくりと噛みしめるように言った。
「俺も君のことが、下山里桜さんのことが、好きだ」
「……はい……嬉しい……。わ、私と、付き合ってください!」
里桜さんはそう言うと、俺の胸に顔をうずめた。
俺は彼女の背中に腕を回し、ぎゅっと力を込める。
そして、「もちろん」と返事をしようとして——。
……茜色に染まる夢が終わる。
ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ!
目を開けると、いつもの天井が見えた。
ついさっきまで目の前にいた里桜さんはいない。
……おい。おい!
いいところで終わってしまった。
夢っ……勝手に終わるなっ!
ま、まあ、愚痴ったところでしょうがないよな。
それにしても幸せな夢だった。
俺は初めて告白を受けたにしては、やけに落ち着いていたような気がする。
今は十月の初め。
夢は多分、来年の四月の初め頃だ。
里桜さんは高等部の制服を着ていたから。
時間はたっぷりある。
仲を深めていけば、あんなハッピーエンドを迎えることができることを示唆している。
茜色の夢は間違わないのだ。
俺はいつも通りノートに夢の内容をまとめた。
幸せな夢……。茜色の夢ノートを記すのが楽しいのは初めてだ。
数日後。幸せな茜色の夢を見たのは一回だけで、それ以降は夢を見なくなった。
実に残念に思う。
その代わりに俺は初めてできる(予定の)彼女という存在に、ひたすら妄想を爆発させる日々を送っていた。
「いい加減、ニヤけた顔をやめてくださいますか?」
あの日以来、毎日愛利奈から苦情を受ける。
でも、俺は気分も大きくなっておりどんな罵倒も軽く受け流すのだ。
「別にいーだろ。そういえば里桜さんって最近どうした?」
「学校を休んでいましたが、今日から普通に登校するそうですわ」
愛利奈は俺に視線を向け、嬉しそうにマーガリンを塗った食パンを頬張っている。
「じゃあ安心だな」
「そうですわね。検査で病気が見つかったって言っていましたけど……あの、ば、ばか兄——」
「ん?」
「う、ううん……なんでもありませんわ」
いつもと違って少し温かい食卓。愛利奈の表情も心なしか、緩んでいるような気がした。
ピンポーンとインターホンが鳴る。里桜さんが来たようだ。僕らは揃って玄関に向かう。
ドアを開けると、すがすがしい秋のそよ風が頬を撫でる。
その風に乗って、心地より甘い香りした。
里桜さんが俺に駆け寄ってくる。
「おはよ!」
「おはようございます。愛利奈さん、上高先輩!
あの、お二人のおかげで、危ないところだったのでしたけど、病気が見つかって助かりました。なんてお礼を言ったらいいか分かりません! 本当にありがとうございます!!」
里桜さんは弾けるような笑顔で俺と愛利奈にお辞儀をする。
ああ、俺はきっと、この笑顔を見るために頑張ってきたのだ……。
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