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第03話 暗闇の中で

 ……俺は真っ暗な闇の中にいた。


 これは夢だろうか。


 初めて茜色の夢を見た日、父を失ったあの日。

 助けることができたのに。俺だけが助けられたのに。


 自動車に乗ることを俺が止めていれば。

 途中で、休憩しようと言っていれば。

 そもそも、皆で出かけなければ……。


 助けられなかったあの日。

 父を見殺しにしてしまったあの日。



 俺は仏壇に向かい謝罪を繰り返す。



「父さん、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」



 いくら謝っても、父が帰ってくることはない。そんなことは分かっている。

 でも、やめられなかった。


 俺は学校にも行かず、何日も塞ぎ込んだ。



「お兄さまは、わたくしを助けてくださいました。

 わたくしもつらいのですが、お兄さまはそれ以上に落ちこんでいて……だから……せめてわたくしは、いつも側にいます」



 愛利奈が献身的に慰めてくれたおかげで俺はようやく立ち直った。

 でも、それでも、後悔の念は消えることはない。


 もし、あの時行動していたら、あの優しい父を失わずに済んだのにと思ってしまう。



「父さん、俺を恨んでいるよね。息子に見殺しにされたことを」



 そう虚空に問いかける。でも、答えが返ってくるはずがない。

 はずがないのに——。



「ううん、違うと思います……」



 暗闇の中に誰かの声が聞こえた。聞き覚えのある、澄んだ透明感のある声だ。



「違う? そんなことはない」


「愛利奈さんのお兄さん。最後に見たお父さんの顔、覚えていますか?」



 闇の中に、気遣うような口調で語りかけるその声。

 俺はそれをとても優しいものだと感じた。


 父が命を落とす、ほんの少し前を思い出す。



「お父さんの顔、覚えているよ。血をたくさん流していて……俺を見て、苦しいはずなのに優しい顔をしていた」


「はい……それから?」


「強く生きろと言った。かすかな、かすれた声で」



 そうだ、すっかり忘れていた父の最後の言葉。それを今思い出した。


 ——あの日。

 雨が降りしきる道の、ひしゃげた車の中で……。

 俺と愛利奈を見て……手を伸ばして……。


 俺たちを安心させようとしたのか、一つも苦しそうな顔をせずに、父が言った。

 血がたくさん出ていて、息をするのも苦しかっただろうに。



「その表情に、その言葉に、恨みを感じましたか?」


「いや、少しも感じなかった」


「でしたら、それが答えだと思います」



暗闇に包まれていた俺の意識を一筋の光が照らす。

俺の額に、何か温かいものが触れている。誰かの、しっとりした手のひら。



「もともと恨んでなんか……いなかった……?」



……暖かい光に照らされて暗闇の世界が終わる。




*******




 目を開けた。見慣れない天井が見える。


 いや……これは……?

 見覚えがある。

 そうだ、茜色の夢で見た病室の天井?



「あっ、愛利奈さんのお兄さん。気がつかれましたか?」



 声の方向を見ると下山さんが俺を見つめていた。彼女はベッド横の椅子に座っている。

 室内は夕焼け色に染まっているけど随分と暗い。

 電気も付けないでいてくれたのは、俺に対する配慮なのだろう。



「今、電気付けますね」


「うん……俺はどうしたの……?」


「ごめんなさい。あのとき私が階段で倒れたときに、

 下敷きになって助けてくださったのです。

 でも、そのまま気を失ってしまわれて」


「そうなのか。あっ、下山さんは平気?」


「はい、先輩のおかげです。なんてお礼を言ったら良いのか……」


「よかった。俺が勝手にしたことだ。

 気にしなくていいよ」



 倒れた俺は救急車を呼ばれ、病院に担ぎ込まれたらしい。

 軽く検査をしたようだけど、特に外傷もなく気を失っただけと診断された。


 その間もずっと愛利奈と下山さんが付き添っていてくれたようだ。

 愛利奈は別室で母と俺を診断してくれたお医者さんと話をしているらしい。



「二人は午後の授業を休んでしまったのか。ごめん」


「いえ、私が悪いのですし……謝らなければいけないのは私です」


「ううん」



 いてて……後頭部からの鈍い痛みに気付く。

 横になったまま後頭部を触ってみると、少し膨らんでいて熱を持っていた。



「大丈夫ですか?」


「うん、少し頭を打ったみたいだ」


「え、あ、あの……本当に大丈夫ですか?」



慌ててオロオロしだす下山さん。



「ううん、大丈夫。俺石頭だし、気にしないで」


「は、はい」


「それでさっき、俺と話していたのは下山さんかな?

 君の声が聞こえたような気がするけど」


「あ、いえ、その……先輩がうなされていて……起きていたのですか?」



 耳の先まで真っ赤に染めて俯く下山さん。

 どうやら寝ている俺に話しても覚えてないだろうと思っていたらしい。



「暗闇の中で、下山さんの声をまるで光のように感じた」


「辛そうでしたので、何かしなきゃって思って、つい」



 顔が熱くなったのか、パタパタと手のひらで顔を扇ぐ下山さん。ものすごく恥ずかしいみたいだ。



「君のおかげで……思いだしたことがあった。ありがとう」


「そ、そんな……お礼を言われることなんて……でも、よかったです。うー、あの、先ほどのことは忘れてくださいね?」


「それはどうだろう。善処してみる」


「は、はい、その助けてくれたお礼も兼ねて何でもするので、何かあれば言ってください」


「なんでもって……ふふっ」



 俺はつい、少しだけ笑ってしまった。

 ふわっと温かい雰囲気が二人の間に生まれ、心が和む。彼女の生み出す空気感に癒やされる。


 でも……せっかくいい雰囲気ではあるけど俺にはやらないといけないことがあった。

 下山さんには感謝している。だからこそ、俺は彼女にこのまま元気でいて欲しいと思う。


 そのために、病院に行って検査をしてもらう。

 俺は朝から授業中ずっと考えていて、一つの作戦を立てていた。ヒントは、夢の中の下山さんが放った言葉だ。



『もっと早く見つかっていればよかったの。

 悪性の腫瘍が……足に違和感があって近所の病院に見てもらっていたけど……

 本当の原因が分かるのが遅れちゃった』



 そうだ、説得の糸口はこれだ。でも、まだ時期が早く自覚症状はないだろう。だから賭けに近かった。



「下山さん、最近、足に違和感はない?」



 すると彼女はハッと目を見開いた。



「えっ……はい、少しだけ……でも、気のせいだと思ってます。

 誰にも話したことがないのに、どうして……それを?」



 よし。彼女の思うとおり気のせいだろう。とはいえ、誘導できるかもしれない。

 俺は畳みかける。



「やっぱり。さっき倒れかけたでしょ。その違和感は、ひょっとしたら大きな病気の兆しかもしれない。是非、病院に行って欲しい」


「は、はあ……急いでですか?」



 まだ半信半疑と言ったところのようだ。そりゃそうか……。

 俺の計画だとここで「心配なので行きます!」と言ってくれる予定だった。

 現実はそう上手くいかない。やはり案としては弱かったのだ。


 もう一押しが必要な様子。



「下山さん。右腕にミサンガつけてない?」


「……はい……?」



 下山さんはブラウスの袖をめくった。露わになった彼女の手首に、桜色のミサンガがあった。

 茜色の夢で見たとおりだ。だけど、夢の中時のような細すぎる手首でもないし、ミサンガはくすんでおらず、鮮やかな色合いをしていた。


 桜色のそれは下山さんによく似合っていると思う。

 俺はダメ押しをする。



「なおかつ、それはさと……」



 下山さんのお兄さんの「悟さんから」、そう言いかけて、俺はハッとして口をつぐむ。

 いや、ダメだ。なぜ俺がこの事実を知っているのか説明ができない。

 茜色の夢で得た情報だ。

 夢の話は言いたくないし言っても信じてもらえないだろう。


 せっかく話ができるようになったのに、不信感を抱かれては……元の木阿弥(もくあみ)だ。



「えっ?」



 下山さんが首をかしげ俺を見つめた。

 言葉を失う。何か言わなければ……そう思った時、



「上高優生さん、気がついたようでよかった。

 それに、今の話……詳しく話してくれませんか?」



 病室のドアを開けて入ってきたのは、白衣を着た、やたら精悍なイケメンの医者だった。



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